第11話 アイドル☆クニ☆ファンに殴られる
新橋ガード下のおでん屋の屋台に、アイドル雲出クニは、人目を忍んでコップ酒をあおり、おでんのちくわやコンニャクを頬ばっていた。その左の席が空いていた。クニの超絶ファン、東京大学理学部物理学科池端研究室大学院1年、擦手有栖は猛ダッシュでその席に突っ込んでいったが、後一歩のところで
居眠狂五郎警視庁本庁捜査五課長に座られてしまった。
「あのすいません。そこ僕が座ろうと思っていた席なんですが」
「こっちが開いているよ」
居眠狂五郎課長は、あごで左側の席を指す。
「できれば、その席に座りたいんですが」
「できねえな」
擦手有栖は、この怖そうなおじさんにお願いできるのはそこまでで、しぶしぶ居眠狂五郎の左側の席に座る。居眠狂五郎がサングラスをはずして、若者の顔を見る。
「アッア。おまえ、日比谷公園の若者じゃないか」
擦手有栖もサングラスをはずした顔をみる。
「あの時の刑事さんですか」
雲出クニも帽子とマスクをとる。長いブロンドの髪が肩に流れる。首をかしげるように擦手有栖を見る。
擦手有栖は自分を雲出クニの瞳が見ているのだと思うだけで心臓は高鳴り、目玉が寄り目になった。
居眠狂五郎がクニに極端に向いて解説する。
「清だら爺さんが日比谷公園で弁当を食おうとしていたとき、清だら爺さんを嫌う団体が清だら爺さんを追い出そうと、差別用語満載で叫び始めたんだよ」
クニはキッという顔になる。有栖はその顔もすんごく可愛いと思う。
「そしたらこの若いのが、そんなこと言うな、誰にだって日比谷公園で弁当を食べる権利はあるんだと、一人で応戦の叫びをあげたんだよ」
クニが天使のような優しい微笑みで有栖を見つめる。有栖はここは天国ではないかと思う。目玉が寄り過ぎて後少しで白目になってしまうところだった。
後ろを黒い影が右へ行ったかと思えば、引き返してきて左に走っていく。三人はそのことに気が付かない。
屋台の店長、小津野円太郎は気が付いていた。しかし客に心配をかけることはしないように黙っていた。
相手が誰であろうと、俺がかたをつける。俺の目の前で暴力は許さない。小津野円太郎は心にスイッチを入れた。
有栖の心は舞い上がるだけ舞い上がり、状況認識が出来ないまま余計なことを語り始めた。
「それにしても臭かったな。あの爺さん。あの爺さんがこの屋台に居る時も、僕知っているけれど、自分の命の100倍くらい大事に思っているクニちゃんがいると分かっていても、僕近づけないものな」
クニの天使の微笑みの瞳が三角形に変形し始める。しかし寄り目白目状態の有栖はそのことに気が付かない。
「しかも着ているもの、あれ服とは言わないよな。汚物だよ。汚いを通り越して、黴菌の住み家と言っても言いくらいだったな。特にあの時は激しく汚かったな。クニちゃんがここで、あの爺さんと一緒にいること僕は知っていたけれど、どうしてあんな爺さんの隣にいられるのか信じられない」
クニの怒りは激しく、そのエネルギーを押しとどめていることは不可能だった。クニは左手を握ると、その手を水平に、居眠狂五郎の鼻先をかすめながら、
有栖の頬に突き刺さっていった。極真空手初段の腕前をもつクニのパンチは、瞬時に有栖の頬から赤い鮮血を噴出させた。
居眠狂五郎が叫ぶ。
「おい、俺の目の前で何をするんだ。現行犯逮捕だ」
居眠狂五郎課長がズボンの後ろポケットか手錠を出すと有栖の右手首に手錠をはめる。
「エッ!」
「おまえ自分のやっていることが分かっているのか。世界のアイドル、雲出クニの拳骨を、頬で殴るとは」
「エッエッ!」
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