第24話 救出ケースファイル2-11 哀しき双子 瑠璃と翡翠《ラピスジェイド》

ここは……)


不思議な何もない真っ白な風景が続く空間に浮かんでいた。

果てしなく、地平線すら何処までいくのかわからない程の真っ白な世界。


(俺が知る冥府でも、死後の世界とも…違うな。マルキアにも会えぬしヨシュアもいない。……とすれば、ここは、俺の……)


ゴマタノオロチより双子神に助けられたシャンクは、広大な空間に佇みそう呟く。未だ死んでいないと確信することができたのも、体に今尚流れ込んでくる暖かい力の流れを感じるからであろう。


しかし、現状把握が早いものである。通常ならば…いや、言うまい。前にも似たような解説をした気がするのでここでは割愛させていただく。


己の利き腕である左の掌を軽く開閉して外部より流れてきているオーラを確かめると、静かに眼を閉じ先程の失態を省みる。


(…己の驕り昂りでリイナと舞には…心配をかけてしまったかな。また涙を流しているやもな……後で謝らねば。本懐を果たしたらマルキアとヨシュアにも……これよりの俺の人生は誰かに謝ってばかりだな。まあ、自業自得ではある…か フフッ)


そう言うと自嘲気味に笑うのだった。


(そういえば…記憶が…いや、こびりついた残骸か。あの世界に縛り付けられた時点で俺の精神は粉々にされフォーマットを受けている。これ以上は思い出せまい。そして思い出す意味も……)

だとすれば今この瞬間、その双瞳から溢れている物の意味するところはなんだろうか?


怒り?

悲しみ?

それとも別のなにか…


そして無意識に出てきた名前は一体…

その答えを与えてくれるものはもういn…




「あっ!シャンク見っけ!」


凄く良い独自の世界観と雰囲気だったのに、聞き慣れた声でのその一声で台無しだ…

そう叫びたくなるシャンクが目にしたのは、いつの間に現れたのか同じ空間に浮いている光を纏ったリイナの姿だった。


(折角メランコリーな気分に浸っていたのだがな。)

「はぁ?なんだよその言い草は!?僕らがドンだけ心配したかわかっててそんなこと言ってんの?」

(まあ、それは…そうだな……その…二人にし、…心配をかけてしまい悪かった。)


彼女に軽口を叩くも、戦いの最中に先走って己の身を顧みずに無闇にオロチに飛び込んでいったことを嗜められると、ばつが悪そうに頭を下げ謝罪の言葉を口にした。


……


しかしながら返事がない。


…………



やはり怒りモードであるかと訝しんだシャンクは、怖々そしてそっと視線を上げると、思いとは裏腹にそこにはニコニコと満面の笑みを浮かべるリイナがいるのだった。

 


全裸で


気が付かなかったのだが、己の姿も光に包まれているがリイナと同じようにほぼ全裸である。恐らくは精神体での存在としてこの空間に在るからであろうと推測する。


だが自分の夢、というかどちらかというと精神世界に於ける心証風景の中にいるのだと思えば羞恥が湧く筈もなく、といっても気まずいものは気まずいのでちょっと目線を外す。すると何を思ったのか、その目線を追ってくるではないか?

彼女が何がしたいのかわからないが更に視界に入れないよう紳士なシャンクは頑張ってそっぽを向くのだが、気に食わないらしく眉間にしわを寄せつつ体ごと顔を覗き込んでくるのだ。赤面せずに居れようか?

何回か同じ遣り取りをしていると、だんだんそれがおかしくなったのか不意に笑い出す彼女に釣られて笑ってしまうのだった。


(ハハハッ……しかし、流石だな。ここに居るということは、恐らくオロチを滅ぼせたのであろ?)


シャンクの問いに、今度はやや苦み走った笑みで答えるリイナ。倒したは倒したが、まさかハリヤによるマーキングにも似た熱烈なチュウで気絶したので来れましたとはプライド的に言えないし、なぜここに?と言われても良く分からないから、少々ぎこちない笑いにもなろう。

まあ何はともあれ滅したのは事実であるし、やや恥ずかしがりながら肯定の意での首肯を返すのだった。


(もうすぐ体全体に力が行き渡るようだ。目覚めも近かろう。そしたら改めて…二人に心配かけたこと…謝罪しよう。)

「うん。ありがと。」

決意の表情でグッと握った拳を見つつ謝罪を宣言したのだが満面の笑みでリイナにそう返されると、現在の見た目も手伝ってか気恥ずかしさが出てしまいついつい口が暴走を始めてしまうシャンク。

なんと初なことか!


(いや。別に…それより今は、その、あまり我の視界に入らない方がいい気がするのだが。その…嫁入り前の婦女子なのだから、もっとこう…恥じらいをだな…)

紳士なシャンクはちゃんと視線を外しながら、そうやんわり忠告するようにリイナに今の姿のことを伝えようとするのだが、口数が少ないのも相まって伝えたいことが伝わらない現象を起こすがお約束か。


「へ?なんで??別にいい…じゃ…ん???んんんん!!?うへぇええええええええええええええ!!???なにこれぇえええええ??なんでなんでぇ?見た?見たでしょう?いやあああ!!!!なんでもっと早く言ってくれないの!!!!!!馬鹿ぁあああああ!!舞に言いつけてやるからなぁ!?」


彼が視線を頑なに外す理由を己の姿に見つけたリイナは、まくしたてるようにギャーギャー叫ぶ。顔色を赤から青に忙しく変えていき、先程のやり取りを思い出したが為に二度恥ずかしさ(という癇癪)が爆発を起こして、手で大事なところ(といっても光に包まれているのではあるが)を隠すしぐさをしつつモジモジと悶えシャンクに罵声を浴びせる。

その隠す行動が、更に妖艶さを増しているというのに。


(な、ちょ、舞は今関係なかろう!?幾度も忠告したはずぞ?それにそんな貧相な体を視線で犯したいとも思わ…ウグゥ!!!)

「え?なんだって?今何っつったの?聞こえなかったなぁ。」

(ゴハッ!い、いやな、何もい…言って…おらん!だから離しては…貰え…まいか?)


あれだけ恥ずかしがってた乙女はどこへやら。

慌てふためいて言い訳を模索する彼の失言を耳聡く拾ったリイナは、いつの間にか怒りの形相で首を絞めにかかっていたのだった。まさに電光石火。精神世界らしき場所とはいえ、しかも片手でそれを成すという見事な妙技!

もしかしたら憤怒を携えれば、リイナが全次元で世界最強なのでは?と思うほどの威圧を放っている事実に


くっころ!


と思わずにはいられないシャンクであった。











「ウアァッ……」


「苦しそうだね…」

「うん。そうだね。でも……この人も私たちに似ているね。」


そう語るのは、シャンクに回復術を施している神託神と呼ばれた、この世界の神。創世神ニワタリの眷族ラピスジェイドである。

ほぼ体力・気力共に全快に近く、覚醒まで然程はかからないと思われるシャンクであるが、何かの副作用なのか悪夢でも見ているかのように度々うなされているように見えるのだった。



否、訂正。

うなされているのだった…



「大丈夫…あなたはもう救われた。」

「後は神々の導きのままに。」


双子の言うことが正鵠を射ているなら、シャンクは既に救われているとのこと。どうやら正確にはリイナ達の手により日本に帰属した時点で、その運命の大局に乗せられているのだろう。



実は今、精神世界にてリイナの手により召されようとしているのだがそれを察知できる者はいない。



「ウギギッ!そんなに……デカイのがい…いいの…か…?」

「リイナ!リイナしっかりする!ゴメン。だげど戻ってきて。」

微動だにしなくなった彼女に違和感を感じたニワが、気絶してしまったリイナの顔を忙しなく羽根で叩いて目覚めさせようとしていたのであった。


「主!リイナ寝た!ハリヤのせ…あいたっ!」

ゴチンという小気味良い音が響き渡ると、瞬く間にハリヤの頭にデカイタンコブが出現しその意識を刈り取ってしまったのだ。舌を出して眼をぐるぐるに回したその姿はまるで漫画のようである。

右拳より謎の煙を上げさせてガリアは叫ぶ。


「ばっかやろう!ハリヤ、おまっこの世界の救世主にも等しいリイナ様になんてことしてんだ!?加減というものを知らんのか!」

「ちょっ!それはアンタもよ!?それにもう聞いてないわよ?それより、はっ、早くリイナ様にも魔法でかいふきゅ(回復)を!!」

……もはや大混乱である。

お仕置き程度に留めるはずが、この現状というか惨状に自重を忘れた拳骨を放ってしまったが為スパリシアに嗜められ、かと思うと余りにテンパってしまったのか可愛い咬み方をしてしまう彼女。


某漫画だったなら、大根を持ったキモい妖精が出てきそうな状況である。






(……っ、ハァハァ。とっ止めを刺すつもりか主は!?)

「へーへー…ヘヘッ…っそっちが悪いんでしょ!?乙女に向かってなんつー言い方するんだか!」

もはや、体力尽きたのかへたり込み大の字で空間に浮かぶ二人の姿。言葉の応酬は既に、周りから見れば痴話喧嘩も裸足で逃げ出すものになっている。

それでもリイナの顔は実に晴れやかなものであり、とても今の今まで取っ組み合いを演じていたとは思えない雰囲気を感じさせた。


かつてLCRA 国民捜査官がリイナ一人だけであった時代は、任務が任務だけに常に気を張り休まるところもなく己を吐き出す時間も相手もいない、そんなことが常であったのだ。まだ、尊敬する兄が近くにいてくれさえしたならまた違ったのだろうが…


今はなんだかんだでやいのやいの出来る仲間がいる。そんな安心感がこんな時にじゃれ合いという形で出てくるのだろう。以前の、出合った当初の影が差すようなイメージは既に無く年相応の雰囲気を纏う女の子に見える。

本当ならこのままでいてほしいとシャンクは思う。だが、今でもそれをさせまいと暗黒の闇の中で蠢く何者かがいることは何となく彼も気が付き始めているのだ。


己がヴェルゼイユの魔王に縛られた時も


神ではない何かに運命を弄ばれているようなそんな気がしてならない…今しばらくはリイナを支えていこうと改めて決意を固めるのだtt…


「あー!リイナ見っけ!」




だからさ…

なんで良い雰囲気というか決意も新たにしようと意気込んでいる途中に邪魔が入るかな…そうシャンクは苛立ちを隠さずに今度は二人で声のする方を向くと、


「リイナごめんね?まさか落ちちゃうとは思わなかったんだよぅ!!」

そう言って、リイナと年のころは同じであろう少女が彼女に抱き付いてきたのだった。


「(??????????)」

二人してどなた?みたいな顔になって固まる。

腰まで届くような長い髪にハリヤのような三白眼、そして背中には羽らしき光の翼も見えるのだ。そんな女性とは面識がない。二人して目線で問いかけ合うがお互いにフルフルと左右に首を振るだけであった。


「あれ?リイナ?…あそっか!!!この姿じゃ初めてだったね。」

その少女は、やはり面識があるらしい物言いに更に考え込む二人。思い出そうと腕を組み難しい表情を浮かべるシャンクとリイナを尻目に衝撃の真実を彼女は突きつけてきたのだった。


「改めまして!元日本に由来する神が一柱 【ニワタリ神】と言います。」


(!!!!)

「おー!」

シャンクだけが面を喰らったかのように驚いているのも致し方なしであろう。そこのいたのは、さっき現実界にてハリヤの姿を借りてリイナと話をしていた≪ニワ≫と呼ばれたデルゼルス創世の神、その本当の姿だったのだ。


「フフッ 驚かせてごめんなさい。こんな空間でもなければ姿を見せる事すらできないほど力が失われてしまっているの。」

絶句する二人を見て、淋しげにそして自嘲気味にそういうと二人の返答を待たずに言葉を続けるニワ。


「さて、私は今ハリヤの体で生きているのだけれど、神としての私はこの国でいうとこの数千年前の外宇宙からの侵略者との戦いでもう死んじゃってるんだ。」


(「え?」)


これまたでかい話になってきたなと思わざるを得ない二人。神の口より世界の成り立ちから現在に至る経過を聞いているのだ。人の身であるシャンクとリイナはそのスケールにただただ圧倒されるのだった。


「えーっと、リイナにはさっきちょっと話したよね?絶望の襲来ってやつ。覚えてる?」

「ああ、うん。覚えてる。ヤマタノオロチらを放置してった連中との戦いだよね。」

「そうそう」

シャンクには何が何だかわからない。もはや異世界のレベルを遥かに超える話が目の前でなされているのであるから当然であろう。頭は混乱寸前である。


オロチに特攻などと…我は愚かだったな。戻ったら土下座せねばなるまいな…


戦闘時の自分に呆れつつ、またこの話を聞いて舞とリイナにさせた心配の大きさにシャンクはそう思うのだった。


「その時にはもう私の神としての概念体は滅んじゃってて。それに止めを刺したのがヤマタノオロチを時空の裂け目に追いやった時なんだ。あれで辛うじて残してた神としての力も消えちゃったんだ。で、輪廻の輪に落ちちゃって今は物質世界、つまりこのデルゼルスの大地で肉体に押し込められて生きてるってわけ。お恥ずかしながらね。」


もう肉体を得て生命体として落ちているのだからなるようにしかならない、みたいな吹っ切れた感がヒシヒシと伝わる。

自分が創造した世界で、自分が生を受けて生きていく。当たり前のように聞こえるが、人の考えでは神の身は不変のものとして宗教などでは考えられている。つまり、死の概念は無く永遠であるというものだ。

しかし実際はそうでもない。

地球での様々な神話にも神の死す場面は存在しているのだ。日本神話でもカグツチ出生の逸話がそれに該当するであろう。

それを鑑みれば、ニワの話にも合点がいくのは確かである。


「あと言い忘れていたんだけど、日本に送り返すべき人が後二人いるの。これは私のせいなんだ。謝って済むことじゃないのはわかってる。けど本当にごめんなさい。」

そう頭を下げるニワ。何のことだろう?とまたもや疑問に頭を悩ませる二人。


「実は……」

その言葉の続きを待つ二人は喉をゴクリとならし、緊張した面持ちをみせる。

「神託神のあの娘たちなんだけど……あの娘たちは元々日本人だったんだ。そっちでいう第二次世界大戦時の戦禍を免れてこっちに迷い混んできた、所謂 《戦災孤児》だったんだ。」



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