第二話 お隣さんは変な子

 ○第二話 お隣さんは変な子


「あ?」

 対して、僕は、どうしようもなく、おかしな反応を返すしかなかった。

 はんぶんこしてください。

 頭の中でリフレインする。いまたしかに彼女はそう言った。なにを?

「アイスキャンディー、はんぶんこしてください!」

 僕の心の中を読み取ったかのように、彼女はもう一度大声で言った。

 対する僕の返答。

「アホか」

 なにゆえ僕が自費(五十三円)で、自分の幸福のために勝ったアイスキャンディーを、赤の他人にやらにゃならんのだ。たしかに、彼女の事故は不憫であると思う。哀れであると思う。けれど、施しを与えてやる義理はない。

「情けは人の為ならず!」

「情けが仇」

 アイスキャンディーを丁寧に割り、一本をほうばる。うまい。しゃりしゃりした食感と強烈な冷たさ。そしていかにも体に悪そうな甘さが五感を刺激し、最後に、清涼感が鼻腔を吹き抜けていく。

「ドケチ!」

 彼女の罵倒を無視して、一本目を完食する。そして、二本目にさしかかろうとした時、彼女に目を戻す。

 四つん這いになって、溶けかかりつつあるアイスキャンディーを眺めている。

「…………」

 二本目をかじりつけながら、あのままアスファルトを舐めだすのではないかと、すこし待ってみる。

 顔が地面に近づく。スカートが擦れているのもお構いなしだ。

 さすがに不憫すぎるか。

「俺の食いさしでよかったら――」

「いただきます!」

 ほんの冗談のつもりだったが、即答されるとは思わなかった。目が点になる。

「いいの?」

「ぜひ」

 ためらいつつ手を差し出す。彼女は起き上がると、そのままアイスキャンディーに食いついた。動物園の動物に餌をやっている気分だ。

「まず受け取れよ」

「あ、そっか」

 手ごと食べられるかと思った。

「おいしい!」

 愛おしそうにアイスキャンディーにかぶりつく。手が溶けたアイスで汚れるのも気にしていない。

 変な女の子だ。年は高校生くらい? 妹と同じくらいに見える。

 すこし、気になって、

「名前は?」

「名前? ダブルソーダ――」

「誰が商品名言えって言ったんだ。君の名前」

「あ、私のことか」

 その上天然ボケまで入っている。君、天然だね、と言われると、養殖じゃありませんから! なんて胸を張って答えそうだ。

「私は深山青子。深い山でみやま。青色の青と子供の子」

「僕は神山聡太。神様の山でこうやま。聡明に太い」

 深山さんというのか。たしか、二軒隣に同じ苗字の人がいた。けれど、あそこはおばあさんの一人暮らしだったはずだ。

「この辺の子?」

「ううん。住んでるのは関東。夏休みだから、おばあちゃんの家にお泊り」

 夏休み? いまはもう八月である。だというのに、まだ夏休みというのは。

「もしかして、大学生?」

「そうだよー。いま二年生。一回浪人しちゃってるから、今年で二十一。もう、お酒も煙草も大丈夫だし、選挙にだっていけるんだよ!」

 この女の子が年上。愕然となる。体格なんて、うちの妹と同程度だし顔もずいぶん童顔だ。仕草も子供っぽい。もしや、嘘を吐いているだけでは。

「む……。疑ってるね。よろしい、証拠を見せて進ぜよう」

 そう言って取り出したるは、学生証。水戸黄門の印籠よろしく見せつけてくる。

「と、東京大学……」

 顔写真を見比べる。写真にはまさしく、この童顔が写っている。

 かといってそれをむやみに誇らしげにしている様子もない。

「せっかく夏休みなんだから、生まれ故郷に戻ってこようと思って」

「故郷?」

「そ。生まれたのはこっち。その後、お父さんの転勤があってさ」

 なるほど。それで縁故を頼ってきたという訳か。

「あなたはこの辺りの人?」

「……。君のおばあさんの家の、ふたつ隣だと思う」

「わ! すごい偶然。これから二週間、よろしくね!」

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