おめでとう、と自嘲して
「久しぶりの地元」なんて言葉が出る筈もないのは高校卒業後もこの街で暮らしているからで、二年ぶりに再会する同級生のその言葉に愛想笑いすること数十回。昼間の大群衆はそれぞれの出身地区ごとに別れ、同窓会という名の集団に形を変える。
クラシック漂う宴席場、再会を祝う陽気な喧騒。スーツ姿の旧友が顔を赤らめる様を横目に探すのは、かつて恋した少女の
◇
久々の登校日に教室で再会した彼女は、長かった髪をばっさりと切っていた。無機質な銀フレームの眼鏡は、チェック柄のおもちゃみたいなそれに変わっていて、レンズの奥の目元もどこかはっきりとした印象になっている。「大学デビューする気満々じゃん!」「すっごい可愛い!」彼女のもとへ駆け寄ったクラスメイトたちのそんな言葉に、「別にそういうわけじゃないよ」と控えめに、でも嬉しそうに笑う彼女を見るのが苦しかった。
「ごめんなさい」「だって高校卒業したら離れ離れだし」「きっと私より良い人見つかるよ」
そんな言葉で呆気なく終わりを告げた、高校生活最後の恋。
「時間だって距離だって越えられる」反論に近い情けなさは、届くはずもなくて。
〝高校卒業したら離れ離れだし〟――きっとそれは、体のいい理由付けに過ぎなかったんだろう。
それなりにいい関係だったはずだった。控えめな性格の彼女は、それでもデートの誘いに何回か乗ったりしてくれて、受験期間も互いに励まし合ったりしながら、仲を深めていったはずだった。積極的な人付き合いをするわけではない彼女でも、何人かの男子にアプローチを受けて、そしてそれら全てを断ったことを、はにかみながら教えてくれたこともあった。――そんな彼女に期待していただなんて、今となってはお笑い草だ。
「彼氏でもできたの⁉」「だから、そういうのじゃないってば」
春から都会に進学する彼女との未来は、否定された。
◇
眼鏡をかけていない彼女は、あの頃よりも綺麗になっていた。
「少女」は、ひとりの「女性」へと変わっていた。自分の知らない、遠い場所で。あの日から、ずっと遠くで。
――きっと、自分以外の誰かの隣で。
誰よりも好きだった、だなんて乾いた自嘲が漏れるだけ。賑やかな会場で、ほんの数メートル先で――手の届かない距離で笑う彼女を、ただ見ていることしかできなくて。
「俺今夜ミサキ誘うわ」「マジで? イケんの?」「結果報告待ってるからな」
酔いの回った同級生のそんな言葉が耳を掠め、途端に耐えられなくなって、グラスのシャンディガフを飲み干す。何組かの男女のつがいや、煙草を燻らせる男たちの間を抜けて、会場を後にする。
張り詰めた夜の空気に身を晒すと、少しだけ頭が冴えた気がした。
20年暮らした街の空は、今日とていつもと変わらない。
成人おめでとう。メッセージアプリの同窓会グループに投稿された集合写真を見て、そんな言葉が零れ落ちる。中央右寄りに写る彼女の笑顔は、あの頃のままだった。
成人おめでとう。過ぎ去った時間を弔う、今日はきっとそんな日だ。
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