第20話 救出ケースファイル2-7 神と人 概念の凄まじきポテンシャルと越えられぬ壁
瞬きよりも短く、刹那よりも儚い…
そんな体感時間をまさか生きているうちに体験できようとは誰が思うだろうか。
リイナに強制降臨を果たした(須佐之男命(スサノオノミコト))は、迸る神気を纏い体ごと弾丸処ではないスピードで……いや、最早、物理的や物質的速さという次元では表現しきれぬであろうそれを以て、オロチを弾き飛ばしていた。
剣を振るうでもない。
神術を行使した訳でもない。
体術を繰り出した訳でもない。
ただ頭からぶつかっていっただけ。
相撲の元祖ともされる神である「タケミカヅチ」のぶつかりもかくやと言わんばかりのぶちかまし。本当にただそれだけ。
それだけのはずなのに、目算でも自重数千トンは優に越えるであろう彼(か)の巨体を吹き飛ばしたのだ。数拍遅れて、超大音響が耳をつんざく。
そのスピードと質量との接触の結果として、大気は掻き乱され荒れ狂い、音速を越えた時に発生する衝撃波(ソニックブーム)を遥かに越える余波があたりを飲み込んでいく…
それこそ、都市制圧タイプの戦術核兵器が炸裂したと思わせるような爆発音を伴って周囲一体を凪ぎ払ったのだ。刹那すら遥かに超える短い時間で事は起こったため、必然的に巻き込まれる一行。
「いやぁぁぁ~!!!?」
「のわぁぁぁぁぁ!!?」
「ッッッ!!!????」
各々、何が起こったのか把握すらできずガードもおざなりに吹き飛んでいく事しかできない。
よく、漫画やアニメ等の設定に出てくるような
いわく、超速
いわく、縮地
いわく、テレポート
と呼ばれるレベルの動体術を眼前で繰り出されるが視認できないどころか、微動だに出来ず数百メートルもの距離を吹き飛ばされた一行。
シャンクと舞、ガリアは思い切り余波に巻き込まれ林があったはずの内陸部へと吹き飛ばされていく。
その最中、かなりの奥に避難していたと思われるハリヤですら、羽ばたくこともままならず同じように吹き飛ばされていた。
「ヌシ~!!ソラトベタンカァ?ナンゾコレェ!!??トベヌゾォ??」
多少混乱が見られるが、目をグルグルマークのようにしながらも主であるガリアを視線に入れると少しでも近づこうともがく。
…結果
大股を広げたハリヤがガリアの顔を挟むと、二人して団子状になり姿が小さくなっていく。
「ぐああああああぁ!ハリヤァァァァァ苦しいいいぃぃぃぃぃ!!!!」
男ならうれしい状況であろうが、今この時点でそんなものは微塵も湧いてこないガリアは息ができぬ苦情を口から吐きながら共に吹き飛ばされていくのだった。
しかし前線にいた三人は、戦いに備えて各々の闘気なりオーラなりを最大限に発現していたのが功を奏し、目に見えるような怪我らしい怪我はなかったのだが、地形は変わらずとはいかない。
その惨状を引き起こしたのが神であったがためにこの世界にとっては想定外、いや確実に青天の霹靂の被害状況を呈していた。
つまり、このデルゼルスに測量技術が発達していたのなら地図の書き換えが必要になるのは紛れもない事実であろう。
皆の意識が現状を認識し肉体が反応を起こす頃、既にオロチは吹き飛ばされていて水面を水切り遊びの石の様に幾度もバウンドを繰り返しながら海中(先ほど深みに嵌まっていた火口付近)へ恐ろしい迄の水しぶきをあげながら沈んでいった。
小山程の質量を持つはずのオロチが我らを威嚇していた場所には、変形したアメノムラクモを肩に担ぐリイナが佇み
「こんなもんかあいつは?」
とでも言いたげな表情を浮かべながら首を頻りにコキコキと鳴らす姿が有るばかり。
長い長い砂煙が晴れていき視界が確保できるようになると、吹き飛ばされた三人は大地のその凄惨さと、それを成したリイナ(ver.スサノオ)を目を見開いたまま遠目から見つめるしかなかった。
其ほど、辺りの地形の視界が開けてしまっていたのだった。
ヴェルゼイユでは猛威を振るった魔王であったシャンクも、真の姿を取り戻し本来の力よりかなりパワーアップを果たしていた。今なら何者をも相手取ったとしても後れを取ることはないとすら思っていた。
舞も、何の因果か勇者としての力を失わず日本に生還を果たしている。その上、向うの創造神である【創世の女神ヴェルフェス】も自身に降ろせる状態であるため、シャンクと同じ思いを抱いていたのだ。
思春期に訪れると言われる、何でも出来るような錯覚の万能感にも似たその二人の思いが今、瓦解に至る。
「なぜ?何があったの!?」「何をしたのだ!??何なのだこの技は!?」
立ち上がるのもそこそこに理解を超えたものに対する疑問やらなにやらが二人の心を支配していく。そんな思いが体を縛り付けているかのようにリイナから目を逸らせなくなっていた。
完全に舞い上がった粉塵が収まっていき一帯に静けさが戻った頃、したり顔でいたリイナの口を借りてスサノオは言葉を紡ぐ。
「おめぇらの疑問当ててやろうか?」
その立ち姿のまま首だけを、遠く吹き飛ばされているシャンク・舞・ガリア・ハリヤに向ける。いわゆる(シャ○度)と言われる体勢で、相も変わらず口角を引き上げた不敵な笑みを浮かべてそう言うリイナ。凡そ声が届くはずのない距離にいるにもかかわらず、四人の頭の中にはその言葉がはっきりと声が響き渡る。
恐らく、仏教で言うところの六神通が一つ
【他心通】
に近い能力なのかも知れない。
リイナの身体に降臨している(須佐之男命(スサノオノミコト))の思念波状の言葉が一行に届く。
一同に怪我もないことを確認すると、スサノオは左手を徐に皆が吹き飛ばされた方向へ優しく、そして何かを引き寄せるように振る。
するとどうだろうか。あれだけ遠くに吹き飛ばされた三人と一匹がリイナの前に立っているではないか!
まるでテレポートで移動してきたかのように。
「もう何が何やら…ハハッ…」
「もうすごすぎだわ、日本人で良かったと思えるわ…」
この奇跡も、超心理学に於ける【PK(念動力)】に属する
【アポーツ】
という物体空間移動現象の一種なのだろう。
が、
ガリアも舞も目の前で行使された奇跡を幾度となく突きつけられたことにより脱力感を否めなく、この移動現象にも突っ込みを入れることが出来ない。
あまつさえ、乾いた笑いすら湧いてくる始末。
一人(匹)だけ目を回して転がっているハリヤを視界に捉えると
「ほう…こんなとこに…まあいいや。」
そうつぶやくが、今はどうでもいいという感じで一瞥し説明を始めるスサノオ。
「こんなもの技でもなんでもねぇのさ。超能だとか事象の改変だとかじゃなく【只の頭突き】にすぎねぇ。距離だの速さだの、この物質界でしか通用しないしな。大気が邪魔で、影響が大きいからあんま本気出したくはねえんだけどよ現世(物質界)での戦いでなんてな。でもな、おめぇらいい線行ってるぜ?それこそ概念体のような俺らに近しい存在位にはな。ただな…人の枠組みで我らを考えてもらっては困る。」
その言葉は、そこにいる者たちの心に一つの楔を打ち込むのには十分な説得力を秘めていた。どんな世界で最強とか口にしようとも、上には上がいるのを心にしっかりと焼き付けて慢心するなと、神の一柱から直で賜ったのだから当然であろう。
人の身で在りながら神の御心を推し量るのは不遜であり、思い上がった行為。他を守るのは大事であり、尊い行為であるが人としての道筋だけは外さぬようにとの意味合いと願いがその一言に込められているのをちゃんと解釈できるかは今後の成長次第であろう。
神
全てはこれの一言に尽きる。
如何に元魔王であろうが女神の力を身につけた勇者だろうが、人の器を超える概念としての神、つまり運命を司る神だの死を司る神だの色々な神々の視点から見れば矮小な世界で粋がっているに過ぎないのだと暗に揶揄されているのだ。
存外に褒められてもいるが。
「まあ、盟友から賜ったたっての願いだからな。臣民に僅かばかりでもご加護とご助力を、ってな。それに…」
ズゴァァァァァァァァァアァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!
「ッチ!」
言葉の続きは海中からの爆発音に似た大音響に中断を余儀なくされた。
スサノオは、舌打ちと共に不機嫌さを滲ませた表情を音の爆心地にやるがすぐに一同に視線を戻すと、(今度は俺らが)と言わんばかりに鋭い視線を送っている。
あれだけの質量的破壊力があったぶちかましを喰らってなお、反撃の体勢を整えるオロチを目にしてさすがは古の怪物であると再認識するに至る。
が……
「さすが選ばれた奴らは根性が違うな。っとりゃ!」
五つの頭を水中より出し始めていたオロチがさらに沖の方へ吹き飛んでいく。
スサノオの左手が裏拳を繰り出した後の状態で海側に向いていた。
神とはどこまでも理不尽で凄まじいの一言。このレベルにはあとどれくらいで至れるのか想像すら苦痛になるレベルであろう。
「しっかしコイツ(リイナ)ちっせぇなあ。ちゃんと食ってんのか?大胸筋もそんななさそうだし、もっとちゃんと鍛えとかねぇと強ぇ男になれんぞ?」
自身の放った攻撃が、己の想定していたそれ(威力)より余りに軽い事に辟易したようにそういいながら、突然自身(リイナ)の胸を揉み始める。
モニュモニュ
…
「ん?なんだこりゃ??太りすぎか?」
思ったよりも柔らかすぎる手触りに疑問を持ちながらそう言うスサノオ。
…
モニュモニュ
尚も確かめるように、無言で揉み続けるスサノオの姿にハッと我に帰った舞とシャンクは、瞬時に顔を真っ赤にして二人でリイナの両手を片方づつ掴み上げ、舞に至っては涙目になりながら同時に頭突きをかました。
神に
頭突き
さすがのセクハラに神の反応速度を容易に超えたらしく、
「グッハッッ!!!!待って待って!二人とももう戻ったから僕だから!!リイナだから!!!!」
強制降臨が人の頭突き1発で解除に至ったのだった。
鼻血と涙を流すリイナに二人は謝りつつ手当をしていると、頭の中にスサノオが語り掛けてくるのだった。
(びっくりさせやがって!だけどこれが人の思いの凄さなんだな。荒神である我を吹き飛ばすとは。愛と思いやりか…いいもんだな。)
その一文にガリアとハリヤ以外がさらに真っ赤になり俯いてしまう。
(まあ、これで盟友の願いどおりになるだろうさ。そら、上からお前らが欲しがってた成果ってやつが降ってくるぞ。ちゃんと持って帰りな。後は三人腹の中にいるけど、やれんだろ?お前らで。きつかったらすぐに【俺ら】を呼びな!来るかは気分次第だがな。クハハッ!いつでも助力してやんぜ!多分な。)
先程よりは幾分フレンドリーな雰囲気を滲ませてそう語るスサノオの言葉をすぐには理解できずにいたが、
上?
言われたように、皆が空を見上げると確かに落ちてくる人影のようなものが見えるのだった。
いち早くシャンクが飛び上りキャッチして下りてくる。確かに人であった。黒髪の女性である。体中ドロドロの粘膜状態の物質で覆われており服はそれに溶かされたのだろう、切れ端が体に付着しているだけで殆ど全裸である。
だが、間違いなくこの風体は
日本人
であった。
衰弱著しくはあったが、リイナの手持ちの緊急医療キッドで応急手当にあたっている。思ったより生命に別状はないのか自発呼吸はしているようだ。
そうこうしているうちに、内陸の方角より何かが飛行してくる気配を感じて警戒を強めるリイナと舞。
だが、ガリアの
「この気配……ああ、今から来るやつらは俺と同じガッタルシア王国最強の勇者、神壁三賢人の一人の賢者です。安心してください。」
の一言で警戒を解くと、暫く続いた緊張感から解放されて糸が切れたかのようにへたりこむのだった。
ただでさえオロチが沈んだのかも判らぬ状況で敵の援軍とか洒落にならない。この世界の勇者であるなら無闇に気を張るのは悪手である。
しかし、魔法が発達した世界というのも羨ましいなとも思ってしまう舞。飛行魔法とかチートもよいところ。ヴェルゼイユはそこまで魔法科学が発達していなかったのでその思いもまた一入であろう。
そうこうしているうちに飛行魔法の一団がこの地に降り立つ。小隊クラスの部隊であろうか、二十人ほどの魔法使いのようなローブを身に纏い降り立った者達の中のリーダーであろう女性が、現状を把握するためガリアに接触を果たす。
「ガリア!大丈夫でしたか?五双龍(いつまたのりゅう)は?被害状況の方はいかがで…な……なんだこの惨状は…!?」
「おう。やっぱスパリシアだったか。これから説明するが、先に。こちらの方々が、経典と神託にあった日本からいらっしゃった勇者様がただ。五双龍(いつまたのりゅう)を倒して頂いたのさ。」
「な……んだ…と?日本から!それにあの龍を倒したぁっ!?」
余りの驚きな事実に思わずはしたない大声を上げ、顎も外れんばかりに大口を開けてスパリシアと呼ばれた者は驚愕に震えるのだった。
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