第4話 清だら爺さんとは何か。

清だら爺さんに年を聞くと、四十四歳だという。

 そんな筈はない。どう見ても八十歳以上百二十歳以下が正式な年齢になる。どうも清だら爺さんは四十四以上の数を知らないのか?知らないか、もしくはそれ以上の数を考えるのが面倒くさいのだと思われる。

 清だら(ずんだら)も氏なのか名なのかもわからないし、清をずんとは読めないのだが、清だら爺が書ける唯一の漢字で、本人が「ずん」と言っているのだから、それは仕方のないことだ。

 ずんが氏で、だらが名とも考えられる。

 清だら爺を「清だら」と呼びつけにするのが、雲出クミだが

「清だらはどこの生まれ」

と聞いたことがあった。

「天国だな」

「天国で生まれたなら、清だらは死ねないね」

「だから死んでないよ」

「そうか、清だらを拝めばいいんだ」

「賽銭はずんでくれよ」

「賽銭をねだる、神さまか仏さんって居るんだ」

「ありがたいはなしだろう」

 と、清だらは三杯目のコップ酒を飲みほした。

 清だら爺は住所不定である。日比谷公園で寝ていたとこを見たとか、築地横の隅田川沿いのブルーシートの中で寝ていたとか、いやいや銀座八丁目の豪邸の主であるという話まである。それは絶対にない話だが。

 清だら爺はなぜ臭いのかという疑問がある。

 風呂に入らないからだ。清だら爺はなぜ風呂に入らないのだろうか?

「清だらはなんで風呂に入らないのだ」

 かつて、雲出クニがやはり、聞いたことがある。

「いや入った入った。ついこの間の四十四年前」

 洗濯は?

「洗濯?それはなんだ?」

 四十四年前ということは、清だら爺の公式に当てはめると、八十年以上前もしくは風呂には入ったことはないということになる。

 役所で清だら爺の住民票や戸籍謄本を調べれば、詳しいことが分かるはずだが、居眠狂五郎によれば、役所で調べても、そのような書類は見つからないらしい。

 清だら爺を見掛けるようになったのは、ここ二年ほどである。それ以前はどこでどのような暮らしをしていたのかは分かっていない。

 金は?

 ない。銀行のアルバイトをする以前は1円の金も持ってはいなかった。

 福祉事務所には行ったことはないし、仕事はしたことはない。今回の銀行のアルバイトが初めてだ。

 食事は?

 二年前に、新橋駅前に、足立区からおでんの屋台を引っ張って小津野円太郎やってきた。

 会社帰りのサラリーマンが3人でおでんを食べながらビールを飲んでいるところに、暖簾をくぐって清だら爺が入ってきた。

 その臭気でサラリーマンは慌てて逃げ出していった。

 その後に清だら爺が座って、そのおでんを食べ始めた。

 しばらくすると、黒の目立たない服を着た女がサングラスを掛けマスクをして入ってきた。日生劇場のミュージカルの主役を演じ、その帰りに寄った、雲出クニである。

 雲出クニは一か月に及ぶステージが大盛況のうちに終わり、変装して、出待ちしている何千人のファンをすり抜けて、新橋まで歩いてきたとのことだった。

 おでん屋に入ると、すぐに携帯でマネージャに居場所を連絡した。

 さらにそこに、居眠狂五郎が入ってくる。

 仕事帰りに、飲み仲間の警官がいる新橋駅前交番に寄ったところ、ガード下から変な臭いがすると訴えがあった。

 それでは「俺が行ってくる」と交番をでると、臭いの出所のおでん屋の暖簾をくぐった。そこで雲出クニを発見し、慌てておでんと酒を頼み居ついてしまった。

 小津野円太郎は、この状況に全く動揺することなく淡々と客の注文に応え、おでんと酒を出していた。

 もちろん、どう見ても金はもっていない、清だら爺にも。

 それ以来、毎日清だら爺はやってきて食べていく。

 金は払わない。雲出クニが居るときは、クニが払う。

 最近はアルバイトで貰った封筒を封を切らずに置いていくが、少ない日は三七三円しか入っていないこともあった。いろいろアルバイト料からひかれているらしいのだ。

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