第12話 幕間 2 行方不明の兄と謎
かつて剣の世界にこの人ありと呼ばれる天才、いや神童がいた。
その者が体得していた、明らかにこの世界の敵のみを想定していない、複雑で難解、そして優雅で力強いその剣術の名こそが
自由活殺古流武術が一つ
《妻条流剣術》
である。
代々伝わってきた型稽古の中から、恐らく失伝したであろう技法を復活させるまでに至り齡15の頃より多方面で指導等に携わっていた。一般の剣術道場のみならず、時には同じ剣術家の両親と共に海外の特殊部隊や秘匿団体にまで指導を施すほどであった。
自らも皆伝に慢心すること無く、常に《常在戦場》の心を忘れず深山や霊山、果ては鉛弾飛び交う戦場にて鍛練に明け暮れていた。
幼き頃より六感、特に霊性に富み自然の醸し出す声無き声や神の囁き、そして概念体にすら耳を傾けられたという。
果ては、学力にも才能は及び13歳にして米国の超難関大の入試すら、満点を叩き出すという、正に文武両道を地で行く超人であった。
転機が訪れたのは今から3年前、リイナが12歳の時であった。
両親が出稽古で訪れた先の山で、天候悪化に伴う山の斜面の崩落事故に巻き込まれ亡くなってから人が変わったようになってしまったのだ。
常に笑顔を絶やすことなかった男は、事あるごとに
「親父たちに手をかけた物を俺は許さぬ……」
等と呟き、様々なパワースポットや曰く付きの地、人が訪れぬような山深い場所に打ち捨てられた謎の社探索などオカルト方面に傾倒していく日々。
そんなある日、リイナに
「ついに掴んだ!これで仇を打てる。ハハッ。」
そう言い残して姿を消すのだった。
警察の調査では所謂交通事故ということであったが、人気の無い山奥で尚且つ心霊スポットとしても名高い霊山であり、打ち捨てられた車だけが潰されて残っていた事から何かしらの存在に襲われたのだとリイナは思っている。
そして、あれほどの天才的剣術を誇る者が易々と破れるはずがないのは自身が一番身をもって体感しているのだ。15歳にして兄と同じ皆伝を賜ったリイナがである。
「僕の操るそれが妻条流。そして、僕を越える天才がお兄ちゃん。津軽谷 海カイ。お兄ちゃんが一番得意としたのが、シャンクの言う《秘剣 ずぐり独楽》なんだ。」
記憶を辿って、辛いであろう兄がいなくなった経緯や特徴を口にするリイナの表情は、どこか嬉しそうでいて悲壮感を感じさせるような複雑なものであった。
暫く沈黙が続いたが、約束の通りシャンクが口を開く。
「強いな。そちは……」
「……」
これまでの話で、何かを感じての発言であろうかその言葉には返すことが出来ないリイナに視線を定めシャンクは続ける。
「あれは……我らが王都を攻略せんとした時だったな。」
ようやく一番知りたい情報が聞けるとあってか、バッと顔をあげるリイナを見てシャンクは少し驚くが目の中に輝く希望の炎に煽られてか、シャンクは続きを紡ぐ。
「人間には、(ヴェルゼイユ悪夢の三日間)と呼ばれているらしいが。」
重々しく口を開くシャンクの横顔を真剣な眼差しでリイナは見つめる。
「王都陥落間近であった三日目にそれは現れた。見たこともない衣服を纏い、聞いたこともない力を以てして我らを王都から退けた一人の男がいた。」
いよいよ待ち望んだ話にゴクリと喉を鳴らすリイナを見て複雑な表情をするシャンクだが、話すのは義務であると自らに言い聞かせ続きを紡ぐ。
「きさ……リイナ…お前のような黒髪をした優男様の風体に飄々とした雰囲気。それにあの世界には無い独特の《刀》とかいう獲物を操り、我らの精鋭を凪ぎ払う姿は鬼神のごときであった。かの者が放った一撃が、当時の我が配下ナンバー2であったジャグルを屠ったのだ。その名が……秘剣ずぐり独楽であった。」
「やっぱり間違いない…生きて 生きてたんだお兄ちゃん。お、お兄ちゃんはその時何か言ってなかった?」
リイナに指摘されたからであろうか、シャンクは苦虫を噛んだような表情を一瞬見せたが呼び名を訂正しつつ、邂逅を果たしていた謎の男の事を思い出しながら語る。
兄の生存を初めて確実に認識できたリイナは、嬉しさからか徐々に涙ぐんでいく。その男が自身の求める《兄》である事を確信するに至り、逸る思いで続きを聞かんと詰め寄る。
「……我がこれ以上の戦力損失を出さぬため、撤退しようとした間際……勇者よ。そちに言われたような事をその者は口にした。」
「…えっ?わたし?なんか言ったっけ?」
「……ハアッ……ヤツは《アンタも巻き込まれたクチか。大変だね…だけどね、もうすぐさ。それまで大人しくしておくことをお勧めするよ。ハハッ。僕よりもっと怖い奴にお仕置きされちゃうからね。》と宣ったのだ!」
舞は今の今、話を振られるまですっかり失念していたようで、二人から若干冷めた目線で責めるように見つめられると乾いた笑いを溢し、左右の人差し指を胸の前でツンツンして泣きそうになっていた。
あれほど死闘を繰り広げ、魔王の心中まで暴いておきながらのこの体たらくにもう一方の当事者であるシャンクも呆れを禁じ得ないように語気を強める。
「しかし、解せんな。あの時我を滅ぼしてさえいれば、勇者よ。そなたが呼ばれることもなかったろうに。」
至極最もな話だ。
何故ある日突然失踪したのか?どうして未だに日本に戻らないのか?何故、異世界で世直しのような真似を続けているのか?
まだ解けない謎は山程ある。が、今は兄の生存を、そして存在を異世界に見出だせたことに安心したのか涙を流して感極まるリイナ。舞もまた、異世界にて苦労した為か啜り泣くリイナを抱き締めるようにして、慰める。
ここから、ようやく物語は進んでいくのだった。
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