第三話 大人なんだから我慢しなよ
○第三話 大人なんだから我慢しなよ
「あんな人がいるとはなぁ」
深山さんの顔を思い出す。
あの後、アイスキャンディーを食べ終わってから彼女は、手がベタベタなことにようやく気がつき、急いでコンビニのトイレに手を洗いに行った。帰りに、同じアイスキャンディーを買ってきて、お礼ということで半分もらった。性根は実直そうな人である。
「しかしまぁ……」
ごろんとソファの上で寝返りを打つ。
僕もあと一年で大人の仲間入りを果たすことになるが、成熟しているつもりはなかったものの、あそこまで幼いつもりはない。が、端から見ると、そう映っているのかもしれない。特に、こうやってクーラーをガンガンに効かせて、ダラダラしているところとか。
起き上がる。彼女の子供っぽさが悪いという訳ではないが、同じに見られるのはすこし釈然としない。
もうすこしで大人なのだから、しっかりしよう、まずは怠惰な態度を改める。部屋の片付けでもしようか。といっても部屋自体は小奇麗にしているので、掃除機をかけるくらいしかやることがない。
「あ、そういえば掃除機のパックが切れたって言ってたな」
ならば買いに行こう。踵を叩いて玄関を扉を開ける。夏の日差しはなおをもって燦々と降り注いでいる。
負けるものか!
自転車を操りコンビニへ!
「あ、聡太くんだ」
ペダルを踏み外しそうになる。聞き覚えのある声。振り向くと、やはり。
「まだどこかへお出かけ?」
「うん、まぁ」
ちなみにさっき帰る時は、彼女が他に寄るところがあるというので一緒に帰ることはなかった。だから、彼女が既に帰宅していたことが意外だったし、声を掛けられるのも意外だった。そしてなにより予想外だったのは、
「深山さんは、なにしてるの?」
下の名前で呼ばれるのなんて、家族か、中学時代の同級生くらいだったから面食らった。
「私はねぇ、日向ぼっこ」
こんなにくそ暑いのに?
「ていうと、格好がつくかなって思ったけど、退屈してるだけ」
縁側に腰掛け、子供みたいに足をパタパタさせている。
「別につかないよ、格好」
はぁ、とため息がひとつこぼれる。彼女と話していると、なんだか気が抜ける。
「どこへお出かけ?」
「掃除機のパックが切れてたから、買いに行こうと思って」
答えると、深山さんはすこし考えるように空を見上げ、
「アイス」
アイス?
「買ってきてほしいなぁ、って」
一瞬、僕の思考が止まる。彼女は何を言っているのか。この感覚は味わったことがある。さっきのコンビニだ。
「……。一日にふたつも食べると、お腹壊すよ」
「おばあちゃんにもそれ言われちゃった」
てへへと恥ずかしそうにはにかむ。子供か。
「でも食べたいの」
「大人なんだから我慢しなよ」
「大人なんだから我慢しなきゃいけない、っていうのは変な理屈だよ。子供だって我慢するべきだもん。それに、我慢するのが大人っていうんあら、私は子供のままでいいもん!」
いいもん! だなんて頬を膨らませてそっぽ向く。うちの妹だって、ここまで幼稚じみていない。驚きを超えて呆れ返ってしまう。
「まぁ、いいけど。お腹壊したって、僕は責任なんて取らないぞ」
「責任! まるで大人みたいな言葉!」
はいはい。心の中でひとりごちて、僕は再びペダルをこぎだした。
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