第2話 救出ケースファイル1-2 津軽谷吼える!

誰もが鳩に豆鉄砲といった感じの表情を浮かべたまま、その口上に反応を返す者などいない。



ややあって、


「日本国国家公安委員会直属、転移転生行方不明者捜索機関(ロストチャイルドレスキューエージェンシー)略してLCRA 国民捜査官の津軽谷(つがるや)ですぅ!逸失国民転移転生救助法に基づき保護しますぅっ!!」




………………


再び響き渡る現れた際に放たれた名乗り口上。若干の不機嫌さを漂わせながら津軽谷と名乗る者の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


だが今度は、その場の誰からも反応は無い。

というより、何が起こっているのか正確に把握出来た者がいないと言った方が正しいか。


見たことの無いものを纏い、聞いたことの無い単語を並べる…凡そ、戦とは無関係であろう幼き者が何故…いや、どうやってここに現れたのかすら皆には理解が及ばない。


ただ一人を除いては。


そう、勇者マイだけがその口上をなんとか理解しかけていた。

深々と刺込んでいた聖剣を抜き、シャングラムが方膝をつくのすら気にかける余裕なく声のした方を振り向いた。振り向かざるを得ない内容であったからに他ならない。


と同時にマイの脳裏に疑問が幾つも浮かぶ。当然であろう。

自分は、この国の危機を救うため「勇者転輪」なる召喚呪法により強制的に日本から呼び出された。

そして、元の世界に戻す手段が無いこともこの国のトップである(国王ドルヴァーグ四世)、そして「勇者転輪」を行使した宮廷付きの魔法使い(紅蓮のメルス)からも確認をとっていたからだ。


だが、その幼き者の口上内容だけを見るならば間違いなく




日本の国の機関が異世界の壁を越えて私を助けに来た




としか思えない内容なのだ。



「そこの小僧!!ここは魔王軍との決戦の場ぞ!死にたくなくば早くこの場から去るのだ!!」


違和感を感じつつも、周りよりいち早く状況を呑み込み国民を守る為に戦う立場にあるダスマーダがそう叫ぶ。

その怒声に兵士たちも我を取り戻しつつ、幾人かの魔法使いや剣士が、珍妙な格好で戦場に現れた一般人と思われる者を守らんと行動を起こす。



そう。

まだ生き残っている魔族や魔獣の類いがいないとも限らないのだ。

その現状を再認識したマイは、先程の口上を無理やりに戯れ言と思い込み声を張り上げる。


「君ぃ!早く逃げなさい!!ここは危険なのよ!!私たちに任せて安全なところへ!男の子なら勇気出して逃げて!」


「そうだ小僧!!戦う術を持たぬ平民は早く避難しろぉ!」

「勇者様のいう通りに逃げるのだ!男なら今は家族の方を守るんだ!早く行けぇ!」


次々に避難を促す声があちらこちらからあがる。


だが、一向に動かぬ津軽谷と名乗った者は俯いてプルプル震えている気配すら漂う。恐怖からなのだろうか。




ヴァサッ!!!



「っっ!!!」

戦場に戦慄が走る。


皆が声を掛けていた津軽谷の背後より現れ出でるは漆黒を纏う巨大な竜。だかしかし、その姿はボロボロで何故動けるのかも分からぬほど傷ついていた。

間違いなく、先程魔王討伐軍が止めを指したはずの魔王軍ナンバー3「黒餓龍ヴァルザーズ」である。


両翼の端から端まで数十メートルはあろうかという巨躯は、目の前の小さきものを噛み砕かんと口をあける。


「君ぃ!!!早く逃げなさい!!」

マイもありったけの声を張り上げ、救いだそうとその場から弾け飛ぶように動き出すが、先に近くまで駆けつけていた魔法使いが焦燥と恐怖に駆られて、津軽谷がいるにも関わらず再びとどめを刺さんと極大魔法を放ってしまう。


「深紅なる焔の精霊の御名において邪なる者を滅ぼせ!バニスゲイザー!!!」


「ばっ!愚か者!やめ…」

何の魔法を行使しようとしているのか気がついたのか、ダスマーダが叫ぶが間に合わない。

全てを焼き付くさんとする非情の業焔がヴァルザーズを包み込み辺り一面に熱風が吹き荒ぶが、瀕死であるはずの黒餓龍は堪えた様子もなく口をあけたまま最悪の行動に出ようとする。

死にかけであっても、これ程の威圧感と絶望感を見ている者達に植え付けることができるのか。腐ってもナンバー3ということか…最早、諦めの雰囲気が漂い始めるが……


何かおかしい。


あれほどの威力を誇る魔法が炸裂したというのに、相変わらず俯いたまま震える姿があるのだ。吹き飛ばされてしまったと思うのが当然の事象を浴びたはずなのに無傷で佇むその姿は、一種異様としか言いようが無いほどの違和感を放っていた。

ややあって、マイが気付く。その周りに光る薄い膜状の存在に。


(あれは!!?魔法?いえ…結界!?ってか、普通の日本人が結界を張れるの!?)

マイの疑問も最もである。

彼が普通の現代人であるなら、魔法はおろか極大魔法を防ぐレベルのバリアーのような結界を使えるはずがないのだ。自身が好む、ライトノベルの主人公のような異能でも無い限り。

一つも掠り傷すら負ってない津軽谷に場の皆が凍りつく。それだけではない。

自身の後ろに迫る龍の驚異に気がついていないはずがないのに、一向に動かぬのもおかしな話である。

「……くは…」



!?


微動だにしない津軽谷から、囁きに近い声が漏れてくるのを凍り付いている者達が耳にする。


「僕はぁ!!!!!!!!!」


魂の底から響いてくるような絶叫に近い声が周りを襲う。


叫ぶが早いか、その場で身体を一回転させしゃがみこむような体勢になった彼の伸ばした右手には、いつの間に手にしたのか光輝く剣が握られていた。



ブシャッッッ!!!!


一拍おくれてどす黒い液体が一面を染めていく。


壊滅とは行かないまでも、魔王討伐軍に恐ろしいまでの人的被害を及ぼした「黒餓龍ヴァルザーズ」の首から、噴水のように血と思われるものが噴き出しているのだ。何をされたのか理解していないような表情のまま胴体と別れ始めるヴァルザーズの首は、重力に引かれるまま岩山の下に転げ落ちていくのを誰もが眺めていた。余りにも有り得ない状況に脳がフリーズを起こすレベルの現状を目の当たりにしたのだ。至極当然であろう。


「ッ!!」

誰もがその現象に目を奪われている最中、シャングラムだけは繰り出された技に目を見開いて驚愕の表情を浮かべていたが、それに気付ける者は皆無である。


意識の途切れた龍であった巨躯の塊は、物言わぬ岩塊へと変わり地に落ちてさらに細かい砂に成り果てるのだった。


と、その一連の流れを待っていたかの如く顔を上げ、睨み付ける様な血走る目線を辺りに振り撒く存在があった。


「僕はあああああアアアアア!!!」


知ってか知らずか、自らの手で止めに導いたおぞましき龍に狙われていた本人である。





そんな周りの状況などお構い無く津軽谷は叫ぶものだから、視線は一気に集まっていく。光る剣を無造作に捨て去ると同時に、自分が羽織っているジャケットらしき上着のチャック部分に徐に両手をかけ、





「僕はああ!!女の子だあああああぁぁぁぁああ!!!!!!」




絶叫と共になぜか上着を引きちぎった!!!



……………………………………………………………………………………



揺れるほどもないのだが、明らかに現世で「ブラジャー」と呼ばれる女性専用の下着が姿を表し、戦場の皆様にこんにちはする。




「えええぇぇぇぇえっっ!?」

本日二回目の戦場に立つ者の心が一つになった瞬間であった。


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