第5話 救出ケースファイル1-5 帰れた者と世界の優劣

どれだけ時間が経ったのだろうか?それより今自分は、何をしていたのだっけ?

そんな疑問が湧いては消えていくが、そんな事すら些細に思える程の心地好さが体を包み込み心まで癒されるような多幸感で溢れている。






……………………軍。



誰かが呼ぶ声が聞こえる。これ程気持ちいいのだ。もしかしたら私は今、天にいるのかもしれないな…

未だ揺蕩う意識の中で、そう男は思いを馳せる。



…………軍、……ーダ将軍!


ああ、そうか。私の名はダスマーダであるな…ということは、天の世界の者が私を呼んでいるのであろうな。……天の…天にいる者……?…………かっ かっかっ…神!!!!




ダスマーダ将軍!!!



一兵士の呼び掛けが届いたのかどうか定かではないが、呼ばれていた当人が目を見開いていきなり上半身を持ち上げたものだから介抱していたのだろう兵士を頭突きで吹っ飛ばす結果となってしまう。


「ぐはぁう!!!!」

「ぬごぁあ!」

思わず当たった場所を手で押さえる将軍と、数メートル先まで吹き飛ばされる一兵士の図が完成した。


「じ…じょうぐん…気がづがれまじだが?」

息も絶え絶えといった体で、明らかに今の一発により自分の方が重症であろう兵士が将軍を気遣うような声をあげる。


「ああっ…私は大丈夫っだ!」

何が起こったのか未だ理解し難いが、先の現象で気絶していたのだと辛うじて自身の状態を把握するダスマーダ。

「すっ、すまぬ…私より、特攻隊長ベストラ。貴様こそ大丈夫だったか?いや、凄かったな…」

「はい!なんとか。いやはやびっくりしました!!!」

多少の興奮状態のままベストラに声をかけるダスマーダと、純粋なキラキラとした瞳で返答をしている兵士のやりとりは、上司と部下というよりは少年同士の会話といった方がしっくりとくる雰囲気である。


「それより、お怪我はありませんか将軍!?」

「ああ、私はなんとも…それより、そちはよいのか?紅龍に首をもぎ取られていたが。」

「私めにお気を使って頂けるとは至極恐悦にございます。されど、このようにぴんぴんとしております。」

「そうだったか!それはよかった。それより、今は…どのよう…な状況…………ッ!?」

立ち上がろうとした将軍が、不意にその動きを止める。

「如何されましたか?…もしや、目に見えぬお怪我をされているのでは!?」

そのベストラの問いかけにダスマーダは答えない。微動だにしない。

(待て…待て……待て………まてまてまてまてまてまて!!!さっき私はなんといった?…なんでこんなやり取りをする事が出来るのだ!?あの者は紅龍に…私の目の前で首をもぎ取られたのだぞ!!?それなのに会話ができるだとっ!?天地がひっくり返ってもあり得ぬ!!!)


「しっ…将軍?」

俯いたまま何時までも半端な体勢でブツブツとなにかをいい続けているのを心配したベストラが、恐る恐る声をかける。


「わっ…私も死んだのか!?」

反射的に返ってきた答えはなんとも間の抜けたものであったが、逡巡するベストラが答えに詰まったのか口をひらかない。


ふいに、ベストラの反対側からダスマーダの袖口を引っ張るものがある。

今はそれどころではないと袖口を切るのだが、あまりにもしつこく引っ張る行為に一言物申さんと顔を向けると…勇者マイと津軽谷が二人並んでしゃがみこみニヤニヤしながらダスマーダを見ている図が目に入る。



「っひっ!!!」

変な声を洩らし、数メートル後ろに這いずりながら距離を取ったダスマーダ。

何故だろうか、この勇者マイと津軽谷とやらには逆らってはいけないという予感が…というか、本能がそう感じているであろう確信にも似た何かが、こういう行動に駆り立てたとしか思えなくなっていた。


その醜態を見て満足したのか、津軽谷は先程まで話すのすら恐れていたダスマーダに声をかける。

「これが、私達の国の神が一柱・癒しを司る(薬師如来)様の御加護です。マイさんが呼び出されてよりこの時までの期間のみではありますが、今の時点で戻せる者は戻しました。本来なら不要な運命を背負わずによい者ばかりでしたので、割と容易に事は成りました。」


(戻した?戻したとは一体………?)

少々疑問に思いつつも、その言葉で周りの状況に少しづつ気がつく余裕が出てきたダスマーダは、噴き出さんばかりに驚嘆する。


「そ、…そんな………事が………ああっ………………神よ!」

あれほどまで仲間達の遺体や凄惨な戦いの痕跡が至るところにあったというのに、なんということだろう!まるで、戦いすら無かったかのように破壊された大地すら綺麗な元の緑へと戻っているではないか。


これを奇跡と言わずなんと言おう。

それだけではない。ダスマーダの耳には魔王との戦いで生き残った兵士の数以上の騒々しさ、そして涙を流した兵士同士が抱き合うような光景が至るところに見られる。

なかには、紅龍に喰われたベストラのように道半ばで魔物に敗れたはずの者殆どが、いつもと変わらぬ姿で泣いて笑いあっていた。


「おお………神よ!」

滝のような涙を流すダスマーダは、目の前の奇跡に周りの兵士たちと同じように喜ぶのであった。



「これは我が国民であるマイさんを丁重に扱ってくれたサービスです。先の加護とは別ですので。」

いつの間にか近づいた津軽谷は、ようやく本来のミッションを始められることに笑顔を見せてそう呟くと、ダスマーダの前から右に一歩ずれる。


「サービス?それはいかなる意味です………か………!!!」


「ただいま。あなた…」


「セ………セレ…セレン…なの…か?………セレンなのか!?」

「はい。ただいま戻りました。あなた。」


涙を流しながら最高の笑みを浮かべてダスマーダに声をかけるセレンと呼ばれた女性がそこにはいた。本来ならあり得ぬはずのその光景。




ダスマーダがまだ将軍職に付く前に起こった「ヴェルゼイユ悪夢の三日間」と呼ばれる王都への魔族大襲来によって起こった戦いに巻き込まれ、命を落としていたからである。

お互い結婚を約束した間柄であったため、ダスマーダは底の見えぬ絶望の地獄に叩き込まれる原因ともなったその戦いを期に魔王軍への憎悪を絶やすことはなくなった。


だが今、現にこうしてあの頃のままで現れた…いや、いつもあの頃に戻りたいと願っていた大願が果たされ現れてくれたセレンと、大きな泣き声を憚らずにダスマーダは抱き合う。

「これは本当に現実であるのか!こんなことが起こってよいものなのか!!」

「もう憎しみに生きることはないのよ?あなた…」




「もう二度と…二度と君を放さない!放せない!絶対にあの時の後悔は繰り返さない。約束するよ、セレン…」

「わかっています。あなた…」


またこの日々が戻るとは、一体誰が予想しえただろうか。この二人に限らず、戦場だったはずの大地では再びの邂逅を喜ぶ者が殆どであった。

ただ一人、シャングラムは遠い目で見ていた。自分が起こしてきた数々の破壊や人類の掃討が、目の前で覆されていくのだ。なにも思わないはずはない。

あの召喚されし存在をまざまざと見せつけられてから、己の心中は後悔と謝罪の念により満ちていくのをただただ耐えるように動けずにいた。

…だが、気づいているのだろうか?救われる対象に己自身も含まれていることを。そして、禍々しさを放っていた魔王としての姿がスラリとした細身の体になっているのを。これが本来の「シャンク」の姿であろう。


………………………



念願の再会も一段落しただろうか。津軽谷が、これからのミッションを遂行すべくダスマーダ達「元」魔王討伐軍の集団に語りかける。



「では参りましょう。僕の言った意味を皆様にお見せするために。そして、戦後の後片付けを済ませるために!」



「「「おおおぉぉーぉー!!!!」」


地を揺るがすような人々の雄叫びはしばらく続いた。

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