09.

side→練


 意識が遠のいていく。目を開けると、そこは真っ暗な闇。あたり一面水面なのか、歩くたびに水の音がする。


「…ここは……、美月先輩…蓮!?」


蓮の気配は感じるのに、姿が見えない。

 呆然としたままその場に立ち尽くしていると、突如聞こえてきたのはたくさんの悲鳴。泣き叫ぶ赤子の声。何かが切り刻まれるような音に、断末魔。フラッシュバックのように、鮮明に浮かぶ惨い光景。目を背けたくて、目を瞑ってみても耳を塞いでみても消えてはくれない。

――血 血 血…

 

(……もう…やめてくれ…)


吐き気がこみ上げてくる。息ができない。気がおかしくなりそうだ。


 どこを見ても、あたりは死体の山。老若男女は関係ない。肉を切り裂く度に浴びる、血の生暖かさが心地いい…。


『一人残ラズ、殺シテヤル。マダ、殺シ足リナイ……

モット…モット……血ヲ 寄越セ……。ナァ……オ前ノ血ハ、美味イカナ…?』


頭の中に言葉が、感情が、流れ込んでくる。


「…っ、やめろ!見たく…ない……。俺は…っ、俺は……!」


一本の組紐――蓮が歩んできた過去


 飲まれそうになった意識を、どうにか引き戻す。

涙が止まらない。肩でどうにか息をしながら、蓮の名前を呼ぶ。


「……蓮…。これが、今まで君がして来た事…?」


純粋ともいえる殺戮衝動だけで主の精神を喰らい、殺し続けた――血に飢えた獣のように。全てを焼き尽くす、地獄の炎のように。それが蓮。


「そうだ。俺は、全てを無に還す存在として、生を受けた。俺は血を吸って、更に強くなる。それが俺だ。俺の本当の名は、紅蓮。俺には似合いの名前だろ?」

「……どうかな…、俺にはよくわからない。だけど、一つだけわかったことがあるよ…」


さっきの光景を思い出すだけで、再び込み上げてくる吐き気をなんとか押し殺しながら、練は笑って見せる。


「たとえ、蓮が今までどんなことをしてきてたって、俺にとって大切な存在に変わりはないよ」

「……っ」


紅蓮がはっと息をのむ。


「……お前は…とんだ大馬鹿者だな」


 そう小さく、紅蓮がつぶやいたの聞こえた。

それと同時に、今まで声だけだった紅蓮が練の前に姿を現す。少し長めな白に近い銀髪。それを後ろで結わえ、瞳は金と濃赤のオッドアイ。瞬きするたび、左右の瞳の色が入れ替わる。


「……蓮?」

「そう、これが俺の本当の姿。記憶取り戻したら、一緒に容姿も元通りってわけ」

「…そうな……っ!?」


不意に引き寄せられて、唇を塞がれる。


「……っ、んん!?」


驚いて目を見開いたまま反抗も出来ずにいると、ようやく唇が離される。


「…っな…、なにを…」


顔を真っ赤して、練は口をパクパクさせる。


「契約」

「……へ?」

「だから、契約」


 なんでも武器である紅蓮と契約を交わす際、”契約印”というものを交わすらしい。そして紅蓮は俺の舌に契約印を押したらしい。他の方法はなかったのだろうか、と思う。


「だからっ!なんで……」


 文句の一つでも言ってやろうと、口を開くがそれは叶わず、突然あたたかな光に包まれる。

眩しさに目を閉じてしまい、再び目を開けると美月先輩の部屋に戻っていた。


side→美月


 契約中意識のない練をソファに横たえ、契約が終わるのを待つ。

あの二人なら問題ないとは思うが、もし契約が失敗すれば練の命はない。武器である、蓮に魂ごと喰われ、肉体も消えてしまう。

 契約時間は人によって様々だ。そのため、契約中は成功を祈るくらいしか出来ない。


 一時間ほど経った頃だろうか。ようやく練が意識を取り戻す。


「あら、おかえり。契約は無事出来たみたいね」


練が目覚めると、一緒に銀髪の男も現れる。


「…誰」


この状況だ。十中八九、蓮に違いはないのだろうがそれにしたって変わりすぎじゃないの。


「蓮改め、紅蓮だけど?」

「それが、本来の姿なわけ?」

「そーゆーこと」


この二人に関しては、いまだに謎が多そうだと、思わず頭を抱えていると、練が顔を真っ赤にしているのに気づく。


「……美月先輩…。な…、なんで…契約がキス…なんですか…!?」

「…は?……キス…?」


 紅蓮を見ると、いたずらを成功させた子供のような笑み。


「……契約印は別に、どこでも構わないはずだけど」

「…っな!?」


絶句する練。仕方ないと、ため息を吐いて言葉を続ける。


「契約印は一般人にも見えてしまうから、出来るだけ見えにくいところにするのが普通。そういう意味で言えば、口の中なんて誰も見ない絶好の場所だと思うわよ」


 まだ納得がいかないのか、不服そうな練をなだめる。


「それより、今日はもう疲れたんじゃない?明日は学校もないし、ゆっくり休むといいわ」



side→練


 紅蓮の過去やさっきの契約のことで、まだ上手く回らない頭で美月の言葉に頷く。

 美月に案内された部屋は、ベッドとクローゼット。それに机と椅子があるだけの殺風景な部屋。改造したり、物を増やすのは使用者の自由らしい。


「おやすみ」

「…おやすみ…なさい」


久しぶりに言われた『おやすみ』の一言。両親を亡くしてから親戚に引き取られたが、いないも同然に扱われて来た、数年間。それは素直に嬉しい。だが、やはり気になるのは……。


(……二回もキス…。しかも、両方男……)


ちなみに、あの時の祐希のキスがファーストキスだった。動揺して、すっかり忘れていたけれど、不意に思い出して顔が赤くなる。


(……あの時どうして、祐希先輩は俺にキスなんか…?紅蓮を…呼び出す…ため…だよね…?)


分かっているのに、考え出したらキリがなかった。


『…祐希に惚れでもしたのか、練?』


練の中で、紅蓮が可笑しそうに笑う。


「…なんでそうなるんだよ!」


けらけらと笑っている紅蓮に腹が立って、練は自分の頬をつねる。


『…っ…痛!』


感覚の共有というのは、こういう時に便利だなと思う。

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