episode 3

見えた。


聴こえる。


懐かしい歌が。


見える。


懐かしい景色が。


「ん?」


眩しい光が見えた。次の瞬間レインが目の前に立っていた。いや…お母さんが目の前に立っていた。


「正解。あーあ、こんなに大きくなっちゃったなんてね。でも姫乃の姿を見れてよかった。」


其処には昔の面影そのままのお母さんがいた。


「ふふっ…お母さんに逢えるとは思えなくてね。思い出したよ。お母さん。記憶障害になっちゃうなんて思いもよらぬ出来事だったからね。」


いつか聞いた単語。記憶障害。何故聞いたかと言うと私自身がそう「だった」から。お母さんの死後、私はショックで自分が見えなくなったり、急に倒れたりもした。その症状の後に暫く起きなくなったそう。そしておかしいと思ったお父さんが私を病院に連れて行くと記憶が無くなっていると言われたそう。この出来事自体も忘れていたなんて私も飛び抜けた記憶だ。まぁでも3歳の時だったしね。


「忘れないで欲しかったの。姫乃に。忘れられるのが怖かった。」


お母さんは悲しそうに私を見つめる。


「知ってるよ。だから最後の気力でこの世界を作り出したんでしょう?」


お母さんは軽く頷いた。どうやら私を試しているみたいだ。じゃあ私もそれに精一杯答えよう。


「それに私がこの世界に来た時にあの曲を聴かせたのも理由があった。この曲がお母さんの作曲した曲の最後の曲、そして唯一歌詞をつけないお母さんの付けた歌詞付きの曲。これを思い出して欲しかった。お母さんの死前、最後に一度だけ聴いたこの曲を憶えているか。そしてこの曲の歌詞を憶えているか。知りたかったと同時に歌詞が見えなかった理由を聞きたかったんだよね?」


お母さんは頷きながら口を開いた。


「そうね。こっちの世界で貴女を見ていたけど残念ながら、私の書いた詞の文字が消されたように真っ白だったのに気になったの。」


そりゃあ気になるだろう。何故こんなに真っ白で一部しか書かれてないのには私も疑問を抱いてしまう。


「これはお婆ちゃんが上塗りしたせいだと思う。」


お母さんは?マークを5つくらい浮かべると何で?と、言った。


「多分これは私が歌詞を見て思い出さないようにとか、お婆ちゃんとお父さんがお母さんを一生懸命忘れようとしていたからじゃないかな?」


お母さんは成る程と言うかのように大きく頷いてまた耳を傾けた。


「そして昨日の夜と今朝のメニューは昔、私が嬉しそうにパクパク食べていたメニューを入れたら自分を思い出してくれるか試してたんだよね。まぁこれくらいかな?私の言いたい事は。あ、どっちとも美味しかったよ!」


ふふっとお母さんは笑う。


「好きな食べ物は変わらないわね。まぁ、姫乃らしいけどね。」


またお母さんは少し笑うとこう言った。


「………そろそろ…ね。お迎えの時間だわ。」


悲しそうな顔をしたお母さんを見て私は元気付けるように言った。


「じゃあ最後に私決意した事があるから言うね。」


本心をただ言うだけだけど。

お母さんは微笑んで頷くと私は息を目一杯吸って言った。


「私!お母さんよりすごい作曲家になって見せるから!生まれ変わったら必ず私の曲を聴いてね!」


その言葉にお母さんは涙目で


「勿論よ!…第二の終夢華が誕生するなんてこんなに嬉しい事なんてないわね…」


と、言った。


私は包まれる光の中で目一杯に叫んだ。


「ありがとう!お母さん!またピアノ教えてね!」


「そして」


「「さようなら。」」


私を愛している事を証明する位涙を流しながら、微笑むお母さんの姿を私はこの世界から元の世界に戻る最後に見た。頬を触れば水が流れているのに気づく。

嗚呼、これは涙なんだろうなと思いながら私は温かい光の中で目を瞑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る