第21話 救出ケースファイル2-8 決戦!イツマタノオロチ 日本とデルゼルス連合軍 任務を遂行する前に大元の事件が解決していた件について

降り立った一団が隊列を崩さぬよう陣形を形成するのを背にし、一人、長身の魔術師らしき者が部隊より歩み出る。ローブに付いているフードを下ろすと、やや長めの金髪と「耳」を持つ美女が現れた。

いわゆる地球でいうところの「エルフ」の近種族なのであろう。ならば、ガリアの言う賢者であるという発言も納得である。

向うでエルフと言えば、北欧神話に代表される「半概念的存在」で、魔力の扱いに長けた妖精のような種族を指すことが多い。このデルゼルスのような魔法科学が発達した大地であれば、エルフが存在するのも当然といえよう。


閑話休題


その美しい髪が風に靡いて光を反射し輝く。黙っている佇まいだけを見れば間違いなく美女なのだが…

スパリシアと呼ばれた、ガリアと同じ勇者であると言う女性が辺りを視認すると、両手で頭を抱え愕然としたような表情で、彼の言葉に素っ頓狂な呟きを返すのだった。

とにかく、自身の知る地形とかなり剥離しているのと、ガリアが言うオロチを倒した発言のため、動揺が目に見えて酷い。


部下達にとっても彼女のそのような姿は以外だったらしく、精鋭の集団であろう部隊の面子からざわつきも聞こえる。


「まだです!!悪意の闘気力は衰えていません。感じませんか?それどころか先程とは比べ物にならない位に膨れ上がって、今にも爆発しそうな状況です。」

 

背中に、国か部隊の紋章のような刺繍がなされている純白のローブを纏い、神壁三賢人の一人だというスパリシアの言葉にリイナは訂正を加えると、キリリとした目線をオロチが吹き飛ばされたであろう先から彼女に向ける。

風に乱れる黒髪を耳にかける動作で自分を見つめるリイナの姿が、自身の知る日本人像と合致したのだろう、己が痴態に気がつき少し慌てるように佇まいを直すと、徐々に優雅を装って自己紹介を口にし始めた。


「ごほん…あ…あなた様が……彼の神国・日本国の使徒であります、ございますでしょうか?名乗るのが遅れまして申し訳ございません。」

(取り繕うのが少し遅いと思うが…)

誰も皆そう心で呟くが、口に出すものはいない。


だがその立ち居振る舞いにおける所作の端々からは、ただの一貴族のレベルを遥かに凌駕している美しさが醸し出されていた。恐らく王族レベルに属する血脈であろう。リイナですらそう感じ取れたのだから、舞とシャンクは言うに能わず。


「いえいえ。あなたのおっしゃる通り、僕たちは日本国より他次元空間の壁を越えて参りました。あまり余裕は無さそうなので簡単に。日本国国家公安委員会直属、転移転生行方不明者捜索機関ロストチャイルドレスキュー略してLCRA 国民捜査官 津軽谷(つがるや)です」

「同じくロストチャイルドレスキュー、逸失国民救助行動班 美濃里 舞です。」

「…元魔王だ…」


おぅっふ!シャンクが何か言ってる。

思わず吹き出しそうになる二人がジト目で睨むが我関せずな表情。

いくら、スサノオの神気力にあてられ尚且つ、対オロチの為に発動させた力が未だ振るわれず燻ってフラストレーションが溜まっているからと言っても、その紹介はどうなの?




「フフッ。お初に御目にかかります。私、この惑星グリームスター全域を王制にて治める【麗しの国デルゼルス】が一国、ガッタルシア 第十六代国王アスラム・バルグリー・ペンデュラスが孫娘、そして後ろの国家防衛魔導部隊【神壁防衛隊(ディヴァインウォール)】を統率させていただいております、スパリシア・バルグリー・ペンデュラスと申します。このたびは、このデルゼルスを定期的に暴れまわる不倒の神話魔獣【五双龍(いつまたのりゅう)】の撃退に御尽力賜りまして、大変ありがとうございます。国王陛下並び、創世神【ニワタリ神(にわたりがみ)】に代わりまして御礼を申し上げます。神話の時代より脈々と伝わる尊き希望の国日本の皆様に、私が生きているうちに御会いできたのは大変な名誉であり、この奇跡を神に感謝せざるを得ません。」


あっ。シャンクの自己紹介は気にしないんだ。

そして長い……

段々と本来の調子が出てきたのか、異様に滑らかな滑舌にて己の出自からお礼から詰め込めるだけ詰め込むスパリシア。

滅多に合うことの出来ぬアイドルに初めて会うことができたかのように始めは恐る恐るだったのが、いつの間にか饒舌に。そして徐々に勢いを増し、ついには堰を切ったかのように紡ぐ言葉が止まらない。

まあ話を聞く限り、この国に於ける日本というもののイメージが、ただのアイドルや有名人レベルでは収まらないのだろう。そこは仕方ないとリイナは思う。が、今はまだ恐ろしい敵との戦闘中である。


ピクピクと痙攣するこめかみを揉みつつ、

「あ、あの…お話し中に申し訳ないんですが、僕早くあそこで気絶されている女性に手当てをして上げたいのですよ……」

「ああ!私ったらまたつらつらと話に夢中になってしまいまして!本当に申し訳ありません。日本の方たちの前だというのにはしたなく口が回る私をどうかお許しくださいませ。なにせ神代より伝わるものが目の前に現れるなどひへひはほひ……」


まだオロチの腹から飛び出した女性の治療も満足に終わっていないのに、と思ったら再び長々と喋りだすスパリシア。それにイラッときたのか、リイナは彼女に近づき無意識にそのほっぺを指で左右に引っ張っていた。


「ま ず は 、回復魔法及び治癒魔法にてあの女性の体力回復をお願いします。そして、五双龍でしたか?まだ、倒しきれてませんので戦闘体制を整えること。後、最後に。戦闘中は、絶対に僕らの指示に従っていただきます。 o k?わかった?」

引き攣った笑いを浮かべたままイラつきを多少の威圧に込めて、言葉の語気を強め言い聞かせるようにそういうと、ほっぺを摘ままれている本人は瞳をウルウルさせ嬉しそうにコクコク頷いた。

ここまでされてこの女性は何が嬉しいのだろうか?リイナは理解に苦しむ表情を隠しもせず、スパリシアの部隊に勝手に指示を出し始めた。


「【神壁防衛隊(ディヴァインウォール)】の皆さんの中で回復魔法を使える者はすぐに彼女の回復を。その後すぐハリヤさんを連れて内陸部2キロまで後退しそのまま待機。敵は超巨大ですが高機動性を誇るため、大火力物理攻撃を持つ僕たちが前線でぶつかります。皆さんはその超遠距離の後方より攻撃命中精度重視の攻撃魔法での援護よろ。なーに、相手はデカイので良い的です。いいですか?あいつをぶち倒しますよ!!」


「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」


自分らの隊長格がひどい扱いを受けているのに、抗議するどころか戦意向上とは一体どういうわけだろう。よく見ると、隊員の中には顔を赤らめてる者や呼吸が荒い者までいる始末である。これには、さすがの舞とシャンクも閉口したままでいた。自分等のことを棚に上げてではあるが。


まあ、そんな些細なことは心に押し込めて、

「不倒の神話魔獣?生物である以上倒せないものはありません!それが真理です!!これよりあの敵性体をイツマタノオロチと呼称します。まず、奴の腹の中にいるであろう我が国民三人を救出の後、我らの大火力でイツマタノオロチを粉砕。現在過去未来より輪廻転生の輪からすら消し去ります。本来は、いてはいけない存在なのですから。隊員の皆さんは被害が及ぶ範囲外に即移動を始めてください。では散開ぃぃ!!」

「「「「「「ラジャアアァァァァ!!!」」」」」」

即席にしてはよい調教具合であるとリイナは自画自賛する。なぜか理由はわからんが。

すべての準備は整った。

、皆が散開したのを確認してから手を離しスパリシアに背を向けて海に一歩踏み出す。

海中に未だ沈んでいるオロチに集中しながら。


「来るぞ。」

シャンクの言葉を皮切りに、沖合数キロより水しぶきによるキノコ雲が上がり水中よりオロチが…オ、オロチ オロチ?あれ?


「ね、ねぇリイナちゃん?あれさっきのオロチなの?なんかちがくない?」

「え、えーっと…色が違うねぇ。緑だったような?なんで鮮やかなオレンジ色してんのかな?溶岩に漬かって焼けたん?それにおっきくなってない?何あれ、サンシャイン60位の高さない?」

「気配は同質なり。だがさっきまでの力とは格段に桁が違うな。致仕方なし。リイナよ、さっきのあれで再び吹き飛ばしたらどうだ?あの、ドカーンといくやつでな!」

「そ、そうだよ!リイナちゃん。あれならなんとかなるよ。頼むね。」

「え、え~出来るかなぁ?ちょ、どうやったっけか?こ、こう力を…うーんうーん…ってできるかぁぁぁ馬鹿ああああああああ!!!!!!」


うん。やはり皆、あまりのオロチの変質に混乱を来しているようだ。

普段冗談を言わぬシャンクすら、先程のスサノオの力に縋りたくなるくらいは動揺しているようである。

それもそうであろう。再び水中から現れたそれは、

推定体高200メートル

推定体長300メートル

推定体重 不明

東京の都庁舎がそのまま動いているかのような威圧感を覚えるでかさに進化していたからに他ならない。


体は、先ほどのつぶやきのように溶岩色に変化しており、実際高温であろう。周りの大気がゆらゆらと温度差による蜃気楼状になっているのもここからですら視認できるほど。

一番目を疑ったのは胴体より、先ほどまではなかった複数枚の翼が生えていたことだった。

見た目だけなら超巨大な五本首のキング○ドラにしか見えない。それも極悪さを増した。

もしや、先程以上の機動力の上、空中戦もできるんだとしたら…


「スパ!直ぐに解析魔法(アナライシス)でステータス検索だ!」

「温泉施設みたいな呼び方しないでっていつも言ってるでしょ!!やるわよもう……」

この世界には、ラノベの設定に有りがちな(ステータス)数値が存在するらしい。ガリアの一声でスパリシアはアナライシスを唱えるのだった。


(この世界の神は中々にやりおるな。ニヤリッ)

羨ましそうな表情ではあるが、それ以上に不気味な笑顔になってしまっている舞は、心中でそう呟く。

やはり、趣味が趣味だけに本当に羨ましいのだろう。戦いが終わったら自分もかけてもらおうと誓うのだった。 


「どうだ!闘力の数値は?万か!?十万か!?」

「ちょっとなにこれこわい。」

「はっ?」

「見たことない数字がたった一桁だけ出てるのだけど……」

「はい?見たことないって…数字って、一~零以外になくないか?」


ワクワクしていた舞の心とは裏腹に、解析魔法は不具合を起こしているかのような会話であったため、舞は思わず二人に聞き返す。


「出来れば、どんな感じか教えてほしいな~とか思ったりするんだけど。ほら、ステータスってうちらの世界にはゲームでしか存在しないからさ。」

ほら。と言われても(テレビゲーム)等の存在がないこの世界で伝わるわけもなく、二人は眉間に皺を寄せて首を斜めに傾けるばかりだった。

それはともかく、見たことのない数字という単語に興味を惹かれた舞がそう訊ねると、スパリシアが困惑した顔でとんでもない答を返す。 

「はい舞様。目に見える形としては数字の八が一番近いのですが、こう、コテンと横に倒れたかのような…」





「「ブフォーーーっ!!」」

それを思い浮かべたであろうリイナと舞が全く同じタイミングで吹き出す。

彼女の説明が正しければ測定不能とか、そこらへんを示唆しているはずだから。

二人が吹き出した理由がわからずに「?」が頭を支配する三人。


はたして勝てるのか…


そんな想いがリイナに渦巻く。

いや、やるしかない。異世界で涙を流す日本人がいる限り負けるわけにはいかないからだ。

「いや、数値がインフィニティであろうがなんだろうが関係無い。僕は…僕らは、神の国日本の国民。そして転移転生行方不明者捜索機関ロストチャイルドレスキューだあああああああああああああああ!!!行くよみんなああああ!!!!」



若干フラグ臭漂う、それでいてややヤケクソ気味な台詞にも思えるリイナの裂帛(れっぱく)の気合いを合図に、前線にいる者達が各々の戦闘モードを展開し空中戦闘が始まる。


こと神々の降臨に関しては、霊的磁場が未熟な異世界という時空間に於いて、既に物質的完成をみている地球よりは遥かに容易いというメリットがある。


「風の神其の名、風神よ!我に力を。」

目に見えぬ風の翼がリイナの体に空中での自由を与えた。

「ふふっ。宜しく風神様。」

すぐに姿を表した風神は、ニコニコ微笑み首肯を一つ返すと周りに浮かぶ妖精のような者達とのランデブーを始めるのだった。

「あ~なるほど。ふふっ。地球じゃ風の精霊にも滅多に会えないからね。」



「ヴェルたん、あれやるよ。一緒になろ?」

「はいっ。でございます。」

「「神人融合進化!」」

舞の姿に半透明のヴェルフェスが重なり、魂レベルでの融合を果たす。其の姿、鮮やかな桃色のドレスを纏い現世に舞い降りた天使のよう。

吹き出すオーラも桁違いに跳ね上がり、後ろに後光が差す。これが、ヴェルゼイユでの真の勇者の姿なのであろう。


シャンクも先程のマックスモードを展開し、背中に白い翼を生やすに至る。


ガリアは風凪を担ぐと、来るべき瞬間に備え感覚を研ぎ澄ませていく。

そんな四人のすぐ後ろからスパリシアが、身体強化系統の魔法を可能な限りありったけ重ね掛けすると、皆のオーラ状の放出が遥かに跳ね上がるのを躯で感じるのだった。




超後方からも、魔力の高まりを感じる。

ディバインウォールの皆がちゃんと指示をこなしているのを確認すると、前衛の

リイナ  舞  シャンク  ガリア

は、横に各々五十メートル間隔に散会しゴマタノオロチを迎え撃つ。

ややありオロチに動きあり。軽く羽ばたきを見せたのだ。

それに合わせ、物理担当の四人が空に舞い、どれも威力的には申し分無い放出突進系統の業を繰り出す。


「全員、突撃系いくよ!妻条流秘剣(滅の太刀)天神邪心突」


「ヴェルたん!フラッシュバニシングスピナー」


「我の力は光すら切り裂く!ドリルブラスタークラッシャー」


「魂すらも砕けて散り行け!閃光無限連突ぅ!」


色とりどりな四つの異なる属性攻撃が一点で交わり、一つになった。

まるで、異世界人同士が手に手を取り合い協力している今の状況のように。


「この世界に住まう数多の精霊達よ!力を貸し与えたまえ。」

その技の合成は成功するのを知っていたかのごとく、待ってましたと言わんばかりにスパリシアが世界中の精霊より力を集め、放出されたそれに付加させる秘術を行使した。


瞬間


パーンという周波数の高そうな破裂音が辺り一面響き渡り、遅れて先程のような…いや、明らかにそれ以上の衝撃波が薙いでいく。海の火口付近の海水が、海中水爆実験もかくやと言う程のキノコ雲を形成し水幕が辺りを包む。

恐ろしい程の衝撃波が音速を越えた先に生ずるソニックブームによる影響である。

 

先刻のぶちかまし以上の衝撃波と超高速で向かってきていたイツマタノオロチとの接触は、地形を変えたばかりの地を更に抉り取って陸地であったものを海中にする程の結果となる。

各々、それが来るのをしっかりと予想して厚目の闘気やオーラによる防御を果たしていたため、爆風等の影響は少ない。


オロチはまたも弾き飛ばされた体を、沖合い遠くにて体勢を整えんと翼でブレーキをかけるべく左右に思いっきり拡げると、数キロ先とはいえその全体像が対峙しているリイナ達の目に嫌がおうでも焼き付けられる。



ゴクリッ……

瀑布のような海水が落ちきり視界がクリアになると、誰からともなく息を飲む音が聞こえる。


が!

先程より比べるのも嫌になるくらい膨れ上がったオロチに比肩するどころか、多少押し勝つ程度にはやれている事実。

間違いなく戦えているのだ。その手応えを感じる頃には、フラストレーションを溜めていたシャンクのみならず四人が武者震いに打ち震えるのだった。


「行けるぞ!ホントにやれそうだぜ!」

「そうだね。まずは、一人奪還ってとこ。残り二人だよ!」


ガリアが嬉しそうにそう呟くとそう返すリイナ。風神の力で中空にいた彼女の手には、年の頃10程の男の子が抱き抱えられていた。

恐らく、先程の衝突によりオロチの腹より飛び出したのだろう。

自身の身体中から迸っている神気力により、弱々しかった呼吸が自然に安定を取り戻し男の子の経洛(けいらく)に流れる気が若干太くなったのを確認してから、まだ陸地が残っている場所にて戦闘のバックアップをしていたスパリシアに更なる回復をお願いするため、未だ楽しそうな風神に運んでもらう。


二人も転移被害者を存命のまま救助できたことに舞は自分のことのように涙ぐむが、後二人もうしろに控えているのだ。

喜びを分かち合うには時期尚早。

しかし込み上げてくるものが押さえられない反面、被害者の気持ちを考えるととてもではないがオロチを赦せなく、気持ち的にも身体機能が一段階上に引き上がる結果になっているのには気がつかない。

人に対する思い遣りが我らの国の美徳と言われる所以であろう。


こうして知らず知らず、徐々に成長を遂げる皆にリイナの頬は弛むばかり。

男の子を引き渡してすぐに思考を戻したリイナは、


「初戦は引き分け。今度はこっちから行くよ!!」


の言葉と共に気合いを入れ直すと、

「「「了解!!!」」」

と、景気のよい返答が返ってくるのだった。







(解セヌ……)

そんな意気高揚している者達を他所に、この闘いを俯瞰で眺めていた者がいた。

何故?と疑問を心に感じながら。


(最悪ノ場合、アノ出番トナルカ…シカシ、アノ者等ガ数度ニ渡リ此方ノ計画ヲ潰ストハ。何モカモ計算外……マアイイ、頃合イを見計ラッテ、ダナ……)

リイナ達にとって、間違いなく壁となるであろうその存在は、再び「モニター」と思わしき画面で、今尚繰り広げられているその闘いに目をやるのであった。






体勢を立て直していたオロチの目には、既に武器を構えた四人の姿がすぐ前にあった。

やつらの後方から煩わしい数の魔法の援護があるとはいえ、ただの数瞬で長距離からの接近及び攻撃体制を整える辺り、人に在らざる何かを感じたのだろうか生物としての防衛本能からなのか、僅かながら全身の硬直に見舞われる。恐らく人で言うところの

【恐怖】

によるものであろう。

一流の戦士である誰もがその隙を見逃すはずなく、後方のディバインウォールの人たちが放つ正確無比の魔法援護も相まって、中央の首の中ごろに左右を抜けてきたガリアとシャンクの雷光と見間違うようなスピードの剣戟軌跡が迸ると、即二人は離脱し残りの首の攻撃範囲外に抜ける。


二人の刃が走った跡を蒼白いスパークが走り、太さ15メートルばかりある真ん中の龍首表面の鱗が、真横一文字に分子間の結合をほどいていく。

鉄より固く、龍の種類によっては金剛石に匹敵する皮膚が二つの斬撃によりゆっくりと其の位置をずらしていくのだった。

やがて切り離された龍の首は、重力に引かれながら海の藻屑となっていった。


「ガアァァァァァオォォォォォアァッッ!!」


一つ首を失った痛みからか、それとも予想していなかった相手方の攻撃力に興奮したのかはたまた苦し紛れかは解らないが、音波兵器に為りうるレベルの咆哮を一つあげたイツマタノオロチ。

残る四つの口から、方向・目標を定めるでなく無差別に複数属性のブラスターを放つと、それを目くらましとし、禍々しい翼を最大に広げると次の瞬間、周囲にダウンバーストを引き起こす程の羽ばたきで上空高く舞い上がる。

お陰で追撃を繰り出そうとしていたリイナと舞の技は、オロチが飛び去った跡の空間を虚しく走り去るのだった。 


そのスピード足るやあれだけの巨体に拘わらず、もはや豆粒程度にしか見えない高層に至る。生物でありながら、全力で行くと第一宇宙速度を目指せるのではないだろうか。

なんという馬鹿げた力であろう。あれは確実に倒しておかなければならない。下手をするとこのデルゼルスを滅ぼすどころか、次元の壁さえ超越できるエネルギーを持ち得るのだ。それが可能だと仮定すると


地球にも王手がかかっている


のがありありと実感できる。

それだけは何としてでも阻止しなければいけない。


「宇宙(そら)を散り行く場所に選ぶか!ならば引導を渡してやろう。超絶魔王技!ファイナルインフィニティーブレイカーああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


そのリイナの心中を察したのか、追加ダメージどころの話ではなく腹に抱えた二人の日本人ごとオロチに止めを刺しに行くレベルで自身の最終奥義を繰り出すと、オロチに向かい突き進んでいくシャンク。

その魔剣ゼッツァーの切っ先よりコーン状の衝撃波を頭に自身が直径数メートルの波動砲にも見える技が、先に超速度で上空に飛び上ったイツマタノオロチを射抜かんと光の槍になる。

のだが、



「だ、ダメだシャンクーーー!!!!躱してぇぇええええーーーーーー!!!!」



何故かリイナが悲痛に叫んだ。シャンクにその叫びが届く前に、空が目を開けていられないほどのまばゆい激光に包まれる。

地上に太陽が出現したと錯覚を覚えるほどの光度により一同は視界を奪われる。同時に鼓膜を破るほどの超ド級の爆発音が響き渡ったのだった。

この謎の光自体は数秒であけたのだが、皆の網膜と鼓膜はそうはいかない。

このままではいけないと網膜を焼かれながらも、いち早くスパリシアが状態異常解除魔法と空間身体完全回復魔法の同時併用を行い、速やかな現状把握に努めようとする。実はこの行為、容易く複数の魔法を行使しているように見えるのだが、そもそも

【異なる魔法の複数同時使用】

というのは、このデルゼルスでは通常あり得ない技術である。しかも、共に最上級魔法という奇跡にも近い御業をやってのけているのだが、それが霞むくらいにはこの現実が重くどうでもよい些末なことに引き下げられている。


やがて徐々に目がくらんだ状態から復活していくにつれ、皆の心を襲ったのがシャンクへの懸念である。

一体何があったのか?なぜ太陽のような光が急に現れたのか?


膨大な疑問が不安感を殊更に増大させているのが現実。

シャンクは無事なのか?


「何が起こったの?リイナちゃん?」

今にも泣きそうな表情で問いかけるも、リイナの視線はシャンクが飛び上った空をロックしたまま動かず顔色は青ざめたままであった。健康的なピンク色の唇も、今は血の気が引いて紫色に変化しているあたり何かを予感しているのだろう。


さっきリイナが叫んだのは、はるか上空から極限まで凝縮された何らかの力場を手首にはめている特殊力場検出装置が感知し、警告音を発したからであった。

無論、戦闘中にそんなのに気が付くような隙は無いのだが、彼女の第六感とでもいうべき感覚が警鐘を鳴らしていたのも気が付けた要因であろうと思う。


ややあって、舞の問いにようやく口を開く事が出来た。


「多分…オロチが変身前に見せた口から吐く怪光線が、変体したことによって何かの化学変化を起こし空間が歪むレベルのエネルギーを生み出したんだと…思う…あれは太陽のコロナくらいの数値だったんだ…」


未だ、シャンクの安否がわからないのでリイナの体は微かに震えている。

「う、嘘だよ…ね?」

俄かにその一言で生存に対する絶望感が増す。重苦しい空気が一帯を包むのに耐えられず、舞が誰にとなく否定を求めるが返ってくる返事はない。
















「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


オロチを倒し切れているかわからない。それにもかかわらず、絶望を認識した舞の精神がこの状況でついに限界を超え決壊し、悲痛な慟哭を発し始めるのだった。


「シャンクゥ…うあああああああああああああああああああああ」


舞に続き、リイナまでもが悲痛な叫びを上げ始める。

泣いている二人を

「この泣き虫シスターズが!」

等と茶化して諌めるあの男は、今ここにはいない。




それ故、誰もが気が付かない



人の思い込みとは恐ろしいものである。

科学的にも、物理的にも、霊的にも、リイナが言うような

【太陽コロナクラスの力の収束】

が放たれていたとするなら、この大地が無傷でいられるだろうか?では、一体光に費やされた以外の莫大なエネルギーは何処へいったのか?



そうこうしている内に上空から何かが降ってくる影が見えるのだった。


もう、絶望に包まれているこの場で気が付けるものなど居ようはずはなく、海面に落ちて巨大な水しぶきが上がるまで察知しようとする者すらいなかったのだから。

その飛沫の量から、降ってきたのはイツマタノオロチであるのは認識した一同であるが、同時に


ではなぜか?


を口にできる者はいない。

オロチが降ってきたのは間違いない。よくよく気配を感じてみると今にも消え入りそうなくらいに闘気というかそういう力が小さくなっているのだった。


「「ま、まさか!!??」」

泣き声を上げていた二人が泣き止むくらいには希望が出てきたようだ。

するとみんなの頭の中に声が響き渡る。


((よくぞ耐えてくださいました、日本よりの来訪者よ。私たちはこの時を待っておりました。オロチの攻撃は全て反射を以て無力化いたしました。かの者はここに生きております。ご心配なく。))


その声と共に空より、シャボン玉のような魔力の泡に包まれて下りてくるシャンクと妙齢の男女の姿があった。すでにマックスモードは解かれ元の彼の姿に戻ってはいるが、傷らしい傷や怪我が見られないことから、ただ気絶しているだけのようだ。

その姿を見たリイナと舞は、泣き止んでいたにもかかわらず今度は嬉し涙という形で泣き始めた。まあ、致し方なかろうと思う。


だが、今度の声はどんな神なのかリイナには皆目見当もつかない。

聞いているだけで先ほどのささくれ立った心に平穏が訪れるような心地がよい澄んだ響きの声である。その声だけ聴くと幼さが感じられるが、同時に荘厳さと神々しさが同居し、このような天耳通を使用できるあたりかなりの神格ではないかとも思えるのだった。


そしていつの間にか、皆の前に二つの空間の揺らめきが起こり人の形を成していく。その隣には拉致現場で見た【ヒサルキ】もおぼろげに姿を現す。感じられる気配の質は全く異なるが、造形はほぼ同じ。


そんな些事はどうでもよいと言わんばかりに、シャンクが生きているのをその存在によって知らされるとリイナと舞は真っ赤に腫れている目線を合わせると、さらに大きな声で泣きながら抱き合って喜ぶ。

シャンクの存在は、すでに二人にとって欠かせない大きいものとなっているのがわかった瞬間でもあった。



「「そそそそそ、そのお声は…神託の使徒ラピスジェイド様!!」」

ガリアとスパリシアがようやくその声の心当たりに気が付くと同時にそう口にする。

「瑠璃(ラピス)…翡翠(ジェイド)…?」


「はい。このお声は、以前私たちのこの世界で起きたある戦いの前に神託を授けてくださった神託神であり、そして創世神【ニワタリ神(にわたりがみ)】の眷属様であらせられます。」

知らない神の名が出たので、ささやくように言葉をこぼしたリイナにスパリシアはそう説明する。

彼女の説明をまともに捉えるなら、この世界に危急迫ると神託という形で人類に救済の手を差し伸べる神の眷属、そういうことになる。

が、その双子神が式として使っているそれは日本で見た

【ヒサルキ】

そのものにしか見えないのである。これはいったいどういうことであろうか?

その問いを口にすることもなく、答えが頭の中に響いてくるのだった。


((私たちは幾度となく日本に救いを求めようとしました。そのために創造したのがこの子です。ですが、いつの間にかこの子の生成機動式を逆解析されており、私たちが望む日本への救助依頼どころか日本の生き物を攫う装置に成り下がっておったのです。嘆かわしいことに…))  

それを聞いて得心するリイナ。

道理で、無闇矢鱈に殺しや傷つけることはせず攫って行くばかりのはずだ。でも、ヒサルキを操った者は根底にあった

【日本人の良心】

までも書き換えられなかったのであろう。


((ですが、ようやくこの子の存在理由も達成されました。あなた方とこの世界の勇者のお蔭です。))


「では、もう日本ではこのデルゼルスに攫われるような事件はなくなったということでよいのですね?」


((左様でございます。))

リイナが、一番心配していた懸念が払しょくされたことにより現地調査が意味をなさなくなり、代わりに事件の収束という大金星を手にすることとなった。


((まだ、あのオロチには息があります。あれの存在を残しておいては何れ日本にも凄惨たる影響を与えるでしょう。輪廻の輪を喰らい尽くす存在であるのは神界での決定事項となっております。ですが、あの存在の大きさがこの世界の勇者では滅しきれぬ理由となっております。リイナ様、舞様。どうかその手をお貸しいただけませんでしょうか?あの愚かしくも悲しい生物兵器に安らぎを導いては頂けませんか?))


異世界のとはいえ、神からそんな言葉を賜ったならやらないわけにはいくまい。そう二人は腹を括ると

「はい。その勅命謹んで拝命いたします。いい舞?」

「もちの論だよ。」

そう返す。


すると、いつの間にか二人の前に幼き少女が現れる。未だ年端もいかぬであろうその姿はまさに日本人の少女そのものに見えた。短めの黒髪は日本人特有の艶を宿しており、前髪は今風に表現するとパッツンではあるが、恐らく双子であろうかわいい少女だ。

同じ顔の少女がリイナと舞各々の前に立つと、抱っこをねだる様に両手を差し出す。

その行為が気になり屈んで目線を合わせる二人の頬に、優しく少女らは掌を添わせると熱い口づけをし始める。


普通であれば嫌悪感が先に立ち振り解くとかするものであろうが、全然そんな感じもせず寧ろ、神聖な何かというか不思議な力が体の中に流れ込んでくるのを感じた。

ほどなくして、双子はそっと口を離すと今度はちゃんと声をだして話し始める。

「「お姉ちゃんたち、お願い。あいつをやっつけて!」」

「「了解!!」」

それを待っていたかのように沖合の海中より、オロチが顔を見せる。が、もうすでに先ほどのような力は失われているのだろう、元の緑色をした蛇のような色に戻っていた。皆が目線をオロチに向けるが、虫の息なのは明白。

だが、その存在レベルはすでに概念。消滅させるにも恐ろしいほどの力が必要となろう。

今その力が、リイナと舞の中に溢れているのだ。

「「力の発動たるキーセンテンスはお姉ちゃんたちの心の中に。」」

少女たちの言葉で、心にキーワードが浮かぶ。




「「霊的次元上昇(アセンション)」」

何の力も発動していないのに、魂の底から無限とも思える温かいオーラが滾々と湧き出てくる。喜怒哀楽すら超越するこの感覚…まさに悟り!

リイナと舞はお互い背中合わせになり、リイナは左手、舞は右手をオロチの射線上に伸ばすと一筋の涙を溢し

「「さよなら」」

と囁くと、美しい蒼色の波動が伸ばした手から放たれた。


抵抗することもなく、ただただ時の流れるままに波動に飲まれ行くオロチは徐々に物言わぬ原子へと変わっていく。

波動が自然に薄くなるころには、あれほど巨大だった体躯は消滅していた。

今ここにイツマタノオロチは滅び去ったのだ。


「「さようなら…涙無き存在に生み出されし悲しき兵器達…」」

双子の神の呟きは青い空に溶けていくのだった。

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