第4話 人魚(姫)の生態を求めて②
さぁ物語の続きを紐解きましょう。人魚姫というなの大海に匹敵する神秘を。
照斗君が洗脳した人魚姫。その生態研究は場所を移動するところから始まりました。まず怖がりな私と照斗君は海からとにかく離れたいと思いました。人魚姫は海を統べる海界の王女です。
これらの情報は洗脳している人魚姫から聞き出しました。ちなみに人魚姫のヒレも陸に上がると同時に人間の足に変化しました。ただ想像してください。なにも着込んでない下半身のヒレ部分がいきなり人間の足に変化するんです。当然、人魚姫の下半身すっぽんぽんになりましたよ。はたから見れば完全に
で、現在は新潟から逃げに逃げて久しぶりの長野に木曽にある実家です。まぁ実家っていっても両親はいませんし、私が小学一年生にあがる時には父の都合で東京にある別宅の方で暮らしてたので思い出は薄いです。建物自体は昔ながらの
実家の大間にて。私、
「おねえちゃん。いきなり実家帰りなんてどうしたの? それに人魚さん連れてきちゃって大丈夫? 人魚さんのお母さんとお父さん心配しちゃうよ」
掘り
「申し訳ないのです。実は普通の人魚ならこんなことはしないのですが、運がいいのか悪いのか、照菜ちゃんの横にいる人魚様は人魚姫なのですよ」
照菜ちゃんはプスリと笑います。
「そんなことあるわけないよ。だって人魚姫は海界を統べる王女なんだよ。私が読んだ
と、なにかを言いかけて照菜ちゃんは人魚姫を凝視します。そして3秒後、そのロリな瞳から悟りが見え隠れします。
「えっ? おねえちゃん。ガチめ? これガチめなやつ?」
私はなにも言わずにコクリと頷きました。さらに三秒後。
「……おねえちゃん。あのね、おねえちゃんの気持ちは痛いほど分かるよ。私もノーベル魔術賞を狙ってる一人だから。でもね、照菜の中でノーべルおねえちゃん賞はおねえちゃんだけなんだよ。研究心があることはいいことだけど無理しすぎないでね。おねえちゃんの代わりはいないんだよ……ってことでおねえちゃん。私たちはもう後戻りができません。このまま人魚姫の生態を調べるのはいいんだけど、そのあとは?」
静かにそれでいてズシリと重くなる空気の中。私はゴクリと唾を飲みました。
「……そのあとってなんですか?」
「おねえちゃん。人魚姫の洗脳魔法を解いて、『ありがとう。もう生態調べ終わったから海に帰っていいよ。ピース♡ピース♡』なんて展開にはできないよ。人魚は上級魔族。いくら兄様の洗脳魔法が優れているからといって、洗脳されてた間の記憶をすべて消すなんて無謀。つまり海に人魚姫を返したら、軍団引き連れて私たちを骨ごと魂のルフランに還してくれるよ。もしかしたらそれよりつらい
ひぇ〜〜。この効果音みたいなやつが心の中で反響してます。余りにも人魚姫という存在に胸躍りすぎ、生態調査後のことなんて頭から抜けていました。
ちなみに自身の妹の発言により、兄である照斗君の表情はFXで有り金すべて溶かした人みたいな顔になってます。そうです。あの顔です。某アニメの『ぬ』と『へ』の区別がつかないあの顔です。
主犯二人は沈黙しました。
「
えっ? 希望の風が吹いた気がしました。
「どうやってですか?」「マジで?」
「一つ目の方法。これは闇から闇へだよ。とある特殊な超強酸性の液体が私の魔術研究室にあるんだけど、それを使うと人間一人骨ごとこの世から消せるよ。人魚姫だってきっと泡も残らないと思う。罪悪感と、溶かす前よりも量が増したその液体は残るけど」
……私はなにも聞いてないです。私はなにも聞いてないです。私はなにもきいてないです。私はないも聞いてないです。私はなにも聞いてないです。私はなにもき
いてないです。ないです。ないです。ないです。です。です。
「二つ目の方法も言うね。このままずっと洗脳状態にして隔離。一つ目の方法よりは罪悪感を痛めないですむけど、毎日、人魚姫を見るときに後悔が心をよぎると思う」
……逃げちゃダメです。逃げちゃダメです。逃げちゃダメです。逃げちゃダメです。逃げちゃダメです。ダメです。ダメです。ダメです。です。です。
かつてこれほどまでに追い詰められたことなんてありませんでした。見てください、照斗君の表情。眉下に影ができすぎてイースター島のモアイ像みたいになってますよ。
「三つ目、洗脳を今すぐ解いて、全力で謝って、お友達になる。この方法は成功率低いよ。おすすめしないよ」
「いいですね。お友達」
え? 私はまだ照菜ちゃんに対し発言を返してません。それに照斗君にしてはやけに綺麗すぎる声です。それはそれはお姫様のような……。
「「「人魚姫様?」」」
三人同時でした。シンクロ率100%です。
「はい。どうされましたか? あ、申し訳ございません。聞き耳を立てるつもりはなかったのです。ただ……洗脳魔法がついさっき解けてしまい、どこから会話に入ろうかと思いまして。悩んでしまって。御三人で楽しそうだったので。
唖然としました。
「えっと、私の名前は照菜。
「……私の名前は
「あの、僕の名前は
人魚姫……
「
***
かくして
まず、
で、さらに条件としてもう一つあります。それはホームステイさせてほしいというものでした。梨空さんは現在、家出をしているらしいのです。理由は
現在、私と梨空さんはパイプ椅子に座り、実家の裏にある物置小屋にます。ここには昔、幼稚園児の時に使っていた研究道具があり、それらは管理さんにより綺麗に保管されているのでいつでも使えます。空間イメージとしては小学校の理科室って感じでいいと思います。ちなみになぜ私と梨空さんの二人きりかというと、梨空さんがそうして欲しいと事前に言ってきたからです。まぁ生態研究をするわけですから、それなりにエッチな想像をするのは分かります。見られる対象は少ない方がってことですね。
「梨空さん。唾液を採取したいのでこの試験管に入れてもらってもよろしいですか?」
「……はい。やっぱなんか照れますね」
試験管を受け取ると、さらりとした透明な唾液を試験管に入れていきます。
「これでいいですか?」
「はい、大丈夫です」
梨空さんの唾液の入った試験管を預かり、机の上に用意したデンプン粉を入れ試験管立てに設置します。もしこれが三分して糖分に変わっていれば人間の唾液に非常に近いかもしれません。この方法は小学校の時に習う唾液内のアミラーゼの働きですが、こういう時には割と便利です。
「なにをお入れになったんですか?」
「デンプン粉ですよ。三分ぐらいしてから机にあるヨウ素液を入れるんです。デンプンが分解されてない場合は青紫になります。その場合、人間の唾液にとても近いかもしれないです」
「なるほど……私から一つ聞きたいことがあるのですが」
それを言う梨空さんの顔は少しほってて色づいていました。熱でしょうか。人魚の生態的に陸があわないということも考えられます。
「なんでしょう? それよりお身体大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。人魚で何年も陸で生活をする方もいらっしょいますので。それより、照斗様とはどういったご関係ですか?」
「あの人は私の助手です。たまに暴走するのですよ。……でもまぁ一生懸命なところもあるのですよ」
「……助手ですか。それは恋人みたいなものでしょうか?」
「違うのです。絶対的に違うのです!」
梨空さんは実家の方向に一回顔を向けると、私の目を覗くように見つめます。
「……なら私。いいですよね」
「なにがですか?」
「照斗様に一目惚れです。運命を感じました。洗脳魔法が解けた時、未だにこの気持ちがあることで確信しました」
今、プリンを思いっきり顔面にブッ込まれた気分です。わけがわかりません。いきなり恋愛テンプレなのですか? それに出ましたね、一目惚れパターン。こいつはどんなフラグをもへし折るチート級の言葉です。よく恋愛漫画を見てみてください。何人もの恋のライバル達がこの設定の主人公に負けています。
まぁ好きにすればいいのです。ホモ疑惑のある池山君(男)と結ばれるよりは確実にいいでしょう。そう好きにすればいいのです。
「いいんじゃないでしょうか。
梨空さんの頬はさらにに色づき、頭の上から湯気が出そうなくらいです。
「いえ、私こそ照斗様に釣り合うかどうか。そもそもいきなり告白することなんて私には到底できません。今はちょっとずつ距離を詰めれたら……最高です」
なにを言っているのでしょう。そんなことは聞きたくもないのです。
私が聞きたいことは一つ。
どこですか。どこなんですか。照斗君の一目惚れしたとこはどこなんですか。
「梨空さん。私は助手君のどこをどのように一目惚れしたか聞きたのです」
「……唯花様。そんなに強く問い詰めないでくださいませ。私が照斗様に一目惚れしたところはまず優しさです」
そんなの出会ってすぐにわからないです。人魚は口からデマカセをいう習性があるんですかね。
「会ったばかりの助手君が梨花さんに優しさをみせた場面ありましたか?」
どうせ、顔がタイプとかそんな感じなんでしょう?
「ありました。それは私に対してではありませんでしたけど、唯花様と照菜様に対して優しさが滲み出ていました。それだけで優しさを見極めるには十分です」
模範解答を提出されたようなこの気持ちはなんなんでしょう。これに対し言い返すといいますか、次になに聞いてやろうと考える自分がどうしても好きになれません。
「……そうですか」
「はい。それに照斗様の見た目も率直にタイプですし、さっきの照菜様の会話に恐怖していた照斗様もかわいくて……なんだか愛おしかったです」
……愛おしい。その言葉が私の心をどっと沈ませていき、酸素を奪われたような心の悶えを促進させていきます。
そう、耐えられない。梨空さんという存在の輝きに。
「……そうですか。生態調査へのご協力ありがとうございます。私は唾液を調べるのに少々時間がかかるので、助手君のところに早くいってあげてください。きっと
「えっ? 本当にいいんですか? まだ唾液だけじゃないですか。それに美人だなんて……遠慮せずに言ってください。少々恥ずかしくても大丈夫なので」
「いえ、唾液だけもらえれば本当に大丈夫です」
梨空さんは困惑の表情を浮かべます。
「……左様ですか。では私はお言葉に甘えて行かせていただきます」
「はい、ありがとうございました」
足早に物置小屋を出ていく梨空さん。ひとりぼっちの空間。
私は唾液の入った試験管を取り、
色は変化しません。おそらく人間の唾と
今回の人魚姫の生態から分かったのはたったそれだけです。
まぁ圧倒的に人魚姫の生態研究にサンプルが足りてないのです。髪、皮膚、血液。これらも絶対に必要です。ですが、私はそれを提供して欲しいと言えませんでした。梨空さんといたあの時間、その中で自分が
その誘惑に私は勝てませんでした。
平気で彼の名を呼べる梨空さんに嫉妬しました。
「泡になってしまえばいいのです」
そう真面目に呟いた自分が嫌いです。大嫌いです。
だから今後、二度と私が梨空さんの生態を調べることはないでしょう。むしろ真剣にお話することもないでしょう。梨空さんと二人でいるなんてこと自体ないかもしれません。照斗君と彼女が二人でいる時はなおさら近寄らないでしょう。
***
……私は五年前、未だ解決されてない大量魔殺事件――【白雪事件】で、
【
【一番好きな人を名前で呼ぶ権利と告白する自由を奪われたのです】。
呪いは年月が経つごとに損失感と劣等感を強くしていきます。きっと私は梨空さんの恋心に対し、耐えきれないというか、邪魔してやろうというか、そういう負の感情を心にずっと置いておくことになるでしょう。これはとても恐いことです。なにかの拍子に梨空さんを傷つけてしまうかもしれません。下手をすれば嫉妬に狂い照斗君まで……。そうなれば照菜ちゃんも私から離れていくでしょう。
……私はいずれ語らなければいけません。【白雪事件】で起きた真実と私が呪われた理由を。大切な大切なあの兄妹のために。
〜〜今日の生態調査結果〜〜
嫉妬に燃える。恋に燃える。どちらも語句にも『燃える』が使えるんですね。
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