星
鹿紙 路
第1話
「嬢ちゃん、もう閉めたいんだけどね。迎えは来るのかい?」
真夜中のダイナー。わたしは、窓の外のフリーウェイを走る車をぼんやり見ていた。
エプロンで手を拭きながら、恰幅のよい店主がこちらに近づいてくる。
冷え切った泥のようなコーヒーをぐいっとあおると、わたしは立ち上がった。
「ごめん、長居しちゃった。もう行くよ」
「行くったって、車は?」
駐車場に向けて手をやる彼の視線の先には、彼のものらしき古いマスタング以外に、なにも停まっていない。
「歩いて行く」
「はあ? この寒いのに? 町まで8マイルはあるぞ?」
「ほっといて」
肩をすくめてそう言うと、わたしは店を出て行った。
アノラックのフードをかぶり、フリーウェイに背を向けて荒れ地を進む。
晴れた夜空に満ちる星々。
白い息を吐きながら、ざくざくと石混じりの地面を踏んで、丘をのぼる。
ポケットからブラックベリーを取り出して、最後のメールを表示させた。
『モナリザを見たよ。思ってたより小さかった』
『ちゃんとごはん食べてる? マカロニチーズばっかり食べてるんじゃないよね?』
両目から涙がふきだした。
ぎゅっとブラックベリーを握り込み、立ち止まり、しゃがみ込み、うずくまった。
あのひとは行ってしまった。
このまま死んでしまいたいと思った。
六年が過ぎて、わたしはまだ生きていた。
がばりと立ち上がり、右手をふりかぶり、ブラックベリーを星空に投げようとして、からだから力が抜けた。
崩れるように地面に倒れ込む。
砂にまみれて、地面をごろごろと転がった。
腹の底から嗚咽がこみ上げてきて、わたしは嘔吐するように泣きわめいた。
帰ってきて、帰ってきて。
咳き込みながら、腕をめちゃくちゃに振り回しながら。
何度も叫んで、声をからして、それから、黙った。
鞄からタオルをだして顔を拭き、ブラックベリーの液晶から砂を吹き飛ばして、ポケットにしまった。
むくりと立ち上がり、ふたたび歩き始めた。
終夜操業の工場の光が、視界の先に見えた。
星 鹿紙 路 @michishikagami
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