第五話 煙草は大人の味?
○第五話 タバコは大人の味?
大人ってどういうことだろうか。
ベッドに寝転がって、ひとり考える。
二十歳を超えたら大人? 周りから、「大人だね」と言われたら大人?
お酒が飲めたら、煙草が吸えたら、大人?
どれもこれもしっくりこない。二十歳を超えたって、深山さんみたいに子供っぽい人はいる。
子供っぽい、ということは、あるいは大人なのだろうか。子供に子供っぽいなんて言葉、ふさわしくないような気がする。
自立できれば大人? 自分の稼ぎで生計を立てられたら大人? それじゃ僕はこの家をでない限り、大人になることはできないのだろうか。
ぐるんぐるんと思考が回る、巡る。
子供の時は、珈琲をブラックで飲めれば大人だと思っていた。いまはもう全然平気で飲める。けれど、大人である実感はない。
起き上がって、思い立つ。珈琲でも飲もう。改めて飲んだところで、なにが分かるという訳でもないけれど。
家の前にちょうど自販機がある。水、お茶、ジュース、珈琲、カフェオレ、平凡なラインナップ。小銭を入れて、珈琲ブラックのボタンをオス。
「わ、聡太くん、ブラック飲めるんだ。オトナだねぇ」
振り返ると、深山さん。彼女の言葉につい反応してしまう。
「ブラックを飲めれば、大人、なのかな」
「私はオトナだと思うよ」
「そうかな……」
プルタブを開けて、口に珈琲を流し込む。昔は苦いと感じたものだが、いまは特別そう思うことはない。
「深山さんも珈琲?」
「私はカフェオレ。コドモっぽい?」
その質問に対して、僕はどうにも答えられなかった。
「それと、これ」
そう言って、取り出したのは煙草。英語でPeaceと印字されている。
「煙草を吸えたら、大人?」
「分かんない。でも、オトナっぽいかな」
パッケージの包装を解いて、一本取り出す。そのままそれを口にくわえて、ポケットからライターを出して、火を点ける。
その仕草が、僕にはとても大人びて映った。
大きく息を吸って、空に向かって吐き出す。それを数回繰り返してから、深山さんはちょっと難しい顔をして、
「おいしくはない、かなぁ。舌がビリビリする。それから、胸もキツい感じ」
苦虫一匹を口に放り込んで、それを丹念に味わうように、口をモゴモゴさせる。
「アイスキャンディーの方が、ずっとおいしい」
そう言い切った。その言葉もまた、大人らしかった。
「聡太くんも、一本吸ってみる?」
「いや、僕は……」
いらない。と言いかけて、口をつぐむ。興味はないと言ったら嘘になる。僕もこれを、深山さんみたいに味わえたら、大人の仲間入りできるだろうか。
「それじゃ一口だけ……」
口にくわえる。
「反対。綿の詰まってる方」
口の中に煙草の葉っぱが侵入してくる。ぺっぺっ。
「こう?」
深山さんが頷く。そのまま顔が近づいてきて、たまらず仰け反る。
「なにしてんのさ。先と先を当てるの」
なるほど、花火で火をもらう要領か。
「くっついたら、火が燃え移るように、息吸ってね」
言われるがままに息を吸い込む。すると、チリチリと先端が燃え始め、やがて、口の中に質量のある煙が飛び込んでくる。
驚いて、煙草を離した。まだ、口の中に煙が残っている。
「ぷわっ。これが、煙草の味。変な味……」
「それじゃただのフカシだよ。ちゃんと、息吸い込んで肺まで入れないと」
深山さんが僕の胸をトントン叩く。なるほど、そういうものなのか。
もう一度煙草に口をつける。そうして、口いっぱいに煙を吸い込み、深呼吸――
「ごほっ、あはっ、うえぇ。なんだこれ」
「あはは。変な顔」
手を叩いて笑う深山さんを睨みつける。が、素知らぬ風でまだ笑い転げている。
「どう? オトナの味は?」
口の中の煙の残滓を集めて、道路の端に唾を吐く。
「ひどいもんだ」
「あはは」
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