第9話 とある魔導書の助言 前編

 あの秋葉原の一件からちょうど一週間過ぎました。


 いつも一週間という期間は長いようで短いようだと私は捉えています。ですが、今回の一週間はとても穏やかで少しいつもの一週間よりも長く感じたのでした。


 そして、人は一日あれば変わると言うぐらいですから、一週間あれば超絶変化することもあります。


 「。通院生活やっと終わりましたね。右腕無事に動くようになって本当によかったです。お祝いになにかしますか? バーベキューとか」


 「私は唯花さ…と魔術研究やってみたい……でし」


 「でし?」


 「いじわるですね、ほんとに」


 私は確かに変化しました。梨空りあに嫉妬心を抱かなくなりました。掛け替えのない存在に思えるようになりました。それはきっと命の恩人に対する感謝と、彼女の持つ暖かな心が要因となってでしょう。今の私には梨空だったら照斗君と付き合ってもしかたがないかぁ……と思えるのです。それに照斗君はずっと私の助手でいてくれると言ってくれました。これだけで今の私には十分です。


 噛んだことを指摘された梨空は桃色の頬をぷくぅとさせます。そんな可愛い彼女と私はさっきとある都内の大型病院を出て、現在は、中野ブロードウェイの館内3Fを歩いています。誰かになんでそこ歩いてるの?と問われれば、なんとなくとしか言いようがありません。まぁ強いて言うなら、とある都内の大型病院と中野のブロードウェイが近かったからでしょう。


 で、私は梨空が先ほど言った『唯花と一緒に魔術やってみたい』という願望を叶えたいと思っています。一緒に魔術研究をやってみたいと言ってくれたことが素直に嬉しかったのです。

 

 だから思考を巡らせます。今この場所で簡単にできる魔術研究とまではいかなくも、魔術に関連したことを。ぽんぽんぽんちーん……はい来ました。自称を天才を自負しているだけあって、こういうことがひらめくのもはやきこと風の如しです。


 梨空は辺りを見渡しながら情報を得ようと必死です。まぁ無理もありません。中野ブロードウェイの館内は第二の秋葉原呼ばれるほどアニメ関連グッズが売られているのですから。あ、私のオススメエリアは今いる3Fにある、ま◯だらけ本店で、漫画特化したお店です。はい。ま◯だらけについては語ると小説一冊には達してしまうのでここら辺で、詳しくはウェブをチェックだ!


 「梨空、ここ入りますよ」


 「なんだか、お店の外観もすごい前衛的ですね」


 早速、私は梨空をリードしながら、ま◯だらけ本店、に入って行きます。もちろん、出入り口には鉄◯28号の模造が置いてあるので私はここで彼に対しての軽い会釈を忘れません。梨空もそれにつられ初々しく一礼しました。


 辺り一面ずらっと並ぶ漫画棚にキョロキョロしまくる梨空。あんまり店内でその行動をしていると……万引きだと思われるよ、とは言わないでおきましょう。きっとあれは犬でいうところの尻尾フリフリみたいなことでしょうから。


 「すごいですね。まるでエンターティメントが押し寄せてるようです」


 「その表現分からなくもないです」


 アンティーク漫画から新しいものまで、ここにない漫画はないんじゃないかと思えてしまうほど種類は多種多様です。で、今、私が欲しているのはアンティーク漫画。なぜなら人から人の手を渡ってきた書物はいろんな経験を得てきているからです。


 そして、


 「梨空。魔術研究とまではいきませんが、漫画の声を聞いてみませんか?」


 「えっ? そんなことができるのですか?」


 私は書物の声を聞きそれに返すことができます。森羅万象から声を感じ取れたひいひいひいじいちゃん大賢者エルトルには劣りますが、それでもちょぴっと血は継いでいるのですよ。世界で最初のノーベル魔術賞受賞者の血を。


 「できますよ。梨空も聞くだけなら」


 そう言い、私は名前も知らない一冊のアンティーク漫画を本棚から手にします。


 それをきょとんしながらも微笑を見せる梨空。

 

 「あの、どうやってですか?」


 「こうやってですよ」私は左手で梨空の右掌を軽く握ります。「これで梨空は私を伝導体にして一緒に思いを聞くことができます。ただし心を鎮めて下さいね。自分の心が騒めいていると聞こえるものも聞こえないので」


 こくり、と一度うなづく梨空。私はそんな彼女の無邪気さを微笑ましいと思いつつも、心を澄まし右手にある一冊に意識を集中していきます。


 ……深く深く、意識を一冊の本に。

 

 『おい、嬢ちゃん。ワシの名前を知りたいかYO。魔法使いとか久しいYO。ビートに乗せて聞かせてくれYO。おいらの名前はなんだっけ? 忘れちまったらしょうがねぇ♪ 年季がちゃうちゃう、おれっち渋ぃ♪ せぇせぇYOUのターン』

 

 なんだこの本……。手にある一冊の漫画が念話(精神世界での会話)で自己紹介?をしました。

 

 書物の人格は作者に作成された時の心境に依存します。作品は作者の子供みたいものなのです。なので、この本が書かれた時の作者の精神状態はラップマンだったのでしょう。ただし、本も人と一緒で、いろんな人に読まれればそれだけの人生観を吸収し、学び、達者になっていきます。つまり、本は人を成長させると同時に、人は本を成長させているのです。

 

 けれど、このように独自の成長を遂げる本だってあります……私は人間くさい本は好きなんですけどね。個性だと思います、はい。

 

 三秒ほど間が空くと私は念話し返します。念話はもちろん声で意思を伝える術ではありません。感覚としては心と心を糸電話で繋げ、直接、精神世界でやりとりしてる感じです。ちなみに梨空は念話はできませんが、私と繋いだ右掌からやりとりを心で聞き取ることできます。


 『私の名前は唯花だYO。魔術史変えるニューカマー♪ イケイケすぎる十六歳デスYO。そのうち名乗る大賢者の賞号♪ ヨ、ロ、シ、クね♪ イェイ♪』


 恥ずかしいですね。我ながらチャレンジャー過ぎます。冷たい汗を額に少々かいてしまいました。


 『おぉノリがいいねぇ。最近の若者はこんな風に挨拶するんじゃろ?』


 と、挨拶の時とは全く違った感じでそう答えるアンティーク漫画さん。どうやらラッパーマンではなかったようです。大いなる勘違いはしてらっしゃいますが。


 『いえいえそんなことないですよ。最近の若者は……えっと、普通ですよ』


 『普通が一番じゃ。いいことじゃいいことじゃ。それで唐突に話は変わるがワシと賭けをせんか? ワシはここで一番の古株。この書店のことはなんでも知っとる。嬢ちゃんが出会いたい一冊がどこにあるかも分かる。ほんとじゃよ? 嘘をついたことなど我が本生で一度もないのじゃ。で、どうじゃ? 賭けをしてみんか?』


 怪しい占い師のような口調ならぬ心調しんちょうが念話で伝わってきます。ですが、私は出会いたい一冊に会えるという話には興味があります。むしろ興味しかありません。


 『賭けの内容はなんですか? それに私が出会いたい本について少々説明をお願いします』


 『しょうがないのぉ。紹介する本は魔導書じゃ』

 

 『えっ? 魔導書なんてあるんですか? ここ漫画屋さんですよ!』


 『あぁそうじゃよ。魔法で化けておるんじゃ漫画本に。魔導書はその情報の重要性ゆえ擬態魔法をかけられてるものも多いからのぉ。ワシはそいつと仲がいいからよく念話するんじゃ。本同士は人と違って距離があっても意思疎通できるのからのぉ』


 まさか、ま◯だらけ本店で未知なる魔導書に出会えるかもしれないとは。魔術の知恵が詰まった魔導書は魔法使いの宝です。お目にかけないわけにはいかないではありませんか!


 『私、その賭けしたいです。その魔導書に会いたいです。で、賭けの内容をお願いします』


 『まぁまぁ嬢ちゃん。そんなに鼻息荒げなさんな。賭けは簡単じゃ、ワシの問いに十秒以内に答えられたらお主の勝ちじゃ。素直に魔導書の場所を教えようではないか。逆にお主が答えられなかったら、その小振りな胸でギュッと抱擁ほうようしてくれんかのぉ。ワシはそれが大好きなんじゃ。パフパフ イズ ロマンじゃ』


 なるほど。ある意味エロ本ですね。むしろエロ本の中のエロ本ですね。まぁ別にパフパフぐらいいいんですけどね。もちろん人間にやるのは嫌ですよ。本だからいいんですよ。


 『いいですよ。なぞなぞだしてください。バッチカモンです!』


 『では問題じゃ。ワシが世界で一番可愛いと思っている女の子の名前を言いなさい』


 世界で一番可愛い女の子? そんなの照菜ちゃんに決まっています。ですが、このエロ本さんと照菜ちゃんを知っているとは考えにくいです。そうなると、誰でしょう? ってこんなの分かるわけないじゃないですか!


 『そんなの分かるわけないじゃないですか?』


 『わかるよぉーだ。ヒントはワシが紳士ってとこ』


 ヒントとか嘘です。分かったのはエロ本さんは変態紳士ってことだけです。


 『えぇー。分かりませんよ。そんなの』


 『はい、もう時間切れぇ。十秒経ったもんね』

 

 『えぇー』


 悪質なマルチ商法のそれと同じやり口じゃないですか!

 

 『時間切れは時間切れじゃ』


 『じゃあ答えはなんですか? 今から考えるとかはダメですよ!』


 私は問い詰めるように念話しました。だって結構このエロ本さんめちゃくちゃなんですもん。怒ってはいませんけどね!


 『答えは唯花ちゃんじゃよ。ワシったらマジ紳士じゃから』


 『えぇー』


 と、否定的に返しながらも、エロ本さんの答えはうまいと思ってしまいました。まず世界一可愛いと伝えられ嫌悪感を抱く女の子がいるでしょうか? おそらくいないと思います。まぁバカにするようにそれを伝えられれば話は別ですが、このエロ本さんの場合はなんていいましょうか……おじいちゃんが孫を愛でるような気持ちで念話してきたのだと思うのです。それで少々、私の心がほっこりしてしまいました。その答え悪くないな、と。


 『まぁまぁ世界一可愛い唯花ちゃんに免じて教えてはやるぞい。こんな老いぼれの念話にも付き合ってくれたわけだしな。けど、それはそれこれはこれで、ワシは唯花たんの抱擁を要求するぞい。これは絶対じゃ』


 あ、結局教えてくれるパターンですね。イージーパターンですね。

 

 はいはい、と私はギュッとエロ本さんを胸の高さで抱え込みます。

 

 『これでいいですか?』

 

 『ふむ。良きかな、良きかな。弾力があるのは若さゆえよ。では魔導書の場所を教えるじょ。ずばりワシを取り出したとこから四つ右じゃ』


 ……案外近いですね。


 『深く感謝します』


 『おうよ、唯花ちゃん。いい魔法使いになれよ。そしてワシみたいな漫画のようにいい言葉を紡いでいけよ。言葉ってのは誰でも使える魔法だからな。その一つ一つ語で人の心を動かす魔法だからな。だから優しい言葉を育てていきなさい。面白い言葉を育てていきなさい。そうすれば、唯花ちゃんの周りもその言葉に動かされ、困った時に暖かい言葉……魔法を送ってくれるからな。まぁ年寄りの言葉だと思って心の片隅にでも止めとくんじゃよ』

 

 はい。その言葉、心に留めておきます。

 げんに私は梨空の言葉魔法に救われていますから。経験済みですから。

 

 『また会いましょう』


 『おうよ』


 私はエロ本さんを本棚に戻します。そうしてから、ここまでの念話を聞き取っていた梨空に微笑みを向け言います。


 「楽しいですか?」


 梨空は微笑み返します。

 

 「はい、とても楽しいですよ。魔導書さんとも念話してくださいね」


 「もちのろんですよ」

 

 私は弾みように声でそう返すと、エロ本さんから右に三つの本を右手でまたぎ、教えてもらった通り四つ目の一冊を胸膨らませ取り出します。 




〜〜今回の途中結果〜〜

中野ブロードウェイに、ないアニメグッズはないです。

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