アルカナ・ドラグーン

キール・アーカーシャ

第1話


  第1話  古(いにしえ)の竜殺し


 天を無数の飛竜が覆(おお)い尽(つ)くさんとしていた。

 その光景は圧巻(あっかん)との表現も生やさしく、世界の混沌(こんとん)と終焉(しゅうえん)を人類にまざまざと示すのであった。

 もっとも、地上は荒廃の限りを尽くし、くすんだ草木の他に生命は存在していないかに思われた。

飛竜達より発(はっ)せられる奇(き)っ怪(かい)なさざめきは不協和音をなし、それでいて一種の調和を讃(たた)えており、終末を告げるラッパの如(ごと)くに鳴り響くのだった。


 ・・・・・・・・・・


この飛竜達は邪竜と呼ばれる存在。

それは突如として空より現れた邪悪なる存在であり、人類にとり災厄(さいやく)に等(ひと)しい天の巨獣(きょじゅう)であった。

 どれ程の人々が奴らに生きたまま無残(むざん)に食い散らかされた事だろうか。

村や町という微少な単位では無く、国、そして大陸全土どころか惑星の大半にまで、邪竜の魔の手は及(およ)んだのだった。

 人類の数は瞬(またた)く間(ま)に半減し、さらに半減し、そして、戦線の崩壊と共に、一気にその数を激減させていった。

もはや、人類は絶滅の縁(ふち)へと追い込まれつつあると言っても過言では無かった。

 

もちろん、人類もただ手をこまねいていたわけでは無い。

 しかし、その時代、人は空を飛ぶ術(すべ)を持たず、空中を自由に舞う飛竜達に対抗する手段を持たなかった。

 槍を投擲(とうてき)しようと、矢を射(い)ろうと、それは遙(はる)か上空の竜には届かなかった。よしんば届いたとしても、鋼(はがね)より硬い竜の鱗(うろこ)に阻(はば)まれ、虚(むな)しく地へと突き刺さるのであった。

 そして、一方で竜達は弓の射程を越(こ)えた上空から、魔法と炎弾で人間を焼き尽くしていった。

 

 成(な)すすべも無く人類がその数を減らしていく一方で、天敵の存在しない竜達は、その数を無量(むりょう)に増やしていくのだった。

 食物連鎖の頂点に存在する凶悪な生物が、大きな繁殖力を兼(か)ね備(そな)えていたのだ。それがどれ程、怖ろしいことか。

 

 人々は北へ北へと逃げて行った。

 北は冷気が強い上に、食料も少ないため、比較的に竜達も侵攻する意志を見せなかった。

 しかし、その寒気(かんき)は当然の事ながら、人類にも容赦(ようしゃ)なく襲いかかった。


 一方で、地の底で暮らす道を選ぶ者達も居た。

 しかし、地下の空洞は薄暗い上に空気はよどみ、人々は暗闇の中、悪臭に耐えて過ごさねばならなかった。光(ひかり)苔(ごけ)の微(かす)かな灯りだけが頼りだった。

 それだけならまだしも、粉塵(ふんじん)の混じった内気(ないき)は人々に肺病を引き起こした。

 もちろん外気を取り入れる空気穴は過分(かぶん)に作ってあったが、邪竜にばれる危険もあるため、その穴は小さく換気の役割は最低限しか果たせていなかった。


 さらに、あちこちで地下水が漏れ出し、それを汲(く)み上(あ)げねば生活できなかった。かといって、逆に地下水が全く無ければ、水不足に陥(おちい)るのだ。なのでその加減を絶妙に調整する必要があるのだが、雨季や乾季などの季節の変化により、それが困難と化す事も多々あった。

 特に雨季は総出(そうで)で排水を行(おこな)わねば、居住区が水没してしまう恐れすらあった。

 

地下においては狩りも農耕もままならない為(ため)、食料も乏(とぼ)しく、苔(こけ)や虫を喰らうのも日常であった。キノコなどは主食の一つだった。

 この結果、栄養失調を起こした人々は簡単に疾病(しっぺい)を起こし、さらに、それが引き金となり、疫病(えきびょう)が蔓延(まんえん)する事も稀(まれ)では無かった。

そんな苦難の生活を堪(た)え忍(しの)んでも、一度、竜にその住処(すみか)を気づかれれば、逃げ場の無い一方的な屠殺(とさつ)が始まるのだ。

 

人類は竜の前では無力だった。

 それでも、人類は諦(あきら)めなかった。

 竜の弱点を探し、さらに兵器を開発し続けた。

 

 さて、このような時、一人の穴掘(あなほ)りの少年が広大な空間を見つけた。

 それは人(ひと)知(し)れず地下に眠っていた古代遺跡であった。

 古代遺跡は少年の来訪を待ち望んでいたかのように、淡(あわ)い光を発し起動するのだった。


 人々は祈るように、その古代遺跡を調査した。

 そして、その祈りは神に届いていたと言えた。

 いや、正確には神が人類を古代遺跡に導いたという方が正しいやも知れない。

 いずれにせよ、その古代遺跡は絶望的な状況を打破する力を秘めていた。


 その古代遺跡は召喚(しょうかん)機構(きこう)を有(ゆう)していた。

 この時代の人々にはその仕組みは理解できなかったが、扱(あつか)い方(かた)なら分かった。

 使い方は単純で、古代遺跡に予(あらかじ)めインプットされてある機械を、虚無から召喚するのであった。

 部品などを揃(そろ)える必要は無い。

 エネルギーさえ供給してボタンを押せば、自動的に機械が生成(せいせい)されるのだった。

 これならば、文明レベルが発展途上であろうと、扱うことが可能であった。

 全ては神々の思(おぼ)し召(め)しと言って過言では無かった。

 

 さらに、幸(さいわ)いな事に、地下には魔石の資源が豊富だった。

 人々は希望に燃えながら魔石を集め、登録されている機械を次々と召喚していった。

 しかし、その機械はどれも戦闘には役立ちそうに無い物ばかりだった。

 人々は知らなかったが、それらは家電製品と呼ばれる類(たぐ)いの機械だった。

 

 段々(だんだん)と民衆の間に、諦観(ていかん)の風潮(ふうちょう)が漂(ただよ)いだした。

 それでもわずかな可能性に懸け、人々は魔石を集め続けた。

 だが、ことごとく全ての機械はガラクタだった。

 

 絶望が人々を包んだ時、祈りの中にある一人の神官の少女が偶然か必然か古代遺跡の裏コードを入力した。

 すると、今まで存在しなかったはずの4つの機械が表示されたのだ。

 人々は沸(わ)き上がる興奮を押さえられなかった。

 モニターに表示される4つの機械は、今までの物とは形状が違っていた。

 3つが人型であり、もう1つは箱形に車輪が複数付いている兵器のように見えた。

 

 人々はその4つの機械を召喚しようと試みたが、そこで問題が生じた。

 それらを召喚するに必要な魔石の量が、今までとは桁が違うのであった。


 しかし、それは逆に人々を期待させた。

『今度こそいけるやも知れない』

 そう思い、人々は魔石をひたすら採掘(さいくつ)するのだった。


 その作業は過酷なものと言えた。

 居住区に粉塵(ふんじん)がいかないように、採掘場(さいくつじょう)は隔(かく)離(り)されており、逆にその内部は尋常(じんじょう)では無い量の塵埃(じんあい)が飛(と)び交(か)うのだった。

 同胞が次々と肺病で倒れる中、男達は体中を肺の内(うち)さえ煤(すす)まみれにしながら、命を削って魔石を採取した。

 それは彼らの命の代価として得た貴重な結晶と言えた。

 

 時が流れた。

 大勢の作業員の屍(しかばね)が築(きず)かれていた。

 保守派は『何もしなければ今のままで生きれる』と言った。それに賛同する者も少なくなかった。

 特に遺族達の一部は泣きながら、魔石の採掘を止めるように叫んだ。

 それを受け、何度も計画は中止となった。


 しかし、何度でも男達は自主的に採掘(さいくつ)に向かうのだった。

 それは家族のためであり、そして、何よりも死んでいった仲間達のためだった。

 彼らの死を決して無駄にする事は出来ないのだった。


 とはいえ、人員の数には限りがあった。

 少しずつ、作業員達はその数を減らしていった。

そして、当初は数百名おった作業員達も、残りわずか10名となっていたその時、ついに規定の魔石量を集め終わったのであった。

 10人という数は採掘作業をするにあたっての最低限の人数だった。

 全ては限界だったのだ。

 限界にして達成を迎えたのだ。

 それは奇跡とも言えたかもしれない。


 作業員達は男泣きに泣いた。

 そして、死していった仲間達の墓の前で伝えるのだった。

『ようやく俺達の戦いは終わったぞ』と。


 技術員達は彼らの血と汗の結晶である魔石群を古代遺跡の供給口に入れ、エネルギーに転換していった。

 その様子を生き残った作業員達は見守るのだった。

 そして、4つの機械を召喚するに必要なエネルギーが充填(じゅうてん)された。

 この4つの機械は4つで一組となっており、一つずつ召喚する事は出来ず、4つ分(ぶん)のエネルギーが必要であった。

 しかし、作業員達の尊い犠牲により、その莫大(ばくだい)なエネルギーは今、賄(まかな)われたのだった。


 そして、偶然にも裏コードを見つけた神官の少女、といっても今彼女は成長し美麗(びれい)な女性になっていたが、彼女の手によりボタンが押され、召喚が始まった。


 その時だった。

 かつてない召喚機構の働きに大地が鳴動(めいどう)し、地(じ)揺(ゆ)れが人々を襲った。

 それは通常の地震などの横揺れでは無く、大きな縦(たて)揺(ゆ)れであった。

 人々がざわつく中も、召喚機構は我関せずと言った具合に作動し続けた。

 その時、一人の男が駆けてきた。

『採掘場が崩れたッ!』

 との男の報告に、その場に居た者達は顔を見合わせた。


 しかし、作業は終わっていたため、崩落による死者は出なかった。

 その余波である縦揺れの地震で、軽傷者は数名-出たが、被害はせいぜいその程度であった。


 だが、真の災厄(さいやく)は事態が収束(しゅうそく)したその時に訪れた。

 崩落に邪竜が気づいたのであった。

 そして、邪竜は穴を掘り、ついに地下に巣くう人間を発見したのだった。

 人々は逃げ惑(まど)った。

 しかし、逃げ場など無かった。

 地上にはおびただしい数の邪竜が待ち構えて居たのだから。

 そして、人々は穴の奥へ奥へと逃げ込んだ。

 しかし、それは一時しのぎでしか無かった。

 それは人々にも分かって居たが、それでも逃げる事しか出来ないのだった。


 だが、そのあがきは無駄では無かった。

 その時、彼らが帰ってきたのだ。

 地上で粛々(しゅくしゅく)と竜の掃討(そうとう)を行(おこな)っていた騎士達が。


 騎士達は残像を作る程の速さで、次々と竜を貫き斬っていった。

 地に降りたった竜など、彼らにとっては巨大なトカゲに等(ひと)しかった。

 特に穴ぐらの中では、巨体の竜は小回りがきかず、騎士達の動きに翻弄(ほんろう)されるばかりであった。

 

さらに、接近戦さえ出来れば、竜の硬い鱗(うろこ)をも容易に貫くだけの技量を騎士達は有していた。

 竜の鱗を叩き斬るのは非常に困難であったが、貫く事は比較的に容易に出来た。

しかし、単に突き刺すだけでは、抜くのに時間がかかり、攻撃後に大きな隙(すき)が出来てしまう。

 なので、騎士達は刺した後に、そのまま内側にて剣技を発動し、内側から肉を断って剣を戻すのだった。

 それは言う程に易(やす)くは無く、何年もの鍛錬(たんれん)を必要とした。

 しかし、逆に言えば何年かを費(つい)やすだけで習得できるのであり、言葉(ことば)通(どお)り命を懸ける覚悟を持つ騎士達にとり、それは何ら問題の無い事なのであった。


 そして、穴ぐらの中で竜達は成(な)すすべも無く、無残(むざん)に解体されていった。

 これに怯(おび)えた竜達は日の入りと共に、一旦(いったん)、撤退(てったい)していくのだった。


 人々にはわずかな時間が残されていた。

 恐らく竜は日の出と共に攻勢(こうせい)を開始するである事が予想された。

 それこそが竜の習性だからだ。

 竜は傲慢(ごうまん)な事に、夜戦を仕掛(しか)ける事が無いのだった。


 そして、日の出と共に決戦が開始された。

 押し寄せる無数の邪竜の前で、歴戦の勇士である騎士達も一人、また一人と散っていった。

 いかな技巧を施(ほどこ)そうとも、数の差に抗(あらが)いようは無いのであった。

 そして、自信を取り戻した邪竜達はさらに攻勢を強めるのだった。

 人々にとり敗北は時間の問題に見えた。


 そんな矢先であった。

 ついに、機械が完成したのだった。

 4つの機械を召喚し終え、古代遺跡は役割を果たしたかに永久(とこしえ)に沈黙した。

 その内(うち)の3つの機械は、全長7m程の人型であった。

 それこそが、人型(ひとがた)汎用(はんよう)兵器(へいき)・魔導アルマなのだった。


 すると、3体の魔導アルマは独(ひと)りでに動き出し、戦場に向かってその巨大な脚(あし)を進めた。

 驚く技師達も、それを止める事はかなわなかった。

 いや、それが運命かと無意識の内(うち)に判(はん)じていたのやも知れない。

 

 その頃、かつての居住区では騎士と民兵が、邪竜達に対し死力の限りを尽くしていた。

 竜のブレスが吹き荒れる中、騎士達は立体的な機動を行(おこな)いそれを避けていった。

 そして、竜に剣撃を放っていくのだが、この竜達は昨日と違い上位種であり、中々に攻撃が通らなかった。

 

 しかし、そんな中、3人の騎士が次々と竜を屠(ほふ)っていった。

 彼らは騎士団の中でも最強の3名であり、人々にとっては最後の砦(とりで)と言えた。

 とはいえ、彼らの魔力にも限界は訪れ、次第(しだい)にその動きは鈍(にぶ)っていった。

 その時、一瞬の緊張の途切(とぎ)れか3人の内(うち)で最年少の騎士が、竜の尾を受け吹き飛ばされていった。

 さらに、その結果に生じた連携の崩れもあり、他の2名も竜のブレスに巻き込まれてしまった。


 灼熱(しゃくねつ)が吹き荒れた。

 その中で3名の騎士達は剣を地につき、何とか起き上がろうとした。

 鎧は熱で赤く発光し、その内(うち)で彼らの肉は焼けただれていった。

 それでも彼らは苦悶(くもん)の声一つ上げずに、必死に意識を保(たも)たせ体を痙攣(けいれん)させながら、ついに立ち上がるのだった。


 まさにその時、突如として壁が崩れた。

 それを見て、邪竜はブレスを一旦(いったん)、解(と)くのであった。

 壁の向こうから現れたのは、その場の誰もが予想もつかぬ存在であった。

 それこそは3体の魔導アルマだった。

 邪竜達はその突然の乱入者に、怒りの咆哮(ほうこう)をあげ襲いかかろうとした。

 しかし、次の瞬間、魔導アルマより発(はっ)された結界が邪竜を阻(はば)んだ。

 邪竜は炎弾やブレスを結界に向けて放つも、その結界にはヒビ一つ入らなかった。


 今、3体の魔導アルマと3名の騎士は、結界の内(うち)で守護されていた。

 すると、3体の魔導アルマはそれぞれ3人の騎士の前で膝(ひざ)を折った。今、魔導アルマは己の主(あるじ)を選んだのであった。

 そして、そのコクピットが独(ひと)りでに開いていった。

 騎士達は自律的(じりつてき)に動く機械に対し驚きを禁じ得なかったが、不思議とその状況を自然に受け入れる事が出来た。

 3人の騎士は無意識のうちに自身の成(な)すべき事を理解していた。

 結界の光が騎士達の傷を微弱ながら癒(い)やしており、彼らは痛みに苛(さいな)まれること無く、その歩を進めた。


 そして、彼らはそれぞれの機体に乗り込むのだった。それと共にコクピットは閉まり、騎士達は機体に同調し出した。

 もはや、魔導アルマは騎士達の体の一部と言えた。

もしくは、自身の分身と。


 役目を終えた結界の砕け散る音が、凜(りん)と響き渡った。

 それと共に、魔導アルマと邪竜の巨体同士がぶつかり合わんとした。

 しかし、次の瞬間、魔導アルマより抜かれた光剣、光の粒子により構築された刀身を備(そな)えたその剣が、邪竜を熱と波動により断ちきるのだった。

 それは硬さを感じさせない程に、易々と竜を一刀両断した。

 竜の不自然に青い血が周囲に巻き散っていった。

 そして、色濃い青の血にまみれながら3体の魔導アルマは次なる標的に向けて、剣を振るっていった。

 

 それは快挙(かいきょ)であった。

 そして、人類の悲願でもあった。

 人類はついに、邪竜に対する最終兵器を手にしたのだ。


 地下に、邪竜達の悲痛な声が響いた。

 それは人類が未(いま)だに聞いた事の無い音であった。

 その響きの中、魔導アルマは数えきれぬ邪竜達を斬り裂いていった。

 たまらずに邪竜達は穴から抜け出して、地上へと逃げ戻って行くのだった。

 これを魔導アルマは追撃した。

 魔導アルマによる地上での攻勢が鮮(あざ)やかに行(おこな)われた。

 地表の邪竜達は怯(おび)え、次々と空へと飛び立っていった。

 それ程までに魔導アルマは強大であったのだ。

 しかし、ここで形勢が逆転した。

 空の覇者(はしゃ)である邪竜に対し、大地に足を根ざす魔導アルマは無力に見えた。

 

 仲間を殺され、さらに誇りを汚され、邪竜達はその憤怒(ふんぬ)をこめ、空中にて大規模-魔法を詠唱し出した。

 その詠唱は重なり、天に巨大な魔方陣を築(きず)いていった。

 魔方陣は次々と展開し、その形を立体的に変化させていった。

 その様はあたかも滅びを具現化したかのようであり、一度それが発動すれば、都市一つを滅ぼしかねない程の威力を秘めていた。

 もっとも、今、この地上に都市などいくつかの例外を除けば存在はしなかったが。

 

 邪竜達は自分達の紡(つむ)ぎ上げている魔法の構築度(こうちくど)に慢心(まんしん)しきっていた。

 魔力制御も完璧であり、効力も申し分ない事が予想された。

 あと数分もあれば、周囲一体を焼土(しょうど)と化(か)す程の一撃が完成するはずだった。

しかし、彼らは失念していた。

 空を飛翔できるのが彼らだけとは限らないことを。


 この時、突如として地表に光が生じた。

 それと共に、何かが天に向かい一直線に飛び立ってきた。

 邪竜達は驚愕した。

 一体の魔導アルマが上空の自分達に迫って来ているのだった。

 その機体の背には、半透明に輝く羽根(はね)、光翼が浮かび上がっていた。そして、それが推進力を生み、魔導アルマを重力から解き放っていた。


 邪竜達はオロオロと顔を見合わせる事しか出来なかった。

 今までに前例が無い出来事だった。

 だが、その逡巡(しゅんじゅん)が竜達にとり命取りだった。

 空中の魔方陣に魔導アルマの光剣が突き立てられた。

 次の瞬間、激しい音をたて、天を覆う程の魔方陣は砕けていった。

 もはや、その大規模-魔法が発動することは永遠に訪れはしない。


邪竜達の怨嗟(えんさ)の声が響く中、魔導アルマは次の行動に出た。

 そのまま光剣を振るい、空中を舞いながら、邪竜を次々と叩き斬っていった。

 

 天に青の鮮血が雨のように降りしきった。

 邪竜達は突然にして初めての空中戦に、半狂乱を引き起こしていた。

 それらの邪竜達は炎弾やブレスを魔導アルマに向けて放つも、高速で回避し続ける魔導アルマに照準が合わず、味方に直撃させてしまうのだった。

 一方で、魔導アルマは冷静に冷酷に竜を両断していった。

 斬り、飛び、時に竜を蹴り方向転換し、目まぐるしく変化する風景の中、狂ったように魔導アルマは竜を駆逐(くちく)していった。


 気づけば、空には血で蒼(あお)く染まった魔導アルマの他に、何者も存在しなかった。

 邪竜達は味方が1割ほど倒された段階で逃げ出していた。

 それ程までに、その魔導アルマの戦いぶりには狂気と畏怖(いふ)が内在(ないざい)していた。


 陽光に輝き映るその機体の姿は、壮絶(そうぜつ)なる美しさを讃(たた)えていた。

 

 これこそが人類が真に初めて竜に勝利した瞬間と言えよう。

 しかし、人類に与えられたのは3体の機体と、その補助の役目を持つ一つの機械のみ。

 さらに、空を飛翔できるのは、その内(うち)の1体のみなのだ。

 戦況は未(いま)だ、絶対的に人類にとり不利であり、その勝機(しょうき)は極めて薄いと言えた。

 しかし、それでも、この一歩は人類にとり偉大な意味を持つと言っても過言では無かった



 ・・・・・・・・・・


 戦いは続く。

 ひたすらに、延々と。

 休む暇(いとま)など、一刻(いっこく)たりとも無いに等(ひと)しい状況が連綿(れんめん)と亘(わた)るのであった。

 それでも3人の騎士達は魔導アルマを駆り続けた。

 彼らは、その身も心も人類に捧げたのだ。


 しかし、彼らに悲壮感(ひそうかん)は見られず、むしろ軽口をたたき合う事も多かった。

 あまりに長い戦いの中で、彼らの心は蝕(むしば)まれ、そうでもしないとやってられなかった。

 それは一見、戦場を冒涜(ぼうとく)しているようにも見えるだろう。

 だが、彼らこそ誰よりも死力の限りを尽くし戦い続けているのだ。

 それを誰が非難できようか。



 怒り狂う竜達の咆哮(ほうこう)が響く。

 その人型(ひとがた)汎用(はんよう)機械(きかい)の魔導アルマは、高速で回避行動を行(おこな)いながら、ひたすら天に向かい魔法銃を乱射し続けた。

 それは神業(かみわざ)と言って差(さ)し支(つか)え無い機動であった。

 魔法銃から放たれる魔弾は、天を埋め尽くす竜に次々と命中していき、撃墜(げきつい)していった。


 魔法銃の最大のメリットはエネルギーが切れない限り、弾切れを起こさない事である。

 弾丸を精製する技術をほぼ持たない人間にとり、これは非常にありがたく、逆にエネルギーの方は既に無量(むりょう)に等しいだけ魔石により充填(じゅうてん)してあった。


 なので実質、弾切れは無いのだが、とはいえあらゆる銃に言える事だが、あまりに連射を繰り返すと砲身が熱くなり、制御が効かなくなるのだ。

 だから、ある程度、連射をしたら、一定時間クール・ダウンのために、魔法銃を休ませる必要があった。

 しかし、これに関しては問題は無かった。

 魔導アルマでの戦いは回避行動が基本であり、その合間合間に攻撃をひたすら繰り返す。

 なので必然的に、攻撃する時間は短くなり、砲身が限界まで熱せられることは、まず無いのであった。


「やれやれ、面白いように当たるな」

 と、そのパイロットの騎士ローは呟(つぶや)いた。

「まぁ、あれじゃ外す方が難しいかッ!」

 そう叫び、ローは魔導アルマを加速させた。

 次の瞬間、魔導アルマが居た場所に、竜の魔法による雷(いかずち)が降りそそいだ。

「おっと、危ない」

 と、余裕(よゆう)そうに言い、ローは魔法銃を撃ち返した。

 次の瞬間、雷の魔法を詠唱した直後の邪竜に、魔弾が炸裂(さくれつ)した。ローは詠唱後の硬直時を狙い撃ったのだ。

 そして、その邪竜は力なく地表に向かい墜落(ついらく)していくのであった。


「しっかし、昔は生身で戦ってたんだから、我ながら良くやったもんだよ・・・・・・」

 と、ローは口にした。

 その言葉には、今までの軽口と違い、深い重みを内包していた。

 

かつて、魔導アルマの開発が成功するまでの間、ロー達は時間稼ぎのため、地上に出て遠方の地で戦い続けていた。

 邪竜の目を引きつける必要があった。

 時折、邪竜は何も無い大地にも魔法を詠唱して地響きを起こす。もちろん、これは地下の居るやも知れない人間を苦しめるためだった。

 万が一これが居住区や古代遺跡の真上に直撃すれば、倒壊という最悪の事態が起こり得るのだった。


 そして、ロー達は無謀(むぼう)とも言える戦いに生身(なまみ)を投じていたのだ。

 この時、攻撃手段は限られており、ロー達は竜の寝込(ねこ)みを襲ったり、餌(えさ)に毒を混ぜたりなどして、一体一体、倒していくのだった。

 もちろん、竜もロー達を警戒するようになり、罠を仕掛(しか)けたりするようになっていた。

 これを避(さ)けながら進むのは容易では無く、ロー達は常に神経をすり減らしていた。

 さらに、活動中の竜と遭遇(そうぐう)したら、ひたすら逃げるしかなかった。空(そら)飛(と)ぶ邪竜を倒す手段を生身のロー達は有していないのだから。

 しかし、それ程の圧倒的に不利な状況でも、ロー達は竜を数百体、駆除していた。


 それが今や、撃てば倒せるのだ。

 あまりに楽な戦いだった。

 とはいえ、竜達も今度は本気になって、群(ぐん)集団(しゅうだん)にて襲いかかようになっていた。

 しかし、それは逆に言えば、竜達も焦(あせ)りを見せた事に他ならなかった。

 そして、ロー達3人の騎士は、現在も魔導アルマを駆(か)り、竜を駆逐(くちく)していくのだった。


 すると、竜達が愚かにも痺(しび)れを切らし、下降してきた。

 そして、直接、ローの乗る魔導アルマに嵐のように襲いかかってきた。

 竜達の無数の鋭い爪が魔導アルマに迫った。

 その時だった。

 空中に幾条(いくじょう)もの線が生まれた。

 そして、その線に沿(そ)って、竜達は断ち切られていった。

 

見れば、そこには別の魔導アルマが居た。

 その魔導アルマは刀を手にしており、その剣撃で竜を一刀両断したのだ。

 しかし、無駄に誇り高い竜達は、背を向けて逃げるという発想を持たず、刀の魔導アルマに襲いかかった。

 すると、刀からリンと鈴の音(ね)のような共鳴音が発された。

 そして、次の瞬間、剣技『空波斬(くうはざん)』が発動し、時空ごと平面領域を斬り裂いていった。

 その斬撃(ざんげき)は竜だけで無く、その先の雲すら断(た)ち斬(き)った。


「おー、やるねぇ、ヴィル」

 と、ローは念話を、刀の魔導アルマのパイロットに送った。

『そう何度も出来る技じゃ無いけどな』

 とのヴィルの言葉が返ってきた。

「いやいや、それでも助かるよ」

 そうローが答えると、上空に巨大な魔方陣が浮かび上がった。それは竜達・数十体が同時(どうじ)詠唱(えいしょう)して紡(つむ)ぎ出す大規模-魔法であった。

「あれはマズイねぇ」

『どうする?破壊するか?』

 と、ヴィルからの通信が入った。

「いや、マナが勿体(もったい)ないからね、避(よ)けよう。あの程度なら遠方の居住区域に震動(しんどう)も届かないだろうし」

『了解ッ!』

 そして、2機の魔導アルマはブースターを起動し、

一気に加速していった。

 

 その時、上空より大規模-魔法が発動した。

 そして、天から無数の炎弾が降り注いだ。

「こりゃ、今日の天気はッ!炎の雨って?」

 と叫び、ローは魔導アルマをさらに加速させていった。

『ロー。無理だッ!効果範囲から出れないッ!』

「なら、壊すしか無いね」

 そして、ローは魔法銃で迫る炎弾を撃ち抜いていくのだった。

 一方、ヴィルは剣撃を放ち、炎弾を両断していった。

 しかし、その硫黄と炎の嵐は、止めどなく降り続け、終(しま)いには全てを滅(めっ)すかの破壊が地上に生(しょう)じた。


 竜達は眼下の荒廃(こうはい)を眺(なが)め、勝利を確信した。

 しかし、一陣の風により煙が消え去り、その考えは打ち砕かれた。


 2体の魔導アルマの周囲に氷の結界が展開されていた、

 そして、それは炎弾を完全に防(ふせ)いでいた。

 すると、音を立て、氷の結界は役目を終えて散っていった。

「遅かったじゃないか、シオン」

 と、ローは告げるのだった。

 すると、遠方には3体目の魔導アルマが見えた。

『勘弁(かんべん)してくださいよ。急いで駆けつけたら、遠距離-結界なんて。これ、結構、神経を削るんですよ』

 との3人目のパイロット・シオンの声が返ってきた。

「大丈夫、お前なら後、100回くらいなら連続でも平気だから」

 とのローの言葉に、シオンは『俺はそもそも魔法は苦手で』と小声で文句を言うのだった。

『おい、来るぞッ!』

 とのヴィルの声で、ロー達は再び死闘を開始した。


 その時だった。

 上空から異様なオーラが渦巻(うずま)きだした。

 それと共に、飛竜達はその場を離れて行き、それはさながらに台風の目が出現したかのようであった。

「おーおー来たねぇ。本(ほん)命(めい)が」

 と、ローは嬉しそうに言うのだった。

 その笑みには何処(どこ)か狂気が感じられた。

『あれが噂(うわさ)の龍神(りゅうじん)か・・・・・・』

 とのヴィルの呟(つぶや)きが響いた。

『ローさん。逃げますか?』

 そう言うシオンに対し、「いや」と答えながら、ローは首を横に振った。

「ま、私が倒してくるから。後は宜(よろ)しく」

 と告げ、ローは仮面を召喚(しょうかん)し、自身にまとった。

 それと共に、ローの乗る魔導アルマにも、召喚された巨大な仮面が装着されるのだった。

 今、ローと魔導アルマは完全にリンクしていた。

 

 すると、上空には灰色のオーラが吹き荒れ、今までの飛竜の数十倍はあろう大きさを持つ一体の龍(りゅう)が突如として出現した。

 それは飛翔してきたのでは無く、転移魔法により遠方より自身を召喚したのであった。

 これだけを見ても、通常の竜とは格の違いをひしひしと感じさせた。


 そして、灰の龍は地上に向け咆哮(ほうこう)をあげた。

 ただそれだけで地表には重力波が発生し、3体の魔導アルマは軋(きし)み押しつぶされそうになった。

 しかし、ヴィルが刀を一閃すると、重力波は時空ごと断ちきられ、消滅していった。

 ヴィルの技量も地上においては灰の龍に易々と通用すると言えた。とはいえ、敵は飛竜。あくまで空から堕とさねば勝機は無い。


「ナイスだ、ヴィル」

『いいから、早く倒してきてくれ』

 との声がローに返ってきた。

 その声には長年の深い信頼がこめられていた。

「了解」

 照れを隠して簡潔(かんけつ)に告げ、ローは魔導アルマに自身の魔力を流し込んだ。

 それと共に、突如として魔導アルマの背に半透明な光翼が出現した。そして、魔導アルマは一気に上空に向け、羽ばたくのであった。


 それはあまりに美しい様(さま)であった。この光景を見たら、彼らを知らない地下や北で暮らす民なら誰もが涙するであろう。

 人類はついに空を跋扈(ばっこ)する悪(あ)しき竜達に、対抗する術(すべ)を得たのだから。


「行(ゆ)け・・・・・・」

 と、ヴィルは思わず呟(つぶや)いていた。

 何度見ても、ヴィルにとりそれは心揺さぶられる光景なのであった。

 それはシオンも同様であり、彼も上空を見つめ、コクピットの中で祈っていた。

 二人の想(おも)い、いや、全人類の想(おも)いを背に、ローは魔導アルマを飛翔(ひしょう)させ続けた。


 一方、邪悪なる灰の龍神は自(みずか)らに迫る機械を、忌々(いまいま)しげに睨(にら)んだ。

 自らの領域を土足で汚されたように、灰の龍神は感じているのだった。そして、龍神は次々と無詠唱で魔法を展開していった。

 その展開スピードは並では無く、瞬く間に、天を大量の魔方陣が覆った。

 次の瞬間、天より無数のレーザーが地表一帯に向かい降り注いだ。

 レーザーの耳をつく共鳴音が響き渡る中、

ローは盾でその攻撃を冷静に防(ふせ)いでいた。

 とはいえ、盾も万能では無く、襲い来るレーザーの熱で徐々に溶(と)けていった。

 そして、ついに盾は焼き切れ、レーザーの光が魔導アルマに直撃していくのだった。

 

 警告(アラート)がコクピットにけたたましく鳴り響いた。

 しかし、ローは龍神に向かい直進し続けた。

 狂ったように進み続けた。

 そして、効果時間を過ぎ、フッとレーザーは消えていった。

 魔導アルマの各部は焼け溶けていたが、今の所その動作に支障(ししょう)は生じて居なかった。

 ローは背に装着していたガトリング砲を構えた。

 今、龍神は射程圏に居た。

 

 時が止まったかのようだった。

 龍神の驚きの表情が、その皺に至るまで、ローには手に取るように視認できた。

『散れよ・・・・・・』

 そう思考し、ローはゆっくりと確かにトリガーを引くのだった。

 

 そして、質量を持った実弾が龍神を襲った。その実弾は技師達が心を砕き錬成(れんせい)した貴重な産物であった。

 彼らの想いを乗せた弾丸は龍神の結界を砕いていき、そして、その表皮をも抉(えぐ)っていった。

 龍神の悲痛なる叫びがあがった。

 ローには何故、龍神が情けなく声をあげているか分からなかった。

邪竜に喰われた人間の痛みはそんなモノでは無いというのに。ローの内からとめどない怒りが沸き上がって来た。

「その程度の痛みでッ、泣きわめいてるんじゃないッ!」

 と叫び、ローは龍神にさらに肉薄した。


 龍神は爪をローに向かい振るも、ローは魔導アルマの光剣でそれを断ち、さらに返す刀で龍神の喉(のど)に光剣を突き刺した。

 《殺し》のこもっていない龍神の爪での攻撃など、対処するに最強の騎士の一角(いっかく)であるローにはたやすかったのだ。


 上空にかつてない絶叫があがった。

 絶対(ぜったい)不可侵(ふかしん)であるはずの龍神種が、今、無様(ぶざま)に地に向かい落ちていこうとした。

 

 その時だった。

 龍神の体内から大量の腕が突き出ていった。

 さらに、龍神の体は膨れあがり、異形と化していった。それは見る者の心をざわつかせた。

 その表皮には無数の口が出現し、呪詛(じゅそ)の言葉を放っていった。


『許さない・・・・・・許さない』

『死ね、死んでしまえ』

『愚かな地上の人間ごときがッ』

『我ら天上の存在に対しッ』

『狂ってしまえ・・・・・・』

『アァア、天使、アァア、天使、アァア、天使・・・・・・・』


 その全ての言葉は、ローの脳に直接、鳴り響きローの精神を蝕(むしば)み押し潰(つぶ)そうとした。

 これは一種の精神攻撃と言えた。

 ローは発狂したくなる衝動に駆(か)られた。

 しかし、フッと笑い呟(つぶや)くのだった。

「元々、私は狂っているさ。だから、これ以上、狂いようが無い」

 そして、ローは異形化した龍神に対し、再びガトリング砲を乱射した。

 

 着弾により龍神の肉と血が空に飛び散った。

『ガァァァァァァァァ!』

 と叫び、龍神は環状(かんじょう)にして帯状(おびじょう)の魔方陣を展開した。

 それは次々と増えては広がっていき、ローに向かい襲いかかってきた。

 ローは空中を機動し、その環状(かんじょう)にして帯状(おびじょう)の魔方陣を避けていった。

 それに触れたら全ては消え去るという謎めいた確信がローにはあった。

 しかし、放たれる魔方陣は、その数を増すばかりでローは龍神に近づけずに居た。

 その時、終焉(しゅうえん)のカウント・ダウンが始まった。


 龍神の頭上に天使の輪が出現した。

 その光は全てを滅(めっ)す裁定(さいてい)の力を有しており、これを止めねば周囲一体はこの次元から消滅する事がローには分かった。

 

(あれを止めねば、だが近づく事が出来ない。クソッ。このままじゃ、下手をしたら遠くの居住区域もただでは済(す)まないやもしれない)

 と焦(あせ)りをつのらせるのだった。

 そして、無理に龍神に接近しようとして、とうとうその魔方陣に接触してしまった。

 次の瞬間、魔導アルマは魔方陣の波動を受け、吹き飛んでいくのであった。

 さらに、その波動はコクピットまで浸透し、ローの肉体と精神を蝕(むしば)んだ。


「ガァァァァッッッ!」

 と半狂乱に叫び、ローは血を吐いた。

「グ・・・・・・グァ・・・・・・」

 しかし、それでもローは何とか意識を保(たも)っていた。

 とはいえ、龍神との距離は大きく開いてしまった。

 刻々(こくこく)と終焉(しゅうえん)の時が迫っていた。


 その時だった。

 ローに対し、通信が入った。

『すまない。ロー君。錬成と整備に手間取ってしまって。だが、ついに完成したぞッ!受け取ってくれ』

 との念話が遙(はる)か遠方より響いた。

「技師長ッ!」

 ローは4人目の仲間の名を口に出すのだった。

 そして、遠方に軽装甲・多連トレーラーが見えた。

 この装甲・運搬車もまた古代遺跡のオーバー・テクノロジーにより作られた、世界で唯一つの存在であった。

 

今、トレーラーから何かが射出された。それは一本の剣だった。

 科学と魔法の融合した最強の剣であった。


《量子(りょうし)-演算(えんざん)剣(けん)》


 それがその剣の名だった。

 

 ローは魔導アルマで、天を突(つ)き貫(つらぬ)くその剣を掴(つか)んだ。

 それと共に、ローはその剣に碧(あお)のマナを通していった。

 すると、量子-演算剣は起動を始め、黄金の光と共鳴音を発し出した。


 龍神は、そのただ事(ごと)ならぬ様子に焦燥感(しょうそうかん)を抱(いだ)いたようだった。龍神は生まれて初めて人間に畏(おそ)れを感じたのであった。

 そして、時間的に未完成ではあったが焦り、究極魔法シグマを発動した。

 空間を歪める程の魔力がローと魔導アルマに向かい放たれた。


 世界が破壊の光に包まれたかのようだった。

 喧噪(けんそう)も何もかもが消え、一帯には静寂が満ちていた。

 その時、ローの前に薄い影が映りだした。そこには、邪竜と戦い死んでいったはずの仲間達の姿があった。ローは彼らを見て、強く心を揺さぶられた。


 彼らは決して竜に勝てると思っては居なかった。

 しかし、人類のため、そして何より地下で暮らす-愛する家族や恋人のため、恐怖心を必死に殺し、地上にて戦い続けたのだった。


 ある青年は叫び、死んでいった。

『私は聖騎士だッ!民を守る騎士なんだッッッ!』

 そして、特攻(とっこう)によりその体は群(むら)がる邪竜ごと爆散していった。

 彼の遺体は家族のもとへ戻る事は無かったが、その魂に悔(く)いは残らなかった。


 皆が皆、命を戦場に散らしていった。

 ただ、護(ご)民(みん)のために。

 生き残ったローは常に彼らに懺悔(ざんげ)し続けていた。

 表面上は軽口を叩いていても、その内心では邪竜への憎しみと、部下達を守れず自らのみが生き残った事に対する自身への苛立(いらだ)ちで押し潰(つぶ)されそうになっていた。


 そんなローの前に、死した仲間達の魂が出現していたのだ。

 ローは戸惑(とまど)いを隠せなかった。

 無様(ぶざま)に生き残ってしまった自分は責められても仕方ない、そう思えた。

 しかし、ローに掛(か)けられた言葉は、その真逆であった。


『隊長。あなたは生きてください。生きて、どうか皆を民を守り、救ってください。どうか・・・・・・』

 と、魂は涙しながらローに想いを託(たく)すのだった。


 それに対し、ローは涙を何とか堪(こら)え、頷(うなず)いた。

「見ていてくれ。私達の剣が奴らに届くところを」

 と告げるローの言葉に、部下達の魂は一斉(いっせい)に敬礼を返した。


 そして、ローは彼らに示すため、量子-演算剣を一気に振り下ろし、その剣に纏(まと)われた波動と魔力を龍神に向け解き放つのだった。

 

 その剣撃は量子(りょうし)の波と化し、光(こう)速度(そくど)で龍神に届き、その心臓を無慈悲(むじひ)に貫いた。

 さらに一瞬-遅れて、破壊の光(ひかり)放(はな)つ究極魔法シグマは両断されていく。

 天を覆う程のその究極魔法は鐘の如(ごと)き音霊を発しながら、響き割れ無力化されていった。

 そして、量子-演算剣より放たれた黄金の波動が紋様(もんよう)を描きながら大空にどこまでも広がっていった。


『アァッ、アアアアアアアアッッッ!なんで、龍神たり完全無欠なるこの私がァァァァァァッ!こんな矮小(わいしょう)にして貧弱(ひんじゃく)なる人間ゴトキニィィィッ』

 との言葉こそが逆に龍神の矮小(わいしょう)さを露(あらわ)にしていた。

 しかし、これこそが龍神アッシュの正体だった。

 その力に溺(おぼ)れ、弱者を見下(みくだ)し続けた者の末路(まつろ)なのだ。


 龍神の思念はローに届いていた。

「弱いからこそ、不完全だからこそ人間はそれを自覚し受け入れ成長していくんだよ。慢心(まんしん)しきったお前達には分からないだろうがな・・・・・・・」

 と、ローは滅び行く龍神に対し、冷たく告げるのだった。

 その言葉に龍神は何かを言い返してやろうとしたが、次の瞬間、全身にヒビが入りその内(うち)から光が溢(あふ)れた。

 それは龍神の滅びを意味していた。


『ヒィィィッ!』

 と情けなく叫び、龍神は抗(あらが)いようも無く魔力の光と化して一気に散っていった。

 その無量なる光の欠片(かけら)は龍神の蓄(たくわ)えていた膨大(ぼうだい)な魔力を意味していた。

 しかし、それ程の力を有(ゆう)していても、命を削り死闘の中、鍛錬(たんれん)を積み続けた者には及(およ)ばないのだった。


 龍神が散るのを遠くから眺(なが)めていた飛竜達は、尊大なる誇りを易々と捨て、一目散に逃げ去っていった。

 

 こうして、《原初(げんしょ)の17体》の龍神のうちの一角(いっかく)が虚空(こくう)に消え去った。

 それがどれ程の意味を持つかを、この時のロー達には知るよしも無かった。

 

ふと気づけば、仲間の魂達はその姿を消していた。

 しかし、それが幻で無かった事をローは分かっていた。

 見上げれば、空には後光(ごこう)さす天(あま)雲(ぐも)がたなびいていた。

それはあたかも魂達の住まう楽園のように思えた。

「見ていてくれたんだな」

 と、ローは天に向かい呟(つぶや)くのだった。


 そして、ゆっくりと降り立つローの魔導アルマを、シオンとヴィル、そして多連トレーラーに乗る技師長が迎えるのであった。

今、天に竜はおらず、雲の切(き)れ間(ま)より差しこむ陽(ひ)の光が彼らを優しく祝福していた。

 

 後にロー達は、何も知らずに眠りについていた《原初の17体》の龍神の一体である幼きマニュヴィスと共に、世界の命運を懸け、邪竜達と戦う事になる。

 そして、聖(せい)竜(りゅう)《マニュヴィス》に乗る魔導アルマの姿を見て、人々は彼らを惑星アルカナの竜(りゅう)騎兵(きへい)、すなわち《アルカナ・ドラグーン》と称(しょう)すのであった。


 それは遠い遠い過去の物語。

 しかし、その神話ともいえる戦いは、現世においても運命の糸で強く結ばれて

いた。

とはいえ、その因縁(いんねん)は、生まれ変わり平凡な日常に埋(うず)もれる彼らの与(あずか)り知(し)る所では無かった。


今はまだ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・


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