エルピナ歴170年二月 あかとんぼ
・二月二十日
久しぶりに空を飛ぼうと思う。
明日、あかとんぼ(九三式中間練習機の事。旧日本軍がパイロットの練習に使っていた複葉機)をガレージから出して、広場から離陸し、青空を旋回しよう。
きっと、楽しいだろう。
・二月二十一日
今日は生憎の雨だったので、あかとんぼのメンテナンスのみを行った。
この機体の見た目は旧来の骨董品だ。まるで別物と言っても良いが、レプリカと云う訳でもない。確かにフレームは鋼管から強化プラスチックになっているし、エンジンも別物だ。
だけどこの機体には、かつて打ち捨てられていたあかとんぼの部品だった金属がコックピットに使われている。
車軸やシリンダー等。余っている部品をかき集めて、色々と試してみたが結局コックピットひとつ作る程度しか余らなかったんだ。
途方もない未来に来たというのに、過去の客人ひとり出迎えも出来ないのが嘆かわしい。
・二月二十二日
今日は快晴で、空を飛んだ。
森を抜けた辺りにある草原地帯を滑り、勢いをつけて浮き上がる。この離陸の瞬間、僕はとうとう自由になれたという感覚がどうも幼い頃から好きだった。
途中からそういう大切なことを忘れて、例えば食べ物の味を疲労で感じなくなるかのように、機械的に飛んでいた。
飛行自体に問題は無く、機嫌がいいので少しテクニカルな操作も出来た。トンボ返りで世界が反転する中、上から見た森に、沢山の生命を感じた。
・二月二十三日
またクレスが夢に出てきた。
あれは演習で、ポーン(訓練に用いられる基本的な汎用RD。警備用のシールダーは、これを簡略化させたものである)を動かそうとした時だ。視点の違いに、子供のようにはしゃぐ彼女の横顔が印象的だった。
教官席の僕に向かって、ニシシと歯を出すのがどうも新兵らしいという印象を当時は受けたものだ。そこで怒れない僕は、正解なのか今でも分からない。
あかとんぼの整備を簡単に済ませて、空に向かってリュートを弾いた。
・二月二十四日
適当にトランプを弄って遊んだ。
両手を広げ、空間を往きかうプラスチック板の音には、瞑想に似た良さがある。
・二月二十五日
昨日使ったトランプが出しっぱなしだった為、またトランプで遊ぶ。
トランプを投げナイフのように使い、ダーツごっこをしていたらテンションが上がってきたのでトランプを持って、革のポンチョを羽織ってハットを被り、森に向かった。
トランプで獲物が取れないか挑戦だ。
・二月二十六日
ポンチョを布団代わりにしている為か、何もないよりましだ。
でも、冬の森舐めてたわ。やっぱテンションに身を任すのってどうかと思う。全然獣は居ないし、木の実も無い。明日さっさと帰ろう。
不味い携帯食料で一晩を越そうと思う。ああ、夜は冷えるなぁ。
・二月二十七日
熊に襲われた。
木にトランプ投げていたら、熊の冬眠中だった穴にすっぽりと入っちゃって、額にトランプ刺した状態で襲い掛かってきた。
トランプを大量に投げてみるも熊の脂肪は貫けないから致命傷にはならないし、暗殺術で接近し、後ろからトランプで首を狩ろうとしたら加速していないからか、点と面の違いなのか毛皮すら通らなかった。今思えばなんで後ろ回った時逃げなかったんだろう。
仕方ないので、そこ等辺に落ちていた尖った棒で口から脳天に掛けて貫いておいた。やっぱ乾燥していると木の棒も丈夫だなぁ。
熊肉は血抜きをしているので、焼肉にしようと思う。
・二月二十八日
皮と肉の隙間や繊維に沿って切れば案外トランプでも解体出来たのが良かった。
おかげで塊を持ち歩かず、燻製で家に持ち帰る事が出来た。
酒飲んで寝よう。確かこの前街で買って、飲んだけど余った安ワインがあった筈。
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