四品目 ファングボアのピリ辛モツ煮込み

 男は腹が減っていた。


 路銀が底を尽きそうになった折に、ちょうどいくさに備えて傭兵の募集をしていた領主がおり、今は戦場いくさばで一働きしてきたばかりなのだ。もう決着も付き、両軍とも撤収の準備を始めている。

 自陣に戻れば雇い主が用意させた食事は出るはずだが、塩をケチった麦粥ポリッジが関の山だろう。腹は膨れるが味は最悪だ、いくらタダ飯とはいえ積極的に食いたい物ではない。


 運動して汗をかいた事もあり、今は塩気のある物を食いたい気分だ。

 焼くか茹でるかした肉と麦酒エールの組み合わせなんかがあれば文句なしだが、この近くにいい飯屋はあっただろうか?


 だが、飯屋を探しに行く前に知り合いの傭兵に飯に誘われた。ふむ、たまには同業者と旧交を温めるのもいいだろう。

 そいつの団は宿代を節約する為に、街外れに天幕を張って寝泊りしているそうだ。天幕に近寄ると料理番がすでに仕度をしているのか美味そうな匂いが漂ってきた。この匂いはたしか……


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 今回の戦は、よくある土地の権利争いの延長だ。

 小領の領主同士が、お互いの土地の狭間の部分が己の所有だと言い張り、話し合いでは決着が付きそうにないので戦になったと、まあそんな感じの理由だったらしい。

 俺達の雇い主のザッコ伯は常備軍を持っておらず、俺達みたいな傭兵以外には近隣の農夫に武器を持たせたような最低限の軍備しかない。対するセマカ公は最近儲けているようで、二百人程度だが自前の軍を持っているらしい。他の領地に因縁を付けて戦に持ち込み、コツコツと勢力の拡大を図っているという噂だ。今回もセマカ公が領地の所有権に言いがかりを付けたことに端を発するらしい。まったく勤勉なことだ。


 今回は両軍とも戦の前に傭兵の募集をしており、まあ最初のうちは貧乏なザッコ伯の方を選ぶ奴はほとんどいなかった。いくら悪どいとはいえ金払いの良いセマカ公の方に付くのが普通だからな。

 だが、ある男がザッコ伯の側に雇われたことで、傭兵達は一斉にザッコ伯の側に行くようになった。なかにはセマカ公に前金を返して、違約金を払ってまで鞍替えした奴もいるほどだ。


 傭兵レオナルド。

 剣の鬼とも戦の申し子とも呼ばれるアイツを敵に回したくないってのは、近隣の傭兵なら誰もが思うことだろう。話してみれば気のいい男だし、別に殺しを楽しむようなタイプではないんだが、加減が苦手なのが玉に瑕だ。


 異教徒や異国の正規軍を相手にするような本気の戦なら話は別だが、今回のような小規模な戦では世間で思われているほどには人死にが出ないのが普通だ。ある意味じゃ戦争ごっこみたいなもんだな。

 傭兵の世界は広いようで意外なほどに狭いから、毎回敵にも味方にも何人も顔見知りがいる。前回の敵が次は味方になったり、その反対だってよくある事だ。するとお互いに心得たもので、適当に打ち合って、必死に戦うフリをして金だけ貰うようにしたほうが何かとお得なんだ。しなくていい怪我をするのも馬鹿らしいしな。

 勿論、真剣を使うわけだから運悪く死ぬ奴や、そういう空気を読めずに真面目に戦っちまって死ぬ奴もいる。あとは金目当てじゃなく、人を斬ること自体が目的になっちまった戦狂いとかもいるしな。そういう性質の悪い奴が相手だと流石にこっちも殺さざるをえない。


 で、話をレオナルドに戻すが、アイツは加減が苦手だが恐ろしく強い。今回のような両軍合わせて三百もいないような小さな戦なら一人で終わらせることも難しくないだろう。俺達みたいに自由に雇い主を選べない敵方の正規軍の連中にはお悔やみ申し上げますってなもんだ。

 敵将の貴族なんかも普通は生け捕りにして身代金を取ったほうが儲かるんだが、アイツは間合いの中に殺気を出す奴がいればほとんど無意識のまま相手を斬っちまうらしくてな。前に聞いたら自分でも制御が利かないって言ってやがったから筋金入りだ。


 で、戦だが当然の如くザッコ伯の大勝だった。

 正規軍といっても練度は然程高くはなかったようで、レオナルドが先頭の二十人ばかりも斬ったらあとは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。馬鹿でかい剣が見えないほどの速さで振るわれたと思ったら、次の瞬間には人間が全身バラバラになって吹き飛んでるんだから無理もない。

 敵将のセマカ公はそれを見て腰を抜かしたらしく、取り巻きの兵が勝手に逃げ出したこともあって完全に戦意を喪失したようだ。ま、そのおかげでレオナルドに斬られずに生きたまま捕まることができたんだから運が良い奴だ。身代金と引き換えにはなるが、生きたまま家に帰ることもできるだろうよ。



 「よおレオナルド、お疲れ」

 「おお、ゴッツか、お疲れ」

 別に俺は疲れちゃいないがな。今回は自分の剣を抜く事すらなかった。ま、それでも当然約束した報酬は貰うがね。

 「そうだ、なあゴッツ、この辺で美味い飯屋を知らないか?」

 レオナルドの奴は食事が出来るところを探していたらしい。だが、この辺りは貧乏領主の土地だけあってシケた店しかないんだよな。

 よし、今日はラクに稼がせて貰ったし、礼代わりに飯くらい食わせてやるか。俺の団は二十人しかいない小所帯だが、料理番の腕がいいからその辺の店よりも美味い物が食えるんだ。そう言って誘ったらレオナルドは二つ返事で付いてきた。


 ◆◆◆


 「おえぇぇぇ……」

 「うげぇぇ……」

 団の天幕まで戻って飯を食い始めたはいいものの、新入りの若造共が隅っこでゲーゲー吐いてやがる。さっきの戦場の死体でも思い出したか?


 「まあ、死ななきゃそのうち慣れるだろ」

 「今回の原因はお前が派手にやったせいだろうけどな」

 で、もう一つの原因は今食ってるモツ煮込みか。赤唐辛子の粉が入っていて、ちょっと辛いが癖になる味だ。この間仕留めたファングボアの内臓モツを使ったらしい。ちょっとした小剣ほどもある牙が生えた、とびきりでっかくておっかない猪なんだが、牙も皮もそれなりの値で売れるし、こうやって食っても美味い良い獣だ。大蒜にんにくやら生姜だのといった臭み消しを、これでもかってほど入れてるせいか、変な臭みがないどころかむしろ食欲をそそる美味そうな匂いがしている。


 「美味い、からい、美味い」

 「ああ、イケるな」

 レオナルドの奴は味の評価基準が「美味い」「普通」「不味い」の三種類しかないような大雑把な舌の持ち主だが、このモツ煮はお気に召したらしい。

 俺は心臓のコリコリとした歯ごたえが好みだな。胃袋なんかもクニクニとした独特の食感で癖になるし、汗をかくほど辛い真っ赤な汁にもよく合っている。一口食べるごとに獣の強靭な生命力がそのまま俺の血肉になっていくのを感じるかのようだ。

 内臓系は不味いやつはとんでもなく臭くて食えたもんじゃないのもあるが、これだけ美味ければちょっと炙った程度の半生でもイケるだろうな。


 「おかわり」

 「俺もだ」

 俺とアイツとで揃って料理番に椀を差し出す。まだまだ大鍋の中身はたっぷりあるし、足りないってことはなさそうだ。

 「ゴッツの団は飯が美味いな。もう一杯おかわり」

 「だろ。よかったらお前も入るか?」

 「いや、やめとく」

 冗談交じりに勧誘してみたが、あっさりフラれちまった。レオナルドがうちの傭兵団に来てくれればもっとデカい戦でガンガン稼ぐこともできそうだが、はっきり言って俺にはコイツを飼いならせる自信はない。まあ、うちに入らなくても敵に回らなければそれで充分だ。

 「おかわり」

 「って、食うの早いな! 俺にももう一杯寄越せ!」

 余計なことを考えてる間に俺が食う分までなくなっちまいそうだ。放っておいたら大鍋一つ空にしちまいかねん。まだまだ食い足りないし、他のことは飯を食ってから考えればいいか。

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