勇者の計画

「は?」


 当然の反応だ。自分で言っておいてなんだが、とても正気とは思えない。


「あのねぇ、冗談はあの筋肉馬鹿と言い合っててくれない?あたしはあんたと違って忙しいの」


 そう言って席を立とうとする女僧侶を制止するように腕を掴んだ。


「俺は本気だ。どうなんだ?やってくれるのか、くれないのか」


「………あんた、頭おかしいんじゃないの?」


「そうかもな。これ以上おかしくなる前に何とかしてくれないか」


 しばらく無言でにらみ合った後、観念したように女僧侶は椅子に座った。俺はざっくりと今の俺の状況と、今回の計画に思い立った動機を話した。


「ふん、なるほどねぇ。要するにもう一度ヒーロー気分を味わいたいと。自分の存在のありがたさを民衆に分からせたいと。そういうことね。ださっ」


 女僧侶がケラケラ笑いながら言った。何とでも言え。プライドなんてとっくにズタズタで残っちゃいないんだよ。


「まあ、そんなことはどうでもいいわ。問題は、それをやってあたしに何のメリットがあるか、よ」


思った通りだ。食いついてきた。こいつはそういう奴だ。まともな人間ならこう言うだろう。何を馬鹿なことを言っているんだ!そんなことは許されない!と。だが、こいつはメリットは何なのかを聞いてきた。つまりメリットがあれば乗るということだ。そしてその答えはもう用意してある。


「お前らしくもないな。分からないのか? この世に魔王が復活すれば、お前はますます金儲けが出来るんだぜ?」


「まさか、また魔物退治しようっての? 嫌よ。今の病院経営の方が楽して稼げるわ」


「違うね。怪我は治せても病気までは治せないだろ?この平和な世の中で、怪我の治療だけじゃたかが知れてるだろう。しかも、お前目当てで来るような患者なんかは、わざと自分で軽い怪我をして来るようなつまらない奴ばかりのはずだ。魔王が復活したらどうなると思う? 魔物に襲われた怪我人が大勢来るぞ。重傷患者なら今までの何倍もの治療費をふんだくれるはずだ。それだけじゃない。死人だって出るに違いない。死人の蘇生なんて、一体どれだけ稼げるんだろうなぁ。俺には想像もつかないよ」


「………」


 ククク、分かりやすい奴だ。あからさまに目の色が変わった。こいつにくだらない正義感なんてものが無くて良かった。もっとも、そうじゃなきゃこんなやばい話はできないがな。


「あんた変わったね。最初は臆病で弱っちい根暗男だった。次第に正義感が芽生えて勇者らしくなって…………でもそれが今じゃ……ぷっ。世界を再び闇に染めようとしている極悪人だなんてね。アッハッハ!」


「人聞きの悪いことを言うなよ。一時的に魔王に暴れてもらうだけだ。適当なタイミングで俺がもう一度奴を始末すればそれで終わりだ。愚鈍な民衆に充分に分からせた後でな」


「そして、あたしが充分に稼いだ後でね」


 交渉成立だ。やはり持つべきものは仲間だな。そうと決まれば善は急げだ。この三年の間に、世界各地にワープホールが開通した。魔王がいた頃は魔物に悪用される恐れがあるからと、開通を先送りにしていたのだ。それを使えば魔王城にはすぐに着く。俺達は身支度を整え、魔王が死んだ場所、つまり魔王城へと向かった。


 魔王城は三年経っても何も変わっていなかった。まあ、もうここには誰も住んでいないわけだが。そして俺達は魔王の間に到着した。問題はここからだ。


「どうだ?魔王の魂は残ってるか?」


「うーん…」


 女僧侶がキョロキョロしながら魔王の間を歩き回り始めた。肉体も魂も無ければさすがに蘇生のしようがない。俺の計画もパーになる。魂は女僧侶にしか見えない。何とか見つけてくれよ。


「おっ! いたいた、いたわ。未練がましくふわふわ漂ってるわ、アッハッハ」


 俺はホッと胸をなで下ろした。三年経ってもまだ魂が残っていたとはな。今回はそのしぶとさに救われた。


「じゃ、蘇生させるわよ。準備オッケー?」


「いつでも。さっさとやってくれ」


 女僧侶が蘇生魔法を唱えた。まるで粘土細工のように、空中でうねうねと魔王の肉体が作られていった。身に付けていた物は床に転がったままだ。一糸まとわぬ姿で魔王の肉体は完全に復元された。あの時はさっさと倒してしまったせいであまり意識しなかったが、こうして改めて見ると人間とあまり変わらないんだな。紫色の肌と赤い眼じゃなければ、五十歳ぐらいの人間の男に見える。俺はそんなどうでもいいことを考えながら、魔王に歩み寄った。


「う…。これは一体…?」


「よう、久し振りだな魔王」


「はっ…! き、貴様ぁ!!」


 魔王が俺を見るなりいきなり襲いかかってきた。俺は魔王の攻撃をかわし、首根っこを掴んで顔面を壁に叩きつけた。


「ぶはっ!」


「いいか、よく聞け。お前にはいろいろとやってもらいたいことがある。だが、まずは理解しろ。お前は万が一にも俺に勝つことは出来ないということをな。いちいちこうやってあしらうのも面倒くさいんだ」


「ふ、ふざけ…ぐおっ!」


 もう一度壁に叩きつけた。


「Repeat after me。私は勇者様には勝てません。はい、せーの」


「……わ、わたしはゆうしゃさまにはかてません……」


「ふん、まあいいだろう」


 手を放してやった。後ろから小声で、どっちが魔王だか分からないわねと聞こえてきたが無視した。話を円滑に進めるためには、相手によって出方を変える必要がある。女僧侶に対しては、金儲けの話を振った。魔王に対しては、まずこうやって完膚なきまでに上下関係を体の芯まで叩き込むのが一番手っ取り早い。ご機嫌取りなど必要ない。


「わ、私にどうしろというのだ?」


「なあに、簡単なことさ。前と同じ事をしてくれればいい。町や人間達を襲ってくれればいいんだよ」


「は?」


 女僧侶と同じリアクションをしやがる。言ってる意味が分からないという顔だ。


「平和ボケしている奴らに、もう一度勇者の偉大さを知らしめてやるのさ。お前が復活して、そのお前をもう一度俺が倒すんだよ」


「冗談じゃない! そんな茶番に付き合わされるぐらいなら、私は自らの死を選ぶぞ!」


「ほう……。楽に死なせてもらえるとでも思っているのか?」


 俺は笑みを浮かべながら、懐から一冊の本を取り出した。


「こいつは昔の悪趣味な魔道士が書いた本でな、魔物への様々な拷問方法が書いてあるんだ。その中で最もえぐいのがこれ。『魂の聖水漬け』だ。拷問ってのは死という逃げ道があるが、これはそれすらも許されない最悪の拷問だ。瓶の中にたっぷりと溜めた聖水に魂を閉じこめて蓋をするだけというお手軽さに反して、魔物にとっては、人間で言えばマグマの中で意識を保ったまま生き続けるのと同じぐらいの苦痛だそうだ。弱い魔物の魂でも、聖水を水で薄めれば消滅させることなく魂をいたぶり続けることができるそうだが、まあお前の場合は原液でも大丈夫だろう」


 魔王はガタガタと震え、滝のように汗を流していた。よし、もう一押しだ。恐怖による支配だけでは、思わぬ反逆を受けることがある。無能な支配者はいつもそれで失敗するんだ。恐怖はもう充分植え付けた。ここらで一つ餌をぶら下げてやろう。


「だが、よく考えてみろ。これはお前にとってもチャンスなんだぞ?」


「なに? どういうことだ!」


「俺達はお前が復活したからといって、すぐにお前を倒せない事情がある。そうだな……キリよく一年にしよう。一年後、お前を倒しに戻ってくる。その一年の間に鍛え直すなり作戦を立てるなりしておくんだな。俺を返り討ちに出来ればお前は晴れて自由の身というわけだ。今ここで断って魂の拷問を受けるか、一年後俺と再戦するか、どっちがいい?」


「うっ……」


 もはや選択肢になっていなかった。魔王はあっさりと俺の計画に乗った。


「お前はここから出てどこかに身を隠してろ。俺は『一年かけて魔王を探す旅』に出なきゃならないんでね。ここに留まったままじゃ一年もかけるのは不自然だろ? なあに、お前ほどの魔力の持ち主なら、世界中どこにいても俺ならいつでも探し出せるから心配するな」


 俺は笑いながら魔王の肩に手を置いた。つまり、逃げても無駄だということを遠回しに教えてやったのだ。魔王は屈辱で顔を歪めていた。さて、俺からはこんなところかな……。そう思うと同時に女僧侶が前に出て、魔王の顔を覗き込みながら言った。


「どこで暴れてもいいけど、ちゃんとあたしらの国にも手下を送り込みなさいよ。こっちで怪我人や死人を出してくれなきゃ意味ないんだからね。あ、その際は街外れのあたしの病院には手を出さないこと。何か壊したらぶっ殺すから」


 それだけ告げると女僧侶は出て行ってしまった。俺も用は済んだ、帰ろう。


「じゃ、また一年後に会おうぜ」


 扉を閉めると同時に、魔王の悲鳴にも似た雄叫びがこだました。そうそう、その調子で頑張ってくれよ。




 帰り道途中、女僧侶が話しかけてきた。


「ところでさ、一年も期間与えて良かったの? もしかしたら本当にその間にあたしらより強くなっちゃうかもよ?」


「あいつの強さはもうほとんど頭打ちさ。元々魔物は人間と違って成長は早熟だからな。鍛え直したところで大して強くならん。万が一のことがあっても、奴の魔力を感じてやばそうだと思ったら、一年待たずに始末してやる」


「抜かりないわね。あんた絶対勇者より魔王の方が向いてるわ」


「あんなのと一緒にするな。俺はただ、ちょっとだけ人々に俺のことを思い出して欲しいだけさ。これぐらいのワガママを言う権利はあるはずだ」


「はいはい。また忘れられなけりゃいいけどね」


「そうなったら、また魔王を復活させればいい。いや、いっそのこと、一度と言わずに定期的にやってやろうか。二度と勇者の偉大さを忘れることが出来ないようにな。その時はまた宜しく頼むぜ」


「……やっぱ極悪人だわ、あんた」


 ふう……とりあえず上手くいったな。後はまた前回と同じように魔物退治して人助けをしつつ、魔王を倒して世界を救ってやればいい。全て順調……のはずなのだが、さっきからどうも胸のつっかえが取れない。何か重要な不安要素が残っているような……。だが俺には分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る