プールサイド

「――にたい?」

 制服姿のまま、飛び降り自殺みたいに仰向けで飛び込んだ君は、揺蕩う波紋の真ん中で、ずぶ濡れのまま、その言葉に少しだけ目を見開いて、唇を噛んで、そうして、何も言わないで、反転した青い空に潜った。入道雲が、ゆらりと千切れた。


 水の音が静まって、蝉の声だけが、どこか遠く響く。木漏れ陽がゆらゆらと揺れて、光と影の淡い模様が、フェンスにもたれる僕を包む。緑色の金網で切り取られたこの場所はまるで時間が止まったみたいで、世界から取り残されたみたいで、君と僕だけしかいないみたいな、永遠なんて言葉が溢れ出す、ほんの瞬き数回ほどの瞬間。


 跳ね返った水飛沫が、残像のように目に焼きつく。コマ送りの映像みたいに、どこまでもどこまでも引き延ばされた時間の中で、舞う水玉は、やがて水面を大きく揺らして。


 乱反射するきらきらは、悲しくなるほど綺麗だった。


 君が黙って潜ったのは、溢れてきてしまいそうな涙を隠すため。


 左腕の悲しみを、ノートに書き殴る不安を、枕元に添う孤独を、拭い去る術を、僕は知らなくて、だけどせめて、せめて僕は、そんな君を、こんな風に、このくらいの距離から――。


 君が呟いた「未来」という言葉が、ゆっくりと僕の全身を這い回る。それは不安。切なさ。安心。暖かさ。時に甘く、時に仄暗く、この身体を蝕んで、救ってくれる。


 水面からゆっくりと、顔を出した君は、頬に張りついた髪もそのままに、仰向けで、青空に浮かぶ。

 両手を広げて見上げる空は、僕たちのいろいろなんてお構いなしに、どこまでも青く広がっていて、中学生最後の夏が、少しずつ、けれど確実に、流れてゆく。


 狂おしいほどに、どうしようもなく透明なきらきらの真ん中で、孤高や純潔や永遠を謳うみたいな君に、吸い込まれそうで、吸い込まれたくて、ひとつになりたくて、胸が苦しくなる。


「偽りのない」そんな世界は、僕たちが思うほど綺麗なんかじゃなくて、たくさんの醜さと、たくさんの真実と、たくさんの残酷と理不尽と現実に、立ち向かって、擦り切れて、また立ち上がって、それでも君は、(どうか)綺麗なままで。


 消え入りそうな、溶け出してしまいそうな、危うげな儚さを纏って、君は浮かんで揺れる。それでも、揺らがない、ままで、掠れるような声で、君は――――


「生きたい」


 そう言って、微かに笑った。

 綺麗だった。

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