第11話 幕間 1 乙女の秘密と孤高の闘い
《妻条流剣術道場》
玄関にでかく掲げられた道場の看板が物々しさを醸し出す。
「ここです。どうぞ」
「ふわぁーでっけぇお屋敷…」
「……」
LCRAの本局で、シャンクの身元引き受けを進言し無事連れ出すことができた一行は、《津軽谷 里比奈》の住む家へとやってきた。見た目からただ事でない家の大きさに圧倒されたか、抜けたような感想を漏らす舞を横目に、リイナは皆を中へと誘う。
「お疲れさまです、リイナさん。昼食の準備は整ってございますので。」
そう言って頭を下げる女性がいた。ショートで前髪パッツン、立ち居振舞いが美しく容姿も端麗で、年の頃は24・5だろうか。誰もが目を見張るような双山を持つ彼女が皆を迎え入れる。
「ありがと麗さん。すぐ行くよ。」
メイド服を着て甲斐甲斐しく家事をするこの美女に、またも舞は過剰に反応を示すのであった。
「ちょっ、ちょっと!あにあの美女さん!?めちゃデカくてすんごく美人さんなんですけど。リイナちゃんの家政婦さんなの?」
鼻息荒く問いかける舞にウンザリするも僅かに首肯を返し、
「何が言いたいのかわからないけど、そうだね。彼女は《牧見 麗》さん。この家で家事をしてくれてる人。凄い助かってるよ。」
「ふぇ~。そうなんだ!見た感じキャリアウーマンっぽい雰囲気あるもんねぇ…何でも出来そうだし。」
舞の麗に対する第一印象は好評のようだ。容姿に無駄の無い行動に言うことなしと言った所だろうか。
シャンクだけが、そんなパーフェクトに思える彼女に辛辣な視線を投げ掛けているのをリイナは見落としてはいなかった。
「大丈夫。あの人は僕らの味方だよ。」
視線は向けずとも、シャンクにそう語りかけるリイナ。
まあ、ともあれ三人は食事が用意されている食堂へと向かうのだった。
…………………………………………
「こいつ、かなり出来る!?ほら、ラショーク!何してるんだ!?さっさと動きを止めろ!」
そう叫ぶのは、空に浮かんでいる小さい子供のような魔族。眼下にて暴れる気色の悪い魔物の使役者だろう。相対するは、丸眼鏡をしていて細身ではあるが中々に引き締まった体をしている好青年。黒髪から察するに、この世界の者では無いような印象を与える。
「いや~。やっぱ中々情報が掴めないな~。ハハッ。」
そういうと、襲い掛かる触手状の怪物が吐き出す粘液を掻い潜って、手にした刀で本体を切り刻んでいく。
一見すると、小高い岩山程の大きさと思われる怪物であるが、先の発言をした男にすると相手にするのはなんら苦ではないらしく順調に体力を削っていく。
「この世界にも手掛かりは無い……か。しょうがない。っと!」
ラショークと呼ばれた怪物の苦し紛れであろう、体格を利用しての押し潰しから難なく逃れると
「秘剣 ずぐり独楽!……フッ!」
止めとばかりに刀で切りつける。その技は、リイナが黒龍に引導を渡したもの正にそれであった。
その太刀筋をマトモに受けた触手の塊は、上下に分断されると更に細切れとなり辺り一帯に散らばる結果となった。
「ばっ……馬鹿な……俺が造り上げた最高傑作が……ただの人ごときにぐちゃぐちゃに壊されるなんて!…お前は一体なんなんだ!?何者なんだ!!」
腕に相当自信があったのだろう、空に浮いている小さき者がまだ目の前の惨状を受け入れられないのか語気を強める。魔族だろうそれが、触手を細切れにした男に向かって問いかける。何故ただの人間であるはずのこの男が、魔神にも匹敵するような怪物を殲滅せしめるのか?なんの目的があって行動しているのか。全てが謎に包まれている男の正体と行動を問い質すことで、この惨状の言い訳を探しているのだろう。
だが、男から返ってきたのは
「さあね?」
あっさりとした一言だけであった。
勿論、納得いかぬ魔の小さきものは激昂し魔力を込めて魔法を放とうとするが、男はいつの間にか小さきものの背後に回ると、刀を首筋に当て
「今一度聞くけど、…………てのに心当たりはないかい?」
「ひっ!く、くどい!…………など見たことも聞いたことも無いわ!やるならやれ!敗けを認めるから。」
何かを調べているのか、男は小さきものにそう問うと魔族は随分と潔く敗北を受け入れ覚悟を決めたようだった。彼のいた魔界は弱肉強食の世界だったのだろう。だが、男は
「いやいや、知らないなら別にいいのよ。命までは取らないし、それが目的でもないしね。それに別世界で勝手な殺生したら神様に怒られちゃうし。ハハッ。」
言葉の最後は聞き取れないくらいのものだったが、脅しの刀を下げ敵意を消してそう軽く笑う。
「ほんとにお主何者じゃい!」
「そこは秘密ということで。あー、あと異世界から何かを召喚する技術があるならやめといた方が無難かもな。俺より怖~い奴がお仕置きにくるぞ~。ハハッ。」
「この世界にゃそんな高度な召喚術ありゃせんわ!全く。魔界が住めなくなったから地上に出てみれば、来て早々貴様のような男にけちょんけちょんにやられるし、かといって殺すでもなく……」
「ハハッ。まだまだ上には上がいるってわかると面白いだろ?世界は広いぜ!」
「……フハッ!全くだ。貴様は…」
「海」
「……はっ?」
「僕は貴様という名前じゃない。津軽谷 海。 海(かい)って呼んでくれ。」
「そうか…。んじゃカイ……」
「おう。」
「……」
ただこの一戦を交えただけではあるが、元々世界征服などという大それた目的があったわけでなく、ただ地上に現出した魔族の小さきものはカイの実力を素直に認めることで、何一つ蟠り無く会話することができた。
今暫しの沈黙が続く。照れ臭いのかそれとも別の思惑か、カイは静かに彼を見つめ言葉の続きを待つ。
「俺を弟子にしてくれ!」
「だが断る。んじゃな!ハハッ。」
「ファッ!?ちょっ、待ってくれ。」
あっさりと断ると、立ち去ろうとするカイ。その淡白過ぎる態度にビックリしたのか慌てて引き留める魔族。
「?」
「なんで駄目なんじゃ!頼む。俺より強い奴に会いたいんじゃ!」
「そうか、僕に会えてよかったじゃないか!ハハッ。」
「ああっ!そうじゃなくて……今よりもっと強くなりたいんじゃ!」
小さきものの目に決意の炎をカイは見いだした。ただならぬ意思の強さは何かを求めるようにも感じた。
「……訳あり、かな?」
「強くならなければならないんじゃ。あの伝説を打ち砕くために。」
「伝説?」
「俺の魔界に数百年亘り伝わる伝説。(異世界より魔神あらわる時ヨグソトース甦る。そして無が包み込むだろう。)そして暫く前に、その伝説は成った。魔界は滅んだのだ。殆ど全ての存在を呑み込んで消えてしもうた…唯一の生き残りが俺じゃ。魔族といえど、俺らは争いを好まん。だが、俺の世界を別の何かが荒らし回るのは納得いかんのだ。そのために、魔神を越える強さを身に付けるのだ。そのためにカイ!そなたの力がいるのだ。」
「……まさか奴ら…クトゥルフを名乗ってやがんのか!?ふざけやがってぇ……」
彼の世界の伝説には、クトゥルフ神話の神の名が使われていた。それを聞いたカイは先程とは真逆の感情を顕にしていた。
「坊主、名前は?」
「おおっ!力になってくれるか!?俺はザイン。魔界ジャドゥルが王子ザイン=マクガードじゃ。」
………………………………
昼食を終えた3人は、麗が案内する応接間へ向かう。勿論、シャンクの口より真相を聞くためである。
ようやく探し求めてきた兄の情報である。心が騒がぬはずがなく、リイナは今かと心ここにあらずといった感じである。
「ではごゆっくり。」
麗が中央の机の上にお茶と茶菓子を置くと、そのまま部屋をあとにする。
「あっごめん。ちょっとルフロティア置かせて貰うね。」
舞はそういうと、背中に隠したままだった剣(ルフロティア)を抜いてテーブルに邪魔になら無いように置くと、二人の話に集中する。ヴェルフェスも今は空気を読んでいるのか、一言も発しない。
「シャンク。頼むよ。」
逸る心を抑えシャンクの口から兄の情報を待つ。舞も、重苦しい雰囲気に包まれた二人をただ見ている。
「まず、兄の事を教えていただこう。それを聞いてから、そなたが求めている者かどうか話ながら確かめようではないか。」
確かにシャンクの話が兄となんの関連性もなかった場合、この話し合いの場は全くの無駄になるだけでなくシャンクを連れ帰った事自体が無意味と化す可能性もある。そうなった場合、不利益を被るのはリイナであるかもしれないのだ。任務外の問題を持ち込む、それもこの日本とは全く関係の無い問題であるとしたら。それでも私情と言われようと、直感に近いものを感じたリイナは、それを信じてここまで無理を押し通してきたのだ。
「……わかった。」
そう頷くと、少しづつ話始めるリイナであった。
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