ときどき短編 現代ドラマ用

対馬守

第1話 苦いコーヒーを一杯

 カーテンの隙間から朝の光が入ってきて、まぶしくて目覚ましがなる前に起きてしまった。しかし、もう一度寝ようとする気にはなれなかった。こんなに気持ちのよい目覚めは久しぶりだったからだ。

 「おはよう」

 「おはよう。今日は早いね。ごめん。まだ、コーヒー沸いてないから少し待ってて」

 「ありがとう。でも、あなた飲んでくれないかしら」

 「どうしたんだい。調子が悪いのかい。苦いコーヒーで目を覚まさないと気分がのらないっていつも言っているのに」

 私は、夫が最初に体を心配してくれたことに幸せを覚えながら、今日の気分を説明した。

 「今日は、とっても良い夢を見れたの。聞いてくれる? 夢だから矛盾とか一貫してないとか言わないでよね。宴会の夢だったの。私、職場での宴会って上司に気を使ったりして楽しかったためしなんかないの。自分より仕事のできない人にペコペコしたり、気が使えない後輩を見てハラハラしたりで、まったく楽しくないの。

 でもね。今日の宴会の夢は、夢みたいに楽しかったの。本当に夢だものね。宴会に来てたのが、隣の部署の課長さんでしょ、去年にうちの職場を止めて別のところに行った菊池さんでしょ。あっそうそう 、社長も来てた。それでね。現実には、どの人も話したことないんだけどね。一緒に宴会してたの。それで、みんな私にも気を使ってくれるの。それに、課長なんて、熱くこれからの会社の展開を熱く語ってくれてね。カッコイいの。うちの仕事って、忙しい現実のせいで、形だけなんとかこなすみたいなこと多くて不満だったけど、理想を持てるんだ。ってものすごく勇気づけられちゃった。あと、社長もね。私の名前を知ってただけじゃなくて、私の働きぶりを気にしてくれてたの。やっぱり、真面目に働いていると報われるんだって思ったよね。社長と話していたらね。ふらっと菊池さんが来てね。うちにおいでよ。って言ってくれたの。今の職場だと本当の私を出せない。くすぶっているんでしょ。ってね。私、チラッと社長を見たの。そりゃ、あれだけほめてもらった後だもの。悪いじゃない。社長は、私の手を持ってね。あなたの判断が正しいから、自由に生きなさいって。私は、こういう人に認められたんだ。最高。ねぇ、聞いてる?」


 そのとき、高いやかんが沸いた音が鳴り響いた。夫は、慌てて火を止めにいった。私は、自分のこの幸せを夫が聞いてくれないと、腹が立った。すると、夫は振り返ってこういった。

 「うん。夢の中の君が幸せで、僕もうれしいよ。でも、夢じゃなくて現実の職場で幸せになってほしいな」

 私は、不機嫌になった。上司の金井の顔が浮かんだ。あのおっさん。あの宴会に入れなかったくせに。頭や胸がモヤモヤしてきた。仕事に行きたくなくなってきた。はぁ、私を理解してくれる職場に行きたい。

 「ごめん。やっぱり、コーヒー欲しいかも」  

 「はい。どうぞ」


 仕事前のコーヒーは、やっぱりいつも苦い。

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