第22話 救出ケースファイル2-9 ハリヤの謎とその正体

「…んっ…んむぅ…こ、こは…?」



未だ思考が霞かかる状態で現状を把握しようと上半身を起こそうとするものの微動だに出来ない。かろうじて頭だけは動かせる。



いつの間にか地に伏して惰眠を貪っていたようだ…



真実はそんなことはないのだが、戦いの最中であったのは朧げに覚えているのだろう。オロチに向かって自身の最高の技で飛び込んだのまでは思い出すことができた。そのシャンクが気絶より不完全な覚醒を果たして最初に視界に飛び込んできたのが、リイナと舞が背中合わせで蒼い光を放つ姿だったのだ。


美しい…


二人であることなど分かろう筈もなく、神聖で神々しくもありそれでいて癒されるような蒼いその光は、シャンクの傷ついた体をも優しく包んでいくみたいに辺り一面に広がるのだった。

動かせぬ体と極度に疲弊した体力と、未だ摩耗激しい精神力のため再び深い眠りに引きずられ落ちる。それはそれは安らかな笑みを浮かべて…





オロチの完全消滅を見て、後方より支援にあたっていた【神壁防衛隊(ディヴァインウォール)】の面々も既にガリア達のもとに駆け付け、神壁三賢人たる二人より王城に伝令に行く者、各地で散発的に現れていたオロチを警戒して地域ごとに警戒警備にあたっていた部隊に打倒目標の消滅を伝令するもの、など指令を受け各自各地に派遣されている。


「みなさん。こちらの四名の方々は問題ありません。ほぼ完全に回復されております。リイナさんのようにステータスが数値として検出されないことから、どうやら日本人で間違いないようです。」

解析魔法(アナライシス)で要救助者の身体状態を見ながら、魔法での治癒を行っていたスパリシアがそういうと、舞も己のことのように安心したのかへたり込むのだった。


「…はふぅ。よかったよぅ。うぅ。」

同じ日本人であるからこそ、そして自身も全く知らぬ異世界に飛ばされていた体験があったからこそ、この助けることができた四人に対する安堵の思いがめぐる舞。嬉しさからか再び瞳から涙が流れる。

舞自身の手で、この四人を命あるまま救えたのは僥倖であった。


かつて己の消滅と共にしかシャングラムを救う手段が取れなかった舞は、この時まで心の底で小さな引っ掛かりが取れないでいたのだ。本当にそれしか手段がなかったのか?ほかに違ったやり方があったのではないか?と。

それに、シャンクが無事であったのは、神に対し感謝せねばなるまい。そう、舞もリイナも思っている。

今は仲間がいる。大切な。そしてお互い支えあえる仲間が。


「でも、うちらにステータス検索は適用されないのかぁ……ちと残念だったり。ま、いいけど。」

期待したような結果が得られなかったことにそう溢す舞であるが、仕方ないと思いつつ空を見上げるのだった。



へたり込む彼女の隣にも同じような表情を浮かべている者がいた。リイナは、もう限界といわんばかりに地に大の字を描いている。まあ、仕方なかろう。いくら神々をお呼びしやすい異世界であったとしても、この戦闘中に様々な神々が降臨・及び現臨なされたのだ。己の体に宿るその力が枯渇しそうなのも最もと言えよう。


如何なこの世界の優れた魔法科学による治癒魔法を以てしても、霊力だとか魂を削るようなプラーナ(生命の力みたいなもの)の使い方で摩耗したものは回復できない。ゆえに自然の回復に任せる他ないのだ。


「はぁ…誰も傷ついて倒れる人がいなくてよかったよぅ…」

「ほんとだね。それもこれも…あの子たちのお蔭だよね。フフッ」


舞の言葉に、もう今は体を起こすのは無理と言わんばかりの、未だ立てぬリイナが本心からそう口にすると、シャンクの傍で不思議な神術による回復を施しているのであろう双子に二人は視線を移す。





あの時……シャンクがレーザーのごとき怪光線に巻き込まれる前に彼女等が立ちはだかり、そのオーラにて【事象の全反射|(リフレイター)】が行われなかったら……

一体どうなっていたのだろうか。



そんな今の二人は、見ようによっては眠るお父さんに悪戯する子供の姿に見えないこともないその構図に、自然と笑いが込み上げる。

見た目は幼い黒髪の双子の神託神…

【ニワタリ神】の眷属たるラピスジェイド…


「ふぅ…ふふっ。」

まだまだこの世界でしなければいけないことが続々と出てくるのだろうが、今は体がそれを許してくれない。まあよいかと溜息をひとつ吐くと、しばらくはこの流れに身を任せようと思うのだった。

あっちはあっちで配下の人員に忙しなく指示を出しているし、世界中にこの吉報を届けるのに勤しむ神壁三賢人の二人はしばらく余裕はできないだろうな、とリイナは苦い笑みを溢す。

状況が落ち着くのはまだ先のようである。





「…ん?」

ずいぶんと形が変わったであろう地形に寝転がるリイナの視界の端っこに、ふと違和感を捉えた。結構な距離にそれがいるせいなのか、頭がそれだと認識してくれるまで結構かかったかと思う。

ガリアにくっ付いていたハーピィだ。

どう見ても戦闘向きではなかったそのハーピィのハリヤに避難をさせてから、しばらくぶりに目にするリイナ。まだ色々と回復が追い付いていないこともあって、違和感としか認識できない。

人の集まる場所ではなくずっと離れた場所に一人でいたからだけではない。


何故か、正座して頭を垂れていたのだ。

たまにその頭が不自然に上下をするのもまた見える。まるで誰かに小突かれているように…


あ、なんか頭を上げてしゃべってる。

でもその頭がビヨンビヨンと揺れてる。しかも涙目になってない?


ハリヤの見たままの動作を心で実況していたリイナであるが、なんかわからないがいたたまれない、そしてかわいそうな気持ちになってきた。その姿はまさしく


誰かに怒られてるような状況


であるからだ。でも、怒っているであろうの相手の姿が見えないのがまた不思議で、しかもほかの人が誰も気が付かないというのもおかしな話である。

なんであのハリヤが…?


そういえばあの時…


リイナはこの世界にたどり着いて、ハリヤ達に出合った時のやりとりの中の小さな違和感を思いだす。



(「……オウッ。スクイアランコトヲ」

「はっ?何がだ?腹減り過ぎておかしくなっt……いだだっ!やっ、やめっっ!こらハリヤぁ!!」)


あれ…

救いが…あらんことを?なにを?…誰が…

考えが取り留めなくなってきたころ、ハリヤが徐に立ち上がりこちらに歩いてきたのだった。沈痛な表情でフラフラと。

別段、そんな重苦しくなるようなことはないはずなのだが…

ましてや、オロチの災禍とは無関係であろうに。


そうこうしている間にハリヤは、リイナの前までくると大の字になっている舞の頭側に正座すると、その顔を覗き込んできたのだ。今にも泣きそうな瞳をしながら。


「ヒック…ヒッ、ヒグゥ……あ、あの……」


何かを僕に伝えたい。でもそれが今は儘ならないのだろう。

そう悟ったリイナ。

どうあっても嗚咽等が邪魔しているようで、言葉にならない彼女の小さな頭を、辛うじて動かせるようになっていた左手でゆっくり、そして落ち着かせるように撫でていく。幼子をあやすように……


(そう言えば僕も昔、嫌なことがあったらお兄ちゃんにこうしてもらってたっけな。フフッ、変な感じ。)

自身の少し昔を思い出しながら笑顔になる。


しばらく撫でられながら潤んだ瞳で見つめていたハリヤが、落ち着いたのか目に力を宿し一呼吸おいてから口を開き始めた。



「ご、……ごめん、なさい」

「ん?うん。」

謝罪から始まった言葉。

疑問に思えども、今は全てを聞いてからと笑顔のままそれを聞き入れる。

「わ、私が…不甲斐ない…ば、ばっかり…に。皆に…め…迷惑かけちっ、ちゃった。に、日本にも…それで、や、ヤタに怒られたの……」


ん?   んんっ?

前言撤回

一応、全部話させてからと思っていたが、段々話が見えなくなっていくので混乱する前に一つづつ聞いていくスタンスに変更する。

「なんでハリヤちゃんが謝るの?」

また泣きそうな目をし始めるので、撫でる手はそのままにゆっくり問いかけるリイナ。

「わ、私が、私の力が及ばなかったからなの…だ、だから【G】の、残した、ヤマ、ヤマタノオ、オロチが……あと……地球のロシヤってとこ……ところの形かえちゃった。だから、ヤ、ヤタに怒られたの……」


!?

正直、何をいっているか分からなかったのだが、いろんな知識を掘り出しつつハリヤの言葉を咀嚼してみると多分、とんでもないことを告白しているような気がしてならない。

取り敢えず、あるもの前提でストレートに聞いた方がよいのかも。と思い直し、気にするなと言う体で更なる疑問を投げ掛けるリイナ。


「あ、あぁ…うん!大丈夫だよ?多分。ロシアは何ともないから。あ、あ!そうだ、ハリヤちゃん?幾つか聞いていい?」

「……ニワ。」

「えっ?」

「ニワって呼んで……欲しい。」

「えっ!?あ、あぁ。うんうん。わかったよニワちゃん!ニワちゃんは、もしかしてもしかすると元々日本の神様だったのかな?なんて…」

「う、……うん。ヤタと同門。」


ロシアの地を知る知識といいヤマタノオロチの事といい、地球出身の神でもなければ整合性が取れないからである。

例え、異世界の創造神であろうとも、地球の情報を知り得るのは不可能であるからだ。

これを地球に置き換えると解りやすかろう。宇宙物理学や科学技術が発達した今でこそ遠い宇宙の果てを精密な望遠鏡なりで観察できる。

昔は観測すらできず、異世界の存在に気がつく程の知識もなかったのだ。

異世界にはそこまでの技術が育っていないものが多いのが現状。他の星に同じような生命体が生息するなど、観測は愚か発想すら出来はすまい。

だが、それに替わる魔法あるいは魔術といった、その世界独自の世界システムであらゆる循環が完結できるので、宇宙や多次元といったようなものに頼ることも、ましてや発想の必要性もない。


つまりそういうことである。

ん?どういうことかって?まあ、そこは気になさらずに。


今までニワ一柱のみで、それこそ何千年もの永き時に渡りこのデルゼルスを創造してきたのだろう。彼女がよほど寂しかったところに、故郷の日本から堂々と次元と時空間の境界線を越えてきた人間である。八百万の神仏の息が掛かっていないわけがない。

甘えるように真名呼びを請い願うくらいである。神とて意思を持つのだ。寂しかろうし苦しかろう。だが、神と言う立場ゆえそれらの感情を出せる場所がなかった、ただそれだけなのだ。


人と言う立場で神の御心を推し量るのは愚かかもしれない。でも今ひとときだけは、この幼き入れ物に押し込められた一柱に愛情を向けるのは失礼ではなかろうと、リイナはニワと呼ぶのを戀ったハーピィの小さい泣きそうな顔を両手でいとおしげに抱きしめるのだった。






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