エルピナ歴170年一月 雪溶けの火
・一月二十一日
たまに自分が人間か獣か分からなくなってくる。
最低限文明的な道具を正しい知識で使っているのだから人間だろうが、それなら態々文明から離れる必要もない。
僕はただ、大好きなみんなで笑っていられる世界が欲しかっただけなのに。望む環境は手に入れた筈なのに。ああそうだ、道具なんて本当は関係ない。人か獣かなんてものもどうでも良い。
只、環境はある癖に最も求める温もりが無いのが嫌な、僕の単なる我儘だ。
・一月二十二日
乾燥させて水で戻したワラビを白兎の燻製肉に巻いて、オートミールと一緒に食べる。変な臭いや味は付いていないので水道管の取り換えは成功だと思う。
料理の最中、火を見ていると温もりと純粋さにフンワリとした落ち着きを覚えた。
・一月二十三日
木材を倉庫から全部取り出した。
普段から必要最低限の木材しか持っていないから、案外少なく、外に放置していた物は湿っていて、尚且つ大きさも足りない。
仕方ない、明日伐採しよう。明日頑張る、雪だけど。
・一月二十四日
案の定雪だったが伐採はした。こういう時はグチグチ言うのが人間だが、そこにツッコミを入れてくれる人間は居ないので無理矢理鼻歌で誤魔化しながら斧を振るった。
この斧は特殊な合金で出来ており、軽いが硬い。その上斬撃以外の余分な衝撃を内部に伝える機構も備えている。
敵の戦艦や要塞に潜入するときに使われる現代の破壊槌だ。
普通の斧よりは楽に作業できるのだが、数が数なのと足場が中々ぬかるみになっていて辛い。僕って結構歳を取ったものだなぁと実感した。
目標の数の丸太を人力車に積み上げる頃にはすっかり日が落ちていたのだが、寧ろ、だからこそ帰る事にブチブチ言いたくなったが誰もツッコみは入れてくれないので気持ちを鼻歌にしながら、ぬかるみの中で車を引いた。
・一月二十五日
昨日の作業で疲れたので休むことにした。
シンシンと降る雪を見て、よくあんなところで作業が出来たものだなと思うけど、人間って案外やれば出来るものなんだなぁ。
家の中で丸太をどうやって組むか、構想を練る事に耽った。全部やり切る時が来たら、部屋の隅に置いてあるサルナシ酒でも飲もうか。
・一月二十六日
組み上げる作業に移る。
先ずは金属のジャンクパーツで雪避けを作った。雪で火が消えてしまったら大変だからだ。一通りのフレームが完成したら、その上に防火性繊維を被せてテント状にする。
紐を思い切り引っ張って固定しなくてはいけないので、きつめの作業だが昔何度もやった事だからそこまで辛いとは感じない。
寧ろ生木で囲いを作るだけの作業に疲労を感じたほどだ。
一息ついたところで、そう言えば木に火をつけるには乾燥していなくてはいけないと当たり前の事に気付き、慌てた。
・一月二十七日。
丸太をそれらしい長さ、厚さに加工した。
只燃やす為の薪にするという訳でもないので、力加減が難しく普段と違う筋肉を使うので色々と筋肉痛が酷くなるものと予言しよう。
今日は乾パン、山菜の塩漬け、胡椒。そして煮トマトの缶詰をいっぺんに煮てかっこんだ。もう寝よう。木材は『乾燥機』に入れたし。
・一月二十八日
予想通り筋肉痛だったので部屋で大人しくした。
外の枠組みを見て、アレが上手くいったら気持ちいいだろうなあと思う。そんな事でワクワクする感情を知る事は、自分が人間である事を思い起こさせた。
・一月二十九日
倉庫の中の『乾燥機』から薪となった木材を取り出した。
これはRDのリアクターとファン。それにリアクター格納容器を組み合わせて作ったもので、かなり大規模な乾燥、温度調節が出来る。ピザだって作れる優れものだ。
梅雨なんかの時期とかは特にお世話になっている。この期に及んで、そこまでエコロジストでもないしね。
そうしてひとつひとつ、積み木を組み上げるように作っていく。するとテントに守られた一つの、小型の木の塔がそこにあった。後はグシャグシャになった木屑や要らない生ごみ等を中に入れて種火を宿らせる。そして段々と大規模になったところでテントを取り払えば、僕が求めていた物が出来ていた。キャンプファイアーだ。
大きな火を囲って踊るらしいのだが、疲れが溜まり切った僕はそれを座って見ている事しか出来なくて、それで単純に『美しい』と口を半開きにして思う事しか出来なかったんだ。
天を焦がす炎に温もりを感じた。安らぎを感じた。だから、みんなを感じた。
僕はここに居るよ!みんなも此処にきっと居るよ!
・一月三十日
久しぶりに雪が止んだので、雪かきをする。
すっかり真っ黒になったキャンプファイアー跡にどこかほっこりした笑みを向けた。僕は人として、何かを思い出せた気がするんだ。
そうして意識半分、変に力を入れてしまった為にスコップが欠けてしまった。ソリで代用したが、街へ出る必要があるだろう。
サルナシ酒を煽ったが、若い為かまだ苦い。しかし、不思議と美味しかった。
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