勇者の最期

 ん……ここは……。ああそうか。俺は玉座に座ったままうたた寝していたらしい。ここは王の間。二十年前に俺が滅ぼした国の城の中だ。あの頃は俺がここに座ることになるなんて夢にも思わなかった。寝ぼけ眼で周りを見渡すと、ドラゴンが一匹うろついていた。サイクロプスやゴブリンもいる。魔物だ。倒さなくては。俺はゆっくりと立ち上がった。それに気付いた魔物達が跪き、頭を垂れた。


 …………自分の手下を倒してどうする。俺は再び玉座に腰を下ろした。近頃記憶が飛び飛びになっている。一昨日の事は覚えているのに、昨日の事はまるで覚えていない。俺がかつて勇者だった頃の記憶もかなり薄れている。今みたいに、時々訳の分からない行動をとる。まるで痴呆だ。


 自分の両手を見た。紫色に近い肌。鏡は見ていないが、どうなってるのか大体想像つく。周りにいる魔物達はいつからいるのか思い出せない。気づいた時には俺のそばに魔物が寄りつくようなっていた。魔王化……。既に末期まで進行しているようだ。近いうち、人間だった頃の記憶は完全に消去されるのだろう。


 俺はいつからこうなった?最初に魔王を倒した時、俺は間違いなく勇者の心を持っていた。宴で王子が話しかけてきた時?その後人々から忘れられた時?最初に魔王を蘇生させた時?魔法使いを殺した時? この国を滅ぼした時? それとも、俺の心には最初から魔物が住んでいたのだろうか。


 魔王化はもはや止められない。そうなれば、俺は更なる力を手に入れた上で、世界の滅亡に乗り出すだろう。俺に勝てる者はいない。この世の終わりだ。そんなことは望んでいない。俺はただ、勇者として人々に認められたかっただけなのに……。


「ウオオオオン!!」


 何だ? 下の階が騒がしいな。下にいる魔物達が何者かと戦っているようだ。音はどんどん近くなる。王の間の扉が破られた。そこには二人の若い男が立っていた。誰だ?

 一人は身の丈ニメートルはある厳つい大男。もう一人は細身だが、しなやかな筋肉と気品のある顔立ちに鋭い眼光を持っている。魔物達が二人に襲いかかるが、二人の剣擊で一瞬で斬り捨てられた。


「遂に会えたな。父の仇…!」


「この時を待ちわびたぜ……てめえをぶっ倒すこの時をな」


 父の仇? 身に覚えがあり過ぎて分からないな。とにかくこの二人は俺を倒しに来たらしい。ひょっとして、どっちかが今の勇者か?ならば迎え撃たなくてはな。俺は立ち上がり、剣を抜いた。


「いくぜ!」


 大男が突進してきた。見た目に似合わない猛スピードで突っ込んでくる。連続で剣を打ち込んでくる。一撃一撃が重い。俺は魔法で目を眩まし剣を払い斬りつけた。しかし浅い。背中に痛みが走る。細身の男がいつの間にか後ろに回り込み、斬りつけてきていた。


強い。こいつらただ者ではない。なるほどそうか……こいつらも到達者……『レベル99』というわけか。今度は二人同時に向かってきた。一人でも強いのに、コンビネーションも完璧だった。隙が出来たと思いきや、すかさずもう片方がカバーする。回復魔法を使う暇も与えてくれない。細身の男を蹴り飛ばした直後、大男に真正面から斜めに斬りつけられた。


「どうだ、痛えかよ? 今のはてめえが俺の親父につけた傷と同じだぜ。だが、まだこんなもんじゃ済まさねえ!」


…………そうか、分かった。こいつらの正体が。なるほど、確かにどちらも父親によく似ている。二十年間、俺への復讐心を糧に牙を研いできたというわけか。あの小さなガキ共が、随分とたくましく成長したじゃあないか。だが、俺もタダでやられるわけにはいかない。俺は距離を取り、攻撃魔法を連発してコンビネーションを崩した。どうやらこいつらは魔法は使えないらしいな。このままじわじわと追い詰めてやろう。


戦いが始まってからおよそ三十分。未だに奴らは倒れない。既にボロボロだというのに、何という執念だ。俺の魔法の出力が弱まってきた。魔力が……切れる……。


「今だ! 一気に攻めるぞ!」


「おう!」


再び二人が距離を詰める。剣で受けるが捌ききれない。俺の剣が弾き飛ばされ、天井に突き刺さった。


「うおおおお!!」


二本の剣が、俺の両胸を同時に貫いた。終わりか……お見事だ。最期に楽しませてもらったよ。剣が抜かれ、俺は膝をつき倒れた。体が崩れていく。


「親父ィ……仇は討ったぜ…ぐすん」


「父上……皆さん……どうか安らかにお眠り下さい」


 薄れゆく意識の中で俺は思った。そういえば……魔法を使えなかったということは、こいつらはただの剣士であって勇者ではなかったということか。つまり、勇者以外の者が魔王を倒したことになる。もし、どこかに本当の勇者がいたとしても、これなら歪むことはない。冴えない人生を送ることになるんだろうけどな。呪われたサイクルはこれで終わる。二度とこの世に魔王が現れることはないだろう。


 目の前が真っ暗になった。もう意識も無くなる。さあて、これにてゲームオーバーだ。俺もそろそろ休ませてもらうとしよう。俺はこの世に別れを告げた。


























「まったく、手間かけさせてくれるわ」


 ……? 何だ? ここはどこだ? 誰だ、この女は? 俺は……誰だ?


「あんたはあたしのビジネスパートナーなんだから、勝手に死なれちゃ困るのよ。ていうか魔王のくせに勇者以外の奴らにやられてんじゃないわよ」


 魔王? 俺は魔王……。


「じゃ、用は済んだからあたしはもう行くわ。あたしのために頑張ってね」


 行ってしまった。何が何だか分からない。俺は途方に暮れた。これからどうすればいいのだ。あの女が言うには、どうやら俺は魔王らしい。魔王の役目は……そうだ。本能で理解した。


「人間共を…この世界を……ぶっ壊してやる」


 なんたって俺は、魔王だからな。




『勇者レベル99』


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勇者レベル99 ゆまた @yumata

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