二品目 爆弾イモの田舎風キッシュ(干し肉入り)

 男は腹が減っていた。


 とはいえ、別に金がないわけではない。

 つい半刻ほど前に道を歩いていたら絡んできた盗賊共を斬り捨てて、迷惑料として持っていた財布を拝借したばかりなので懐は相当に温かい。

 盗賊の癖に一人だけ随分と上等な服を着ている奴がいて、財布の中身も銀貨でいっぱいだった。きっと何処かの村か行商人でも襲った帰りだったんだろう。元の銀貨の持ち主には同情するが、あんなに景気のいい盗賊ならいつでも大歓迎だ。

 せっかく臨時収入が入ったことだし、街か村でもあればパーっと豪遊するつもりであった。


 だが、この辺りには困ったことに金を使うための店がないようだ。

 特にアテもなく気紛れで歩いていたら土地勘のない田舎の方まで来てしまった。

 荷物の中の干し肉はまだまだあるので飢え死にを覚悟するほどではないが、少々飽きてきた。肉は好きだが、こう何日も続くと草っ気のある物が欲しくなってくる。


 キャベツの酢漬けシュークルートや人参と芋がごろごろ入ったシチュー。少し時期を外れるが茄子を赤実トマトと一緒に煮込んだのも美味い。


 そんな事を考えながら歩いていると、道の先に人家が見えてきた。木造の年季が入った建物だが広さはそれなりにあるようだ。家の周りには畑があるのでこの土地の農家だろう。

 ちょうどいい、農家なら何か野菜を分けて貰えるかもしれない。


 男は意気揚々と道の先の農家へと歩き出した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あたいの名はテレサ。まあ、なんの変哲もない農家の女だよ。

 十六の時に嫁いできて以来三十余年、ひたすら畑と子供の世話を繰り返してきた。

 一昨年の暮れに流行り病で亭主に先立たれちまったが、子供達ももう大きくなったし生活に困っているほどじゃない。

 

 ところで話は変わるが、あたいは三日ほど前に変な男を拾ったんだ。

 話で聞いたことのある獅子って動物のたてがみみたいに伸ばした金髪で、おっきな剣を背負ったレオナルドっていう大男だ。

 最初は盗賊かと思って心配したよ。急いで娘と嫁達を床下の物入れに隠して、二人の息子達と一緒に鍬を持って戦う準備をしたのさ。

 なにせ最近、ここいらのバカ領主のドラ息子が、子飼いのチンピラと一緒に盗賊まがいの真似をしてるって噂があったからね。てっきり、そいつらが押し込み強盗にきたんじゃないかと思ったのさ。でも、レオは話してみたら中々面白い奴で、あんなナリをして野菜を分けくれときたもんだ。

 野菜ならそれこそ売るほどあるし、ちゃんと金を払うなら文句はないさ。レオはこっちが恐縮するくらいの結構な金をポンとくれたんで、これで今度隣の村に嫁に行く下の娘には幾らか持参金を持たせてやれそうだよ。


 そのままウチを宿代わりに転がり込んだレオは、貸した寝床で一日中ゴロゴロしてるか、たまに暇潰しに畑仕事を手伝ってくれたりもする。

 「よし、これでお終いだ。食事にするよアンタ……じゃなかった、レオ」

 「おう!」

 全然似てないのに、なんだか死んだ亭主を思い出しちまったよ。

 ……それはさておき、レオは馬鹿みたいに力が強いからあたいも助かってるよ。息子達も兄貴が出来たみたいだって喜んでるし、娘の嫁入りが決まる前だったらうちに婿むこに来てもらったんだがね。


 ◆◆◆


 「レオ、今日は爆弾イモの収穫をするよ」

 「爆弾? 変な名前のイモだな?」

 爆弾イモってのはこの辺の地野菜の一種で、中が空洞になっている真ん丸いイモの事さ。イモなのに小振りな西瓜くらいの大きさがあるんだ。

 空洞にはガスが入っていて、慎重に掘らないと傷が付いて爆弾みたいに破裂しちまうんだ。自分らで食べるならそれでもいいけど、破裂したやつは売り物にならないから注意が必要だよ。

 前に都から調査に来た学者先生によると、この土地の地下にガス溜りがあって、それを吸い込んでこんな風に膨らんでるんだとか。学のないあたいらには難しい理屈はさっぱりだけど、食べても害がなくて美味けりゃそれで充分さ。

 「じゃあ、爆弾っていっても危なくはないのか」

 「ああ、手の中で破裂してもちょっと痛いくらいだよ」

 あたいも嫁に来たばかりの頃は、上手く掘り出せずによく破裂させちまって、お姑さんに叱られたもんさ。今でこそ目を瞑っても大丈夫だけどね。


 パンッ!


 案の定、慣れてないレオが一個破裂させちまったらしい。レオの足元には割れて飛び散ったイモの破片が転がっている。

 「けっこう難しいな」

 「割れたやつもカゴに拾っときな。洗えば食えるからね」

 「わかった」


 それからもパンパンと威勢よく破裂させてたレオだったが、十個も掘ってると勘を掴んだらしい。

 「こんな感じか」

 それからは早いもので、慣れてるはずのあたいや息子達以上の早さでどんどん掘っていった。腰を屈めてイモを掘るのは結構大変だからね、今回は随分ラクをさせてもらって助かったよ。


 「よし、今日はこんなところでいいだろう。食事にするよ」

 「おう!」

 さてと、頑張ってくれた礼に取っておきのご馳走を作るとするかね。


 ◆◆◆


 まず、割れてしまった爆弾イモの破片と、無事なままのイモを水に浸ける。泥を洗い落とすだけじゃなく、こうして水に入れる事でイモの中のガスが抜けて破裂しないようにできるんだ。

 ガスを抜いてる間に他の具材の準備だ。

 今日はホウレン草と人参と、あと空豆も入れてみようか。

 それだけだと肉っ気が足りないから、レオに貰った干し肉もほぐして入れることにする。

 それぞれの野菜を下茹でしたり包丁で刻んだりしている間に、イモのガス抜きも終わっている。あとは茹でたイモを潰して他の野菜と干し肉、それにバターとチーズを混ぜて、型に入れてオーブンで焼き上げれば特製キッシュの出来上がりさ。

 具材はその時々の畑の具合で変わるけど、何を入れても美味しいよ。


 

 「美味い美味い、おかわり」

 「ああ、たくさん食べな」

 レオもあたいのキッシュを気に入ってくれたようだ。十秒もしないうちに最初の一切れを平らげちまった。身体がでかい分だけよく食うんだろうね。

 レオのおかわりを皿に乗せてやってからあたいも食べ始めた。

 「うん、いい出来だね」

 今年のイモは出来がいいね。ねっとりとした甘みとほくほくの舌触りが、他の野菜の味や干し肉の強い旨味に負けることなく活きている。爆弾イモは普通のイモよりも甘みが強くて、食べ応えが抜群なのさ。

 「美味い、おかわり」

 「おかわり」

 「おれも」

 「はいよ、待ってな」

 レオに続いて息子達からもおかわりの声が上がり始めた。でかいキッシュだけど、この分だとあっという間になくなっちまいそうだ。さいわい材料は余分にあるし、オーブンの火も落とす前だ。二つ目のキッシュを焼く準備をしといたほうが良さそうだね。


 ◆◆◆


 レオの奴は、うちに来てから十日目の朝に挨拶もそこそこに旅立っちまった。

 ちょっと寂しいけど、なにしろあんな変な奴だから農家の暮らしは退屈だったのかもね。

 また近くまで来たら寄っていくように言っといたから、縁があったらまた会えるだろう。その時はあたいの自慢のキッシュを腹いっぱい食わしてやらないとね。


 そういえば、レオに最初に会った時に勘違いした領主のドラ息子が突然行方不明になったらしい。まあ、大方どっかで野垂れ死んだんだろう。親バカ領主は随分と嘆いているらしいけど、いい気味だね。これでこの辺りも、ちょっとは暮らしやすくなるだろうよ。

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