第8話 救出ケースファイル1-8 明かされる歴史と裁きの時
誰かが言っていた。
美人の土下座は暴力に匹敵すると。
今まさにその行為は皆の目の前にて行われているのだが、気付く者が未だ2人という物悲しい現実。何かが現れるとすれば光輝いている場所からであると思うのが人の常であるのだが、皆の予想に反して現れ出たるは、津軽谷とノディスが祈りを捧げている目の前の足元という意外性。
何かの冗談にも思えるその土下座行為は、間違いなくしている方に非があるとしても些かやり過ぎに感じてしまうのだから不思議である。
やがて、ポツポツと光から何も現れない事に気が付く者や女神像に変化がないことを訝しむ者が出始める。ようやく、目線の違う勇者と津軽谷に気付くものも出てきて、土下座状態の何者かを認識し始めるのだった。
「…ふぁ!?」
誰かが抜けた声を出すのをきっかけに、周りが二人の足元に土下座状態で鎮座まします美女に気が付くと、動揺が広がっていく。なにせ、神聖な雰囲気を纏いながらもしていることが謝罪行為なのだから、その異様なミスマッチは見た者の混乱を招くには十分であろう。
ざわざわと騒ぎが大きくなっていく中、人々の頭の中にか細い声のようなものが響く。一人の例外なく声は届いているようだが、何せ余りにも音が遠い感じで何を伝えたいのかハッキリしないため余計に場を乱す事に繋がっていた。
目前には土下座美人、頭に響く怪音…
場の収拾は不可能に思え始めた頃、
「主張したいことがあるならはっきりと!!!」
津軽谷から罵声とも怒声とも取れる声が静寂を強制的に生み出した。さっきまでの彼女とは全く異なる声質のその声に感化されたのか、土下座美人が小動物並みにビクッと体を震わせ下げていた顔を少し上げると共に聞きづらかった声が言葉となって一同に届き始める。
(この度は、この世界の皆様に取り返しのつかぬご迷惑を御掛けしまして大変申し訳なく思ってございます。)
この謝罪に反応できるものはいない。顔を上げた美女は、間違いなく正面に配置されている女神像そのものであるからだ。この国の造物主たる神ヴェルフェスに他ならない(それ)からの言葉に恐れ多くも「いえいえおきになさらず」等々誰が言えるだろうか?
「貴女は【創世の女神ヴェルフェス】で間違いございませんか?」
そう問いかけるは(裁き)を公言している津軽谷である。
(はい。)
「我が世界の調査によって、貴女に
【神界奨罰法】第5条 世界創世に於ける別世に対する無闇な干渉を禁ずる法 第3項 自世界に関係を持たぬ多次元に渡る文明生命体等を自世界の輪廻に組み込むような事をなしてはならない。
この条項に違反している容疑がかけられております。」
(…はい。心当たりがございます…)
「まず、貴女は国作りの時点で陰にあたる悪心を切り離して創世を始めたのではありませんか?」
(は……はい。間違いございません。)
「それにより、本来なら清濁併せ持つべき国から聖者のみの理想郷を望んだ。」
(そうでございます。わたくしの愚かな理想により神界のような創世を目指してしまったのでございます。)
「そうすることにより、世界に歪みが生まれ出でることになります。それが、過去生にいた召喚術を生み出した魔導を極めんとした者でありますね。恐らく切り離して捨てた筈の悪心が形をなして、制御することが難しくなったのでしょう。」
(その通りでございます。その者の魔力はわたくしに匹敵いたしまして、御する事も消す事も叶いませんでございました。)
淡々と進められていく口頭弁論のような問答に、人々はついては行けないまま真実を聞かされていく。
「我が世界の有名な人の言葉にこんなものが御座います。
(もし、この世が聖者ばかりだったらこの世は地獄であろう)
わかりますか?光あるところ闇あり。どちらも創世に欠けてはならないものなのです。悪心であれ陰であれ、いらないものなんてないのです。それを取捨選択していくための生命体の進化であり、葛藤を乗り越えていくための発展であると言えます。初めから清い水には魚は棲めません。」
(仰る通りでございます…)
「ですから、シャングラムが召喚されて後の世界で魔導を極めんとした者の呪縛にて世界を荒らし回ることで、悪心も聖心も正しく人々の心に宿り本当に進むべき進化を始めた。これは皮肉にもシャングラムが一番感じていたのではないでしょうか?いかがですか?シャングラム。いえ、シャンクさん?」
ここでダスマーダ以下戦場にいた者達は、マイに止めを刺されんとしたときにシャングラムが発した言葉を反芻していた
(「本当でもどうでももはや関係ない!貴様ら人類は魔に勝ったのだ。悪というものが存在しなかった世に戻るのだ…クフッっっ!!」)
「そういうことだったのですか…」
ダスマーダは呟いた。
国王は、流石理解が早いか
「成る程…シャンクとやら。そちも巻き込まれし存在であったか。」
そう静かに問いかけるが、シャンクは何も答えずただただ黙秘を貫いていた。
(この度の事は、全て未熟なわたくしの不徳と致すところで御座います。申し訳ございません。)
魔王の由来から世界の創世、果ては神々の世界にも秩序が存在するという事実が今はっきりと証明された瞬間であった。このヴェルゼイユを創造した神の口よりはっきりと。
「さて、我、日本国最高神【天之御中主神あめのみなかぬしのかみ】よりの沙汰を申し渡します。よろしいですか?」
裁判官のような口調で津軽谷は続ける。
(はい…)
不安に顔を曇らせるヴェルフェスが土下座したままで言葉を待つ。かなりシュールではあるが、それを指摘する者はいない。
「このヴェルゼイユの世界線を本当の有るべき方向に向かわせる為の努力を臣民共々行うこと。そして、これ迄泣きを見るしかなかった人々の救済に尽力し、いつの日か我が世界に劣らぬ発展を目指すべし。以上」
人の世界であったなら処刑すら生温いものであろうが、自らが生み出した存在と協力して更なる発展を目指せという慈悲溢れる沙汰にその場の全ての者が、感動にむせび泣いていた。ヴェルフェスも更に深く頭を下げて、寛大なそれに涙している。
救われぬ者の無い世界を目指せ。
神からの言葉は、理想郷に近い世界であろう。聖者だらけの世界より、より人間の本質が反映しうるもの。争いもあるであろう。諍いも絶えぬかもしれない。でもそれが真なるものの理。
沙汰の言葉を発した瞬間、津軽谷は糸が切れたように倒れ込むのをマイは優しく抱きとめる。恐らく最高神を憑依させていた為、霊力が底をついたのだろう。
そして、国王らに語りかける。
「聞きました通りです。此れより後は魔王の脅威はありません。私が召喚されて以降の不幸は徐々に解消されていくと思います。ねっ?ヴェルフェスさん?」
そう笑顔を浮かべて、未だ現れたときと同じ姿勢を貫く女神の姿を見る。
(はいでございます。これより、そのようにさせていただきます。皆様に永久の笑顔があらんことを。)
そう言うと、立ち上がった彼女は空に消えていくのであった。まるで、すぐにでも使命を果たさんとするかのように。
「大神からの慈悲の沙汰、誠に感動した!これよりヴェルゼイユは新しき時代に入るであろう!」
国王のこの一言より、人々から大歓声が上がる。騒がしさが一段落する頃、まだ目を覚まさぬ津軽谷を連れて一行は王都に向かうのであった。
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