第2章 4
小屋に戻り、無言のまま数時間が経った。
「……」
「……」
「……この暖炉、使えるのかね」
「……」
「一応マッチはあるんだけど。薪が無いな」
「……」
「あー……」
「……」
「……雨、いつまで続くと思う?」
「……」
「お前、随分若いみたいだけど、もしかして初陣だったのか?」
「……」
「ひよっこが真っ先に墜落ってのもありがちだよな」
「……」
「まあ、お互い命があって良かったよ」
「……」
「えーと……」
「黙って」
「……はい」
結局、気まずさが増しただけだった。静寂が圧力を持って部屋全体を支配する。グリーシャは気を紛らわそうと、びしょびしょの軍服を絞るために上着を脱いだ。途端、バーバルが小さく悲鳴を上る。いかん、そういえば下のシャツは脱いだままだ。
グリーシャは恥ずかしくなり、かといって服を着直すのもきまりが悪く、仕方なしに箪笥を荒らした。中から毛布が出てきたので、それを頭からかぶり、バーバルにも差し出す。彼女は目を合わせず、手だけを突き出してそれを受け取った。グリーシャはそのままズボンも脱ぐと、古いベッドの横に、彼女に背中を向けて座る。
しばらくして、背中から衣擦れの音が聞こえた。グリーシャが振り向くと、ちょうど彼女が下着に手をかけたところだった。こちらの視線に気づき、凄い形相で睨みつけられたので、あわててそっぽを向く。顔が電球のように熱い。
それからずっとグリーシャは、パンツ一枚の上に毛布という形態で、所在なく窓の外を眺めていた。バーバルも同じ格好をしている筈だが、きちんと確認はできない。心臓が変に高鳴ってしまい、まともに彼女の方を見られないのだ。
どれくらい時間がたっただろうか。ただでさえ暗かった空がさらに色を増し、夜が近づいてきた事を知らせてくれる頃になっても、まだグリーシャたちは言葉を交わさなかった。ちょっと体を動かすだけでも大きく音が響くように感じる。
ぐう、と腹が鳴った。そういえば、半日以上何も食べていない。空腹だとは思わないが、胃はそれでも食料を要求してくる。なんでもいいから口に入れておこう。確か、救急バッグの中に乾パンと水が入っているはずだ。
グリーシャは毛布に包まったまま立ち上がり、窓から視線を外して部屋の中を向いた。バーバルの姿をちゃんと見るのも数時間ぶりだ。相変わらず床の真ん中に丸まっていて、何事かとグリーシャに視線を向けている。
机の上のバッグを手に取って、中身を取り出す。乾パンの缶と缶切に、水の入った皮製の水筒。他にも各国の通貨や翻訳表、地図にコンパスに医療キット。
グリーシャは缶をあけると、中に入っているおもちゃのブロックのような塊を口に運んだ。味がせず、パサパサしていて、とても食べ物とは思えなかったが、ないよりはましと自分に言い聞かせて胃に押し込む。
2枚目を取り出したところで、背中に視線を感じた。振り返ると、バーバルは驚いた小動物のように眼をそらす。
「食えよ」
ブロックの一つを差し出す。
「……野蛮人の施しは受けないわ」
とはいうものの、グリーシャの手の中の乾パンに対する興味はいかんともし難いらしく、若干そわそわしている。
「好きにしろよ。明日ぶっ倒れても知らないからな」
そう言って、乾パンを二個、バーバルの傍らに置く。彼女は少しの間逡巡していたが、結局空腹には耐えきれなかったらしい。ブロックを掴み、胡散臭そうに見つめ、おずおずと口をつける。
「……wahen die bande tastan」
何を言っているかは解らないが、何が言いたいかは解った。味覚は世界共通だなと苦笑する。
「文句言うな。イヤなら俺が全部食うぞ」
グリーシャが冗談交じりにそういうと、彼女は不機嫌そうな顔をしながらも、もそもそと乾パンを口に運んだ。
結局、まともな会話と言えばそれだけだった。夜の帳が下り、闇が深くなっていく中で、二人はいつの間にか眠りについていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます