02.
side→練
最近いつも気がつくと、知らない場所にいる。
(…嘘だな。アンタは、俺がしていることをわかっているはずだ)
「…俺は…俺は……何も…知らない…」
***
仄暗い路地に、二つの足音と荒い息遣いが響く。いくら走っても追いかけて来る足音。
(…逃げられない……、怖い…。
何故、俺は追われているの?アイツが殺してるから?”アレ”は俺じゃない…!)
とうとう、港の空き倉庫に追い詰められ、逃げ場はなかった。
暗くて姿ははっきり見えないけれど、確実に近づいて来る足音。そしてその足音は、練の目の前で止まる。
こめかみに当たる冷たい感触。月明かりで、ようやく見えた相手の顔。
「……っ、ゆ…き……せん…ぱ…!?」
あの日一瞬だけ見えた、あの恐ろしく冷たい瞳で、祐希が今自分の額に銃口を突き立てている。祐希の表情からはなんの感情も読み取ることが出来ない。
(…祐希先輩……どうして?)
祐希が、銃のトリガーに指をかけるのが分かった。咄嗟に目を瞑る。
――ッガツン
(……きっと、痛みなんか感じる間もなく……俺は……?……え…?)
鈍い音が頭のなかで響いたのを聞いた。聞けるはずのない音。
「……い、生きてる!?」
へなへなと、その場にへたり込む。
おそるおそる顔を上げると、祐希は練の目の前で銃に弾を込め、再び銃口をこちらへ向けていた。
「あの夜、お前は”見てはいけないもの”を見た。心当たり、あるだろ?
だから、俺はお前を殺さなきゃなんねえ。
例え、それが”学院の可愛い後輩”でもだ。だけど、今回は特別にチャンスをやる。今までの世界を捨てて、裏社会で生きるか、予定通りここで俺に殺されるか。選ばせてやるよ」
「……っ、『見てはいけないもの』……。じゃあやっぱり…あの日…港で見たのは、美月先輩だったんですね……」
この状況で、落ち着いて祐希と話をしている自分に驚く。
殺されるかもしれないというのに。
「……裏社会って?漫画とかだと、マフィアとかヤクザとかのことを言いますよね…」
「よく知ってんな」
笑みを浮かべる祐希。練がよく知っている、悪戯めいた笑み。でも今日は違う。練を映すその瞳は暗く、それが練の言葉を肯定しているのだと思い知らされる。
「表向きは、奏雅学院3A所属 黒崎祐希に、同じく3A所属 一ノ瀬美月。
だけど本当は、Code name:Tasuku. とMituki.
ハッキング諸々が俺の仕事。美月は、暗殺諸々だな。年齢は二人とも、今年二十一になるかな確か。
俺も美月も、英国マフィアアジア支部 特殊部隊
淡々と祐希は話を続ける。依然銃口は、練の額を捉えていた。
「…冗談…ですよね……!?」
「……」
祐希は何も言わない。
「…だって…、そんな…。美月先輩も、祐希先輩も…学院の有名人で……、『なんでも出来るすごい人たちだ』って。俺…そんなこと知らなくて、二人によくしてもらうようになってから知って……、嬉しかった。なのに……!」
「…裏切られた、とでも言うのか?」
祐希は突き付けていた銃を腰のホルスターにしまうと、練の横に腰を下ろして、煙草を取り出す。
「…失望したか?」
「そんなことは……!」
咄嗟に否定する。
全部が突然すぎて信じられないことばかりだが、祐希たちに失望するとか裏切られたとかそういうことは思わなかった。ただ、少しだけ寂しかった。
「ただ……全部今までの先輩たちが、”造られたもの”だったんだって分かったら、少しだけ……寂しくはなりましたけど…」
「……いつの時代も…全部が全部、話せることばかりじゃない。お前だってそうだろ?」
その言葉に思わず口篭る。祐希の言葉に思い当たることがあるからだ。一服終えた祐希が立ち上がり、再び練に向き直る。
「…それともう一つ確かめたい事がある」
「……確かめたい事…?」
思わず祐希に聞き返す。
「なぁ、そろそろ出て来たらどうだ?毎晩毎晩、人の獲物取りやがって…。
ああ…、今のお前に言うてもわかんねえのか…。どうしたら出てくんだ?」
やはり祐希は”彼”を知っているようだ、と納得する。
「…俺の意志ではどうにも…。何か強い刺激でもあれば、出てくるかもしれないですけど…」
祐希が言っているのは、おそらく練の中のもう一つの人格。
不意に祐希の顔が近づいて来る。そして、柔らかいものが触れた。仄かに、煙草の味が口の中に流れ込んでくる。
意識が遠のいていく。
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