第3話 救出ケースファイル1-3 保護しにきたんです!本当なんですぅ!!

勢いだけだから纏まらぬ…


再び時間の止まったかのような静寂が流れる戦場…


もはや、誰がなにをしたらよいのか?…いや、一体自分達は今何をしている最中なのか?そして何を目にしているのか正しく把握している者もいないであろう。

其ほどまでこの数分の中に起こった事は常軌を逸していたと言わざるを得ない。


…やがて、叫んでいた津軽谷の声が、自分の犯した醜態を徐々に把握し始めるにつれ徐々に変化していく。それと同時に顔の赤みがマグマのように濃くなり始める。



「ぁぁぁぁっっっ?!っっっぁああああ…きいぃぃいやあああああぁぁぁ!!!!!!!!!」


怒声の終わりに一息すら吐かず、怒声が悲鳴に変わる。と同時に恐ろしいまでの速さで開いた上着を閉じ、皆に背を向け後ろ向きにしゃがみこむ。生まれたての子馬の如く全身を震わせながら…


この時、何故か不自然に前屈みになる兵士が散見されたとは、後のマイ談。



響き渡る悲鳴が止むまで、戦場に漂うのは戸惑いとも困惑とも言えぬ弛緩した空気であった。もしかしたらそれが、戦いの終わりを告げる勝鬨となったのかもしれない。


その空気を感じ取ったのか、一応危険なしと判断したのか定かではないが、ダスマーダが未だ反撃の素振りを微塵も見せぬ魔王を一瞥すると、近くにいた兵士らにとりあえずあの少女?を保護するように命じる。

その任に当たった兵士らはまるで腫れ物を扱うがごとく丁重に移動を促す。

「ヒッグ…ち、違うんでグスッ。本当にヒックヒック…保護しに来たんですぅ!!…グスグス…ズビビッ!本当なんですぅ!!」

涙やら何やらでクシャクシャにしつつも、ヒックヒックとしゃくりあげながら、困り顔でひきつる笑いをするしかない兵士の促しにそう呟きながらも、素直に少女はついていくのだった。






さて、ここで針のムシロ状態でいる存在がある。

魔王シャングラムである。

この世界をここまで混沌に陥れて、全人類から仇とばかりにボロボロになるまで攻めこまれ、あまつさえ止めすらさしてもらえず捨て置かれていたのだから無理もないのだろう。


まあ先の言の通り、最早何をする力も残されていないのだが。それでも、一部の猛者は決して魔王への残心を怠ることはなかった。


いたたまれぬ気分に晒されながら、魔王シャングラムと呼ばれた存在は今一度己の現状を顧みる。これまで重ねてきた悪としての歴史を噛み締めながら…



始まりはいつであったか…

幸せに暮らしていたのかもしれない。元の世界での人生の記憶を振り返ろうとするが余りにも朧気で…あの者に呼び出されることさえ無かったのなら、普通の生命体として幸せに暮らせていたのだろうか?色んな感情が渦巻くのは、柵から解き放たれた証拠なのだろうなとわずかな笑みすら浮かぶ。

なぜ自分であったのか。自分でなければならなかったのか。答えを知りたくても、あの男はもういない…悪意の塊と言っても過言ではない程の恨みだけで、この世界を滅ぼさんと憎悪を燃やし続けたあの男は。



この世を混乱に陥れたいが為に、異世界に干渉し時空間やパラレルの壁を越えて生命体を呼び寄せる召喚術を編み出し、自らをこの世界へと呼び寄せた元凶たる男の怨念にも似た見えない鎖は、自死することすら叶わないほどの強制力を誇っていた。

足掻いても足掻いても目に見えぬ者の言いなりになるしかなかった時代は今、マイの手によって終息を迎えたのだった。

言い換えれば、その強制力すら力として顕現させ立ち向かわねばならなかった程の戦いであったとも言える。そのお陰でもあろう。こんな風に感情や感傷に浸れる日が来たのだから。

勇者、そしてそれをこの世界に呼び込んだ人類には、こう言っては可笑しいのかも知れないがある意味感謝の念すら湧いてくる。だからだろうか?潔く、裁きは目の前の者共に委ねよう。そう決意を固める男の目には、最早魔王の片鱗すら感じられることはなかった。


さて、勇者マイは未だ心掻き乱されていた。それはまるで何かに期待を抱いている…そう。大好きなネット連載のラノベが、紙媒体で来月発売されるのを待ちわびるような心境に酷似しているのだから。二度と帰れぬはずの日本から助けが来たかも知れないという期待感は、其ほどまでにマイの心を乱す。


(これで助けに来たのが男性だったならあの人気アニメのシナリオまんまだったのになぁ…)


若干、腐っ…いやいや、乙女チックな感傷に浸りながらもこれからの動向を確かめるため、魔王を拘束している討伐軍の方へ戻る。



自分は日本に帰れるのか?本当にそれを信じてよいのか?まだ、あの津軽谷という少女には聞きたい事柄が浴びるほどあれど、先ずは戦の終息に専念しようと頭の中を切り替える。








幾人もの高位魔法使いにより何重もの魔力封印の枷をはめられて、魔王シャングラムは討伐軍の代表らと勇者マイの前に引き出されていた。マイの隣には、未だしゃくりが治まらず女性兵士に宥められながらキャンディーで餌付けされている津軽谷もいる。


「さて、魔王よ!これから貴様を裁くわけだが、何か最後に申したいことがあるか?」


魔力が消失し危険は霧散しているとはいえ、そこは魔の将たる者の前。決して油断や慢心をせず粛々と言を紡ぐ討伐軍最高指令官ダスマーダ。周りの兵士たちは(早く殺せ)と言わんばかりの視線を投げかける。今にも飛びかからんと殺気立つ者すらもいる。そんな剣呑な空気のなか、黙って目を閉じ裁きを待つ魔王シャングラムの姿はなぜか清々しさすら感じられるのをマイは見ていた。

戦の勝利は確定のため、既に王都には伝令をだしている。後は、王からの戦後処理に対する勅命待ち…といったところか。



「何故その様な問いかけをする?我は魔王ぞ。そして我にそなたらは勝利を納めた。問答無用でとどめをさすのが道理。」


「まさしくその通りである。が、これは武勲を納め我らに勝利をもたらした勇者マイ様のたっての願いであるからだ。」


力無く呟く魔王とマイのお願いで生かされているのだと言うダスマーダ。

何れにせよ世界がこれほどまでにカオスに曝されてきたのだから、道は一つである!兵士たちはいきり立ち


「殺せ!」

「貴様のせいで!」

「故郷を返せ!」

等々、罵声を浴びせるものがほとんど。暫し騒然とする場の空気。だが、たしなめる者は誰もいない。


騒ぎ疲れたのか、不意に一瞬静寂が訪れる。それをまっていたかのように一人、ダスマーダに発言を求める女性兵士がいた。


「将軍!フェイラと申します。発言の許可を求めます!」


「…よかろう!話せ。」


不意をつかれた顔を一瞬見せたダスマーダだが、一応取り繕いフェイラとやらに発言を促す。


「ありがとうございます。では、………魔王さん。あなたは…」


魔王にかよ!!


口をついてそう叫びそうになるのを必死で押さえる。許可を出した手前、駄目とも言えず沈黙を保つ。勿論何かあれば全力で止めにはいるであろうが。


そんなダスマーダの心に気がつくことの無いままフェイラは続ける。


「あなたは、呼び出された存在であると勇者様からお聞きしました。あなたの国はどんなところでしたか?今のこの世界のように争いや憎しみに包まれていましたか?」



…………全くもって意味不明である。

今聞く意味があるのかわからないほどどうでもいい質問であると周りは思っていた。構わずにフェイラは


「先程あなたは、勇者様に悪の無い時代に戻るとおっしゃいました。この世界に来て何を思いましたか?」


問いかけ続ける。

何を言いたいのか理解に苦しむ表情をする魔王だが、黙ってフェイラの言葉に耳を傾けている。


「もうよい。下がれフェイラ。」


少々あきれ気味に言うダスマーダ。

「…あ、いえ。申し訳ありません!なんか、言いたいことが纏まらなくて。勇者様が憎しみを全て持っていってくれると言ってくれたのが心に響きまして。」




(悪の無い時代…争いもいさかいもない世界………?……それって……)


なんだろう…

マイの心のなかに先程のフェイラの言葉と、戦いの最中自らが発した台詞が心に引っ掛かる。


「わかったわかった。よいから下がれ。」

「はっはひっ!」


完全に毒気を抜かれたダスマーダに促されカミカミながらも従うフェイラ。

全くなんだったのやら。と場の剣呑な空気は薄まりつつあった。



「あっ!」



いきなり素っ頓狂な声を上げたのは、誰もが思いもしなかったマイからであった。

(日本の有名な漫画家が同じ様なことを言ってた。多分間違いない。だとすると…)


「いかがされましたマイ様!?」


突然の声に焦ったダスマーダはそうマイに問う。


答えは意外な方から帰ってきた。



「多分、マイさんの思っている通りだと思います。」


そう言うのは津軽谷であった。


「本当に裁かれなければならないのは この世界の

神なのです!!」



場に沈黙が走った!!!

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