第25話 救出ケースファイル2-12 任務完了!未来への第一歩

神託神のあの娘たちなんだけど……あの娘たちは元々日本人なんだ。そっちでいう第二次世界大戦時の戦禍を免れてこっちに迷い混んできた、所謂 《戦災孤児》だったんだよ。」

出し抜けにそんなニワの発言にリイナは絶句するのだった。

確かにLCRA本部で目を通した今回の事件の概要書類には



《人身拉致および人身消失の可能性があるものはもしかしたら二桁に達する予想。既に第二次世界大戦中~戦後には起こっていたと考えられる》


の一文があったのは彼女も確認はしていたが…

「で、でもあの時オロチの攻撃を反射させた力は…」

「そう。事象の歪曲。人の身を逸脱した神の領域。だけど彼女等は紛れもなく日本人なの。」

オロチが消えた時の事を思い出したのだろう。あの馬鹿げた兵器並みのエネルギーは人がどうこうできるものではないはず。それでもニワは真剣な視線を崩さずにリイナに説明を続ける。


「あの時、向こうの世界では戦争によるものなのか世界中に色々な歪(ゆが)み、分かりやすくいうと時空レベルから因果率から色んな歪(ひず)みが目立っていたみたいなの。この世界に迷い混んできた瑠璃(るり)と翡翠(ひすい)もその現象の被害者。でも彼女等は、本当なら生きてはいられなかった……その時既に飢餓状態で助かる状態ではなかったの…でも……与えてしまった。最期の最後に残った神力を…日本にて祀られていた私は、とてもではないが見捨てては置けなかった!故郷の臣民、同胞の愛した人達を!だから……だから私は……」



長い長い独白。


もう大粒となった涙は留まるところを知らず、ヒステリックにも思える迫力で慟哭するかのように己の神としての立場で選択してしまった行動を懺悔するかのように告白していくニワタリ。

僅かばかりの残された神としての矜持が、風前の灯であった人の命に手を差し伸べてしまった事への疑念。本当にその行動が正しかったのか己へ問いかける葛藤…それら全てが、肉として堕ちた今尚ニワタリ神を縛り付けるかのように悩ませ続けていたのである。

当時既にデルゼルス創世神であったがゆえに

《神としての己の存在と目の前の故郷の臣民の命》

を天秤にかけてしまったことこそが主たる要因であった。


独白を耳にしていたリイナは彼女をしっかりと見据え自らの左手を胸の前で握りしめ、溢れそうになる涙をこらえながらそれでも一字一句洩らさず心に刻んでいる。

形は違えども、自分のいるLCRAが成そうとしている行動理念の根幹が其処に存在したからだ。


助けられるなら助けたい

帰れるなら帰してあげたい。


それは瑠璃と翡翠のような悲しい人達を一人でも助けだし、笑顔で日常に戻す手助けをするという事に他ならない。





その嘘偽りのない真実に対し胸が締め付けられる気持ちなのはリイナばかりではない。シャンクにもニワの心情がダイレクトに突き刺さり、期せずして先程とは意味合いが異なる涙を流す結果になった。






多分ニワの胸中で、日本という国が異世界同士の壁を越えられるように迄なったという事実に、少しの安堵と己が行動のジャッジを委ねられるのでは?等の淡い期待を抱いたからなのだろう。期せずしてリイナとシャンクに永き時に渡る心情を吐露する結果となった。




帰れる場所があるはずなのに彼女達を帰れない状態にしてしまったのではないか?


地球での輪廻と運命の歯車に齟齬が生じてしまっているのではないか?(宇宙規模で)


彼女等は、その時に人生を終える運命であったのではないか?


……ならば、私のした事は間違いだったのではないか?


湯水のように湧いては心を蝕む葛藤に嗚咽を漏らしながら堪えようとするも儘ならない。もはや、神の威厳など喪失し声無き慟哭をあげるニワ。未だ治まらぬしゃくり続ける体をリイナの暖かい両手がフワッと包み込んできた。思わぬ感触に鼓動が跳ね上がり、その為かしゃくりも一時止まる。


「もう……もう大丈夫だよ。全てを司ってるからって無理しないで。僕は人だけど、烏滸がましいかもしれないけど、それでもニワの気持ち痛いほど分かる。……溜まってるもの、出しちゃお?」

「リ、リイナ……嗚呼……あああああっっ!」


自身も泣きつつも優しくニワを抱き締め、解放を促すと堰を切ったように泣きはじめたのだった。


この時を持って神であるニワタリ神も救われた瞬間である。

もはやリイナの任務は日本人のみならず、全ての存在を救えることが証明された瞬間でもあった。

例え、裏で悲しみを増やす事に腐心する何者かが暗躍していたとしても、それを乗り越えて救う決意がリイナの胸に芽生え始めるのだった。








日本時間17:25 防衛省


国家公安委員会特務機関Lより緊急要請。現在、A県警依頼受諾案件の異世界にて要救助者数名の存在を確認。救出任務活動中の異世界統治レベル3に該当の為、航空機等の使用に問題なしとのこと。転移転生行方不明者救助法に基づき防衛大臣に限定的災害救助法適用許可願う。とのことです!」


緊急を匂わせる連絡が入ると現場に緊張感が走る。日本の国防を担う市ヶ谷に災害救助法に基づく緊急要請が打診されたためであった。


「至急大臣に連絡。ホットラインを使用して構わん!許可が下り次第、更に詳細な救出規模情報を求めよ。返答が返ってき次第、木更津市の【第一超自然災害対策部隊】及び【ハイパーレンジャー部隊】を動かす。技本(防衛省技術研究本部)から亜空間スコープ搬入と、科学技術庁から貸与されている異世界空間座標ソナーを含むC装備にてスタンバイ!」

「了解!」



直ぐ様直轄のトップへ極秘裏に情報が回される。この日、公にはならないが、世界に先駆け日本が異世界との国交を結ぶ切っ掛けの出動となるのだった。








どのくらいだろうか?

随分と長い間抱き締めていた気がする。

ようやく体を支配していたしゃくりも治まると、ゆっくりと赤い顔を見せてリイナから離れるニワ。どうやら皆落ち着いたらしく、照れながら笑い会う位になるのであった。


さてと、と自分の成すべき任務にも取りかからねばと気を取り直したが、どうやって体に戻るのだろう?との疑問にかられるリイナ。

顎に手をやり暫し黙考に更けるが、兎も角一時も早く体に戻り情報端末で転移等の可能性を秘めた被害者の身元を確認するべくこうしてはいられないと、リイナは何故かいきなり力み始めた。



「う、うーん、うーん」

「えーっとリイナどうしたの?苦しいの?」

「はっ?いやいや、早く体に戻らなきゃってね…」


考え込み始めたと思ったらいきなり、某漫画のキャラが気功技を放つかのように力みだすリイナ。不思議に思ったニワが理解不能な表情で問いかけるが、その疑問に対し(何言ってるの?)的な顔で答えるものだから端から見ているシャンクには滑稽に映ってしょうがない。

少しでも気を抜くと噴き出してしまいそうになっている。


「……あっ成程。ま、すぐ戻れるよ。勇者達がなんかしてくれてるみたいだし。」

「そうなんだ。…で、でも情報は早い方がいいんだ。うーんうーん!」


先走り、カラ回るリイナの滑稽な姿に瞳から急速に光が消えていくニワが、そんな事しなくても戻れるのに…といったニュアンスで説明するのだが、一度使命感に火がついてしまったリイナはどうにかして戻るためさっきより力む体勢を取り始めた。


とうとうシャンクの我慢が決壊した瞬間である。





「痛い…」

「痛ったい…」

二人同時に起き上がったのだが、その額には仲良く腫れがみえる。

それも当たり前である。体と精神体は繋がっているのだ。精神世界の結果は肉体にも反映されるだろう。


だが、周りの者達はあれだけの回復を施したのに両方共にタンコブのダメージを負って起きてきたのを見て驚かないはずがない。双方の陣営でざわめきが起こるのは必然であった。


「「シャンクさん起きたね。……なんで頭腫らしたの?」」


「あー、いや何故だろうな…」

本当のところを語るのも煩わしくなるのは目に見えているので、近くの大きい窓から見える風景に目線を逃がしてウヤムヤにする方向に逃げるスタンスをとるシャンク。その背中に刺さるような視線は、同じタイミングで起きたと思われるリイナの物であろうなと溜め息を一つ吐くのだった。


「…ってか、ここどこ?」

「現在、我が国のグリームスター王政国家デルゼルスの首都ダグスが王城【グリンザー城】の来賓宿泊施設であります!お二方がお眠りになっている間に失礼とは存じましたが、救出された他の四人と共に浮遊魔法にて運ばせていただいた次第にございます。全くもって少々ビックリいたしました。いきなり気を失われて…心配いたしました。それもすべてはガリアの監督不行き届きが原因なんですがね!?」

「グッ…俺かよ!」


ようやく自身が寝ていたのを認識したリイナが周りに問うと、国王の孫娘であるスパリシアが相も変わらずキラキラした目で流暢にそして懇切丁寧に説明したのだった。ついでに失神原因のハリヤの主である彼を糾弾しているが、耳に入ってこない。

というのも、部屋の雰囲気が異常なくらい安らぐというか慣れ親しんだというか…

どうみてもこの部屋は



旅館か何かの大宴会場



にしか見えない。 

純和風高級旅館どころではない数百帖はあろうかという畳敷の大部屋は、ヒノキのような匂いが漂い日本にいるというような錯覚さえ覚える。


言語体系が似通うと居住文化や建築技術まで似通うものなんだろうか?

まあ、そんな類似点が多いだけでも色んな行動をするにあたって容易くなるのも事実。


(……ここでやんなきゃならない事柄っていったら事前調査の数項目だけになっちゃうな。ニワの話だと科学があった時代も存在したらしいし…あっちにも状況を伝えて準備の通信飛ばしたから、まあ結果オーライってね。……というか外がざわついてるな?)

既に根元たる目的を達したリイナ達がやることは最早それほど存在しない。それよりも外のざわつき具合が気になってシャンクが見ている窓に目線をやる。城外側がやけに騒がしいのに今更気がついたのは起き抜けだったからであろう。外が人の気配で忙しなく感じる。


「フフッ。外が気になりますかリイナ様?起きて大丈夫でしたら窓から城外をご覧になってください。あなた方が守ってくださった世界です。さあ、どうぞ。」

そう一言言うと、スパリシアは立ち上がってリイナと共に和風には似つかわしくない2メートルくらいの大きい窓に近づいていきそれをゆっくりと開け放つのだった。




「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」




部屋にいた誰もが、飛び込んできた耳をつんざく狂喜の大音声に顔をしかめる。眼下に広がる風景にリイナは驚きを隠せないでいた。これが自分が守った世界…こんなに皆がオロチ討伐を望んでいた…?

こんな衝撃は初めてであろう。とんでもない光景である。


どこまでいっても人のひしめき合う、日本でもなかなかお目にかかれない光景。


もう日も落ちて薄暗くなっているというのに、恐ろしいほどの人だかりが見えたのだ。

この窓の下は城下町に続くと思われる大広場になっていて、広さで言えば東京ドームに匹敵するくらいはあるはず。それが地面が見えぬほどに人で埋め尽くされている現在、これを衝撃と言わずしてなんというか!

思わず瞼が熱くなるリイナ。


「数時間前、国王陛下が世界中に通信魔法にてオロチ討伐の事実を広められた時から人民が集まってきたんです。歓喜に沸いた人民がとどまるところを知らず、ついには国王が食糧省に命じて城の備蓄をすべて放出する勢いで広場に宴の準備をいたしまして今なお宴が催されております。俺も後で混じりに行きますがね。ははっ!」


そう言って笑うガリアの話によると≪デルゼルス国≫が今日の日を

【英雄降臨の日】

として制定し、世界の標準的休日に定められたということらしい。


リイナの傍によってきて一緒にその光景を見るシャンクと舞も、胸がいっぱいといった表情である。眼下に広がる笑顔。やはりよいものである。泣くことしかできない人生を送る者を救うことができた満足感もあるが、一人では成し得なかったことに三人はお互いに見つめ合って笑う。


「国王陛下のおな~り~」


すると大広間の奥、すだれが下がっている場所よりそんな言葉が響いてきた。

その言葉を聞いたスパリシアやガリア、それに隣には知らない顔であるが多分【神壁三賢人】の最後の一人であろう女の子を含む、この世界の人々が皆広間中央に集まり揃ったかと思うと正座してお辞儀をし始めるのだった。

何事かと思う三人も、一応それに倣って中央に行き座しようとするのだが、


「あいや、そのままで!」

国王であろうその一声に立ちっぱなしになってしまい少々落ち着かない三人。日本人特有の感覚だなこれ。

すぐにすだれがスススッと上がると座布団に坐した国王であるエルフが顔を見せるとこれまた中々な存在感を放っているではないか。エルフらしいので正確な御年はわからないが長い耳に見た目筋骨隆々であり短めに刈り込んだ頭髪とそして放つ視線は恐ろしく鋭い。国王というよりは勇者三賢人でも遜色ない何かを持っていそうである。


「お初にお目にかかる。ります。【麗しの国デルゼルス】が一国、ガッタルシア 第十六代国王アスラム・バルグリー・ペンデュラスである。ります。このたびは伝説の日ノ本よりの来訪、そして五双龍討伐に尽力していただき誠に感謝しておる。ります…ああ!しゃべりにくいのう。スパや普通に話してもよいかの「ダメです!」」


何この人かわいい。

これだけの雰囲気を持っているのに、砕けた話し方の許可を求めた孫であるスパリシアに食い気味に拒否されて涙目になるとか。デレデレな雰囲気を感じるやり取りに三人は頬が緩んでいくのを感じた。


「でもおじいちゃん負けぬ。」

「コラッ!…もう。しょうがないわね、外じゃやっちゃだめよ?」 

「おう。ありがとうスパリシアちゃん。」

「ちょ!!もうやめてよ!神国からの方々がいるのよ!!!恥ずかしいでしょ!!!」


…ほほえましい。

国中の重鎮だらけであろうこの場で恥ずかしい口論が始まると、周りはまたかといった表情になっているのを舞は目にする。そして

(祖父と孫娘か…ありだね。ジュルリッ)

などと不穏な妄想を捗らせるのだった。


なるほど。トップがこんな感じだから、外のように魔族であろうが獣人であろうが人種関係なく人が慕い集まるのか。そんな風に、城下に集まった人々の理由がこの王様の人望にあるのだと納得するリイナ。


「リイナ様…じゃったかな?数多の神の加護を携えし日ノ本の勇者よ。この国に住まう者たちに代わり、長たる儂が御礼申し上げる。ありがとう。」


ちゃんと下の者がいる場所で謝意を表せるのは印象が良い。どこの世界でもこんな人が上に立つなら争いは少ないのではなかろうか?そんなことをボーっと考えていたら、意識の隙を突かれていつの間にかリイナの眼前に王がいたのだ。恐らくはESPに分類されるテレポート系統の瞬間移動魔法であろう。突如目の前に出現し、雰囲気がガラッと変わったにこやかな顔の王に吹き出す寸前にまで驚く三人は変な声を漏らす。


「フヒッ!!?」

「ヌォッ!?」

「え?いつの間に!」

舞、シャンク、リイナの順に固い握手を両手でしていく一国の長。なにこれドッキリ?そしてすごくフランクなんですが…

戸惑う三人に気が付くと孫娘は般若のような表情になり無言で王の長い耳を引っ張って上座に運んでいく。


「ごめん。ごめんってスパリシアちゃんや~。」

「あほか!日本の方を驚かせたいからってこんな子供じみたマネしないでよ!もうやだ恥ずかしい…」


両手で真っ赤な顔を隠すように覆ってしゃがみこむスパリシアが可愛い。

もう見慣れたこの漫才っぽいやり取りに驚きは鳴りを潜め、本題に入るために心を落ち着かせるリイナ。まだやることがある。そして明かされるべき真実も。それによってはこの世界が大きな変革を求められるかもしれないという不安もないわけでは無い。


「ふうっ。あいすまんかったな皆の者。儂としたことが取り乱したわ。ははははは」

まあ、このエルフが頭である以上は問題は無かろうとリイナは感謝の言葉を切り出す。


「このたびは外の世界よりお邪魔しました私たちが大変お世話になりました。迷い込んだ国民も無事に救出することができましてデルゼルスの勇者お二方には感謝してもしきれません。」

「謙遜はいらぬよ。結果としてこちらも救われたのだ。感謝するのはこっちの方じゃわい。おおそうじゃ!。おい。ニワタリ教教皇をこれへ。」


そう王が言うと、近習が広間の入口の襖を開ける。

入ってきたのは、まさに仏教でいうお坊さんと遜色ない格好の教皇という立場のご老人であった。そして後ろからついて入ってきたのがハリヤと瑠璃と翡翠姉妹である。正しく言うと、ハリヤはリイナが精神世界で見た人間形態をとっている状態である。光る羽根もそのままに。

その姿を見た国の重鎮たちが俄かに騒めきだし平伏しだした。それもそうだ。人々が信仰している宗教の神とその眷属たる神託神が揃って目の前にいるのだ。だがしかし、神としての力を失ってるはずなのにこれはいかがした事かと訝しむリイナの頭に直接響く声が答えを教えてくれるのだった。





…リイナよ、我はヤタガラス。友のニワタリを救いしリイナよ、日本にある彼の社より信仰力のチャンネルを通した。故に主の心配は杞憂となろう。





成程。

つまり、この世界で失った力を日本にあるニワタリ神社に集まる信仰に繋ぐことにより補うわけか。と納得できたリイナは安堵の笑みを溢すのだった。とすると、この世界の輪廻は地球と同一になったということでいいのかな?とも思うのだが、それは人間たる自分が心配することではないと思考を再度切り替える。


「アスラムよ久しいな…ラピスジェイド様よりの神託が届いておると思うが…どうぞこちらへニワタリ神様。」

「苦しゅうない。跪くこともない。我は既にこの物質世界を辞した身である。楽に。」

ニワが柔らかな神気を纏い広間へと誘われてくると堅苦しいのは御免とばかりにそういう。


「神託神からのお言葉通りであったか。お初にお目にかかります。初代バスタムより数えて十六代目アスラム・バルグリー・ペンデュラスであります。」

国王も宗教として崇め奉られている神にお会いするのは初めてである。やや緊張した面持ちで平伏するのだった。



~~~~~




日本に帰る前に、事前調査に代わるいろんなデルゼルスに関する資料をスパリシアから受け取っているリイナは、ニワより日本人の遺体があと二体ここに神聖体として祀られてることを知る。

詳細を知るために訪れた教皇の説明では、このニワタリ教の聖域である城の地下のカタコンベ(地下墓地)に、オロチによって残念ながら命を落とした異世界の者の遺体が二体安置されているという。どうやら間違いないらしい。

しかも不思議なことに遺体は腐敗もせずに、生きていた時のみずみずしいままであったことから聖体として祀られ始めたとのことであった。それも日本人であるというならその奇跡も納得いくところである。


「私の力が及ばなかったために…ごめんねリイナ。もっと早くオロチが現れる原因を知っていたら…」

そう涙を流すニワだが、当時すでにハリヤとして転生していたのだから無理からぬこと。だが自分の非のように涙する彼女は本当に責任感の強い創造神なんだなと改めて胸がいっぱいになるリイナは再び優しく抱きしめて慰めるのであった。


「ダメだよニワ。そんな自分を責めちゃ。それに今後はこの世界の人たちと一緒にデルゼルスを盛り立てていくんでしょ?今の日本と一緒だよ?凄いことだよそれは。それにヤタガラスからも伝えられたけど、こっちとの世界の相互往来が許可されたようだし。泣かないで。」

どうやらニワにも情報は行っているみたいで、リイナの励ましに小さく頷いて了解を示した。

すぐに王に向かい残りの案件を済ますべく

「では、亡くなった方のお体を城の前の広場をお借りして運んでいただけますでしょうか?せめて故郷へ送り届けますので。」

そう話す。


これでこの世界に懸念が残ることはないはず。そうリイナは安置されていたご遺体に目をやると遣る瀬無い表情になる。この人たちもこの世界に迷い込んでしまい日常を失った悲しき者。仕方ないとはいえ助けることができなかった無力さを感じざるを得ない。

が、今はちゃんと向こうに送り届けるのが先決と思い直し、王にそうお願いをすると、帰る際に起こす奇跡を見せる準備を進める。

「わかり申した、確りとやらせていただく所存。教皇よ、聞いた通りだ。生命返還の儀により神聖体の移動を頼む。」

「了解したアスラムよ。」

数名の神職と共に神聖体を移動させる儀式にかかる教皇を見送ると、リイナらは帰還準備のために未だ人が犇(ひし)めく広場に向かうのであった。



~~~~~

陸上自衛隊木更津駐屯地


「よし!【第一超自然災害対策部隊】及び【ハイパーレンジャー部隊】スタンバイオーケー」

「お気を付けて。よい旅を。」

防衛大臣と陸自の幕僚長が並び最敬礼で、ヘリに乗り込む一人の男性に目を向ける。搭乗完了を確認すると大臣がそれに続きヘリに乗り込み幕僚長に準備が整った意味での首肯を送る。それですべての準備が整ったのを確認しオペレーターにゴーサインを送ると

「スタンバイオーケー。リフトオフ」

ヘリが唸りを上げ大空へ飛び立つのであった。



~~~



「「ニワ様…私たちは本当に戻ってもよろしいのでしょうか?その…せっかく命を助けていただいたのに…少し寂しいのです…」」

泣きそうな顔でそう告白するのは瑠璃と翡翠。

恩神であるニワタリ神と離れ、日本に戻るのが不安なのだ。時代も違うしいろんなものが変わっているだろう。そんな不安げな表情を浮かべる二人に笑顔でニワは頷くと


「大丈夫。今は向こうと繋がってるみたい。全体的にね。それこそ人類間での交流も在り得るらしいの。だから、今はお別れ。いい?短かったけど今までありがとうラピスジェイド…いえ。瑠璃。それに翡翠。また会いましょう。」

涙を流して創造神と眷属である神託神は抱き合う。さよならではあるが新しい門出でもあるのだ。






しばらくすると、外の大広場に遺体を入れた棺二つと救出された四人が集められていた。目覚めてより状況などを詳細に伝えて説得していたので、大した混乱もせずに帰れるのを待つ四人。

リイナらが帰還するために外に出てくると昨夜のような大歓声が再び上がる。それこそ英雄の帰還とばかりに。

広目の場所の人払いが終わり明けられた広場には、夜が更けて尚人が溢れていたのである。


国王が手を上げると集まった民衆は静まっていくのだった。

「これより帰還するために奇跡を起こします。これから現れるものは決してみなさんを傷つけるものではありませんのでご安心を。そして、この世界に迷い込んでしまった我が世界の国民を無事に送り返せるのも皆さんのお蔭であります。ありがとう。」


そう声高く宣言するリイナ。それを国王以下様々な人々が見つめる中、どうやって帰るのか未だ知らされていない人々は首をかしげたままである。なんとも納得いかない舞がみんなの代弁をするかのようにリイナに問いかける。


「ね、ねえリイナちゃん。これだけの人数で帰るってどうするの?あの装置だけじゃきついんじゃない?」

 

明らかに積載オーバーであろう。異世界の壁を超えるというのはそれだけ大変なのだ。なのにリイナのこの余裕の表情である。

「だね。でも、僕らは国の機関なんだ。何も魔法が使えるのは異世界人だけじゃないってことさ。」


舞に対してウィンクしながら、得意気にリイナはそう口にすると腕にはめたリング状の装置にそっと手をかざし勢い良く腕を頭上高く掲げたのである。







「目標世界線座標からの波を受信しました。これより異空間移動を開始します。」

「オーケー。異世界空間座標ソナー起動。移動時の衝撃に備えてください。」

「わかりました。さて世界の歴史が進む瞬間を見に行きしょう。」






「これが科学という…」



リイナの上空30メートルほどの空間が歪みを生じ割れ目を発生させる。それを人々は固唾を呑んで見守る。余計な口を利くものは既に一人もいない。


「僕らの世界の…魔法だ!!」


リイナのその言葉を待っていたかのように歪んだ空間から現れたのは、


機体に日の丸を掲げた科学の賜物、

EC-225LP政府専用要人輸送ヘリとCH-47チヌーク輸送ヘリであった。

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