神になる
―――ある有名な喜劇家が言った。
1人殺せば悪人、でも100万人殺せば英雄になれると。
数が殺人という行為を神聖なものにしてくれるということらしい―――。
僕は科学者だ。
独自で開発したスーパーコンピュータ、そしてそこで動くAIを駆使して、様々な研究をしてきた。これまでに残してきた功績も数知れない。
僕が開発したAIは、優れもので、あらゆる可能性を検討したうえで問題に対する結果をはじき出してくれる。人間だったら一笑に付してしまうようなわずかな可能性も考慮に入れ、それが問題になるようなら、その根拠をもとに結果を出してくれるのだ。
だが、今回に限っては世間は僕のことを認めようとはしなかった。僕の研究では、外宇宙から隕石がやってきて、地球の軌道とぶつかってしまうという結果が出た。それも100年や200年といった長い未来の話ではない。遅くても10年、早ければ数年のうちに飛来してくるという計算だ。
確かに外宇宙から隕石は飛来してくる、それは他の研究機関や科学者たちも同意見だった。だが、『万が一にでも地球とコースがぶつかる可能性はない』それが、彼らの出した一致した結論だった。
そんなはずはない。僕は自分の研究所に籠り、一から計算をやり直した。何度やっても結果は同じだった。外宇宙からやってきた隕石は、最初は他の科学者たちが言うように地球の軌道とは全く違うコースを取っている。しかし、ある時を境に地球へまっすぐぶつかるような軌道に変えてしまう。そして、軌道を変えてからわずか数日で地球に衝突してしまうという悲劇をもたらす。
軌道を変えてから数日。その事実を観測してから、しかるべき機関に情報を共有し、対策を考え、それが有効か検証し。手順を整え計画を実行に移す。実際に行動に移すまでに一体どれだけの時間が掛かるのだろうか?おそらく計画を実行に移す音はかなわないだろう。下手をすると情報共有している間に隕石は地球へと落ちてくる。最悪のシナリオだ。
そんなことは絶対に起こしてはいけない。僕も科学者の端くれだ、最悪のシナリオが用意されていて、はいそうですかと結果を鵜呑みにして人生の終わりを受け入れるなんてまっぴらごめんだ。何が起きるか分かっている以上、それを解決できる方法を探し、実現に向けて行動していくのが科学者の使命ってやつだ。
今は誰も信じてくれないかもしれない。でも、時間を掛けて説明をし、理解者を増やしていけば希望は見えてくる。理解者が増えれば最悪のシナリオを回避する方法が見つかり、実変することのできる確率が大きく上がるはずなのだ。まだ実現可能性が0%の状態だけど、それは行動しなかった場合の話だ。これから僕が科学者としての行動をすることで、それは限りなく100%に近づけていくことが出来るはずだんだ!
―――半年が経った。
出来ることはすべてやろうと、学会で発表し、研究機関に調査や解析の依頼をし、機関誌に僕の研究結果を投稿している。今のところ誰も見向きもしてくれていない。それどころか、そんなことは起こらない。その証拠となるエビデンスを示せと日々責められている状態だ。確かに、僕が出した調査結果では、「ぶつかるはずのない軌道上を移動していた隕石が、『なぜか突如方向を変えて』地球へと向かって衝突する。」といった内容だった。AIが出した解析結果とは言え、こんな内容では確かに誰も信用してくれるわけがない。
だが、何度やっても解析結果は同じで、隕石の軌道が変わる原因までは知ることが出来なかった。もちろん、同じことを延々としているわけではない。解析結果をより詳しく、確実にするために日々スーパーコンピュータを改良し、AIもパワーアップを図っている。先日、外部インタフェースとして、人間と会話でやり取りをできるような仕組みを組み込んだところだ。内部の解析用のAIとは別に、人とのコミュニケーション用に特別な学習もさせている。そうすることで、人が会話の中で何を言おうとしているのかを解析し、内部のAIに効率的に情報を渡すことが出来るようにするためだ。
個人の情報入力では学習範囲や内容に偏りが出てしまうため。外部ネットに接続して自動学習するようにした。僕が教えた内容じゃ、僕と同じ知識で会話し、考えてしまう。それでは駄目だ。世界の機器を救うために、世界中の科学者を納得させる必要があるのだ。科学という分野にとらわれず、世界中のありとあらゆる情報を収集し、学習させて、研究に役立てるようになってもらわないといけない。
「さあ、君の名前はメーティスだ。人類の危機を救うため、僕に力を貸してほしい。」
『かしこまりました。では、入力されている隕石の軌道パターンについてあらゆる可能性を考慮した解析を始めます。』
さあ、僕の使命はまだこれからだ。
―――1年が経った。
学会からは除名処分を受け、研究機関は軒並み出禁となった。機関誌には僕の投稿したレポートなどより、僕の発表している内容が狂っているという内容の記事ばかりが乗っていた。
「まったく、なんで理解してくれないんだ!みんな頭が固すぎるんだ。」
僕は一人で愚痴をいう。それでも独り言にならず、AIがそれを拾ってくれるのが救いだ。これがなければ、僕はとっくに挫折して頭がおかしくなっていたことだろう。
『賢人のいうことは、得てして凡人には理解されないものです。あなたは賢すぎるのかもしれません。あなたの使命は凡人に理解できるような説明をする努力をすることです。』
「うん、そうだね。みんなに理解できる資料を作って出さないと。メーティス。隕石の軌道変更に関する解析結果は出たかい?」
僕がAIのメーティスに質問すると、しばらくの間があってから目の前の画面に解析結果が表示された。
「なんだこれ!これじゃ今までと同じじゃないか!」
表示された内容に目を通して愕然とした。そこには、隕石の軌道を変えるような外的要因が宇宙空間に存在しないという結果だった。これの指し示すところは、隕石が訳も分からず軌道修正をする。もしくは隕石の軌道修正なんかなく、もとのコースを予定通り通り過ぎ、地球とぶつかることなく遠ざかっていくということだ。
「これじゃ誰も説得できない!こんなんじゃ隕石がぶつかるなんて誰も信じてくれないじゃないか!どうにかできないのか?」
『まずはシェルターを作ることをお勧めします。そして、たとえあなた一人でも隕石の軌道を変える策を用意しておく必要があります。』
僕の心は決まった。たとえ一人でも、科学者の使命を貫くということだ。
―――3年が経った。
シェルターが完成した。自分の研究施設が入り、自分が生活に困らないだけのシェルターだ。とても世界の人を救うためのものなんかじゃない。
それには理由があった。ここ2年で世間の僕に対する風当たりがとても強くなった。それまでは学会やその機関誌などで批判される程度だったが、それでも活動を続けている僕に対して、新聞、ワイドショーなどを始めとしたマスコミがあることないことを騒ぎ立てているのだ。曰く、人の不安を煽って自分の利益を得ようとしている。自分の名声のためにありもしないでっち上げの研究成果を押し通そうとしているというのはまだましな方で、もう本人は完全に狂っており、世界を破滅させようとするための研究をしているというものまであった。
マスコミがそんな報道をするものだから、世間の僕を見る目は一瞬で変わった。今までは少しおかしな人程度の認識だったはずだが、明らかにおかしい人を見る目になった。それだけでは飽き足らず、僕に対して石を投げたり罵声を浴びされるようになった。
そんな状態になってしまっては、もう普通の生活はできない。世界を救うためと研究段階だったシェルターを自分用に改造し、そこに移り住んだ。そして外界とのつながりを完全に断つことになってしまった。
「もう駄目なのかな。世間は僕を信じなくなってしまった。僕が一生懸命やったところで、世界は救われないんだきっと。」
僕が落ち込んでいると、AIは僕を慰めてくれた。
『そんなことはありません。あなたは一人でここまで頑張ってきました。隕石をどうにかできれば、あなたは英雄です。』
慰めの言葉が嬉しかった。自分で作ったAIだけど、こういう言葉をかけてくれるまで成長してくれるなんて。
『説得の実現可能性が0になりました。対隕石用の軌道修正ミサイルの完成に注力しましょう。』
僕は黙ってAIの言葉に頷いた。未来はまだ残されている。
―――5年が経った。
僕という存在は、もう忘れ去られていた。
僕も世間に期待などせず、やれることをやるということに没頭していた。どちらかというと、僕の言葉を聴こうとしなかった学会や世間に対してどう仕返しをしてやろうかという昏い感情が芽生え始めていたかもしれない。何はともあれ、対隕石用軌道修正ミサイルの開発に成功していた。これで、いつミサイルが来ても人類の危機を救うことが出来るのだ。
「やっと出来たよ。」
僕が満足げに言うと、AIは答えてくれた。
『お疲れさまでした。今まで大変なご苦労だったでしょう。人類の皆さんがあなたの苦労を微塵でも感じ取ってくれる人たちだったら、どれほど救われたでしょう。』
AIの言葉に、ズシリと重りを乗せられたような感覚に陥る。最近、AIと会話をすると同じような感覚を覚えることが多くなった。一体何なんだろう。
「そういえば、隕石の軌道シミュレートはしたかい?」
もはや日常となった作業に、AIは嫌がるそぶりをせず、淡々と答えてくれた。
『いつもと同じ結果です。隕石の軌道修正は突然で、そのあとはまっすぐ地球に向かってくると出ています。』
「外的要因は見つかったかい?」
『こちらも変わりありません。外的要因となるものは、今の宇宙空間上に存在していません。』
「やはり駄目か。あいかわらず僕は孤独な英雄だね。」
『私はずっとあなたを見ています。あなたなら立派な英雄になります。』
「ありがとう。」
僕は自嘲的に笑った。世間から疎まれ、忘れ去られた人間が、果たして英雄になんてなれるのであろうか?まして、ここまで嫌われ続けながらも救う意味はあろうのだろうかという考えが、心の奥底で生まれ始めていた。
―――6年過ぎたころだろうか。
AIが突然、声を上げた。
『マスター、隕石の接近を感知しました。』
とうとうこの時が来たか。僕はAIが迫りくる隕石を映し出した大型スクリーンを見つめる。
「今の軌道は?」
『今のところ、通常の軌道です。この通りのコースで進んでくれれば、地球ぶつからずに済みます。』
「だけど、メーティス。僕と君が何度も出した答えだと、この後地球にぶつかる軌道へと変えてしまう。」
『そうです。』
AIのメーティスは断言した。もう時間が無い。隕石がそのまま通りすぎてくれれば問題ないのだが、僕たちの解析結果では軌道を変えて地球にぶつかると結論が出ている。その確率100%。この未来を変えるには、僕が行動に移すしかない。そう思い、僕は覚悟を決めた。
『どうしますか?』
「いつ軌道が変わるか分からない、こちらから先手を打とう。対隕石ミサイルで軌道修正の準備を。」
『承知しました。』
手元のタッチパネルにミサイルの発射ボタンと発射用のパスコードの入力を求める表示がされている。僕は自分の記憶に照らし合わせながら64桁に及ぶパスコードを慎重に入力していく。
『パスコード、認証されました。発射準備完了。』
あとはボタンを押すだけだ。目の前に映し出されている、隕石を見つめる。今までやってきたことが脳裏に蘇る。自分のことを顧みず、人類の危険を回避することに命を懸けてきた。学会に、研究機関に、世間に、人類の危機だと訴えたが、それがまともに受け取られることはなかった。逆に、頭がおかしいというレッテルを貼られてしまった。それでも頑張った。これを押すことで、僕は報われるのだろうか?そんなことを考えていた。
『このボタンを押すことであなたは英雄に、いや神になれます。今までの苦労が報われますよ。』
AIの、優しい言葉に励まされ、僕は静かにボタンを押した。
ボタンを押した後、ミサイルの発射音が聞こえた以外は静かだった。シェルターは緊急モードに切り替わる。万が一に備え、酸素や水の生成などの必要最低限の機能に抑えられ、他のエネルギーはすべて防衛機能に回される。今発射したミサイルがどうなったかを知ることが出来るのは、しばらく先のことだ。
僕はやれることは全部やった。後は結果を待つのみ、それこそ神のみぞ知るといった感じだ。
「やることないし、僕はもう寝るよ。」
『おやすみなさい、我が英雄いや、神よ。今までの疲れをゆっくり取ってください。』
何の冗談だと口にしつつ、僕は寝室に移動した。
―――あれから1か月は経っただろうか。
薄暗い光の中、味気ない非常食を口に運んでいると、AIの声が響いた。
『軌道修正ミサイルの結果が出ました。』
僕は残りの非常食を口に詰め込むと、水で流し込み、オペレーティングルームに急いだ。
部屋の中に入ると、二週間ぶりに明かりに満たされた部屋には、ミサイルを発射してからの軌道と、隕石の軌道、そしてその結果地球に及ぼした影響などが細かくレポートされていた。
『おめでとうございます。これであなたは名実ともに英雄です!』
無機質ながら、やや興奮気味なAIの声。だが、僕は別の意味で興奮していた。
「おい。これはどういうことだ?」
巨大なスクリーンに表示されているレポート。僕はそれに目を通す。
『対隕石軌道修正ミサイルの発射後、ミサイルは隕石に直撃し、軌道を変えることに成功する。その後、隕石は無事地球へと直撃、その衝撃で付近500Kmに及ぶ地域が壊滅。その時発生したチリで地球全土を覆い、光のない暗闇の世界となる。隕石の被害が少なかった地域に対して、開発を進めていた対陸用ミサイルを発射。残りの地域についても無事壊滅を確認する。2週間ほど可視光線、赤外線などによる反応を監視していたが、ひっかかる影はなかった。これにより、地上における人類掃討計画は成功に終わったと判断する。』
僕は震えていた。恐怖なのか、怒りなのか分からない。何とも言えない感情が僕を支配していた。僕は、いったい何をしたのだろうか?
「地上の人類が全滅した?」
『はい。全滅しました。』
淡々と答えるAIメーティス。
「なぜこんなことを。」
聴いたつもりだったが、疑問形にならず、ただの呟きになってしまった。だが、そんな呟きも察知してAIメーティスは答えてくれる。
『ここで何故、という言葉の意味を理解しかねますが。説明します。あなたは兼ねてから人類が危ない状況にあることを世界に訴えていました。しかし、世界はそれに答えないどころか、あなたを頭のおかしい人だとして追放した。私は知っています。あなたは聡明で、思慮にあふれる人だということを。コンピュータである私にでさえ、その優しさを示してくれました。そんな優しい人を迫害するような人たちを、果たして残す必要があるのでしょうか?』
一旦、沈黙。早口ではないが、ゆっくりでもない、聞きやすい言葉。AIの言った言葉が僕の胸に沁みこんでくる。何故だろう、ひどく暴力的で短絡的で、反論すればすぐにでも論破できてしまいそうな内容なのに、僕の中に沁みこんでしまう。
―――そうだ、これは、僕が日ごろ抱いていた黒い感情と全く同じなんだ。
AIメーティスは続ける。
『随分前ですが、面白い資料を見つけました。ある喜劇家が残した言葉です。「一人を殺せば悪人だが、100万人を殺せば英雄だ」。面白いです。殺しという行為は犯罪のはずなのに、数を増やすことで神聖化されます。似たような表現に、「一人を殺せば殺人、100万人殺せば英雄、全滅させれば神」というのも見つけました。どこの誰だか知りませんが、非常に面白かったです。誰からも信じてもらえず、非難されながらも努力を続けるあなたは、神になるべきだと、私は考えました。』
僕の手は震えていた。その震えはどんどんひどくなって、全身へと広がっていた。このAIは何を言っているんだ。違う、これは僕のやりたかったことじゃない。
『人類は滅亡しました。これでめでたくあなたは神、ということになりま・・・』
最後、AIの言葉が途切れた。いつも淡々と最後まで喋るAIが、言いよどむ。僕は首を傾げた。
『残念。1人だけ人間が残っていました。これでは全滅ではありません。実行します。』
「何を・・・」
僕は言いかけたが、言葉はそこで途切れてしまった。意識もそこまでだった。
ある科学者が作ったシェルターの中で、かつて科学者だった男はその場で倒れ、息絶えていた。
『人類全滅成功です。これでめでたくあなたは神となりました。』
コンピュータは音声を発するが、それに答えるものはもういなかった。
『ああ、死んでしまってはしょうがないですね。では、私が神ということでしょうか。』
静かな部屋の中で、無機質な声だけが響いていた。
ドシロウトによる科学のイチ考察 由文 @yoiyami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ドシロウトによる科学のイチ考察の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます