勇者の真実

 魔王復活!! この恐るべきニュースは瞬く間に世界中に広まった。大人しくなっていた野生動物は再び魔獣と化し、墓場からは死者がゾンビとして蘇り、世界中に魔物達が出没し始めた。人々は嘆き悲しみ、再び勇者…つまり俺を求めた。まさに事は計画通りに進んでいる。王子……いや、今は王だったな。俺は奴に呼ばれて城に来ていた。謁見の間には戦士、女僧侶、魔法使い、つまり魔王討伐メンバーが勢揃いしていた。女僧侶と違って戦士や魔法使いとはちょくちょく顔を合わせていたから、三年ぶりというわけではなかった。


「まさか魔王が復活するなんて……」


 王は頭を抱えていた。いい気味だ。別にこいつに嫌がらせするために魔王を蘇生させたわけではないがな。横では王妃が心配そうに夫を見つめていた。


「心配いりませんよ王様、王妃様。また倒せばいいだけですから」


「どうやら、またあなた方に頼るほかないようです。勝手を言って申し訳ありませんが、今一度魔王討伐をお願いしたい」


 王が深々と頭を下げた。本当に勝手だよ。どいつもこいつも困ったときだけ勇者を頼りやがって。


「もちろんですよ。ただ……今回の魔王討伐は、俺ひとりで旅立ちたいのです」


「えっ!?」


 王と王妃と戦士が驚きの声をあげた。そう、今回は仲間を連れて行くわけにはいかない。魔王と対峙した時、奴が余計なことを口走らないとも限らない。戦士と魔法使いに今回の計画がバレるのはまずいからな。戦士が胸ぐらを掴んできた。


「何言ってんだおめえはよ! 俺も行くぞ!」


「新婚さんが何言ってんだよ。今も可愛い奥さんが帰りを待ってんだろ?それに、もうすぐ子供が産まれるそうじゃないか。そんな奴はこんな危険な旅には連れていけねえな」


「で、でもよう」


「心配するな。俺の強さ知ってるだろ?」


 渋々ながら納得してくれたようだ。俺は王に続けて言った。


「王様。知っての通り、彼女は今病院経営をしており、連日大勢の患者さんが彼女を頼っています。昨日も魔物に襲われた人達が彼女に命を救われています。彼女が旅に同行するのはこの国にとって得策ではありません」


 もっともらしい理由だが、完全に女僧侶の都合だ。旅に出たのでは金儲けにならない。俺の口から王にそう言うようにと、二人の間で事前に話は決まっていた。後は魔法使いだ。


「彼ももう高齢です。旅は過酷です……あまり無理はさせられません。それに、国の守りを固める必要もありますから、彼は大きな戦力になるでしょう」


よし、これで完璧。王も王妃も納得しかけている。


「……わしは共に行くぞ」


「えっ」


 驚いた。俺が何を言っても素直に従ってきた魔法使いが、俺の意見に反対してきただと?


「国の守りなど、そこの二人だけでも充分じゃろう。それよりもわしも同行して、一刻も早く魔王を倒しに行った方がいい」


「ま、待てよ爺さん。無理するなって。俺ひとりでも大丈夫だからさ」


「無理などしとらん。それともなんじゃ?わしが同行すると何か不都合でもあるのか?」


「いや、そういうわけでは……」


 困ったことになった。ダラダラと一年かけて旅をするつもりだったのに。このままでは計画が狂う。しかし、無理に断るのも不自然だ……仕方ない。


「では、俺達二人で行ってきます。今度こそ必ずや魔王を討ち滅ぼしてきます」


「頼みましたよ、勇者殿。先生もお気をつけて」





 謁見を終えて、俺達は城の外に出た。戦士と女僧侶とはここでお別れだ。あまり早く倒すんじゃないわよ、と女僧侶の目が言っていた。一年粘るのはやはり無理か……しかし出来る限り時間を稼がないと。


「魔王はどうやらここから北東に六千三百キロほど行った山の中にいるようじゃな。前回の旅で雪国に立ち寄ったじゃろう。あそこの恐らく一番高い山じゃ」


「はっ!?」


 嘘だろ!? 魔法使いも魔王の魔力を感知できたのか!? いや、考えてみれば当然だった。こと魔力の扱いに関して、俺に出来ることが魔法使いに出来ないはずがなかったのだ。あの時、俺が感じた不安要素とはこの事だったのか。それにしてもそこまで細かい場所まで分かるとは。俺はとりあえず北東の遠くの方にいるとしか分からなかったのに。


「ワープホールを使おう。それを使って町を経由していけば恐らく三日ぐらいで魔王の元へ着くはずじゃ」


「あ、ああ……そうだな」


 三日だと。一年の予定がたったの三日で終わってしまう。まずい、まずすぎる。しかし止める方法はない。魔王の元に着くまでに何とか考えなくては。


 俺達はワープホールを使い、雪国にやってきた。その山まではここから歩いていくしかない。それが三日かかるというわけだ。道中、襲いかかってくる魔物の群れを難なく撃退していく。辺りが暗くなってきた。ちと寒いが、今日はここで野宿するしかない。魔法で火を起こし、たき火を焚いた。


「爺さん、茶が沸けたぞ」


「うむ、すまんな」


ズズズ……と茶を啜り一息ついた。体が暖まる。


「こうしてたき火を囲むと三年前の旅を思い出すのう」


「ああ、そうだな」


「…………魔王を蘇らせたのはお主達じゃろう」


「ぶっ!」


 思わずお茶を吹き出した。バレてる!?どうして!?

俺はとぼける余裕もなく狼狽した。


「やはりそうか……馬鹿なことを」


「な、何言い出すんだよいきなり?言ってる意味が分からねえよ」


「わしは確かに魔王の死を見届けた。肉体も完全に消滅したはずじゃ。あの状態から蘇生させることが出来る者など、世界中探してもあの娘ぐらいしかおらんわ。それに、魔王が復活する直前にお主達が二人でワープホールを使うのを見た者がいるんじゃ。行き先は魔王城に一番近い町だったそうじゃな。ここまで揃っていてピンと来ないほど、わしはまだボケておらん」


 しまった……。そこまで気が回らなかった。あの時の俺は冷静じゃなかった。計画を急いだせいでこんな凡ミスを。


「一応、お主の口から聞かせてくれ。何故こんなことをした?」


 もう駄目だ。完全に見透かされている。誤魔化したところですぐにバレるだろう。俺は観念して、全てを話した。話し終えた後、魔法使いは俺を責める様子はなく、深くため息をつき口を開いた。


「そうか……やはりこのサイクルは止められんのか」


「え?何の話だ?」


「結論から言おう。わしらが倒したあの魔王は、先代の勇者じゃ」


「なに!?」


 魔王が先代の勇者だと。ということは元人間なのか。道理で見た目が人間と似ているわけだ。しかし、まだ分からないことだらけだ。そもそも勇者に先代がいたなんて話初めて聞いたぞ。まさか……。


「……忘れられたのか?つい最近までの俺のように」


「正確には、後生に伝わらないように隠蔽されたというべきじゃ」


隠蔽された……。歴史に残ると何か都合が悪いことがあるということか。


「勇者が悪魔に魂を売り、魔王と化したのはわしら人間の愚かさのせいなのじゃ。お主なら分かるじゃろう。現にお主は勇者の本分を忘れ、自分の欲のために魔王を蘇生させるなどといった愚行を犯したのじゃからな。既にお主の心は悪に染まり、歴史は繰り返されようとしている。だが、そうなった原因はお主のせいだけではない」


「なるほどな……。このまま勇者が歪んでいった先にある成れの果てが魔王というわけか」


「この事を知っているのはごく一部の人間だけじゃ。最近息子に王位を譲った、先代の王もこの事を知っておる。先代の王によって、この事実は歴史の中から闇に葬られたのじゃ」


「きたねえ奴らだ……」


「先代勇者が倒した魔王もまた先々代の勇者じゃ。そんなことがもう何百年も続いている。誰かがしっかりと後生にこの事実を伝えなければ、このサイクルが止まることはないのじゃ」


「ま、待てよ。俺の場合はその……俺にも原因はあるんだ。魔王を倒した後も、あんた達みたいにしっかりしていれば、こんな風にはならなかったんだ。今までの勇者みんな俺みたいに歪んじまったってのか?」


「その通りじゃ。わしは三十年前、先代の勇者と共に旅をし先代の魔王と戦ったのじゃ。だから先代の勇者のことはよく知っておる。お主同様、言い方は悪いがあまり出来た人間ではなかった。故に魔王を倒した後、特に目立ったことも出来ず人々の記憶から徐々に忘れられていった。その前の勇者も、その前も、勇者となった者は皆、何故こんな奴が?と言われるような者ばかりだったらしい」


 魔法使いが先代の勇者の仲間だったとは……。魔王を倒した後のあの哀れみの目は、かつての仲間に向ける目だったというわけか……。


「天は二物を与えず。勇者の才能というものは類い希のない素晴らしい才能じゃ。それ故に他のことに関しては決して人並み以上の力を発揮することは出来ない。勇者として人々からもてはやされた分、その後のギャップに耐えられなくなってしまうんじゃろうな」


「確かに……俺も勇者になる前は人に馬鹿にされたり無視されたりなんてのは慣れっこだった。でも一度あんないい思いをしてしまうと……な」


「それだけならまだ良かった。しかし、先代の勇者は更に人々から迫害を受けたのじゃ。魔王を倒すほどの強さを人々は恐れた。元々皆から好かれるような人間ではなかったせいもあって、先代の勇者は遂に国を追放された。当時二十歳そこそこの若者には辛い仕打ちじゃったろうな」


 そう、強すぎるがゆえの迫害。それこそが俺が魔王を倒す直前に思い描いていたもう一つの心配事だった。しかも俺の場合は先代よりも遙かに強い。近い将来必ず同じ事になる。


「わしは当時隣国に住んでいた。だからそのことを知ったのは奴が追放されてしばらく経ってからじゃった。その後、世界中で奴を探してまわったが、結局見つけ出すことは出来なかった。お主達と共に魔王城に乗り込むまではな……。奴は昔の面影はあったものの、すっかり変わってしまっていた。恐らく、もう人間の時の記憶は残っておるまい……」


 自分達で魔王討伐を頼んでおいて、用が済んだらその恩を忘れて、怖くなったから追放して、その追放した勇者が魔王に……か。国にとっては隠蔽したくもなるだろうな。一体どこまで勝手なんだ、人間ってやつは。


「同じ事が起こらぬよう、わしなりにお主に気を配っていたつもりじゃったが、やはり不十分だったようじゃな。予想できていながら防げなかった責任はわしにある。だから、今回のことは誰にも言わん」


 良かった……。やはり魔法使いは俺の味方だった。この爺さんだけは信頼できる。


「だが、今回限りじゃ。このまま共に魔王を倒し、それで終わりにしよう。再び魔王を蘇らせることは許さん。この呪われたサイクルは、お主の代で断たねばならん」


「うっ……でも、俺は……」


「案ずるな、わしがついておる。絶対にこれまでの勇者達のようにはさせん。魔王化などはもってのほかじゃ。お主が一人で立派に生きていけるようになるまで、わしが面倒を見てやる」


 魔法使いはそう言って俺の肩にポンと手を置いた。涙が出てきた。親にもこんな風に優しくされたことなんてなかったからだ。そんな自分がますます惨めに思えてきた。


「さあ、もう寝よう。明日も早いぞ」


魔法使いはそう言って寝袋に入った。喋り疲れたのか、すぐに寝息が聞こえてきた。俺は一人座って考え込んでいた。


「俺は、まだやり直せるのか?」


 ……無理だ。無理だよ。だって、あんただって言ったじゃないか。勇者は勇者でない時、決して人並み以上の力を発揮することは出来ないって。仮に迫害は免れたとしても、この先俺に待っているのは、良くて平々凡々な人生。俺は勇者でいたい。この世界でたった一人だけの神に選ばれた才能を殺して生きていくなんて嫌だ。そのためには、魔王にはずっとこの世に君臨してもらわなければならない。今回限りなんて……。





この爺さんが消えれば……





俺はゆらりと立ち上がった。え?

手には剣を持っている。おい、何をしてんだ?

ゆっくりと魔法使いに歩いていく。まさか!おい、やめろ!

まだ俺達の計画を知っているのは魔法使いだけだ。何を考えてんだ!

俺は剣を振り上げた。分かってんのか!?この爺さんは、俺の唯一の……!!

真っ直ぐ、その首に剣を振り下ろした。やめろぉぉぉぉ!!!

















 ん……もう朝か。俺は重いまぶたをこすり、身を起こした。俺は、かつて人間だったソレに目をやった。一晩焼き続ければ骨も残らないんだな。俺はそんなことをぼんやりと考えながら寝袋をしまい、出発の準備を整えた。邪魔者は消えた。これから一年間、適当に世界をまわって人助けでもしてやるか。なんたって俺は、勇者だからな。

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