第17話 救出ケースファイル2-4  異世界と日本語

ギラギラとギラつく日の光、それを弾くグリーンの海。

地球での海岸線と然程遜色のない、何処までも続く風光明媚な砂浜に一種異様な雰囲気を放つ一団が異質さを醸し出している。



灼熱状態であろう砂上に正座という、風景に似合わぬ佇まいで座る男女。

最低限の情けなのか、座っている砂上が生い茂る木々の木陰であるのに怒りの主の優しさが感じられる。

先程まで、やることが手一杯等と宣っていたのがどこへやら。粛々と説教タイムに刷り変わっているのであった。


ハーピー襲来(?)から持ち前の戦闘感に頼りきった迎撃で、あわや敵性の皆無な者を殲滅せしめんとしたリイナとシャンクが無言で正座している様は無様の一言。

二人とも無言でお互いにそっぽを向いているのがまた滑稽さを誘う要因になっている。また、二人の頭部には拳骨で殴られたかのようなタンコブも見られるのだ。

勿論、舞の手による作品である。


そりゃ不貞腐れもしようというもの。



「さて……二人とも。何か言い訳はある?」


にこやかな表情こそしているものの、冷たさを燦然と感じさせる笑顔で二人を詰問している舞。

恐らくは本気で立腹していると思われる彼女が放つ殺気にも似た気配は、こと戦闘に関してはプロフェッショナルである座っている二人の異論を挟む余地を掻き消しているかのようにも思えるから不思議である。

 

「二人とも私を庇うために後の先で飛び出してくれたのは正直に嬉しいの。至らない私のせいだもんね。でもね、流石に狂犬じゃないんだから相対した者の観察を怠って敵じゃないのに切りかかるって正直どうかと思うよ?それじゃ日本の人々は戦闘狂ばかりなの!って異世界の人達に思われちゃうんだよ?」


舞の言うことは至極真っ当。ぐうの音も出ない程の正論。しかし二人の感情とそれからくる行動を結果はどうあれ考慮できる辺り、しっかりと仲間意識や思いやりを持って接しているのだと感じさせるだけの説得力である。

いい加減な付き合いの仲であれば、決して出てこない台詞であるのは明白。

故に二人は醜い言い訳をせず沈黙を保っている。


「驚かせて、本当にごめんね?私達、敵じゃないの。わかってくれる?」 

「ファー?オキナニサラズーwアリシター。」

「ありがと。」

「ドイタマシテー」




会話してる……


いや、会話になってる……



本当に申し訳ない気持ちから舞は敵意のない、どちらかというと愛嬌すらあるハーピーに向かい謝罪の言葉をかける。日本語らしき言語で語りかけてきた、敵意のない魔物であるハーピーにも分かりやすいようにゆっくりめで受け答えする様は、流石の状況対応力である。


普通の人間であれば一度状況を見失うと混乱してパニックに陥り、戦闘する術を持つ者なら正座二人組のように問答無用で斬りかかるのが当たり前と言えよう。


ある意味、舞はもしかしたら天性の素質(LCRA職員適性)を秘めている大人物なのかもしれない。



とにかく、リイナとシャンクが怒られる原因を作った(自業自得な感じはあるが)ハーピーが発する、亜流の日本語とおぼしき言語に舞は間違いなく受け答え出来ているのだ。


そう。例えるなら、言語留学にやってきて日が浅い海外の人が一生懸命日本語で話すような、そんな拙さ。

しかし、正座二人組は熟考する。

もしそれが日本語であると仮定するなら、一体誰が何のために広めたのか?いや、それより元々この世界の言語であったなら日本とデルゼルスの繋がりはどんなものであるのか。

この世界に連れ去られた者達が、この世界に与えている影響など解明すべき問題点が多々涌いてはくるものの、今は黙って舞からのお許しを待つ他ない正座二人組。


徐々に気が済んできたのか、舞のお小言が暫し中断し始めると正座している周りをトテトテと歩き回りながら様子をうかがっていたハーピーが、不意にピタッと正座二人の前で立ち止まると、



「モウユルスー。カアイソー。ヌシイッター。疑わしき者罰せず!」


両羽を万歳三唱するように掲げ、そう言い放つ。



「「「ッッッッッ!!!???」」」


たまげたのはそれを目にした三人である。決め台詞のように放ったその日本語は、余りにもネイティブで、不意を付かれて絶句し固まるのだった。


翼を広げて二人を見つめ立ち止まるハーピー。


ハーピーは舞にもう赦すよう嘆願しただけなのだが、最後の言葉が余りにもネイティブ過ぎて三人は固まる。

やはり、この世界に引きずり込まれた人間の影響なのか?間違いなく日本語は伝わっている。

それに

「ヌシ」とは一体……


ヌシとやらがこのハーピーに日本語を仕込んだのか?


ハーピーを除く三人が、思考の海に嵌まりそうになった時それは聞こえてきた。





「ハリヤぁー!!メシ捕れたかぁ!?俺ぁ大物採ってきたぞぉ!今日も俺の勝ちじゃねーかー!?」


小型の鮫らしき魚の尻尾をひっ掴み引き摺りつつ海から上がってきた男が、大声を発しながら砂浜へと歩いてくるのを切っ掛けに舞の説教タイムは強制終了するのだった。






自然に任せたままなのか、かなり伸びた綺麗な緋色の髪を後ろで一つにくくり、体には百戦錬磨を彷彿とさせるような数多の戦いでついたとおぼしき傷が勲章のように鎮座ましましている。その余りの多さに見る者全てに王者の風格を植え付けるかのようなオーラすら漂っているのだ。ハリヤと呼んだハーピーにそう叫んだ男は、見慣れぬ三人の顔触れに刹那の思案の後、口を開いた。


「ん?ハリヤ、誰だそいつら?冒険者でももてなしてたのか?偉いぞ。おもてなしは大事な事だぞ。それであんたら…は…………」


パッと見何が起こっているのか分からないのであろう男が、疑問をハリヤと呼んだハーピーに問い掛けるも、言葉が尻窄みになっていく。どうやら、舞とリイナの容姿に引っ掛かったものがあるらしく二人を頻りに見ている男。


「ヌシ!ヒト。ヒト。ヒト。ココイタ。ハリヤモテナスタ。」


「…………あんたらもしかして……いや、まさか。」


「ヌシ!ハナシキケ!ナ?」


何かに気がついたのか、男はリイナらを見るとワナワナと震えだしたのだ。余程余裕が無くなっているのか、自分の発言を聞けとハリヤは羽を逆立てて主張するも目に入らないようだ。


「あんたr……いや、あなた方は……日本人ではないですか?」


どんな感情かは察することは叶わぬが、自分の意思に反して思うように言葉を紡げなかった男がやっとのことで口を開いた結果、出てきた言葉が日本人というのを確認するための問いかけであった。


間違いなく、このデルゼルスという世界は日本と何がしかの繋がりを持つ世界であるのは明白。期せずして、リイナ達は事前調査すら始めていないのに大変な手懸かりを得る事となった。


ややあって、


「いかにも私達は日本からやってきました。日本国国家公安委員会直属、転移転生行方不明者捜索機関(ロストチャイルドレスキュー)略してLCRA 国民捜査官の津軽谷(つがるや)です。私達は、超自然力や異能力その他の要因等により異世界に転移・転生させられてしまった日本人を厚労省と内閣府が主体になり創設られた【逸失国民転移転生救助法】に基づき、転移者や転生者を救助し日本に帰還させるための組織です。」



正座の後遺症 (足の痺れ)から漸く回復を果たしたリイナが、更なる何かの手掛かりを求めんと、身の上と己が立場と成すべき事を男に説明したのだった。


「よく理解できぬ言葉が混じっているが、間違いなく日本人なのですな……ああ。神よ!」


うん。なんか両手を合わせて拝み出した。どっかの世界でもこんな扱いだったな…と、ヴェルゼイユでの出来事を懐古するリイナの瞳が急速に光を失っていくのを見て、仲間である二人の男女が顔を背けて肩を震わせている。

それが興味の琴線に触れたのか、ハリヤまでも二人の真似をし初めるのをみて更にドつぼにはまりこんでいた。


やがて真似っこに飽きたのだろうかハリヤと呼ばれるハーピーは、拝むような体勢の男にまとわりつき構って欲しい猫の如く身体中に頬をすり付け始める。


未だ事件の片鱗すら垣間見る事は敵わないが間違いなく解決に繋がる第一歩的な出会いは、まるで計算され尽くしたもののような錯覚を覚える三人であるがそれに一行はまだ気づくことは出来ない。

 

恐らくは、日本語が普及しているであろう状況や目の前の男が日本人を正確に判定できる様子から、かなりの転移者がいるものと確信を強める3人であるが、目の前で繰り広げられてる一人と一匹のじゃれあい(?)を見て、今一時、心を安らぐのだった。


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