天人 空海の巻
このように俺は聞いた。入滅後、高野山でマイトレーヤの下生を待っていたとされる弘法大師空海が、天人として復活した。
オン、マユラキラデイ、ソワカ。どどーん。違う。それは別のマンガだ。
空海が始めたのは、地味なインターネット上の占いサイトだった。人々はビデオチャットで悩み事を聞いてもらい、今日の運勢を教えてもらった。ラッキーカラーは赤、のうちは他愛のないものだった。
空海の支持者は増えていった。
無名の候補が選挙でトップ当選した。
紛争地域の片方の当事者にばくだいな資金援助がされた。傭兵として参加し、命を落とす人も出た。
それはまだ始まりだった。
空海の教えを国教とする国が現れた。それらは、国連安保理で、シャカレンジャーの解散を求めた。それが否決されると、72時間後の軍事行動を予告した。
日本国政府はシャカレンジャーの即時国外退去を命じた。
マンジュシュリさんが解説している。
7世紀のインドで、密教が誕生した。それはヒンズー教の祭儀を取り入れ、大衆に広く受け入れられた。空海は、中国から日本に密教を伝え、真言宗の開祖となった。時間がないからとりあえずこれだけ。
観音さまが手をあげた。
尊師よ。大師に対するその呼び方は失礼です。読者には、宗門や檀家の方もおられるかと思います。また、私は大師と戦うことはできません。安保理の態度も決まっていません。
ゴータマさんは不機嫌だった。
歴史的人物だからかまわん。それに今のあいつは化け物だ。
君は念仏でも唱えているがいい。みんな、行くぞ。
ここは、念仏でなくて真言でしょうと突っ込むところなのだが、皆、黙ってゴータマさんについていった。
声が聞こえてきた。
人を呪い殺す呪文を教えてください。そうでないと、帰国する船に乗れないのです。
子供の病気を治してください。私はどうなってもかまいません。
侵略者の船を沈めてください。城を焼いてください。
先帝の御霊を鎮めたまえ。都を祟りから護りたまえ。
座禅で精神統一して、今期の販売目標達成だぜーい!
なんだ、最後のやつは。
空海がゴータマさんに言う。
ほら、これが、人が仏教に求めた本当のことだよ。
子供を亡くした母親に、死人を出した事のない家のかまどの灰を探させたって?君の教えだね。いい話だ。何度聞いても泣きそうになる。
私は違う。子供は死なせない。科学技術が私の武器だ。それでもだめなときはお守りをあげる。お札をあげる。だめな時もある。でも全力で祈った事は、遺された人々の心を満たす。お弔いは、生きている人のためにするのさ。君は儀式の力を理解できなかったみたいだね。
ねえ、輪廻なんて、紀元前のインド人の妄想だよね。それを信じない者にとって君の教えは陳腐で窮屈な道徳論と変わらない。
君の教えの生み出したのは、死人のように余生を生きる世捨て人の群れだけだ。彼や彼女の頭の中にどんなすごい悟りがあるか知らないけど、残りの人間社会から見たら死人と同じだ。布施を求めるだけたちが悪い。
私は今を生きる人に応える。世界を動かす。この世界は苦ではない。ここは今このままで仏国土だ。
そうか。その時俺は観音さまが今回欠場した理由がわかった。あの人は、あちらがわの人なのだ。現世利益をもたらす古代イラン由来の神格。法華経にまぎれこみ、人々の人気をさらっていった大乗仏教世界の最大のエイリアン。
君の仏教は滅びたんだ。人々は私の教えを選んだんだ。
うるさいうるさい。そんなものは仏教ではない。
しかたないね。そくしーん、じょうぶっつ。
空海は巨大化した。
みなのもの、やっておしまい。
空海を支持する人々が押し寄せてくる。武力で排除されるのは俺たちなのかもしれない。
愚か者ばかりだ。こんな世界、滅びるがいい。
マンジュシュリさんが音高くゴータマさんの頬を打った。
君にはその力がある。本気でその言葉を口にするのなら、君は私の敵だ。
ここは、僕は父親にもぶたれたことがないのに、と、ぼけるところなのだが、皆、それどころではない。
乱闘が始まった。
暴力は自衛のためであっても決して許されない。
剣を取るものは剣で滅びる。あれ、これは違ったっけ。
ゴータマさんの言葉など誰も聞いていなかった。
アチョー。ボディーダルマさんは元気だ。
マンジュシュリさんは、見えないキーボードを打っている。警察のマークがついたドローンがやたらに飛んできて、何かを撒いているのは、あの人がクラックして呼び寄せたのだろう。
シロ君、助けて。
ゴータマさんが捕まって、服を脱がされかけている。なんて罰当たりな奴らだ。俺も取り囲まれて身動きできない。
それがいつどこから現れたのか誰も気がつかなかった。巨大な羅刹女が空海に対峙していた。
問う。遮那(しゃな)は誰の名前だ。
空海の結界が破れた。
ばかな。それがサハー世界にあるのか。
羅刹女は答えなかった。俺に向かって笑ったように見えた。
二人は炎に包まれた。世界は六種に震動した。炎はいつまでも消えなかった。
そしてゴータマさんがいなくなった。皆で探したけれど見つからなかった。
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