荒切 弐

 テストの結果は散々だった。

 いや、正確にはまだ結果は出ていないのだが。

「椿、元気出しなよ」

「慰めてくれなくてもいいよ……舞ちゃん……」

 机に突っ伏しながら黒いオーラを出す椿に声をかけたのは、同じクラスで親友の藤田舞。

 美人で頭も良く運動神経もいい。

 だが、椿が羨んでいるのはそのことではない。

「遅刻したんだからしょうがないって」

「そうだね……ヤマも外れたしね……」

「ああ、また?」

「そう、また……」

「まっ、ご飯食べて元気出しなよ!」

 バンッと椿の背中を叩くと、舞は教室の机を寄せた。

「あっ! お弁当!」

「そう、お弁当の時間だよ〜」

「今日ないんだった!」

「ないって、椿がお弁当忘れ? 嘘!?」

 舞が驚くのも無理はない。

 椿は一日だってお弁当を欠かさないのだ。

「購買行ってくる!」

 勢い良く立ち上がった椿は、そのまま教室を飛び出して行く。

「明日、雨かな?」

 舞の呟きも椿の耳には入らない。

 とにかく急いで購買に行かねばならなかった。

 購買は戦場なのだから。

 そして数分後。

 戦いに敗れた椿が手にしていたのはあんパンひとつ。

「うう……これしか買えなかった……」

 今日に限って、購買のパンの入荷数が少なかったのだ。

「椿って本当、ツイてないよね」

 舞の言葉に、こくりと頷く。

 確かに椿はツイていない。

 今日だって、側溝に落ちかけてお弁当を奪われテストに遅刻してヤマも外れ購買では残りものしか買えなかった。

 がっくりとうなだれるように椅子に座る。

「うちにお参り来たら? 弁財天だからご利益あるよ」

 舞の家は弁財天社という神社である。

 つまり……

「金持ち神社! どーせうちは貧乏神社ですよ!」

「ははっ、スネないスネない」

 からからと笑いながら、舞が椿の肩を叩く。

 椿が舞のことを羨ましいと思うのは、神社が儲けているということ。

「今朝だって変なのに助けられてなかったら……」

「変なの?」

「うん、遅刻した理由」

 椿は簡単に今朝あったことを話す。

「へー、そうだったんだ。じゃあ、いいことあったんじゃん」

「いいこと? どこが」

 やや投げやりにあんパンにかじりつく。

「だって、コンクリートの側溝の蓋が割れるってヤバいでしょ。ヘタしたら大怪我してたかもよ」

「まあ……それはそうだけど……」

「あと、イケメンだったんでしょ?」

 舞の目がきらきらと輝いている。

 対照的に、椿の目は冷ややかだ。

「興味ないし」

「それがダメなんだって! せっかくの出会いじゃん、モノにしないと!」

「……彼氏なんか作ったらお金かかるし」

「ちょっと椿! いくら家が貧乏だからってそこまで制限しちゃ枯れるよ?」

「でもさ、そもそもお弁当箱返してって言った時点でドン引きでしょ」

「あー……そういえば、なんでソレ言っちゃったの?」

「新しいお弁当箱、買うのもったいなくて」

「とことん貧乏性だね、椿」

 長年の付き合いでよく椿のことを知っている舞は、同情の目ではなく面白そうに笑う。

「大体、お礼にお弁当寄越せなんて言う奴、おかしくてヤダし」

「贅沢言わない。お弁当箱返してって言っても変な顔しなかったんでしょ?」

「だって変な奴だもん」

「ふーん。どんなのか見てみたかったな。あっ、でも返しに来てくれるんでしょ? そこをとっ捕まえれば見れるかな」

「いつ? それにもう返してるんじゃ……」

 言いかけたところで、突如、教室がざわめきに包まれる。

 何事かと思い見ると、一角に視線が集中していた。

 その先を見て、椿はガタッと音を立てて立ち上がる。

「すっごいイケメン」

「誰かの兄弟?」

 そんな会話が飛び交うが、椿の耳には入らない。

 注目の主は、椿を見ると弁当箱の入った袋を持ち上げ軽く振る。

「よお。返しに来たぜ」

 なんでここに……

 それは今朝の少年。

 教室の中で異彩を放ちながら立つその姿は、浮世離れしているようにも見える。

 いや、実際しているのかもしれない。

 弁当箱を返しにわざわざ学校に来るとは、何を考えているのか。

「山辺の知り合い?」

「椿って兄弟いたっけ?」

 クラスメイトが更にざわつく中、少年は真っ直ぐ椿に向かう。

「まさか今朝の?」

 舞の問いかけに、椿は小さく頷く。

「ごちそーさん。うまかったぜ」

「それはどうも……って、だからなんで学校に!? 家に届けてって言ったのに! しかもどうやってここがわかったの!?」

「制服見りゃわかんだろ」

 それはそうだ。

 納得しかけて、思い直す。

 だからといって、学年も教室もわかるはずないのに。

「御饌が予想外にうまかったから、礼でもしてやろうかと思ってさ」

 コトン、とお弁当箱を机に置いた瞬間、少年の目が赤く光った気がした。

 だが次の瞬間には、もう漆黒の瞳。

「どういう……こと?」

「すぐわかる」

「きゃあああああ!!」

 誰かの悲鳴が聞こえ、すぐにそれが連鎖していく。

 椿には何が起こったのか理解出来ないまま、教室は混乱の渦に巻き込まれていた。

「来たか」

 騒ぎの中、言った少年の目が楽しげに輝く。

 来たって何が……

「何あれ……」

 恐怖に震える声で言ったのは舞。

 その視線の先に、ソレはいた。

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荒魂―アラミタマ― 藤堂梅 @umetodo

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