第3話

「作画に入る前にちょっとデッサン力の底上げやってみない?」


 一花先輩が唐突にのたまった。



 ちょっと話を戻そう。僕こと山中宣毅は教室の隅っこでこそこそ絵を書いてるちょっとおたくな高校生だ。え?ちょっとではないだろうって?ほっといてくれ。


 自分から未だに女の子に声をかけれない小心者の僕は、たまたまクラスメートの直輝君の誘いでゲーム制作をすることになった。というか、僕がネット上で参加していた企画がぽしゃって落ち込んでいたのがきっかけだけど。プログラムを直輝君、シナリオを違うクラスの城川さん、僕と一花先輩がイラストで担当する。最初の作業のキャラクターデザインと一花先輩と空き教室でしているのだが、なかなか先輩からゴーサインがでない。


「意外と、キャラクター書くのって難しいんですね」

「そうねー、ある程度性格が分かりやすいような表情とポージングが必要となるから、結構描き慣れてないと、いいのってできにくいかもね。このキャラはこんな感じでどう?」

「あ、いいですね」


 僕は一つ先輩の一花先輩と学校の空き教室にいた。これも、直輝君から、「一花先輩と一緒にゲームキャラクターのイメージを考えてくれ」とメールが来たからだ。


 一花先輩がノートにさらさらと人物を書く。僕と一花先輩のイメージを近づけて一つのものを作っているのだが、あまり第三者の目を気にして普段描いてない僕には難しい。


「創作活動って地味な活動だから、なかなか自分のモチベーションあがないと続かないし、こうやって、他の人からのお題を描くこともないもんね」


「僕普段女の子しか描いてないから、こうやってイメージ敷き詰めていくのってはじめてですよ」


「ははは、最初は誰でもそうだよ。毎日一枚描かないとすぐに退化するんだから!」


 中々人の体がかけない僕は、まず一花先輩に人物のポージングやあたりを描いてもらってから、まねして描いてみることにした。よく先輩角度つけて描けるなぁ。


 なんとかお互いのイメージをすり合わせて、メインキャラのイメージが完成した。


「着色なんだけど、アンドロイドの娘こ意外の髪の毛と瞳の色は、黒とか茶色で普通っぽいのにしない?」


「リアルっぽく近づけるってことですね。洋服どうしましょうか?」


「制服にして…、あぁ、制服もデザインしなきゃね。ファンタジーものだと、被服デザインに結構半日くらいかかるときもあるから、ある意味現代ものは楽くていいのかも」


「僕このゲームの制服好きなんですけど…」


 僕は持ってきたゲーム雑誌のページを一花先輩に見せた。ページの中で紺色と白をベースにした制服をきた女の子が微笑んでいた。


「んー、いいね!」


 一花先輩は同意してくれたが、これはギャルゲーのページではない。


 学校では非オタを無理矢理装っている僕だが、一花先輩は僕のジャンルに対して理解力があるので、すんなりゲーム雑誌や関連グッツを見せることができる。普通、初対面の人にこうもカミングアウトできないと思う。高校に入ったら、非オタの友達に囲まれて、青春を謳歌することを夢見ていたけど、やっぱり古巣はいい。誰かと一緒に絵を書くことがこんなに楽しいとは思わなかった。


 僕は何となく一花先輩にいった。


「絵が上手くなるにはどうしたらいいんですか?」


「山中君はどのくらいのレベルを目指したい?」


「僕、将来イラストレーターになりたいんです。先輩みたいに」


 一つ間を置いて、一花先輩が続ける。


「ライトノベルの挿絵を書いてるような?」


「……はい」


 そうだ、一花先輩プロだった。


「んー、そうかぁー。だったら、せっかくの機会だから、作画に入る前ににちょっとデッサン力の底上げやってみない?」


 突然だなぁ、一花先輩。デッサン力。でも、デッサン力ってなんだろう?


「ほら、今回山中君は人物だけじゃなくて、背景画も描くでしょ?それって、けっこういいトレーニングになると思うんだ」


「話を聞いているとものすごくハイレベルな感じがするんですが、僕にできるんでしょうか…」


「なんでも積み重ねだしね。コツをつかめば簡単だよ。長いスパンをかけるなら、模写から入って、自分の好きな絵柄を追求していったりになるんだけど、山中君の場合、自分の絵柄が固まってきているようだし、あとは、ちょっとアレンジするだけだよ」


 その「ちょっとアレンジ」が、ちょっとではない気がするけど、ここはだまって、一花先輩の話を聞こう。


「実際、イラストの仕事受けちゃったら、自分が興味ない物も、描かないといけないしねー」


「は、はぁ」


「最初の頃は、人物を描くのが楽しいと思うけど、背景や小物を描きだしたら、ある程度は観察して立体的な物としてビジョンを待たないといけないの。例えばね」


 先輩のシャーペンが「消しゴム」を描きだす。


「これ、角度をつけた消しゴムの絵ね。で、これは実際、この透明のボックスに入るの」


 消しゴムの絵の外側に立方体の箱が加わる。



「このボックスはこの集中点に従って、描かれているんだけど、これが一般的に「パース」や「遠近法」と呼ばれているものね。それに加えて、この消しゴムの場合は、ケースの端がよじれていたり、消しゴムのかすがついていたりするでしょ?そういうのも書き足していくとこんな感じね」


 消しゴムの絵にいくつかの線が加わって、「使いかけの消しゴム」が完成した。


「おぉー」


 僕もまねして消しゴムを描いてみたが、消しゴムカスや紙の材質を表現するのが意外と難しかった。


「どこまでその物体を表現するかは、描いている作品の作風によるからなんとも言えないけど、ある程度「描ける」って強みになると思うよ。あとは、構図よね」


「構図ですか?」


「そう構図。イベントスチルのような一枚絵を描くときには特に気をつけてないといけなくて、わかりやすくいうと、誰から見ても美しいと感じる物の配置やバランスね」


「なにか難しそうですね」


「映画の映像なんかは、特に構図にこだわった撮影がされているから、見てみるとすごく参考になると思うよ。一般的にイラストで描くときは、3つのオブジェクトで描くとバランスとりやすいかもね。3つの物体で描くと自然と三角形になって、安定した形になるから。特に難しいのは、人物2人だけの場合。真正面から描くと画面が二つに分かれてしまうから、ちょっとずらして描いたりして、画面にメリハリをつけたりするの。いわゆる「黄金比」に近づけて、美しく見せるってわけね」


 一花先輩がそれぞれの場合をノートに描きだした。三つの物を配置した場合と、二つの物を配置した場合だ。確かに、あたらめて紙に描いてもらうと、3つの物体がきれいな三角形を作っている。誰からも見て美しい「黄金比」の比率はは約「1:1.6」おおよそ「5対8」だそうだ。ただ絵を描いていた僕にとってはいまいちよくわからない。たぶん、この比率におさめれば、比較的きれいな絵が仕上がるってことなんだろう。


「こんな感じで描いていけば、大体大丈夫かな。んー、あとは、色彩設計とかもあるけど、話長くなっちゃったから、また今度ね。自分を追い込みすぎても、『絵が楽しく描けなくなる』からほどほどにがんばるのが一番かなぁ」


「ありがとうございました。一花先輩、まだよくわからないですけど、なんだかやれそうな気がします!」


「よかった。この調子で一緒にがんばろうね!」


「はい!」


 家に帰って早速今日の要点をまとめてみた。まずは「ポージングを意識したキャラクターの立ち絵」。何パターンがポーズを描いてから、キャラクターのポージングを作成。それから「立体を意識したデッサンをする」こと。集中点やパースを意識して、物体を立体にとらえて、人や物を描く。最後に「ダイナミックな構図のイベントスチル」。僕に今一番足りない要素だ。デッサンに関しては、美術の点数は悪くないから、資料を見ながら丁寧に描けばなんとかいけると思う。


 そういえば、直輝君が今週中にメインキャラを仕上げてっていってたっけ。今日中に主人公だけ作っておくか。


 主人公は確か、最初の方は顔グラフィックだけでよかったはず。確かサイズは…えーと、掲示板を見てみよう。



ーー

○月3日 12:52 投稿者:直輝

山中へ


主人公の顔グラフィック gif形式ファイル:背景透明化のもの(サイト内のキャラクター紹介でバストアップがいるから一緒の画像をつかっても○)

○ピクセル×○ピクセル


メインキャラクターのバストアップ gif形式ファイル:背景透明化のもの

△ピクセル×□ピクセル以内


でよろしく。

画像縮小と背景の透明化が分からなかったら、一花先輩に聞いてくれ


ーー



 あれ、これ昼休みに書き込まれてたんだ。gif形式はなんとなくわかる。背景を消しゴムツールで消してからgif形式で保存すれば、よかったはずだ。確か透明な部分が灰色と白のマス目で表示されていたと思う。


 キャラクター設定のテキストを開いて、主人公がどんなキャラクターだったか確認してみた。少し受け身な一人称が「僕」のキャラクターで、備考欄にどこでもいそうな男子高校生と書かれてあった。


(これって、普通の男の子でいいんだよね?)


 一花先輩と作ったキャラデッサンのイラストと照らし合わせながら、主人公の顔を書いてみる。6パターン描いたうちの中にまぁまぁなのができたので、それを極細ボールペンでペン入れしてから、スキャナーで取り込んだ。一花先輩はGペンのつけペンでペン入れしているらしいけど、僕んちはつけペンないし、多分、Gペンも丸ペンも上手く使いこなせないような気がする。以前、知り合いにちょこっと使わせてもらったけど、キーキー音をたてるだけで、あんまり思うように線が出なかった。


 極細ボールペンは、線が滑らかに引けるけど、消しゴムをかけるとインクが薄くなるのがデメリットだ。


 相変わらず、スキャニングに時間かかるな。スキャナーがウィーン、ウィン、ウィンと音を立てながら、パソコンに画像を取り込んでいく。僕が卓上でジュースをすすっている間に、ようやく取り込みが終わった。


(そういえば、一花先輩、CGの本貸してくれたんだよな。せっかくだから読みながらやってみよう)


 一花先輩が貸してくれたのは「誰でも分かるCG教室」というベタなタイトルの本で、線画から着色の調整までかかれたハウツーブックだ。普段、取り込み後に直接色を塗り籠んでいた僕は、きちんとレイアー分けをして、色を塗っていくことにした。


(えーっと、明暗とコントラストで、画像の汚れをとばして、…って、明暗とコントラストってどこにあるんだろう)


 本の中の紹介ソフトのバージョンが違ったので、ネットで、ツールの機能が格納されている場所を探してみることにした。


(あった、これでよしっと。ゴミ残っているところは、後から消しゴムツール使えばいいか。次に、線画の抽出っと)


 線画の抽出をしようとしたけど、ツールの場所がよくわからずに、1時間ほどかかってしまった。画像の全選択を解除し、ようやく新しいレイヤーに線画を抽出した。この機能、毎回使わないと忘れそうだな。


 色を塗りこんで、汚れを消しゴムで消して、なんとか主人公の顔グラフィックが完成した。背景は最初の抽出の時にすでに、透明化されている。一時保存して、画像を呼び出し、解像度を縮小した。


(よっし。これを直輝君に送ってっと)


 やればできる子、と自分をほめながら、ネットサーフィンしていたら、数分後に直輝君からメールが届いた。


『送信者:天童直輝

 件名:画像サンキュー


 すまん、山中。画像が劣化してて使いづらいんだけど、もう一回修正して送ってくれないかな?』



 ん?あれ?おかしいな。

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