第7話 私と梨空さん①

 お金は使えばなくなる。これはこの世界の真理です。

 そして魔術研究にはお金がかかる。これもいわゆる逆らえない真理です。


 私はそのことについて考えました。深く考えました。どこかにこの真理を突破できる脱出口がないかと。


 ですが、考えれば考えるほど労働意欲がなくなり、


 「働きたくないです」


 二時間自室のベッドで一人、出した答えがこれです。そう、私はクズなんです。圧倒的クズなんです。


 怠惰たいだを貪る私ですが、今までの魔術研究資金。この屋敷の家周りのお金。全て自己負担しています。ここで言う自己負担とは親に資金を恵んで貰わないということです。ちなみに父は世界を牛耳っていて、母はその父を手玉に取っています。私は二人とは大ゲンカをして、今は別居中です。


 さて、私がどうやって資金を稼いでいるのか。本質に触れていきましょう。それはまずパソコンにあるチカチカしたアイコンをクリックして……なんてことではないです。安心してください。本当のところは依頼を受けるのです。もちろん、ただの依頼ではありません。ちょっぴり危険で、魔法を駆使しないと達成できない類のやつです。どこでその依頼を受けられるのかと申しますと日本全国にある市役所です。


 三年前の日本で、市役所ギルド化法案、というものが可決され、日本の市役所はいろんな人からの依頼紙を貼られるようになりました。さらにその一年後、次は、市役所リアルギルド化法案、という法案が可決。これにより日本の全ての市役所がいわゆるRPG風のギルドなりました……もちろん、ちゃんと確定申告とかは受付の人がやってくれます。そこらへんは抜かりないです。この法案で主に変わったとこといえば、お酒が飲める場になった、受付嬢が全てバニーバールになった、とにかく騒がしくなった、この三つです。で、なぜこの法案が国で通ったか、それは未だに『日本七不思議』です。きっと裏で物凄い大きな力が働いているのだと思います。RPG好きな魔法使いの……父の。


 何はともあれ行動するべきです。私はベッドから重たい身体を起こし、くにゃくにゃした弱い心に鞭をペシンペシンと打ちつけ、自分を奮い勃たせます。


 「やりますか……やりますか。がんばって」


 ベッド横にあるエナジードリンクを手に取り、そう高らかに自心を鼓舞させるよう宣言しました。

  

 ***


 午前十時。とある市役所の入り口扉を開く私に電撃走ります。

 

 「唯花様? 唯花様ではありませんか。こんなところで会えるなんて嬉しい限りでございます」

 

 偶然の一致か運命の合致。それとも神の悪戯か。梨空さんが私の後ろ側から訪ねてきたのです。


 正直、気まずいです。木曽の実家の件と、私の勝手な嫉妬心で。


 「いえ、その、人違いではないでしょうか」


 顔を斜め下に向ける私は、今言った言葉の残酷さに忸怩じくじの様子を隠せません。魔法使いどころか人間失格な諸行です。


 「いえ、そんなことはありません。私が至らないことは分かっております。ですが、どうかふつつかな私避けないで下さいませ。なにとぞ避けないでくださいませ。お願いします。お願いします……」


 懇願するかのようにペコペコと会釈を繰り返す彼女。その様子は、はたから見れば私がなにかを強要しているのにも見えなくもないです。しかもここは市役所のもといギルドの入り口です。超絶目立ちます。新手の羞恥拷問です。


 あぁもう、と私は彼女の手を取り市役所の中に入っていきます。入り口前は目立ちますが、ギルド化された市役所内ならばその賑やかさから梨空さんの懇願が目立つこともないでしょう。


 「ここに座ってください」


 「あ、はい」


 一番近くにあった円卓席の木椅子に梨空さんを座らせ、私はそれに対面する木椅子に腰を下ろします。


 辺りは市役所リアルギルド化法案がよく効いているのか、老若男女問わず、いろんな人達が円卓席でお酒などを嗜み、うるさいぐらいに会話声が離散りさんしています。


 そんな喧騒けんそうした場で口ごもる私。なにせ、梨空さんと話すことがなにも思いつかないのです。その様を見て、彼女はよそよそしくそれでいて周囲のうるささに負けないはっきりとした声で言います。


 「唯花様。私はここに働きにきたのです。日野家にお世話になってもう五日。未だになにもみなさんに恩返しもできていません。ですので、ここで依頼なるものを受け、金銭を得、せめて居候するに値するお返しをしたいのです」


 なんていい子なんでしょう。日野家に居座る理由なら自身が生態研究対象となっているということで十分なはずです。それなのに働くなど……。

 

 「……左様ですか」


 「はい、ですが私一人ではいささか心もとないと、ここに来る時から思っておりました。そもそも長い海生活で市役所という場所にきたことがない私。照斗様のパソコンを不器用ながらも使い、調べ、やっとのことで現在に至るのです。ですので、もしよろしければ私と一緒に依頼なるものを受けてはくださいませんでしょうか? ご検討願います。なんでもしますから」


 初々しくも決意を秘めた水色の瞳。なにかを成し遂げようとする強い意志がメラメラと燃えたぎっているのを感じます。それは威厳にも似ていて、やはり海を治めていた女王なのだと痛感せざる得ないのです。


 だが、断る。嫌なもんは嫌です。あなたといると嫉妬しますから。


 だって私には【始まりの呪いりんごの呪縛】がありますから。梨空さんから照斗君の話を聞くのは避けたいのです。彼の名前を自由に呼べ、彼に好意を抱き、告白する自由を持っている、そんな梨空さんは私には眩しすぎるのです。

 

 「いや、これから私が受ける依頼は超ハイリスク、超ハイリターンみたいな依頼です。下手をすれば死んじゃいますよ。照菜ちゃんか、助手君が学校から帰ってきたら普通の依頼を手伝ってもらえばいいと思います。とにかく私と梨空さんが組むのは一時的といっても無理だと思いますよ」


 無機質で冷徹な声で私は言いのけました。ここで梨空さんと仲良くなんてことになったら、私は一生、劣等感と嫉妬と仲良くするということです。考えただけでもゾッとします。今だって彼女には心の奥底で海に帰って欲しいと思ってます。またその感情を抱くことが自分を生理的に嫌う理由になってて……とにかくいいことこなんてないです。


 「いえ、照斗様と照菜様に御足労を願っては恩返しになりません。本末転等になってしまいます」


 確かに。全くその通りです。


 「なら、簡単な依頼を一人で受けてやればいいのではないでしょうか?」


 こちらも真っ当な意見を返していきます。


 ですが、


 「……私のこと本当に嫌われているのですね」


 潤んだ瞳でこちらを凝視し、か細い声でそれを言われ、罪悪感というなの枷が私の心に酸素を送ってくれなくなり、ダメです……このままじゃ。


 あ、ちょっと苦しすぎます。自分への嫌悪感もピークです。

 

 ごほん、と右手を添え咳払いをすると私は梨空さんに負けたことを宣言します。いや宣言せざる得なかったのです。


 「いや……その、嫌いではないです」


 言った途端、梨空さんは勢い良く蒼色の髪を揺らし、水色の瞳に輝きが私を射抜きます。


 「その、えっと、本当ですか」

 

 「……はい、嫌いじゃないですよ」


 そうです。梨空さんは嫌いではないのです。梨空さんから勝手に負の感情を宿す自分が大嫌いなのです。


 「じゃあ、あの、一緒に依頼を受けてくださいお願いします。私頑張ります。最高に頑張りますので。危険だって乗り越えます。なんなら私が危なくなった時に助けてもらえなくも全然いいので。とにかく一緒に、唯花様と一緒に依頼を受けたいのです。私はここで唯花さんと会ったのは運命だと思っているので」


 言葉に勢いと熱が乗っています。私もこれに対し、断る理由を探します。探しますが全くありません。っていうかこんなに懇願されて断れる精神を私は持ち合わせていませんでした。無理です。お手上げです。


 「分かりました。本当に超危険な依頼を受けますよ。でないと報酬がたくさんもらえないので」


 とはいえ人魚姫だった梨空さんです。私の父ほどではないにしろ、まとっている魔気量は見る限りかなり高いです。戦闘においてはかなり役に立つでしょう。


 「はい、もちろんです」


 やったぁやったぁ、と梨空さんの顔から元気百倍が溢れでているのを見て、さてどうしたものかと顔を歪める私。


 

 ……こうして長い長い大変な一日が始まるのを私は悟ったのです。



 


 〜〜今回の途中結果〜〜

 なんなんでしょうか。ほんとに。

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