第2話

  第2話  転移


《未来にて》


 その本には奇妙な事が書かれていた。

 未来と過去は同一であると。

 世界は始まりと終りを同時に見付けるであろうと。

 ヒトは観測者なのだ。

 観測されて初めて過去は確定する。

 それまで世界は確率という名の無数の平行世界に分かれて重なっており、ヒトに観測されて初めて一つの世界に確定するのだ、と。(厳密には、限られた世界に確定する)

 また、波動性は観測により失われるも、再び放置すれば波動性は増してしまう。

 

 かつて地動説と天動説が騒がれた。しかし、本来ならば、どちらもあり得たのだ。

 観測されて初めて、地動説が確定したのである。


 恐らくヒトはそれを無意識の内に知っていたのだろう。

 故に、彼らは観測を続けるのだ。

 ヒトビトは望遠鏡を作り、もっと高度な観測機を作り、世界を確定させていく。


 

ここまで読んで、若き男性、横谷 吾郎は本をソッと棚に戻した。

 そして、フゥと溜息を吐いた。『見なかった事にしよう』そう心の中で思いながら。

 世の中には妙な事を考える人が居るものだ、と横谷は思った。

 しかし、あまり売れてないようで、本は新品なはずなのに古びており、長い間、書店で売れ残っているのだろう。

 実の所、横谷は女性との待ち合わせに神宿三丁目にある大型本屋に来ていた。

 彼女は仕事の上司であり、全く横谷に興味は無いようだが、それでも一つの重要案件を共に終わらせたので、休日の食事に付き合ってくれる事になったのである。

 横谷の方はというと、もちろん彼女に興味があり(別に彼女が美人というのは関係無くあくまで内面に心引かれるわけで、決して面食いではなく・・・・・・)、いずれにせよ横谷はこの時を心待ちにしていた。

 そして、嬉しさのあまり待ち合わせの一時間前に来てしまい、仕方なく暇を潰しているのだ。

 というわけで色々と立ち読みする横谷だが、段々と飽きてきた。

 横谷は旧式の携帯電話しか持っていないので、ゲームや検索などは出来なかった。

 今回、仕事で重要案件を解決する間に、世間ではスマート・フォンなどと言う薄い携帯が出回っており、横谷は困惑していた。大体、あんな薄いとすぐ壊れてしまうじゃないか。

 6年は使ってる折りたたみ式の携帯を横谷は手にし、『お前はいつまでも私の相棒だぞ』と心の中で声を掛けるのだった。『とはいえ、そろそろ新しい携帯(旧式)に買い換えないとな』などと無慈悲にも思ったりもした。

 

 すると、特集コーナーに目が止まった。

 何やら《世界のベストセラー・ランキング》などと銘打ってあり、そこにはまさしく最も売れた本達、すなわちベストセラー本(単一書籍)がいくつも置かれていた。

 それらを見て、横谷は色々と考えた。

(しかし、こうして見ると、案外、ベストセラー本を読んだことが無いな。私としてはマンガとかが読みやすくて良いんだけどなぁ。是非とも、マンガ化してくれないものかねぇ?そうすれば金欠の私でも買っちゃうね)

 とはいえ、暇なので手にとって読んで見る事にした。

 すると、やはりそれらの本は桁が違った。

 そこらの本とは《重み》が違うのだ。

 裏打ちされる技術や知識が備わっており、並の人が偶然に書けるものでは無かった。

(私も老後には自伝を書こうと思ってたけど、やはり専門家にお金を払って書いて貰う方が良いかも知れない)

 などと横谷は思うも、『でも、そんなお金も無いか・・・・・・』などとも思うのである。

 一方で、これらの作者は一億冊以上も売れた印税を貰っているのだろう。

(知り合いにベストセラー作家が居たらおごってもらえるのになぁ)

 お腹の空きつつある横谷は切実に考えていた。


 ちなみに、横谷はベストセラーの本にはあまり興味が無かったが、《ベストセラー》自体には関心があった。何故なら、横谷はかつて大手ゲーム会社(RPG系)に就職しようと企画書を応募した事があり、10個以上の企画を合わせた超大作(数百ページ越え)を提出したからだった。まぁ、あっけなく書類選考で落とされたのだが(そもそも企画書は短く纏(まと)めるべきだと後になって気づく)、ともあれそれを半年近く掛けて創った際に、色々と考える事が多かった。

企画書にはシナリオ(+最後までのあらすじ)や世界観やゲーム・システムだけでなく、モンスターのイラストやロゴやマップ、さらには絵コンテも入れており、このおかげで絵コンテや地図を書けるようになっていた。また、提出はしていなかったが、BGMや主題歌もピアノの鍵盤をポロポロと弾いて、内緒でコッソリと作っていた。まぁ、全ては無に帰したわけだが。

ちなみに、絵コンテに関しては苦労して習得して、色んな基礎的な演出法を学んでいた。

たとえば、一般人でも《ズーム・アップ》や《ズーム・アウト》は知っているだろう。

これらはカメラは動かさないが、焦点距離を変化させて、画面内の物体を大きくしたり小さくしたりする演出である。

一方、カメラを前に動かしたり、後ろに動かしたりして、被写体を寄せたり離したりする演出はそれぞれ《トラック・イン》や《トラック・バック》などと呼ばれて居る。

(ズームとトラックの演出方法は似ているが、トラックの方が臨場感が出る。言葉だと分かりづらいかも知れないが、たとえばトンネルを通過する演出などはカメラを実際にトンネルを通過させた方が適しているであろう。すなわち、トンネルを抜けた先の雪国のように)

 他にもカメラを向きを同じまま上下に動かす演出は《PAN・UP》《PAN・DOWN》と言われる。(カメラを横に動かせば《横PAN》だ)

動く被写体をカメラが追跡する場合(背景は流れていく)、《FOLLOW》である。

 カメラの位置を固定したまま向きだけを上下するなら、《ティルト・アップ》《ティルト・ダウン》の演出だ。

 被写体へとレンズを向けながら、コンパスの端のように円周を描くようにカメラを動かせば《回り込みトラック》となる。

 他にもカメラ演出では無いが、画面が切り替わる場合、それに連続性を持たせたければ、前の映像が薄れながら次の映像が重なって映る《オーバーラップ》を使うべきかも知れない。

 以上のように色々と調べて何十枚かの絵コンテを作ったのだが、実の所、その会社では絵コンテ部門を廃止しており、3DのCGグラフィッカーが何となくでムービーを作っていたので絵コンテが出来ても仕方なかった。(もっとも立体的にカメラが動きすぎてしまい、彼らが作るムービーは時として視聴者、特に子供が気分を悪くしてしまうのだが・・・・・・)

 結局の所、重要な事とは後になって分かるモノである。


さて、絵コンテではなく、今回の話で《重要》なのはゲームだ。

もちろん、どのハード(ゲーム機本体の事)にするかは非常に重要であり、大人向けならば据え置き機、子供向けならば携帯ゲーム機などが基本だ。

さらに、ハードのキャパシティ(容量)も重要であり、各CPU・GPU(中央演算器とグラフィック処理の演算器の事)のパフォーマンス(能力)を考えねばならない。たとえば高性能ハードだとしても、GPUの能力は高くともCPUは弱い事がある。そういった場合、ゲーム内AI(人工知能)を複雑にし過ぎると、CPUの負荷が多くなりすぎて、GPUなどとの連携に影響が行き、グラフィックが悪くなってしまうし、出力にも影響して映像がカクついたり、コマンドを入力しても反応が遅れたりなどする。

(もしくはCPUの負荷を低くする為に、別の所、たとえば描画方法やフォトンの反射法などを単純化せねばならない。そうすれば代償に、光がぎらつき映像に自然さが失われる)


 まぁ、そう言った専門知識を素人なりに勉強したのだが、大作ゲームを企画する上で最も重要なのは売り上げだ。何十億を超える膨大な開発費をペイするには、ゲームは国内だけでなく世界でも売れねばならない。すなわち、《ベストセラー》である。

 そして、海外の人間がどういった作品を求めているかを考える必要があったのだ。

 様々な海外ゲームを見ていく内に、横谷は共通点を見付けた。

 まず海外のゲームは設定が重厚である。国内のゲームと違って軽さが無い。さらに設定は緻密に練られており、物理法則に反する行動には理由が求められ、超自然的な力があるのなら法則もきちんとしてなければならない。

 つまり、非常に《リアル》志向なのだ。これは海外でヒットするコミックや小説でも同じ事である。決してチャラチャラし過ぎてはいけない。

 これを理解しないで適当に国内感覚で作ってしまっても、海外ではまず大して売れない。余程、運が良くない限りは・・・・・・。

 また、キャラクターデザインも重要で、目が大きすぎると、たとえば女性キャラで言えば、国内では高校生に見える外見でも、向こうでは小学生や下手をすれば幼稚園児あつかいされる危険がある。これは百年たっても恐らく変わらないだろう。

 それをヒロインに据えて恋愛させてしまうと、ロリコンと思われる可能性がある。(ちなみに合衆国ではロリコンは殺人鬼にすら蔑まれる。刑務所で真っ先にリンチを受けるのはいつだって性犯罪者である)

かといって、キャラデザをリアルにし過ぎると、《不気味の谷》現象を起こしてしまい、ユーザーに気持ち悪がられてしまう。そのバランスが重要だった。それはゲーム・システムでも同じであり、キャラの動作などに関してリアリティを追求し過ぎると、プレイする人間のストレスが溜まってしまい良くないわけである。

 マンガや小説の場合は製作コストが低いから国内だけで売れれば良いが、大作ゲームの場合は海外でも売れねばマズイから、色々と考えておかねばならない。

 もっとも、横谷は書類選考にあっけなく落ちたから(通常、審査は数週間かかりますと書いてあったのに、二日後には不合格通知が来た)、あまり考えても意味が無かったわけだが。


 さて、話を戻そう。書店でベストセラー本を眺めていた横谷は、お腹が空きつつある事を除けは概(おおむ)ね満足だった。

 とはいえ、横谷としては一つだけ不満があった。

 そこのベストセラーに《小さな星の騎士》という児童書が置いて無かった事だ。

 この本は横谷が幼い頃に祖母から読み聞かせられた大切な本で、かつ彼が最も気に入っている本の一つだった。ストーリーや雰囲気も良いが何よりも読みやすいのが良かった。

(横谷は高校生の時に対訳本を購入し、それは語学の役にとても立っていた)

 全ての本がこれだけ読みやすければ良いのにと、横谷はよく思ったものだ。

すると、一人の青年が買い物籠を持って、横谷に近づいて来た。それは男にしては長い黒髪の美しい青年であり、思わず横谷も嫉妬してしまった。しかも、それでいて社会人の風格を漂わせており、浮き世離れしつつある外見と絶妙にバランスを取っていた。

(ジェラシー・・・・・・)

 と横谷は心の内で呟きながら、この美しい青年が何の本を買うのか観察した。

 彼は何とベストセラー本を次々に買い物籠に入れていった。

(何と言う向上心だ!)

 思わず横谷は感嘆してしまった。

 『きっと、彼は《世界一》か《国内一》を目指しているのだろう』と横谷は確信した。

 少し横谷はドキドキしてきて居た。

 この青年は何者なのだろうか?

 会計の時に領収書を貰っているので、自営業なのだろうか?それともこういった本を経費で買える職業なのだろうか?編集者では無いだろう。編集者なら既にこの手の本を少なくともいくつか読んでいるはずだ。

 その時、振り返った青年と目が合ってしまい、横谷はサッと横を向いた。

 しばらくして辺りを見回すと青年は居なかった。

 少し残念な気分になった横谷だが、あまり他人をジロジロ見るのも良くなかったか、と反省した。

 この時、横谷は青年が《小さな星の騎士》の本を持っていないのでは無いか、とフト思った。もしそうならば、それは大きな歯の欠けた櫛(くし)のようなものだと、横谷は感じた。

 

 そして、横谷は一つのベストセラー本に目を向けた。

 横谷は難しい本文を読みたくなかったので、後書きから読むことにした。

 だが、そこには翻訳者の後書きしか無かった。

 そこには作者の人生が書かれていた。これを見て、横谷は『私も翻訳される本を書けば、自伝を書く必要が無いじゃないか』と思うのだが、そもそも前提が間違って居た。

 話を戻せば、その作者は世界を旅したそうである。

 恐らくその旅で聞いた話を集めて生まれたのが、この作品なのだろう。

(私も旅をすれば、ベストセラーが書けないだろうか)

 などと貪欲に思う横谷だろうが、すぐに不可能だろうとの予感に決着した。

 

 もう一つの本を横谷は手にした。それは純粋なファンタジー本だった。

 いわゆる中世ファンタジーというものか?そして、それは完全に世界が構築されていた。

(いったいどうすれば、このような本を思い描く事が出来るのだろう?まるで、実在の世界のようだ)

 そう横谷は考えた。

 だが、ふと思うのだった。

(もしかしたら、この作者は前世でこのような世界に生まれていたのかも知れない)

 しかし、それは奇妙な結論を彼にもたらした。

(人間というものは、ひょっとして自分が思っているよりも自分で物を生み出せて居ないのかも知れない。現実の世界、前世の世界、それくらいしか裏打ちに出来るものは無いのだろう。時には現実で起きた出来事、すなわちノン・フィクションの話を、さぞ自分が全て作ったフィクション作品のように見せる事もあるだろう。だから、ベストセラー作家も一つや二つしか真のベストセラーを書けないのかも知れない。でも、それでも彼らは天才で偉大なのだ。尊敬すべき人間なのだろう、恐らくは)

 不思議に横谷は楽しくなった。

 自分はいったいどんな前世を送って来たのだろう。

 しかし、どうせ退屈な人生だったのであろう。何故なら、ろくな物語が思い浮かばないからである。もっとも過去生の記憶などというものが、無意識にでも残って居ればの話であるが・・・・・・。いや、そもそも前世などというものが存在すればだが。


 その時、横谷は衝撃を受けた。

 奥の階段から、彼女が颯爽と現れたのだ。

 腰まで掛かる長い黒髪、基本的にモデル級のスタイル、もちろん顔もそれに釣り合っており美そのものである。横谷は運命を感じた。きっと私と彼女は前世、出会っている、と。

 そして、横谷は彼女へと小走りするのだった。


 ・・・・・・・・・・


《過去にて》


 騎士ローは目を覚ました。

 そこは車両に備え付けられたベッドの上である。

 すると、少し先に目を覚ましていたヴィルが声を掛けた。

「起きたか。良い夢でも見てたんだろう?顔がにやけてたぞ」

「ああ。最高の夢だった。美人さんとデートをしてたのさ。もっとも私は顔で女性を判断しないけどね」

 との答えにヴィルは肩をすくめた。

「まぁ、昔からお前の好みは謎だったからなぁ。小さい頃のお前なんか、薔薇を口にくわえながら、女の子なら誰でも必ず薔薇か何かの花をあげてたもんな。《美しいお嬢さん、これをどうぞ》とか言って。というか、おばさんとかお婆さんにも分け隔て無くあげてたな」

 などとヴィルは昔を懐かしむのだった。

 その頃は竜も飛来しておらず、世界は平和そのものであった。

 しかし・・・・・・。

「昔の話はよそう。うちらの村は避難に成功した方とは言え、少なくない人が亡くなってる」

「そうだな」

 そうヴィルも頷いた。

 すると、ベッドの下の段で寝ていたシオンが起き上がった。

「今、もしかしてローさんの恋話(こいばな)してました?してましたよね?!」

 などと呑気な戯言(たわごと)を口にした。

「はいはい。眠いみたいだから寝てるといいよ」

「えぇ、つれないですよ、ローさん。」

 しかし、ローは「行こう、ヴィル」と言って、共に去って行こうとした。

 それをシオンが慌てて追い、彼らの一日は始まるのだった。


 ・・・・・・・・・・


《アッシュが死んだ》

 この言葉に、集った龍達は重々しい雰囲気を見せた。(龍は表情筋が少ないので、あまり感情を顔で表現したがらない)

 さて、今の言葉を告げたのは全ての龍達のナイト・イン・ゲイズと呼ばれる個であった。

 漆黒かつ金属質な全身を持つナイト・イン・ゲイズは、その巨躯を含めて強い威圧感や存在感を有しており、しかし、一度(ひとたび)飛翔すればさながらステルス戦闘機のように高速かつ隠密で、敵に死を悟らせずに殺す事が可能だった。

 さらに、ナイト・イン・ゲイズはその内に超高性能のダーク・マター制御システムを有しており、誰よりも強力な魔導の使い手だった。

 そんな龍の王ナイト・イン・ゲイズが彼と同じく原初の17体が一柱の死を口にしたのである。この信憑性が確実である言葉に、龍達はアッシュとの永遠の別れを噛みしめていた。

《それも人間にやられた》

 これを聞き、龍達はざわついた。

 自称龍神である彼らは、地を這う蟻にも等しい人間などに龍神種であるアッシュが敗れ、しかも殺されるなど、考えられないし考えたくも無い事態だった。

《どうにも人間は奇妙な兵器を手にしたらしい。現在、それに関しては探らせている。だが、諸君。くれぐれも注意したまえ。各々の領内に奴らが発生した場合、一柱ではかからずに、まず中央に報告して複数で行動するのだ。もはや、管轄を気にしている場合では無い。これ以上、人間共をつけあがらせるわけにはいかない。以上だ。では、明日に》

 それを聞き、他の龍神達の多くは嫌な顔を示したが、素直に了承して見せ、一瞬で遠方へと転移(ワープ)していった。

 残されたのはナイト・イン・ゲイズと妻の龍リン=ヒエンだけだった。

 リン=ヒエンは夫に言った。

《あなた、これは契機ではなくて?もはやバランス・ポイントは訪れ、一方的な均衡は崩れたのよ。私達は人間を家畜としてしか見ていない。でも、本当は友好関係を結ぶべきじゃ》

 その言葉をナイト・イン・ゲイズは遮った。

《今更、融和など出来るはずも無いだろう。我々は制圧地域において人間牧場を除く全てで、そうことごとく全てで人間を根絶やした。もっとも、根絶やしきれて無くて、このような事態になってしまったのは事実だけどね。いずれにせよ、もはや引き返せない。バランス・ポイントはとうに過ぎているんだよ。我々が侵略を開始したあの日にね》

 これを聞き、リン=ヒエンは人間で言う眉に当たる部分をひそませた。 

 しかし、特に反論もせずに答えた。

《分かったわ。たまにはマニュヴィスにも会って頂戴。あの子はあなたの、私達の娘なんですから》

《ああ。週末(しゅうまつ)には帰れると思う》

《そう・・・・・・》

 とだけ言い残し、リン=ヒエンも転移して去って行った。

 ただ一体、ナイト・イン・ゲイズは黄昏(たそが)れていた。そこは転移がしやすいように開けた空間となっており、すなわち浮遊した島の上となっていた。

 眼下では同じく浮遊する島、もっともこちらは途方も無く大きいが、その城塞島がそびえており、これはナイト・イン・ゲイズの自尊心を満たした。

 そのさらに下では雲の切れ目から人間共の牧場都市が見える。

 これはナイト・イン・ゲイズの嗜虐(しぎゃく)心(しん)を大いに満たした。

 本当ならば人間など根絶やしにしたかったが、ナイト・イン・ゲイズを含めて、龍神種は人間の生き血を数か月に一度必要としており、人間を絶滅させるわけにはいかなかったのだ。すなわち、龍神種は吸血龍とも言えた。

 さらに、ナイト・イン・ゲイズは人間の知性や行動にも注目しており、彼らを研究対象として重宝もしていた。とはいえ、それは趣味のようなもので、ペットを飼う感覚でもあった。

 いや、もしかしたらナイト・イン・ゲイズの過去がそれに影響しているのかも知れなかったが、今はそれについては語るまい。

《アッシュが死んだ、あのアッシュが・・・・・・。誰よりもしぶとく生き残りそうであった、あのアッシュが・・・・・・。他に死にそうな奴らなどいくらでも居ただろうに。しかし、天が選んだのは彼女だった。だが、感傷に浸る余裕などはありはしない。領地の問題がある。アッシュの領地をいかに分配するかだ。私としては息子のルイナスに領土をあたえたいが、さて果たして諸公がそれを許すか?フッフッフ、いいや、あいつらは貪欲だ。少しでも領地を増やしたいだろう。たとえ、それが飛び地だとしてもだ。莫逆(ばくぎゃく)の心など、あいつらに在りはしない》

 さらにナイト・イン・ゲイズは独り言を続けた。

《やれやれ、王とは得てして盤石ではないものだ。これが信仰と王が結びついていれば話も別なのだろうが、残念ながら、我々は我々個々が神々に等しいと思っているふしがある。

故に、龍神などと誰からともなく呼び出した。いいや、違う。それを最初に言ったのこそはアッシュだ。そのアッシュが死ぬか。これは天罰か?神の怒りか?だとしても、私は私の王国を保ち続けよう。そう、永遠に・・・・・・永遠に》

 そう心の中でも噛みしめ、ナイト・イン・ゲイズは中空と地上に広がる王国を眺め続けた。


 ・・・・・・・・・・


 先程の集いから双子の龍は転移して領地に戻っていた。

 強大なる双子は話す。

《ねぇ、姉さん。どうする?》

 と、弟の龍オアは尋ねた。

《どうするもこうするも、ナイト・イン・ゲイズの忠告に従う必要が何故あるのかしら?そもそも私達は二柱で一つ。一つにして二柱なのよ。だから、奴らが来れば私達だけで倒せば良いのよ。だって、その兵器、私達のものにしたいでしょ?そして、乗ってる狂戦士の生き血を吸いたいでしょ、ねぇ、オア?》

 そう姉の龍リドルはニヤリと妖艶に口元を歪めた。

 この時、ちょうど一体の飛竜が報告に来た。

 それを聞き、さらにリドルは笑みを見せるのだった。

《噂をすればなんとやら。アッシュとの領土は近かったからね。来たわ、奴らが。きちんと歓迎してあげましょう。あぁ、楽しみだわ》

 こうして、新たな戦いが幕を開ける。


 ・・・・・・・・・・


荒野をロー達の乗る多連トレーラーは進んだ。

 しかし、その勢いは速く、運転に焦りが覗えた。

 それもそのはずで、何故ならば後ろからは無数の竜達が攻めてくるからである。

 さらに、敵の竜達は今までと違い、かなり至近距離まで降下しては火球を発して来た。

 多連トレーラーには連射式の魔法銃が搭載されており、それが次々に光を噴くも、竜達は全く怯む様子も無く攻め続けた。

 この連射式魔法銃は回転(ガトリング)式なので、比較的に銃身の熱に気にせずに攻撃できるが、あまりに多用すれば壊れてしまう。それでもこの回転式銃は素晴らしく、これを作った古代のガトリングさん(その名が刻まれていた)は天才だったのだろうと、技師達は思っていた。

 とはいえ、今は武具に過信することは無く、撤退が優先だった。


「技師長、私が出る」

 と、ローはコクピットの中で告げた。

 すると、魔導式の無線が返ってきた。

『仕方ない。修理が終わってないが頼むよ』

「了解。まぁ、ヴィル達が戻って来るまで耐えてみせますよ」

 そうローは頼もしく答えた。

 アッシュやその残党などとの戦いで、ローの乗る魔導アルマは思った以上に疲弊しており、思わぬ故障箇所を修理中だったのである。さらに、ヴィルとシオンは近くの集落が竜に襲われているとの情報から、急いで先行していた。


 この時、技師の一人であるオペレーター兼務の女性は告げてきた。

『上部ハッチ、解放完了。騎士ロー、お願いします』

「了」

 と簡潔に答え、ローは魔導アルマを開かれた天井から一気に発進させた。

 ローの魔導アルマが飛び立つや、防護上の理由からハッチはすぐさま閉められた。

 それを見返る余裕も無く、ローは地面に魔導アルマを着地させ、次々に魔法銃を乱射するのであった。

 今、ローは天才的な機動と射撃で、悪しき竜達を駆逐していった。

 さらに多連トレーラーからの強大な援護射撃がローを味方する。

 しかし、それでも竜達は全く怯む様子を見せなかった。

(妙だ・・・・・・)

 すると、魔導レーダーに二つの反応が生じた。

 それらはヴィルとシオンの機体だった。

「ヴィル!ずいぶん早いな!」

 と、ローは無線で叫んだ。すぐさまヴィルの返事は来た。

『どうにも情報はデタラメだったようだ。信じたく無いが、人間にも裏切り者が居るって事だ』

「考えたくないな」

 そうローは苦々しく呟いた。

 実の所、半日前に、ある集落から逃げてきたという人間の老人を保護した。その老人は酷い怪我を負っており、自分達の集落を助けて欲しいと懇願してきた。

 今は昏睡状態で治療室で眠ってるはずだった。

「技師長。例の老人は裏切り者です。至急、拘束を。騎士を当たらせてください」

『りょ、了解』

 との焦った声が響いた。

 だが次の瞬間、二両目の治療室が吹き飛んだ。多連トレーラーの先頭から二番目にあたる車両が土台部分以外が壊れている。

 中からは赤い瞳をして筋肉を隆起させた老人・・・・・・だった者が咆哮をあげていた。

 すると、三両目にいた騎士達が一気に老人だった者に攻撃を加えた。

 騎士達は老人の化け物に盾で体当たりを喰らわせて、老人と共に地面に落ちていった。

 間違っても二両目の車輪や連結部を破壊させるわけにはいかなかったのだ。

 騎士達は置いて行かれる形となったが、彼らは全く問題にしていない。

「必ず生きて戻れ!」

 そうローは騎士達に拡声器で告げた。

 対して、騎士達は微かに、満足そうに頷いて答えた。

『ローさん。俺が彼らを助けますよ』

 と言ったのはシオンだった。相変わらず空気が読めないが、しかし、その提案も悪くはなかった。

「戦力の分散はさけたいが、やはり頼む、シオン」

『了解』

 そして、シオンは騎士達の援護に行った。すると、飛竜達がシオンを重点的に狙って、纏わり付き出した。それでもシオンは氷結の魔法などを駆使して、次々に飛竜を倒していくも、騎士達の援護は難しかった。

(何しに行ったんだ、あいつは・・・・・・。えぇい、ともかく仲間を信じて、こちらもやれるだけをやるだけだ)

 と、瞬時に思い、母艦である多連トレーラーを死守する事に専念した。

 

 騎士達は降下してくる飛竜と老人の化け物という多数との戦いを上手く切り抜けていた。

 正直、もはや多連トレーラーは先を行ってしまったので撤退しても良いのだが、もう少しだけ敵を引きつけるべきだという結論に彼らは達していた。

 逃げるならいつでも出来るし、ローに鍛えられて逃げ足だけは非常に早いのだ。

 むしろ、飛竜が降下してきてくれるなど、騎士の彼らからしてみれば絶好の機会であり、これを逃す手は無かった。

 時に敵を踏みつけ、半空中の戦いを繰り返しながら、騎士達は数多の竜を屠って行った。


 一方、ローは困惑していた。

 ついには敵の竜達は特攻に近い攻撃を仕掛けだしたのだ。

『ロー。こいつらは命を懸けているぞ!』

 とのヴィルの無線が木霊した。

 これは今までの邪竜と全く違う行動パターンだった。

 しかし、ローは否定した。

「違う、ヴィル。こいつらは操られているだけだ。口元を見ろ、攻撃を受けても居ないのに泡を微かに吹いている。だから、動きも単調なんだ!」

『なる程。操り人形という事か。それだったら、それに合わせて戦えば良い』

 次の瞬間、ヴィルは魔導アルマを抜刀させ、次々に斬撃を放った。

 だが、それらの斬撃は空中で止まり、敵の飛竜はそれらの斬撃に突っ込んでいき勝手に両断されていった。

「器用だねぇ」

『こんな形で剣術が役立つとはな』

 死闘の最中でも褒められるのは悪く無く、ヴィルも微かな笑みを見せた。

 その時、ヴィルとローは冷たい悪寒を感じた。

『来るぞ、ロー!』

「ああ、敵の親玉か何かだな」

 悪寒の感覚は正しく、かつてアッシュが現れた如くに、天は暗雲で渦巻いた。

 現れしは二体の龍であった。

 すなわち、リドルとオアの双子龍なのだが、彼らは自ら襲ってこようとはせずに、黒い影を放ってきた。

 その影の塊をヴィルは魔導アルマを跳躍させて、軌道を逸らした。

 だが、あまりに影の塊は重く、ヴィルの剣ですら、ほとんど軌道を変えられなかった。

 影の向かう先は多連トレーラー。

技師副長、兼、運転手の南方系の男は一気に多連トレーラーを横に避けさせた。

 さらに、同時に彼は多連トレーラーに搭載されているELドライブを無理に横方向に発動し、推進剤無しで横方向に加速させた。

 通常の車両ではあり得ぬ軌道で、多連トレーラーは斜めに闇の塊を避けきったが、それはギリギリであった。

 とはいえ大変なのはそれからで、何とか体勢を立て直し、再び安定した運転を再開したのは神業とも言えただろう。


 今、ローは戦闘の狂気に身を委ねんとした。

「ヴィル!あの親玉は俺が抑える!」

『分かった。じゃあ、斬撃の後に向かってくれ』

 そして、ヴィルは斬撃を双子龍に対して放つ。すぐさま、ローは飛び立った。

 だが、互いに手を繋いでいた双子龍は面倒くさそうに手を離して、ヴィルの斬撃を軽々と避け、さらに二方向からローに攻撃を仕掛けた。

 さらなる援護をしようとしたヴィルだったが、その時、地面に着弾した影の塊が動き出し、巨大な人型と化した。

 その影の巨人は自らの身を震わせる咆哮をあげ、多連トレーラーに襲いかかった。

(順調に戦力が分断されている・・・・・・敵の思惑通りに)

 ヴィルは焦りを覚えるも、影の巨人へと剣を振り下ろすのだった。

 しかし、影の巨人はそれを避けようともしなかった。

 影の巨人は両断されるも、両断されながらそれぞれの腕でヴィルの魔導アルマを打った。

 衝撃で後方に飛ばされるヴィル。

 そこに飛竜が襲いかかるが、瞬く間にヴィルはそれを刀で切りさいた。

 すると、多連トレーラーのガトリング砲が影の巨人に炸裂した。

 とはいえ、やはりあまり効いていないようで、影の巨人は凄まじい勢いで多連トレーラーに向かいだした。

 それをヴィルは止めようとするも、攻撃のほぼ効かない敵を足止めするのは至難の技と言えた。

 すると、目の前に断崖とその真ん中に峡谷が見えた。

 ヴィルは嫌な予感を覚えた。

 どうにも全てがはめられている気がした。

 しかし、あの峡谷はそれなりに広く、逃げるには適していると思えた。

 両側を崖に囲まれていれば、飛竜からの火球による攻撃の限定され、さらには敵に対する反撃も楽になる。

 すると技師長から無線が入った。

『ヴィル君。我々はあの峡谷に逃げ込もうと思う。援護してくれ。』

「了解」

 本当ならば異を唱えたかったが、実戦では常に最善の選択を出来るわけでも無いし。思わぬ選択が良い結果をしめしたりする。

 なのでヴィルは素直に了承したわけである。

 

 一方、ローと双子龍の戦いは熾烈を極めた。

 空中で飛翔するローに対して、双子の龍は短距離ワープを繰り返して、ローを翻弄していた。

 さらに互いに心が繋がっているかに完璧な連携を双子は繰り出して来た。

《狂戦士ッ!空飛ぶお人形のオモチャ!噂は色々と聞いてるわ!アッシュを殺したんですってねぇ!》

 姉龍リドルによる強大な念話がローの脳裏に響いた。

「アッシュ?知らないなぁ。竜なんて殺しすぎて覚えてられない」

 と、ローは何とは無しに答えてみた。

《アハハッ。面白い奴!それはこっちの台詞なのにねッッッ!》

 次の瞬間、リドルより強大なレーザーが放たれた。

 これを何とかローは飛翔回避するも、それを弟のオアが別方向よりレーザーで襲った。

 そして、空中を幾条ものレーザーが線を描いていき、その隙間をローはなんとか、かいくぐっていくのだった。


 段々とシオンは面倒になってきていた。

 敵があまりに多すぎるし、キリが無い。

 なのでシオンは拡声器で告げた。

『これより《ダイヤモンド》が降りる。カウントは10』

 それを聞き、騎士達は背筋を凍らせた。それは大規模氷結魔法の暗喩だった。

 急いで撤退しだした。

 だが、騎士達を老人だった異形が追う。何となく騎士達は老人が改造された人間だったのではないかと思うも、今は逃げる方が先決だった。

 そして、騎士達は魔力を詰めてある爆雷を全て放り、突っ込んでくる異形を足止めしようとした。しかし、それでも老人の勢いは怯むことは無く、ついには騎士の一人が腕を掴まれた。

 なんとかもがく騎士だったが、刹那、シオンの詠唱が完成した。

 一気に周囲は凍り付いていき、飛竜達をも、そして、それは老人だった異形にも降りかかった。

 さらに、運の良い事に、ちょうど騎士を掴んだ腕の所で氷結は途切れていた。

 いや、それは運では無く、シオンが何とか調整したのである。

 老人だった異形の凍り付いた腕が折れ、騎士は解放されていた。

 周囲は全てが氷で連結し、数多の竜の彫像が地面や宙に繋がり、死の沈黙をなしていた。

「ッゥ・・・・・・。あったま痛いな」

 鼻血をこぼしながらシオンはコクピット内で呟いた。

 慣れない魔導制御に体に負荷が掛かったのだった。

 それでもとりあえずは、この場はシオン達の勝利と言えた。

 

 この時、雨が降り出した。その雨は次第に勢いを増していた。

 そんな中、多連トレーラーは限界まで疾走していた。

 荒野地帯なので木々はほとんど生えていないが、峡谷の中は平地よりも植物は生い茂っていて、それらを無造作にはね飛ばしながら多連トレーラーは進んだ。

 一方、ヴィルは器用に飛竜と影の巨人を相手して、それらの追跡速度を削いでいった。

 ヴィルは何度も何度も影の巨人に攻撃を仕掛ける内に、段々と影の巨人が縮んでいるのを感じた。

(全く攻撃が効かないわけじゃないのか。それもそうだ。再生するにも魔力が必要なのだから)

 と悟り、見えて来た希望の中、さらなる猛攻を仕掛けた。


 ローと双子龍による空中戦は激しさを増していた。

《あのねぇ、本当に勝てると思っているの、私達に?》

 リドルは謳うようにローに問いかけた。

 しかし、ローは無視した。言葉を返す余裕など無かった。

《僕たちにその銃は効かない。それに雨は増している》

 弟龍オアの告げた前半の言葉に関しては、忌々しくもローは認めざるを得なかった。

 どうにも魔法銃による魔弾では完全に直撃しても二体の龍にはダメージを与えられないようだ。

 かといって接近して光剣で攻撃しようにも、すぐさまに短距離ワープして避けてしまう。

 半ば手詰まりであったが、ローは決して諦めなかった。

 世の中には思わぬ奇跡もあり、それは訪れる事は滅多にないが、少なくとも諦めた者には決して訪れないものだ。

 そして、諦めなかったローは今の機会を手にしていた。

「悪いが諦めの悪さは折り紙つきでね」

 と独り呟き、ローは果敢に攻撃を仕掛けていった。


 いつしか雨は黒さを増し、多連トレーラーはタイヤを滑らしていった。

「これは・・・・・・」

 異様な事態にヴィルは冷や汗をかいた。

 段々と水かさが増している。

 しまった、とヴィルは思った。

 この峡谷は川だったのだ。ここらの荒野は砂漠に近く水をほとんど吸収しない。

 なので一度雨が降ると、その雨は地表に溜まり洪水のようになるのだ。

 そして、雨には敵の魔法も含まれているのだろう、急激に水かさは増していた。

「技師長ッ!」

 思わず無線でヴィルは叫んだ。

 しかし、技師長は全く焦りを見せずに答えた。

『大丈夫だ、ヴィル君。ッ、ELドライブ、最大解放!』

 と、向こうの無線から声を聞こえた。

 すると、多連トレーラーに備わっている加速器ELドライブが起動し、なんと多連トレーラーは浮上しだした。

 起動と共に不可視のダークマターが発生し、ELドライブ内の波動により一定方向にその素粒子は向きを変え、運動量を発生させた。

 ダークマターは決して通常の物質と衝突する事は無いが、それは波動であり、個々の粒子として観測するのは不可能であり、ただ運動量やエネルギーや混合した重力の実在としてしか認識できない。(それでもダークマターは空間の湾曲には従う。波動とは空間を曲げている事でもあり、結果としてベクトルを変えたダークマターは運動量を発生させる。これは例えば飛行機の飛翔原理と似ているかも知れない。飛行機も翼により一種空間が曲げられており、その結果、空気粒子は軌道を変えて運動量を発生させると言えるだろう)

 さらに通常のエネルギーが発生すると、ダークマターに変換されたりするのである。すなわち、質量を有さないエネルギーから有質量のダークマターが発生し得るわけである。

 これらの理屈は技師長達には分からなかったが、ともあれ限定的に多連トレーラーを浮遊させる事に成功した。

 だが、このELドライブは初期型であり、発生する運動量のベクトルは安定しなかった。

 なので、ヨロヨロと揺れながら、なんとか神懸かった手動で調整しながら、多連トレーラーは空中を進んだ。

 これを影の巨人は追うも、流れてくる水に足を取られ、動きを鈍らせた。

 その隙をヴィルは見逃さなかった。

 一瞬で影の巨人に剣撃を重ねていく。

 あまりに素早い斬撃に、影の巨人は反撃する間も無く細切れにされていった。

 さらにヴィルは細切れとなった影に銃弾を見舞い、そして刀に魔力を溜めて、川の流れごと影を吹き飛ばしていった。

 すると、さしもの影の巨人も再生する事は無く、細切れの状態で後方に飛んでいった。

 こうして、ヴィルと多連トレーラーは残った飛竜の相手をしていく。


 後は双子龍を倒せば戦闘は終わると思われた。

 もっとも、それが最も難しいのだが・・・・・・。

《お前の攻撃は通らないと言っているでしょう!?私達はダークマターの塊。通常の物質や単なる魔弾では私達には届かない。何故なら、私達はその身を半ばもう一つの次元に置いているから!フフフ、愚かな人間、意味も分からず攻撃を永遠に仕掛けて来ると良いわ》

 そう姉龍リドルは余裕で告げた。

 彼女の言葉は正しかった。

 ダークマターは通常、三次元に重なる余剰次元に実在しており、この余剰次元は何層にも積み重なっていた。

 故に重力や空間の湾曲など、余剰次元にまたがる効果には反応するが、通常の物質とは存在する次元が違うので衝突しないのである。

(また魔法的な話をするならば、ローの使う魔弾は基本三次元にしか影響しない。しかし、リドルとオアの居る余剰次元はその上に重なっている次元であった。すなわち二次元空間に居る蟻が頑張って、空飛ぶ鳥の影に攻撃しているようなものである)


 だが、ローにはリドルの言葉を聞いて確信が生まれた。

 勝てる、慢心している今ならば勝てる、と。

 そして、ローは一気にリドルに肉薄した。

 この時、弟龍オアは脳内に警鐘が鳴るのを感じた。

《姉さんッ、避けてッッッ!》

 しかし、リドルは愚かにもローの抜いた《量子-演算剣》を余裕で受けようとした。

 刹那、リドルは全身が泡立つのを感じた。

 そして本能敵に緊急で回避せんとした。

 だが、それは上手く行かずに、その片翼は両断された。

《ウアッッッッッ!》

 あり得ない痛みにリドルは絶叫した。

《姉さんッッッ!》

 オアは必死にローの魔導アルマに体当たりし、姉に対する次なる攻撃を防ごうとした。

 とはいえ、吹き飛ばされながらも、ローは天才的な操縦で邪龍オアの腹部に一閃した。

 《量子-演算剣》による攻撃はオアにも通じ、オアの腹部から止めどない青き血が溢れた。

「よし」

 ローは前回の龍神を倒したこの《量子-演算剣》ならば何とかなるのではという思いが実の所あった。そして、それは正しかった。

 この《量子-演算剣》は墜ちし神を殺すために作られた道具。

 神とは堕落しても上位世界にその身を置く。故に、その上位次元に届く刃が必要であり、それこそがこの剣だった。

 最大限まで《量子-演算剣》を解放すれば、原理的には17の次元まで同時に断つ事が可能であった。とはいえ、現在は機能が制限されている為、一つの余剰次元を裂くのが限界であり、それでも今回は十分と言えた。

三つの次元に加えて一つの余剰次元、合わせて四つの次元に対する攻撃。

 すなわち、《次元重奏攻撃・四連》が限定的に発動したのである。


《アアアアアアアアアアッッッッッ!許さない、許さない、許さないッッッ!》

 叫び、リドルは堕ちながら、強大な粉砕魔法を発動した。

 リドルの周囲に居る全てが塵の粒子さえ分解されていき、地面は流砂と化していく。

 これにローはトドメをささんと《量子-演算剣》を前にして突っ込んだ。

 魔法を剣は裂いていき、ついにはリドルに達さんとした。

 刹那、オアが転移魔法で前に現れ、その剣を受けた。

 オアの腕が飛ぶ。

 そんな中、ローは無慈悲に連撃を繰り出そうとした。

 刹那、大雨がロー達の上に局地的な降り注いだ。

 それこそは予めリドルが仕込んでおいた魔法なのだが、この勢いを受けて、ローの魔導アルマは雨と砂と共に地面の底へと堕ちていった。

 そして、それは双子龍も同じなのであった。

 何もかもが地の底へと堕ちていく。ひたすらに堕ちていくのだ。



 ・・・・・・・・・・


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アルカナ・ドラグーン キール・アーカーシャ @keel-a

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