第5話 清だら爺のバイトは続く
さて、清だら爺のバイトは続いていた。約束は基本的には守らない清だら爺にしては、律儀にバイトを続けていた。よほど、ぼろ自転車のリヤカーに頭陀袋を乗せて日銀まで走るのが楽しいのだろう。
清だら爺は車道を走っているのだが、リヤカーに十億円入り頭陀袋を積み込んだ自転車を道路わきに停めて、街路灯に向かって立ちしょんべんをすることがある。
一度、この立ちしょんべんで防毒マスクをした警官に軽犯罪で捕まり、罰金五百円を取られたことがあった。その日のバイト料は、九百十円から五百円も取られ四百十円になってしまった。
しかしそんなことで、めげる清だら爺ではなかった。
「おいらはドラマー。この野郎かかってこい」
と、鼻歌を歌いながら日銀に向かい始めた。
日銀の厳重な扉の前では、経営企画課長の村崎納子が一人で迎える。
清だら爺は、リヤカーから三十キロの頭陀袋を担ぎ上げると、村崎納子の後について札計測室に入り、そこの金属製の箱に十億円の札束を移し替える。
その作業が終わると、村崎納子から二十四秒間の強いハグをされ、手作りの弁当を受け取り、リヤカー付き自転車で日比谷公園に向かって走っていく。
日比谷公園では、防毒マスクをつけた警官が三人何食わぬ顔で見回っていた。
「最近公園で不潔な爺が、身分不相応な三段重ねの豪華すぎる弁当を開いている」
という苦情が、交番に何人からか寄せられていた。
清だら爺は、木漏れ陽の緩やかに落ちる土の上にひっくり返るように座ると、村崎納子からもらった弁当を開き始めた。
そこに、防毒マスクを着けた三人の警官が近づいてくる。
その後ろ五メートル離れて数名の男女が険しい顔をして清だら爺を睨みつけている。
「その弁当どうしたの」
警官が防毒マスクをしたままなので、ロボットの発する声のような音を出す。
その声に合わせるように、離れたところから見ている男女が口々に、
「お前にそのような豪華な弁当を食べる権利はない」
とか「不潔な人間は公園から出ていけ」「犯罪者」などと騒ぎ始める。
清だら爺は、弁当をしまい始める。
男女の後ろから、ヒョウの絵柄の入ったTシャツにダメージデニムをはいた若者が、
「誰にだって公園で飯を食う権利はあるんだ」
と、叫ぶ。
前にいた男女が後ろを振り向き、若者を睨みつける。
そのうちの一人が怒鳴るように
「お前も仲間か。この犯罪者の」と、言った。
防毒マスクを着けていない警官が一人、ピストルがベルトに引っ掛かったのか、カチャカチャ音をたてながらやってくると、そのまま清だら爺に近づき、横にドカッと座る。
しまい掛けた清だら爺の弁当に手を伸ばし、卵焼きを一つ口に入れる。
「ウッメー」と口を大きく開いて笑った。
すぐに立ち上がると、ピストルを振り回しながら
「お前らはなんだ。健全なる市民に防毒マスクで近づくとは、すぐにはずせ」
木立をも震わす、大音量で怒鳴りつける。
泣く子も黙る、警官でこの人物を知らないものはいない、居眠狂五郎警視庁本庁捜査五課長がそこにいた。
防毒マスクを外し、直立不動の警官の顔がみるみる青くなっていく。
「所轄にもどれ」
三人の警官は走るように立ち去っていく。
苦情を言っていた男女も雲散霧消した。
「おい、若いの。ここに来て、一緒に弁当食え」
「ムリ、無理っす。その匂い」
若者も逃げるように走り去っていった。
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