第8話 私と梨空さん②

 時刻は正午。私と梨空さんの現在地は萌え溢れる秋葉原の中央通りです。


 で、今回、市役所の依頼盤に多く張り出された依頼紙の中から、私は、修羅りんの確保、という依頼を受注しました。この依頼のランクは星三。ちなみに星一でアフリカゾウを怒らせるぐらいの危険度、星二で腹ペコライオンの群れに囲まれるぐらいの危険度、そして星三に関しては一個小隊を一人で相手取る危険度と言われています。


 それでこの依頼での確保対象、修羅りん、こいつを確保するにはまず発見からです。修羅りんの正式名所は、鬼科萌え属修羅りん、主に悪質で過激な萌え思想を持つ人に寄生し、その媒体に激しい怒りと執着心を与えます。よって寄生されたまま対象を放っておくと、ストーカー殺人などの重度の犯罪が起こってしまう可能性があります。日本という国で魔術という存在が認められておよそ六年、こういった危険因子を排除する依頼も増え魔法使いには案外住みやすい国になりました。昔は魔法という類すら一般の方には信じられていなかったのに。


 私は辺りをキョロキョロと見回す梨空さんを横目に見ます。彼女にとって秋葉原の賑わいは新鮮なものなのでしょう。


 「梨空さん。念のために聞いておきますが、魔物は探知できますよね? ほら一般の人には魔物の類は認識できないので」

 

 「もちろん大丈夫です。魔物は見ることができます。私だって人魚の姿の時は魔物としての対象ですし……もちろん、今は人型なので人間対象ですが」


 そうそう、人魚は魔物(人魚姿)から人間に対象を変えられる珍しい種族でした。新潟での梨空さんとの出会いで把握しています。

 

 「話変わりますが、秋葉原の感想はありますか?」


 「はい! アニメというものはもちろん海にもあったのですが、ここまで発達したアニメ文化は初めて見ます。お店などに貼ってあるアニメの模様紙も可愛いですね。見ていて飽きません。ワクワクします」


 そうですか。アニメが好きなのですか……私も嫌いじゃないのです。


 「よかったです。また話は変わりますが、今から修羅りんを探します。見たことはありますか?」


 梨空さんは申し訳なさそうな表情を浮かべます。


 「いえ、ないです。ご教授お願いします」


 「はい。まず修羅りんのの特徴から言うと、幼女に鬼の角を生やしたような見た目で、萌えキャラっぽく着物を着ていることが多いです。で、どこにいるかというと、悪質で過激な萌え思想を持つ人の肩に乗っています。肩車された子供みたいに乗ってます。以上です。あとはもう、なんとかして修羅りんを対象から剥がして確保するしかないです。あと、角を折ると大人しくなります」


 「……その、大胆ですね」


 すいません。ザックリと生きてきたもので、バッサリと要点だけを伝える主義になってしまったのです。特にあなたに対しては。

 

 「はい。簡潔にが私のもっとうなので」


 梨空さんは気さくに微笑みます。

 

 「シンプル イズ ベストの精神。素晴らしいです」


 いえいえ、なんでも褒め言葉に変換できるあなたの方が素晴らしいです。私には到底できない芸当です。


 「さて早速、秋葉原の中央通りまで来たわけですし修羅りんを探しましょう。えっと、私はソ◯マップ側を探すので、梨空さんはド◯キ◯ーテ側をよろしくお願いします」


 そう言い、私は斜め前にあるド◯キ◯ーテを指差しますと、なにやら哀しげにな笑みを浮かべる梨空さん。


 「……やっぱり、私と行動したくないのですね」


 私はこの言葉にゴクっと喉を動かしました。

 

 いやいやいやいや。もういいでしょ。もう十分仲良くしたじゃないですか。やめましょうよ、こんな茶番やめましょうよ。私とあなたは違うんです。ここまで梨空さんという緊張の中、電車を使い、少々歩き、いつ照斗君の話題が出るかとヒヤヒヤしながら来たんです。そろそろ一人の時間という名の自由をくれないと、私、その、暴れちゃうぞぉ……。

 

 と、内心ですごく葛藤かっとうするのですが、


 「その、唯花様。申し訳ございません。また出すぎた発言をしてしまいました。すいません。すいません……」


 ペコペコと頭から腹部にかけ上下運動を始める梨空さんを見て、どうしようもなくやるせない感情が私を支配していきます。もうたまりませんね。これじゃあ私が常に悪者みたいじゃないですか。そもそもなんで私みたいな根暗と仲良くしたがるんですか? 梨空さんの性格ならば他にいくらでも友人なんてできるはずです。あ、もしかしていじめですか? 気にくわないから、こうやって仲良くするように脅迫して、困った私の顔を見て蔑み楽しんでいるんですか? ってまた自分の価値を自分で下げる思想感。為体ていたらく。あぁもうしんどいです。しんどすぎます。これから罪悪感と自己嫌悪感に負けて口走る内容に。勝てない告白できない私に。


 「……あの、分かりました。一緒に行動しましょう」


 私が私を嫌いにならようにと自分のため紡いだ言語。そんな張りぼてで偽善者の言葉にさえ、梨空さんは笑顔を持って迎えるのです。


 「ありがとうございます。やはり唯花様はお優しいですね」


 「いえ、それほどでもあります」


 私は捨て台詞のようにそれを吐き捨てると無言で歩き始めます。梨空さんはそれに黙ってついてきます。


 まず最初散策ポイントは、と◯のあな、です。横には、アニ◯イト、があるのでそこもあとで見ていきます。ちなみにどちらともアニメグッズの販売を主としたお店です。秋葉にきたならどちらも目を通すのが鉄板です。


 人混みの中、五分もかからず最初の目的地に無言で着くと、私は梨空さんにちらっと一度だけ視線を投げました。


 「入りますよ。修羅りんを見つけたら一撃で仕留めてくださいね。そのコツとしては殺気を隠し、静かにです。修羅りんが店内で暴れてしまうと店ごと破壊されてしまうのでくれぐれも慎重に一撃で、一撃でお願いします」


 「はい! 大丈夫です。深く眠っていただきますので」


 私はにっこりと微笑む梨空さんの左掌ひだりてのひらを軽く握ります。これは店内の賑わいの中、海生活の長いお姫様を迷子にしないためです。決して特別な感情はありません。


 「梨空さん。これは別に深い意味はないです。ただ迷子にならないようにです」


 梨空さんは頬をほのかな桃色に染め、なぜだか嬉笑を用います。


 「はい、私を導いてくださいませ、唯花様」


 私は梨空さんの左手を引っ張り店内をリードしていきます。


 と◯のあな秋葉原店Aは地下1Fから7Fまであり、それぞれ売っているものが違います。そこんところを大まかに言いますと、1Fは雑誌とコミック、2Fと3F主にライトノベルエリア、4Fと5Fは一般向け同人誌エリア、6Fと7Fは成年向け同人誌エリア、そして隠しエリアである地下1Fは、その、未知なるエロティカルエリアとなっています。


 修羅りんは悪質で過激な萌え思想を持つ人に寄生するので、やはり過激な、その、エッチな内容があるところがいいと思います。あ、決してエロという成分が悪質というわけではないのです。ただ過激という部分はいくらかクリアしていると思うので、あの、そういうことです。


 で、地下1Fはレベルが高すぎるし、梨空さんと一緒に行くのは辛すぎるものがあります。だから、私達は1Fの人混みを退けながら、階段を昇り、6Fに足を踏みれました。ここは説明した通り、成年向け同人誌を扱っているエリアです。


 こういう成人向け同人誌がある場所には、案外女子の方が多かったりします。その証拠にこのフロアには女子が圧倒的に多く、マンドラゴラの生えている腐女子勢の方もしばしば。ですが、今はその方々のマンドラゴラに付き合ってる暇はありません。


 はて?といった様子の梨空さんは右手で隣の本棚から一冊の本を取り出します。刹那せつな、プファ〜と沸騰したように耳を真っ赤にさせ、たどたどしくその表紙から視線を逸らす、ちらっ(見てる)、視線を逸らす、ちらっ(ガン見)を五秒間ほど繰り返し、やっとのことで元の場所に返還します。


 「唯花様! 日本はアニメ文化が発達している国だということは知っていましたが。まさかここまでとは! 私は胸が熱くなるのをヒシヒシと感じております。この同人誌なるものを書いた人も大変素晴らしいです。これほどまでにそそられる表紙を書くことができるなんて……もう神ですね。もうこれは性的興奮を促進させるものではないのです。一つのアートなのだと私は思いました」


 いや、私、これになんて返せばいいですか? むしろ返さなくてもいいですか?

別に先ほど梨空さんがチラ見していた同人誌の表紙に羞恥の感情はないのです。ただ、それを褒めちぎる彼女の笑顔が、なんだか、えっと、直視できません……私的には普通に恥ずかしがってくれた方が茶化しの笑みを浮かべれた気がします。


 「……そうですか。よかったですね。このエリアには私の見る限り修羅りんはいないようなので7Fに行きましょう」


 7Fも成人同人誌エリア。修羅りんがいる可能性があります。


 「はい、唯花様」

 

 二人で階段を昇り、一階上へと足を運びます。そして7Fに着くと私は運良く一目で修羅りんを発見しました。


 ひそっと、私は梨空さんに耳打ちします。


 「今、あの一番奥で本を立ち読みしている女の人。あの人の背中に乗っている鬼の角を生やした幼女が分かりますか? あれが修羅りんです。わたしが一撃で失神させますのでよくみていて下さい」


 「わかりました」


 私は左手の親指と人差指以外を握りこみ、銃の形にし、標的の修羅りんに向けます。そうしてから電魔法のイメージ……電撃が走るような激痛のイメージを左手の人差指に蓄積させるのです。私が雷魔法に集中してから三秒後、左手に作られた銃に電撃を装填そうてんし終わり、そのまま一気に放出。


 私の雷弾は稲妻の如く修羅りんを射抜き、地面に標的を叩き落としました。もちろん寄生されていた女の人も感電で気絶し、膝からぱたりと座りこみました。


 一連の流れを見て、複雑そうに含み笑いを晒す梨空さん。

 

 「流石です。唯花様。って私の役目ありませんね。すいません」


 確かに。なんかすいません。報酬は半々にするので見せ場がなかったのはお許しください。


 「そんなことはありませんよ。たまたまうまくいったでけですから」


 と、言っても自信しかありませんでしたけどね。自分の魔法に対しては。


 私は未だ繋がれた右手を引っぱり、梨空さんと倒れ込んだ修羅りんを確保しに動き出します。近づいていきます。フロア内はいきなり女人が気絶したことにざわつき始めましたが、それは心配はいりません。なんたって気絶しているだけですから。もちろん、修羅りんも魔物なので一般の方からは見えてないです。


 修羅りんとの距離が潰れていき、ついに目の前へ差し掛かると、私は真っ先に左手を伸ば……


 「唯花様!」


 気の緩みが招く不幸。傲慢の証明。

  

 刹那、宙を舞う警告と鮮血。痛みはありません。梨空さんがその身体で私を庇ったのです。


 倒れこむ梨空さんが見つめ、心に残響するノイズのような雑音。

 

 油断が生んだ取り返しのつかない事態。浅かったです。修羅りんを失神させる電圧に届いていなかったんだ……。

 

 急速に脳内に熱が込み上げてくる。自身に激怒していた。

 

 ……落ち着け私。まずは梨空さんとこの場を守るために。修羅りんを殺す。

 

 私は一瞬で心に悪を呼び集めます。純粋な黒い感情を。私の中で負をたらしめる存在を……。闇からさらなる闇を。修羅りんに対する怨念を。


 「死ね」


 闇の魔法は死の言霊。漆黒よりも黒く、奈落よりも残虐。命を持て遊ぶ術があるというならば、これがその術だと私は確信している。


 修羅りんの目の輝きは瞬時に消え失せ、ばたりと沈むその幼女の姿には痙攣というなの死への執行猶予。発動したら止められぬは魔法の常。抗うこともできぬまま修羅りんはしかばねになっていきます。


 横たわる梨空さんはショック状態。右手は肩から捥げていて、出血が止まりません。私はまるで【白雪事件】の狂気を鮮明に形取るかのような現状に、崩壊しそうな自身の心の轟音を聞きました。


 「助けなきゃ……助けなきゃ」


 もう誰も殺させはしない。私の前では絶対に。もう嫌なのです、あの日の無力と、呪いを受けることでしか罪に答えることができなかった自分は。


 得意の炎魔法で左手に火玉を生成し、一気に出血部位を焼き上げ出血します。さらにスマホで119番にコールすると、私は梨空さんに自分勝手な懇願を、


 「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい…ごめんなさい……」

  

 繋いだ右手強く握りしめ繰り返すばかりなのです。

 

 ***


 次の日の午前三時。

 

 とある病院の個室ベッドの上、梨空さんはそっと目を開けました。


 それを取り囲んでいるのは照斗君、照菜ちゃん、私。


 第一声に声を掛けたのは紛れもなく、

 

 「梨空さん。ごめんなさい。私を庇って、それで」

 

 罪悪感と自己嫌悪に身も心もどっぷりと沈んだ私です。


 梨空さんは全てを察したようにただ優しく微笑みかけました。

 

 「唯花様、いいのです。私も少しは役にたてて嬉しかったんですよ」


 懺悔。その念が満潮のように心を満たしていきます。そして、目の前で許しの言葉も言わず、ただ一言『嬉しかった』と伝えた彼女に私は情動抑えきれず涙しました。

 

 「嬉しいなんて言わないで下さい。私は梨空さんを傷つけました。自惚れていました。私は過去からなにも学ばない愚者でした。どうか……私を罵ってください。でなければ私はもう」


 梨空さんは私の泣き顔を見つめ、困ったように笑います。

 

 「ならば、とびっきりの報酬を下さい。それで許してあげます」


 ……そんなんでいいのなら。私は今回の修羅りんで得た二千万の小切手を、着ているワンピースのポケットから出して梨空さんの前に持っていきます。


 「梨空さん、すいません。不謹慎ですが、私はあなたが倒れている時に修羅りんを市役所に持っていきました。あのままお店に放置はできませんから」


 それを聞くと、小切手を未だ受け取らず、なにか思い出したようにそわそわと動揺する梨空さん。

 

 「その、被害はでませんでしたでしょうか?」


 ……まだ周りの心配をするのですか。

 

 「と◯のあなについては大丈夫です。陽気な店長さんが話題作りになると許してくれました。それに私は、魔導保険、に加入しているので損害賠償も大丈夫です。警察にも事情は説明し終わってます。あと、修羅りんに寄生されていたあの女の人は逮捕されました……連続殺人犯だったんです。梨空さんお手柄ですよ」 


 一件の内容にほっとする梨空さん。私が目の前に差し出している二千万の小切手を見つめ微笑みを見せます。


 「私はいりません。照斗様と照菜様に分け与えてくださいませ」


 これに対し、照菜ちゃんと照斗君が同時に強い口調で言います。

 

 「ダメだよ、そんなの!」「それは梨空さんが受け取るべきだよ」


 二人の必死な様が面白かったのか、梨空さんはクスッと噴き出すように笑い、私達三人に一度づつ視線を送りました。


 「私はとびっきりの報酬といったんですよ。こんなんじゃ割に合いません。私が欲しいのはあなた達……三人の心です。本当の友たる証です。だからもういいのです。十分すぎるほどにここにいただいたではありませんか」


 梨空さんは自身の右肩と右腕を結ぶ縫い目を微笑ほほえましく見つめ、恥じることなく私達に見せつけます。


 「よく縫えてます。これは白龍のひげですね。これなら一週間もすれば問題なく動かせますね」


 私はその言葉にとっさにこうべを垂らします。


 「ごめんなさい。ここにいる三人で縫ったんだけど、やっぱり傷跡はいくらかは残っちゃうと思う……本当にごめんなさい」


 女の子に傷。到底、許されるものではありません。罪に対しこれしかできない自分が情けなくて嫌いになります。

 

 「唯花様。どうかおもてをあげてくださいませ」


 心地よい柔らかな声に恐る恐る顔をあげると、満面の笑みが私の心を射抜き、


 「言ったはずです。私はをいただいたと」


 さらに私の涙腺を揺さぶる言葉。この言葉思いの意味を考えるだけでじんわりと心の不純物が溶けていきます。そしてなにより、周りの気持ちを尊び、慈しみ、これを言った梨空さんの姿に私は……。

 

 今までの梨空さんへの私の接し方、梨空さんがくれた言葉感情、そして身を呈して私を守ってくれた事実、いろんなことが心を駆け巡り……、


 「ありがどぉっ。梨空さぁん」


 私は三人の目もはばからず号泣するしかありませんでした。






 〜〜今回の依頼結果〜〜

 ありがとうとしか言えませんでした。

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