For I Love All Of You

あさき まち

第1話


「私たちって今付き合っているのかな。」



 私は、「付き合う」、「交際」、「彼氏」、「彼女」、などという言葉の意味するところがいまいちわからない。ニュース番組とかで、「交際中の男」などという表現を耳にするたびに、交際中と警察が判断した材料はなんだったのだろうか、と疑問を感じてしまう。「愛してるよ」のメールのラリー?それとも、”交際”一年記念の指輪か何か?肉体関係の有無?さっぱりわからない。


 私にも彼氏がいた時期はある。高校二年生のときにクラスメイトの子から、「付き合ってください。」と言われ、私もなんとなく「いいよ」と返事をしたことで、私にも彼氏ができた。それが本当に世で言うところの彼氏であったのかは疑わしいが、おそらく、その間に私が彼を殺していたのなら、「当時交際中であった女性」という表現で私は語られていただろう。それは私が彼と「付き合う」という契約を結んだから。けれども、契約後も私と彼の関係性はなんら変わることが無かった。キスはおろか、手をつなぐことも、「好きだよ」のラリーを交わすこともなく私たちの交際は終わった。

 私が一週間もしない間に終わらせた。


 私はこの出来事があるまで、誰とも「付き合う」という関係になることはなく、付き合ってから、どうすればよいのかがわからなかった。いや、正確にはわかっていた。わかっていたからこそ、恐ろしくなったのだ。

(付き合っているから)手をつなぐ。(付き合っているから)キスをする。(付き合っているから)セックスをする。

 これらの行為はすべて、「付き合う」というプロセスを経ることによって正当化されている。付き合うという契約には、様々な権利が絡んでくるのだ。

私が彼と付き合う契約を結ぶことによって、私は彼に対して、これらの行為を致す権利を所持するし、彼も同様の権利を所持する。しかし、私は別に彼とこれらの行為を致したいわけではない。

 そのことが恐ろしくなった私は、彼に、「ごめん、実は、他に好きな人がいたの。」とだけメールをして彼との縁を切った。


 付き合っていれば自然にそのような行為をしたくなるものだよ、とネットにも書いてあるし、友人も照らし合わせたかのように同じようなことを言う。私はそんな「自然に」は存在しないと思う。自然に生活していてどうして、男の子の唇に自らの唇を押し当てようとすることがあるの?どうして、どうして、どうして。そんなの不自然極まりないじゃない。不自然を自然だと勝手に思い込んでいるだけ。


 もし、女の子はみんな生まれてくる前から男の子の唇に自らの唇を押し当てることがプログラミングされているのだとしたらそれは仕方の無いことだとは思うし、自然なことだと認めざるを得ない。だけど、それならどうして、私はそのプログラミングから漏れてしまったの。

 私を回収して、プログラミングしなおさなくていいの?


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 私は、大学生になっても「付き合う」などという言葉に敏感なままであった。高校生のときのように「付き合って」といわれることもあった。そのたびに私は、「付き合って私とどうしたいの?」と質問を投げかけるが、皆断られたと思って逃げていく。まあ私もほとんど断る前提でこう聞いているので間違いではないのだが。

このため、私は、これまでの一年と少しの大学生活で彼氏ができることはなかった。しかし、一人だけ、気になる男の子は出来た。


 好きかどうかはまだわからない。でも、この人となら不自然な自然を演出できるのかもしれない、とはじめて思った男の子。それが田中君。

 田中君は、大学のサークルが同じ。私たちはジャズを演奏するサークルに所属していて、私はピアノ、彼はベースを演奏している。


 私と田中君は、多くの新入生が入る時期より、少し遅れてサークルに加わった。

「ジャズ研究会ってここであっていますか?」

見学にきたものの、部室に入るのが怖く、部室の扉の前で突っ立っている私にそう声をかける人がいた。

私はその声の方に顔を向けると、目鼻立ちが整っていて、身長が高く、すらっとした印象の青年が立っていた。これが田中君であった。

「多分そうです。私も今日はじめて来たんですよね。」

「すみません、先輩だと思いました。一年生だったんですね。」

田中君は本当に申し訳なさそうに私にそういった。


 私は、見た目からして、自分に自信がありそうな人という分類に田中君を入れたのだが、思いのほか田中君は腰が低かった。よくよく、服装を見れば、上は無印の白いシャツ、下はおそらくユニクロのジーンズ、と自分の見た目にはさほど興味がないことがうかがえた。私はその瞬間、田中君を気に入った。世の中には服装なんかで人は判断できないという人と、服装はその人のパーソナリティをよくあらわすという人がいるが、私は後者の人間である。田中君はきっと、自分の見た目で評価をされたくないのだろう。そういう服装をしている。よりシンプルな、より質素な服を、という考えを持っているのだろう。しかし、田中君のその服装は田中君の魅力をより一層引き出しているように思えた。


 部室の前で少し話をして、お互いに一年生だということがわかった私たちであったが、敬語のまま、「入りにくいですよね。」「何か楽器はやられていたのですか?」「ジャズは聴いたことありますか?」などという当たり障りのない会話をしていた。そんな会話を暫くしていても部室の中から人が出てくる様子も無かったので、私たちは部室のドアを開けた。いや、開けたのは田中君だったのだが。


 扉を開けた瞬間、様々な音が耳に入る。トランペット、ピアノ、ベース、ドラム。音の正体はこれらの楽器によるものであった。それぞれの楽器は力強い音で演奏されている、しかし、全体として一つに綺麗にまとめられている。疾走感と、調和、そのバランスが心地よかった。

 私はこれまでの人生、自ら進んでジャズを聴くことは全くなかったのだが、目の前で繰り広げられている演奏を聴き、このサークルに入ることはあっさりと決まった。即決であった。私の横にいる田中君も楽しそうに体を揺らして演奏に聴き入っている。

 さっき田中君と話している中で、田中君は高校からジャズを聴いているという情報をすでに私は持っていた。そんな田中君が楽しそうにしているのだから、この演奏はきっとすごいもので、田中君もサークルに入るのだろう。

私は演奏が終わるとサークルの代表にサークルに入りたい旨を伝えた。

案の定、田中君もその日のうちにサークルに入ることを代表に伝えていた。


部室から一緒に駅に向かった私と田中君は、探り探り敬語を取っ払っていった。


「これから、よろしく。」

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