第9話 清だら爺さんにヒタヒタと押し寄せてくる怪しい影

 世界中にチェーン展開をしている、怪盗グログロイズムの日本支部長、九利西瓜(くりすいか)は、その一番の子分雑木帯末(ぞうきたいまつ)に、変な爺の身元を洗えという命令を下したにもかかわらず、「臭いからヤダ」

と拒否されてしまった。

 九利西瓜は支部長でありながら、圧倒的に人望がなく、一番の子分雑木帯末のほうが、5万人におよぶ支部委員の信頼を得ていた。したがって雑木に拒否されてしまうと、他に頼める相手がいなくなってしまう、とても可哀そうな普通のおじさんになってしまうのであった。

「九利西瓜は我が身の命は、おのれの命、おのれの命ぞ尊ばれん。あんパン一個67円。あんパン食べたいな」

 と辞世の句を詠むと、頭には濃紺の手拭いでホッカムリ、首に唐草模様の風呂敷を袋にして巻き付けると、姿見の鏡の前にたった。

「これで窃盗団の団長としての、ドレスコードは凛々しく決まっておるぞ」

 と、薄く短いまつ毛をパチパチさせながら、しばし恍惚の時間に浸っていた。

 さて、その姿のままでみゆき通りの銀行の前に、素知らぬ顔で現れるが、誰が見ても恐ろしく目立つ格好である。

「テレビのコメディ番組の撮影でしょ。それとも映画かしら。どこから撮影しているの?」

 などと通行人が語らいながら、離れたところを通り過ぎていく。

 やがて、現金輸送車が現れ、現金を積み込み走り去っていく。

 さて次に……。

「やはり、来やがったな。こっそりと現れたつもりだろうが、おめえは目立ちすぎだ。それにしてもひどい臭いだな」

 と、目立ち方では清だら爺には負けていない九利西瓜が、大声でつぶやく。 

 清だら爺の後を、電信柱の後ろに隠れ、郵便ポストの横に隠れ、ケンタッキー・フライド・チキンのサンダースさんの横ににこやかに笑いながら立ったりしながら、本人は隠れながら後を着いて行ってるつもりが、横を通り過ぎていく人の誰もが

「この人なにやっているの」

 と思っている。

 世界中でただ一人だけ気が付いていないのは清だら爺だけである。相変わらず大きな声で

「時給九一〇円だ。忘れんじゃねえぞ。おいらはドラマー。この野郎かかってこい」

 と、叫んでいる。

 この叫び声に見事に反応したのが、久利西瓜である。

「なに、この俺に向かった、かかってこい、だと」

 隠れてつけているはずの久利西瓜が、自分に言われたことだと思い込んだ。

「剣道1.3段、柔道0.7段、空手1.25段、合気道3.14段の俺に逆らったらどうなるか思い知らせてやる」

 全部とても中途半端な段位だが、久利西瓜は自分こそ世界で一番強い格闘技家だと信じ込んでいた。

 ヤッコラヨッコラと、清だら爺の自転車に追いつき、背後から清だら爺にとびかかり、首を絞めて、息の根を止めてしまおうとしたそのとき、久利西瓜のすぐ後ろに、あるものが迫っていた。

 清だら爺の臭いに魅せられたものが、実はまだいた。それが世界中の雌犬の憧れである、野良犬の名犬ポチットであった。

 

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