第3話:魔狼


 結局、ネラプは外に出ることが出来た。


 あれから時間が経つとともに、外付近にいるのも苦しくなってきて、一旦洞窟の少し奥まった場所に引き返した。

 何度も外に出られるか試しに坂を登り、そしてガッカリして引き返す、という往復を続けた。


 外に手を出し、身体ごと出ても平気になったのは、時間が過ぎて夕方になった時だった。

 朝の時よりも調子が良くなり、陽が沈む頃、全身を出しても問題無くなっていた。


「つまり、俺、光が駄目なのかなぁ……」


 ネラプはそう考えた。

 何の理由があるかは知らないが、陽の光が弱まるとともに、外に出られるようになった。

 どうやら自分は光が苦手のようだ。


「それより、お腹が……そろそろ死ぬよこれは……」


 何より身に迫る問題だった。

 長い時間飲まず食わずで、もう限界を通り越した限界は近い。

 せっかくここまで来て、死ぬわけには……。


「誰か……何か居ないのか……」


 取り敢えず、あてなく彷徨うことにした────のだが。


 と、そんな声に反応したのか。

 ネラプから少し離れた草陰が、音を立てた。

 何か気配を感じたネラプが、視線を散らした。


 それと同時、グルルル、と唸り声が聞こえた。


「う……」


 何処にいるのか、何なのか。

 それは分からない。だがとにかく分かることは、それの正体が人間でないことと────自分に対して殺意があることだった。


 じり、とゆっくりと後ずさりしようとし────つい、音を立ててしまった。

 瞬間、その何かの気配は、地を駆け、ネラプの元に飛びかかった。


「う、うわあっ!?」


 それはネラブの背よりも小さく、4本足で駆ける獣。

 それもただの獣ではない、狼を模ったモンスター……魔狼である。

 ネラプに横から体当たりをかまし、転ばす。力の無いネラプはあっさり地面に倒された。


「グオオオオオ!!」

「ひっ……!」


 獰猛な雄叫び。

 爛々と光る、獣の両眼と目が合った。


 のしかかる四つ手足と、迫る牙。爪が食い込み、襲い来る恐怖で動けない。


 食われる────……!


「あ……あ……あ?」


 咄嗟に目を閉じ、痛みを待った。

 しかし、やがて違和感を覚え、恐る恐る目を開けた。


 のしかかる獣から、力を感じなくなった。

 あるのは、その『重み』だけだ。


 いつまで経っても動かない、この一匹に触れる。押してみても、何も反応が無い。


「え……〝死んだ〟……」


 どうやら本当にそのようだった。

 襲い掛かってきたかと思えば、既に死んでいる。先ほど見た獣の眼光は褪せ、その眼には何も映していない。


「もしかして病気、とかだったのか……?」


 ピクリともせずに身体を預けてくるそれをどかした。

 ラッキーはラッキーだ。いやそれにしたって、腑に落ちないものがあるが。


「…………」


 しかし────ここにあるのは、一匹の動物の亡骸だ。

 逆にこれしか、目に見える範囲で他に何も無いようだ。


 つまり。


「いやっ……いやいや! もしそうだったら、いやそうじゃなかったとしても『それ』はちょっと……」


 そんなネラプを急かすように、勝手な腹の音が大きく鳴った。


「……うう、分かった、分かったよ!」


 本能には逆らえず、色々を諦めた。

 今が夜で良かったと思う。

 こんな猟奇的なところ、誰かに見られたらどうなることやら。


 横たわる獣の亡骸に寄って、屈み込んだ。

 少しだけ躊躇って、目を閉じた。そして、その棘のような毛皮が無い柔らかな腹に顔を近付け、あんぐりと開けた口に当てた。


 まさしく獣のように、むしゃぶりついた。

 だが今は、選べる立場に無いのだ。


 死にたくない。

 死にたくなんてない。


 それだけが、頭にあることだった。


 口に含んだものは、そんな必死な感情を皮肉るように美味かった。


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