第7話 救出ケースファイル1-7 綺麗な謝罪と罪と罰
ここは、王都の最終防衛拠点になっているガラドの街。
一行は恙無く行程をこなし大したトラブルもないまま、途中休息を挟みつつ約一日半かけて街に到着したのだった。各々が様々な思いを抱えつつ、戦からの帰還を待ちわびていた者たちからの手荒い歓迎を受けるのだった。
そのなかで、捕縛されたシャンクだけは着実に裁きの時が近付くのを感じつつ、裁かれし後の来世に思いを馳せるように身動ぎ一つせずにいた。
先立って王都に伝令に出した者の報告を受けたのであろう。国の長たる(国王ドルヴァーグ四世)、そして宮廷付きの魔法使い(紅蓮のメルス)らがヴェルゼイユ最高位の神官(光臨のノディス)を伴って、既に聖教会の前にて一行を出迎える形で待機していた。
王族に列なる女性の清血を必要とする【勇者転輪】にて、第一王女(白百合の姫セリル・ジール)を失うという業を冒してなお待ち望んでいた「魔王軍討伐」を遥かに越える「魔王本人討伐及び捕縛」という、人類の悲願であった成果を手にして凱旋したのだ。涙を流して喜ばないはずがなかろう。
現にこのガラドで出迎えた者たちは、一様に感動に咽び泣いていたと共に驚愕の現実、所謂一人の戦死者すら出さずあまつさえ過去の戦により散ったセレンすらも生前のままにガラドに舞い戻ってきたのに驚きをも隠せずにいた。
そしてダスマーダの手によって捕縛されたまま、王の前に差し出される優男が一人…
どう見ても罪人の風体には見えないのだが、この場で縄に縛られ王族の前に出される存在は一人しか思い浮かばない…
差し出されたその男に一瞥をくれてから、改めてマイの方を向き喜びを抑えきれずに破顔しながら尊大な雰囲気を漂わせる男。
「よくぞ無事に戻ってきてくださった。勇者マイ様!」
そう言って、力強くマイに対し労を労うその男こそ、国王ドルヴァーグ・ジール四世であった。
「いえ…そんな……私だけでなく、皆さんも一緒に…いえ。国民の皆様が一つになって戦ってくれたお陰で、こうして勝利することができました。本当にお礼の言葉もありません。」
マイは気恥ずかしく思いながらも、謙遜などではなく本心から戦闘に参加した者たち全てに対して、感謝を述べると共に頭を下げる。
その様を見て、魔王を倒すために一方的にこちらの世界に呼び寄せた罪悪感からか刹那の動揺を見せたドルヴァーグであったが、さすがは国を統べる長たる者である。すぐに体裁を整えると
「いや、すべてはマイ様のお陰であり頭を下げるはこちらの方であります。この通り御礼申し上げる。」
そう言うとマイに向かい深々と頭を下げるは国王ドルヴァーグ。周囲はその有り得ぬ光景に驚嘆するのであった。国のトップがましてや人に対しそのような行為を行うというのは、この国の人々にとってそれほど有り得ぬことなのである。
だがこの男は易々とそれをやってのける。
我儘で異世界人のマイを召喚するという、まるで誘拐に等しき行為を行い尚且つ国を救うために戦った者に対し、感謝と謝罪の気持ちを持てなくなったら人として畜生にも劣る事を理解しているのだ。
お互いに頭を下げあった後固い握手を交わす勇者と国王に集まった人々は、万雷の拍手を以て讃える。
人々の祝福の声が落ち着いてきた頃、津軽谷がマイの隣に現れる。
「こちらは?」
ドルヴァーグは、奇抜な格好をした男の子のような者を視界に入れると、不思議そうに正体をマイに訪ねる。
なんといってよいのか逡巡するマイ。
「そなたも、マイ様により助けられし者であるか?なにやら奇抜な格好であるが…男なら強うあれ。」
((!!!))
ドルヴァーグの言葉に戦場帰りの者たちが固まる。
「…………」
俯きプルプルと戦慄くように震え出す津軽谷。一度や二度ならず、こうまで間違われると逆に憐れにさえ思ってしまう。
徐にジャケットに手をかけたところで、マイに後ろから抱き締められるような感じで押さえられたので大事には至らなかったが…
「津軽谷ちゃん、待って。王様も悪気はないの!ちゃんと説明してあげるから。」
そう宥めすかし一応の落ち着きを取り戻させるも、もはや泣き崩れそうな顔をしたまま俯く津軽谷の心境を察してか暫くそのまま抱きすくめるマイ。端から見れば、可愛そうな子を必死に慰め勇気づける母性溢れる勇者の図なのであるが…
ただ、マイの押さえた手のひらが何か柔らかいものをニギニギしている。津軽谷は、また男に間違われたショックからか立ち直るまでその手に気が付けずにいた。
ようやっと、ダスマーダとマイの説明によって何があったのか。何故この世界に来たのか等、彼女に関する情報を国王ドルヴァーグに伝えることができたのであった。
「そうであったか…いや、貴殿の国民であるマイ様をやむを得ない状況とは言え強制的に呼び出し、あまつさえ魔王討伐等という責任すら押し付けてしまった我らには謝罪する他ない。それで赦されるとは思わぬが、本当に申し訳なかった。」
理解が早いのか器が大きいのか、ドルヴァーグはそう謝罪の言葉を述べると同時に津軽谷にも頭を垂れる。やはり心中はかなりの罪悪感があったのだろう。この世界の問題はこの世界の者たちによって解決なさねばならないのに、よりによって全く無関係の世界線から人を呼び出して魔王退治を任せる等という余りにも非人道的で無責任なことをしてしまったのだから。
「罪は罪。我ら王族は、どのような罰であろうと受ける所存。その代わり、苦難を負ってきた国民はどうか許してやってほしい。」
そう紡ぐ王の目には一筋の涙が流れていた。真に民を思えばこそのこの行動であり、真摯な態度なのであろう。
「大丈夫です。他の者にも言ったように裁かれるのは皆様ではありません。ご心配なく。」
津軽谷の言葉にほっとするも、疑問も湧いてくる。では、誰が裁かれるのかと。
「皆さんの疑問に答えるためにここに参りました。早速、聖教会に向かいましょう。そこですべてわかるかと思います。この世界の有るべき姿から真実までが。」
そう続けると、光臨のノディスらに案内されて教会に向かう一行。
これから行われるは、世の理を越えた事象の顕現と奇跡の行使、それに神が裁かれるという前代未聞の裁判。信じられなくてもそれらを目にしなければならなくなるのだから、今までの価値観等塵に等しくなろう。それでもなお、この国に住まうものとして受け止める義務を果たさんと国王以下、国の政を司る者たちが教会に立ち会わんとす。
「まず、マイさんを今まで無下にせず人として対等に、そして出来る限りのフォローで助力してきたことに対する我が国からの感謝を捧げます。」
津軽谷がそういった後に繰り出すは、戦場でダスマーダらが目にしたあの神仏顕現の儀。
教会内に漫然と広がっていく清浄な雰囲気と圧倒的な神性は、居合わせた者全ての言葉を失わせ驚嘆と驚愕に包んでいくにつれ、涙を抑えきれぬ程の慈しみで心を満たしていった。
中には無意識に手を合わせる等、戦場でも目にしたような光景もチラホラ見える。
そして現れ出たるは、薬壺を持ち、病気を治すとして有名な薬師如来様。
「マイさんを呼び出す際に命を落としましたるセリル・ジールを今ここに再びの生を与えんことを。オン コロコロ センダリマトウギソワカ」
薬師真言を唱えると、津軽谷の前に光輝く渦が現れ出で徐々に人の形を取っていく。まさに神の御技である。
本来ならセレンを戻したときのように、有るべき時間軸に戻すことにより命を落とす必要のなかったセリルの世界線を再現するのが早いのだが、この世の奇跡を一度国王らにお目にかけた方が何かと都合がよいと感じた津軽谷は薬師如来様のお力でセリルの復活を願ったのだった。
「あらあら。私は一体…?お父様。それに皆さんまで集まって。どうしたのかしら?」
光の中より現れしは、豪華なドレスに身を包む明らかに身分の高いであろう女性であった。長い金髪にクリリッとした大きい目、ホワホワしたような雰囲気を醸し出す彼女こそ件の姫である。
涙を流しながら集まる国王らを不思議に思ったのだろうか、白百合の姫セリル・ジールは自身に起こった奇跡に気が付かずそう呟く。
「よく…よくぞ帰ってきてくれたセリル…申し訳ない…」
「そういえば…わたくし……うっううっ…おどうざまぁ~…」
「ひっ、姫が生き返られた!」
「ああっ!神よ感謝します!」
そして状況を察したのか白百合の姫は顔をクシャクシャに歪ませ人目を憚らず、再び会えるとは思っていなかった父親のドルヴァーグの胸に飛び込むような勢いで抱きつくとキュッと力強く抱き締めるのだった。
涙ながらに抱き合うセリルとドルヴァーグを目の当たりにして、ダスマーダら以外のものは奇跡と呼ぶに相応しい事態に神に祈る者ばかり。
感動の再会を果たし、周囲が落ち着いた頃赤面しながら名残惜しそうにドルヴァーグから離れたセリルは、
「私を戻して頂いたのはこちらの可愛らしい方なんですね。ありがとうございます。父にかわってお礼申し上げますわ。」
そういうと、津軽谷の両頬にキスを落とし感謝の意をあらわす。
思わず真っ赤になってうつ向いてしまう津軽谷だった。
(うはぁ!百合萌えぇ!)
マイは相変わらずの通常運転のようだ。
「そ、それでは、この世界を司る【創世の女神ヴェルフェス】を呼び出しますので、ノディスさんご協力を。」
「は、はい。わかりましたです。頑張りますです。」
津軽谷に協力を要請されたのは、大きな丸メガネをして整った顔をした容姿端麗なノディスと呼ばれた神官である。
しかし、どうもその大人びた雰囲気とプロポーションに似合わない、どこか抜けたような言い方をする女性がヴェルゼイユ唯一の大神官とは思えないのは何故だろうか。
ともかく、ノディスは教会の正面奥に位置する女神像に祈りを捧げて【ヴェルフェス】を顕現させるため魔法力を込めて集中する。
サポートするように津軽谷は、薬師如来様に一旦お帰り願うとノディスの隣で同調するように黙祷し始めた。
するとどうだろう。正面の壁に飾られたヴェルフェスの像が光に包まれその光度を増す。その光が収まるにつれ皆の視線が像に向かうなか、津軽谷とマイの目線だけはなぜか津軽谷の目の前の床に向けられている。
「これ…」
「うん。これって…」
二人は一度見つめ合った後そう呟き目線を戻す。間違いではないか確かめようとするように。
皆の視線が未だに女神像に向かってる中、二人は津軽谷の前に土下座している美女に目線を向けていた。
それは、正しく日本に古来より伝わる最高の謝罪法
「DO GE ZA」
に他ならなかった。
((土下座ぁァッ!!!!??))
神聖な雰囲気の中で、すっとんきょうな顔をした二人の、心の叫びが響き渡るのだった。
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