第11話 追悼
【およそ人生には起承転結がある。そして『起』とは生まれたことを意味し、『結』とは魂が肉体から旅立った時を意味する】
この言葉は私、夜山 唯花が敬愛する師、
師は不老不死の魔術研究をしていた。それは自身の命を不滅のものにしたいという考えのもとではなく、純粋に不可能というものと
師はいつも笑みを忘れなかった。だから周りに慕われていた。
そしてなにより自分の家族を愛していた。
息子、娘、夫を愛していた。
――追憶に浸る私は火のついた線香を伯父さんから受け取ります。
「ありがとね、唯花ちゃん。これからも照斗と照菜が迷惑かけると思うけど一緒にいてやってね」
「いえ、二人には助けてもらってばかりなので」
伯父さんは慈愛に満ちた笑顔を私に送ると、そっとそこにいる全員に一度ずつ視線を送り墓標の前で手を合わせます。自身の妻に最愛を込めて。
今日は8月13日。お盆。お日柄は良好です。
とある都内の霊園のちょうど真ん中辺りには日野家のお墓があり、そこに集まったのは、照斗君、照菜ちゃん、二人の父にあたる伯父さん、梨空、私。
手に持った線香の煙を揺らしながら、照斗君と照菜ちゃんはそれを同時に墓標にある線香皿へ置きます。
「おい、妹」
「なんですか? 兄様」
照斗君がぽりぽりと頭の横を指で描きながら、自身の妹の険しい表情を凝視します。
「笑ってやれよ。なんかこういうとこで笑えないってのは僕にも分かるけど今日はそういうことじゃないんだぜ? そんな強張った感じでいたら母さん困るだろ?」
すると、照菜ちゃんは顔を二回横に振り、自分の兄の視線を無気力にいなすのです。
「大丈夫、兄様。照菜のこの険しい表情は純粋に怒っていることを母様に伝えるためだから。だってこんなに早く死んじゃうのはダメなことなんだよ」
日野家の墓地に師の遺骨はありません。彼女は刑事上【白雪事件】で遺体ごと消滅した扱いになっているからです。
だから、母っこだった照菜ちゃんはお盆のシーズンになるといつも無気力です。敬愛する自分の母の遺骨がそこにないということがやるせなくて仕方がないのでしょう。
私は言葉に詰まった照斗君を尻目に梨空へ視線を送りそっと言います。
「梨空、私達も祈りましょう」
梨空は右手に持った線香の煙に一度目線を送ります。会ったことのない人へ追悼を捧げるというのは堅苦しいものです。彼女はここに来て一度も笑みを零していません。その様子は私から見て少々可哀想に思えるのです。
「はい」
墓標の前で手を合わせていた兄妹が、これから祈りを捧げる二人のために静かに後ろへと下がります。
その兄妹の姿に梨空はすれ違いざまぺこりと一礼。すると、それをされた二人は感謝の意を込め会釈を返し同時に口を開きます。
「「ありがとね、梨空ちゃん」」
「……いえ、きっと素敵な方だったのでしょう」
日野家に梨空がホームスティして一ヶ月とちょっと。月日が流れるのは早いもので、だいぶ彼女もここにいるメンバーとも親しくなりました。特に照菜ちゃんと梨空の関係性は姉妹といってもいいほど仲の良さです。敬語口調は本人の癖らしいのでこのままですが。(私も癖です)
私と梨空は墓標前に足を運ぶと線香を線香皿に置きます。
「梨空。私からもお礼を言っておきます。この人は私の師にあたる人なので」
「……お師匠様でしたか」
「はい、お師匠様です」
そう普段通りのトーンで言い、私は合掌すると恭しく梨空もそれに続きます。
そこから少々二人で黙祷し、それが終わると私だけが雲一つない空を見つめました。脳内に魔導書様の助言をグルグルと巡らせながら。
「梨空。今日の空は青すぎますね」
「はい、そうですね」
あの日みたいな夏の猛暑、あの日みたいな青すぎる空、師の遺骨のない墓標、師の遺した言葉、師とした三つの約束、それらが心に波紋しながら深く漂っていく。
私は静かに梨空を見つめます。
こんな思いをするのは、忘れたかった私の過去を嫉妬という感情で掘り起こした梨空。純粋すぎる好意を照斗君に向けた梨空。
そう、彼女は私に【白雪事件】で奪われたものを再度実感させたトリガーです。出会っていなければ思い出したくもない過去をこんなにも見つめようとは思っていませんでした。
……だから、私はそろそろ進まなくてはいけません。
やらなくてはいけないことをやり通さなければいけません。
師があの日、【白雪事件】できなかったことをしなければいけません。
それは【嘆きの魔神】が【嘆きの魔神】でいられる理由を奪うこと。
エルトルへの執着心、嫉妬狂った気持ちを消滅させるということ。
【嘆きの魔神】を【白雪】という人間に戻すということ。
私は決心しました。今まで逃げていたことをやろうと決心しました。
いや、違います。決心させられたのです。ここにいる照斗君、照菜ちゃんはもちろんとして、きっかけをくれた梨空、助言をくれた魔導書様。その関わりが私の気持ちをそっと後押してくれたから。
「……もうちょっと待ってて下さい」
誰にも聞こえない小さな声で空にそう
それはよく聞くと自身の葛藤に対する戦線布告でした。
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