第15話 救出ケースファイル2-2 興味の代償と異世界の恩恵

「あの触手状態の《ヒサルキ》とやらは、生命体を異世界に、今回の場合は《デルゼルス》だね。に連れ込むのに特化した存在と言えるかも知れない。これまでの報告では見られなかった形態だし。そっから噂に尾ひれが付いたのが都市伝説の方だろうね。う~ん…」


今回の実際に相対した体験と、今までの知識等からそう仮定して目星をつけるリイナ。人を襲い殺めるでなく、目的は不明だが異世界に連れ去るという行動パターンから、警視庁管轄の広域事件よりLCRAの正式案件に移行した本件の概要を前に唸るような声が漏れてしまう。


「ねぇねぇリイナちゃん、この格好どう?似合ってる?」


事件の詳細に頭を悩ませているリイナに舞が嬉しそうにそうたずねる。

まるで、初めてお洒落を覚えた女性が褒めて欲しい一心で見ている人に感想を求めるような。

事実、舞の瞳は星が見えるかのごとくキラキラとしており、見えない尻尾がブンブンと振られている幻すら見えそうである。

仕方なくリイナは彼女を一瞥すると、上司に彼女(舞)を紹介された時と同じ立ち眩みのような感覚を覚え、左手で己のこめかみを押さえながら今後の不安に嘆息しそうになる。

「はいはい、似合ってます。僕からみても格好いいと思える程ね。」

「ちょっ!それ……って大丈夫?具合悪かったり?」

億劫だと言わんばかりに頭を抱えた格好のままそう答えるのをみて、舞は投げ遣りな答えに反論しようとするのだが、何を勘違いしているのか体の心配をし始めるのだった。


原因的には、以前にも増して頭痛の種(舞の立ち位置)が増えていたからに他ならない訳だが。

でも、本当にこれでよかったのか舞本人にもわからないと言うのが本音であろう。


本来であれば救助されてから心にダメージがあった場合、厚生労働省より専任のカウンセラーが派遣され元の生活に戻れるようにケアしていくのが通例ではあるが、舞自身ゲームやラノベ方面で理解力や適応力が強化されていたため、さほど心身共に壊滅的なダメージがあったわけではなかった。その上で、もうひとつの道

《LCRAに協力する》

という行動に踏み切るのだから怖いもの無しなんてものでは収まらない胆力が元々備わっていたのだろう。というか向こう(ヴェルゼイユ)で、元からあった好奇心やら何やらにより培われたのかもしれないが。


ここで、要救助者の取れる路は幾つかLCRAによって提示される。その幾つかの路を少し紹介しよう。




1A 異世界に連れ込まれ、被虐の対象にされていた場合(非転生)

→PTSD等の可能性も考慮して、カウンセラーによるカウセリング治療や身体的ダメージの治療の後、通常の生活に復帰可能と判断されれば行方不明期間の扱いを親族と関係省庁によって折衝し日常生活へ。

→心に壊滅的なダメージがあった場合、行方不明期間の記憶を心理学者やいくつかのスペシャリスト立ち会いのもと封印して通常の生活に支障が出ない可能性がある場合、親族と相談して施術。その後、上記と同じ。


1B 異世界に連れ込まれ、被虐の対象にされていた場合(転生)

→日本に戻る意志があった場合、現世に於ける神仏と異世界の神との折衝にて元の肉体を戻せるかどうかを確認。戻るようなら1Aの通り。戻らない場合でも、異世界の肉体で現世に順応できると厚生労働省や文部科学省が判断し、親族の了承を得たなら1Aの通り。


2A 勇者や召喚獣として扱われ戦いに身を置いていた場合(非転生)

→召喚先との繋がったコネクションを断ち切ると向こうで得た異能力が消失するので、諸々の治療後心身共に大丈夫と判断されれば行方不明期間の扱いを親族と関係省庁によって折衝し日常生活へ。(記憶が残るのが辛い場合は、本人の同意を得た時のみ記憶を封印してから日常生活へ。)

→戦争神経症等PTSDを発症していた場合、上記と同じく専門家によるカウセリング治療の後、日常生活が可能と思われるならば異世界に関連した記憶の封印の有無を本人が選び、行方不明期間の扱いを関係省庁との折衝にて決定後通常生活へ。

→身体能力の飛躍的な向上のため日常生活が困難な場合、LCRAにて国民捜査官について貰う。頭脳の向上が著しいものは、最先端の研究所と掛け合って諸々の研究の礎となるべく勤める事もできる。(いずれの場合も公務員待遇で処される)


2B 勇者や召喚獣として扱われ戦いに身を置いていた場合(転生)

→異世界の神と現世の神仏との折衝にて元の肉体に戻る場合、ケースバイケースで対処。(未)

→転生時の姿でよいという場合、ケースバイケースで対処(未)

→もう現世(日本)に未練がない場合ケースバイケースで対処(未)


3 魔王等の支配者や国王等の為政者となっていた場合

→まず救助時に帰還の意志の有無を問い、帰る意志が認められずその世界を滅ぼそうとしている場合、これを打ち倒してからその世界の裁きを受けさせる。改善の余地がある場合、帰還後諸々の治療を施す。改善の余地がなかった場合、要救助者死亡の扱いとする。

→帰還の意志が認められた場合、その立場を代わりの存在が引き継ぐまで期間を設け(なるべくその世界の本線を乱さぬように)、その後2Aで対処。(共に未)


4 異世界の神として君臨していた場合

→(未)


*(未)は、未だ事例無



実際には、もっと細々とした規定があるべきなのだろうが、そうそう異世界絡みの事件が解決するわけでもなく、処遇についてもLCRAにしてみれば未だ霧の中をさ迷うような感覚であるのは言うまでもない。

ただ舞の場合は、現在でもイレギュラー中のイレギュラーらしく、戻ってきても異能が消えなかった稀な例であると専門家は判断したのだった。

それはそうであろう。

向こうの創世神(ルフロティア)を持ってきているのだから。もしかしなくてもLCRAにとって一番の適材適所であるのが舞である事実を渋々認めざるを得ないのも、リイナにとって頭痛の種の一つである。


「格好いいに決まってるだろ…そんなおっきいモノ持ってるんだから……」

「おっ…きい…あ、ありがと……」

そこは持ち得ない者の僻みであろうか。立派に自己主張する舞の一部分をみて嘆息するリイナの言葉に、少々俯き気味で赤くなりながらも礼を言う舞。照れるなら何故振る?そう思うリイナだったが、言葉にはせずにおく。



「いつまで茶番劇をしておるのだ?泣き虫三羽烏が。」


部屋の隅の壁にもたれ掛かったまま腕組みをしてそう宣う、長めの金髪に長身の引き締まった見るからにイケメン風な男。



「「誰が泣き虫だ(よ)!?」」


二人の剣呑な雰囲気を受けている男は、舞やリイナと同じような意匠を持つ衣服を纏っている。

そう。勇者としての舞と向こう(ヴェルゼイユ)で生き死にの戦いをした元魔王シャングラムことシャンクである。

彼も結局この日本に連れてくることになったのだが、初の異世界人ということで研究者たちの格好の餌食となっていた。そこで不憫に思ったリイナは、日本国民捜査官に助力するのと引き換えにその存在をやや自由にさせてもらっているという。云わば国とウィンウィンな関係に持ち込んだと言った方が分かりやすかろう。二人と共にLCRAとして所属することになったのだった。


「……はぁっ。こんな精神の幼き者共に人を救えとは。国も酷だな…」


「「ぐっっっ!」」

以前指摘された通り、二人は身につまされる思いからか言葉に詰まる。

「それと…舞よ!」

「なっ。何よ急に!?名前で呼ぶなんて……」


「奴(ヴェルフェス)の力が使えるからと言って、普通の人間があまり首を突っ込まぬ方が良いと思うがな。力に溺れんまでも、興味本位で力を振るうなら…いつかデカイ代償を払うことになるやも……」



パンっ!!



言い終わらない内にシャンクの頬が乾いた音を放つ。

いつの間にかツカツカと近づく舞は憤怒の形相を呈して彼の頬を張っていたのだった。目を見張り驚きの表情をするシャンクに胸がくっつく位置まで近づき


「あんたに何がわかる!?見知らぬ地に身一つで呼び出され、戦ったこともない私に魔王を倒せと言われたときの絶望がわかるの!?知り合いもいないなかで、人々の期待を背にして旅に出された気持ちは!!?初めて魔物とは言え人形(ひとがた)の生き物をやれって状況になったことあるの!?それを踏まえた上で出した決意にケチつける気!?」


「舞!」


言われた一言に感情が先走り、シャンクの事を考える余裕もなく張り詰めていただろう己の胸中をありったけぶつけていた。しっかりと彼の目を見据えて。

だが、境遇で言えばシャンクも一緒。黙って聞いていたリイナであったが、行き過ぎだと判断したようで一言舞に声をかける。

それを聞いてはっと我を取り戻す舞は目の前の男の境遇を思い出したのだろうか、目線が行き場をなくしたようにさ迷いながら呟く。


「あっ……ご、ごめ…」

しかし、しばらく待っても返事が返ってこないのを訝しげに思った舞は、思いきって目線を合わせるべく伏せ目がちに見上げると、様々な感情が渦巻くような表情があった。悲しいような切ないような、それでいて慈愛溢れる。とにかく一言では言い表せない表情のシャンクがいた。

引き込まれそうな綺麗な瞳。ああ、これがイケメンなんだな~ととりとめもなくボーッとしていると


「…済まなかったな。」

ボソッと一言謝罪の言葉を紡ぐ口が動いた。

シャンクとの距離を思いだし、彼の境遇と言葉の意味を理解した瞬間舞の顔が沸騰したように真っ赤になるが、改めて見ると綺麗なその顔から目が離せなくなっていた。

正しく釘付け状態になっている己の体が儘ならない。彼の目から、彼の唇から目が離せないのだ


早鐘を打つように鼓動が早まり、呼吸も浅いものになっていく。

(こっ、これって何!?どんな状況!?あれっ。私このまま唇奪われちゃうのかな?これがファーストキスかぁ。まあ、イケメンだしいっかな~…)


そう思った瞬間

力強く抱き締められて床に押し倒されていた。勿論、頭を打たないように両手でクッションするように。

そしてシャンクは言う。

「馬鹿が!舞を殺す気か!?」



今一状況を把握していない舞を静かに起こすと、シャンクは自らが寄りかかっていた壁を破壊した本人に向かい窘める言葉を吐く。


えっ?殺……えっ?

リイナに目線をやると、いつの間にか抜刀しており切っ先が二人を向いていた。微妙に顔色が赤く涙目にも見える。


「くっ!リア厨め!かわしたのか。いつまでも舞を離さないからだ馬鹿。」

「何を宣っているか分からんが、舞に頭を下げよ!殺しかけたのだぞ?」


(えっ?えぇっ!?殺されかけたの私?)

日本国は、間違った選択をしたのではないかとつくづく思うシャンクの心は間違ってはいないかもしれない。

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