勇者の憂鬱

 勇者ッ!勇者ッ!勇者ッ!勇者ッ! 国中で勇者コールが巻き起こっている。紙吹雪が舞い、真っ昼間だというのに花火が上がり、楽団はファンファーレを吹き鳴らしていた。露店も立ち並んでいて、予想以上のお祭り騒ぎだ。俺達は国民にもみくちゃにされながら、国王の待つ城へと進んだ。


「勇者よ、本当によくやってくれた! そなたらのおかげで魔王は倒され、この世に平和が戻ったのだ! さあ、宴の準備はできておるぞ。今日は思う存分飲んで食べて騒ごうではないか。土産話も是非聞かせてくれ!」


 目の前に並ぶは最高のご馳走、最高の酒。横に座るは最高の女。酒池肉林とは正にこの事か。恐らく今のこの瞬間こそが、俺の人生の絶頂なのだろう。今後、俺は……いや、余計なことを考えるのはやめよう。今はただ楽しもう。両腕で美女を抱き寄せてすっかり出来上がっている戦士のように。


「失礼、勇者殿。隣よろしいですか?」


「ん? あっ、はいどうぞ」


 王子だった。容姿端麗、頭脳明晰、剣術の腕前も一流の完璧超人だ。はっきり言っていけ好かない。もちろん百パーセント俺の僻みなので、そんな自分にますます自己嫌悪することもよくある。もっとも、剣術の腕前は今の俺の方が遥かに上回っているが。


「私からも是非礼を言わせて頂きたいと思いましてね。この度は本当にありがとうございました」


「いえ、勇者として当然のことをしたまでです」


 せっかくコンパニオンと酒を飲んでいたんだから邪魔をするなよ。さっさと自分の席に戻ってくれ。当然声には出さなかった。


「おかげで、心置きなく隣国の王女との縁談を進められます。これまでは不謹慎かと思い自重しておりましたが、平和になったことですし、ね」


隣国の王女!旅の途中立ち寄って一度だけ会ったが、王女の肩書きに相応しい美少女だった。絵に描いたような美男美女カップルの誕生というわけか。俺は王子に爆破魔法をお見舞いしてやった。もちろん想像の中で……。


「正式な結婚はまだもう少し先になりますが、式には是非来て下さいね」


 そう言って王子はニッコリと笑いながら他の仲間のところへ挨拶に立った。誰が行くかバーカ!何が楽しくて他人の公開ノロケショーを観に行かなきゃならんのだ。俺はコンパニオンを乱暴に肩に抱き寄せながら酒をあおった。



 俺の生活は一変した。街を歩けば女がキャーキャー言いながら寄ってくる。俺の格好を真似た少年達が握手やサインを求めてくる。当然だ。俺は世界を救った勇者なのだから。勇者になる前は冴えない平民だった。俺を馬鹿にする奴こそいたが、褒めたたえる奴など一人もいなかった。それが今は全くの真逆。実にいい気分だ。しかし俺は勇者、みんなの憧れのヒーローで居続けなければならない。本当は、言い寄ってくる女達と取っかえ引っかえ遊びたいところだが、そこはぐっと我慢してあくまで冷静に礼儀正しく対応していた。


 祭りが終わっても街は勇者一色だった。俺のフィギュアやぬいぐるみ、俺の装備品のレプリカなどがそこら中でグッズ販売されている。本屋では俺達の旅を元にした小説や漫画なども売られていた。恐らく女僧侶が印税目当てで出版社に情報提供をしたのだろう。実際、女僧侶の活躍シーンがやけに強調されているしな。パラパラと読み進め、俺は最期のページの一文に目をとめた。

『大苦戦の末、勇者達は遂に魔王を打ち破った』

俺は思わず吹き出した。大苦戦だぁ? よく言うぜ。まあ、確かにこの方が面白いな。相変わらず抜け目のない奴だ。まったくあいつらしい。

女僧侶には何度もムカつかされたが、今となってはそれもいい思い出だ。戦士もうるさい奴としか思っていなかったが、あいつがいたから落ち込んでたときも頑張れた。魔法使いも何も言わずに俺を見守ってくれていた。今だから素直に言える。みんなありがとな。ああ、旅は楽しかったなぁ……。









 俺は夢を見ていたのか?いや、違う。紛れもない現実だ。そう、分かっていた。こうなることは想定内だった。だから俺は魔王を倒すことを躊躇した。しかし……あまりにも早すぎるだろう。


 あれから三年。そう、たったの三年だ。勇者ブームはすっかりと去ってしまっていた。街のゴミ箱には勇者グッズの数々が無残に捨てられていた。勇者関連の書籍も古本屋で棚のスペースを圧迫していた。俺が街を歩いていても誰も見向きもしない。勇者という肩書きこそが俺が唯一誇れる点だったということをつくづく思い知らされる。確かに俺にも原因はある。あれからろくに仕事にも就かず、毎日ブラブラしていただけで、勇者らしいことなど何もしなかったのだから。いや、正確には何かやろうとはしたのだ。


 最初は、この強さをいかすため用心棒になろうとした。しかし用心棒をするには世界はあまりにも平和すぎた。ただ警備員のように長時間突っ立ってるだけの仕事に嫌気がさして辞めた。次は城の兵士に志願した。だが、兵士は用心棒と違って強ければいいというわけではない。様々な雑務もあり、ろくに学のない俺には到底無理な話だった。案の定筆記試験であっさりと落ちた。王子が、せっかく勇者殿が志願して頂いているのだからと、無条件で入隊を許可してくれようとしたが、余計惨めになって逆に断った。よくよく考えれば、兵士になるということは王子の下で働くということになるのだ。むしろ落ちてよかった。そんなこんなで結局俺は何も出来なかった。


 それだけじゃない。一年後、追い打ちをかけるように、王子と隣国の王女の結婚が決まったのだ。このケチのつけようがないお似合い夫婦の誕生に、国は魔王滅亡の時以上のお祭り騒ぎとなった。結婚と同時に王子は王に即位し、新たな王がここに誕生した。そして二年後、二人の間に待望の第一子が産まれ、これがトドメとなった。国中が若き王と王妃、産まれたばかりの王子の話題で持ちきりとなり、やがて人々の記憶からは勇者のことなど完全に忘れ去られていった。




「くそっ! 馬鹿騒ぎしやがって。一体誰のおかげで今の平和があると思ってやがるんだ!」


 路地裏のゴミ箱を蹴飛ばした。驚いた野良猫がそそくさと逃げていった。アホか俺は……ゴミに八つ当たりしてどうする。今日も何もすることがない。家にいても親がウザったいので、当てもなく外をブラブラ歩いている。ちなみに、これも予想通りだが、他の仲間は俺と違って、その能力を世のため人のために存分に使っている。戦士は主に建築現場で働いているらしい。一人で二十人分の作業をこなしているそうだ。女僧侶は病院を開き、回復魔法で怪我人達の治療をしている。治療費はボッタクリに近いようだが、女僧侶目当てで来る患者も多いらしい。魔法使いは城で教育者として雇われ、若い魔法使い達に魔法や勉強を教えているそうだ。俺だけが……俺だけがこんな……。今度は転がっていた樽を蹴飛ばした。吹っ飛ばずにバラバラになった。


 このまま俺は忘れられたまま落ちぶれていくだけなのか。いや、何かあるはずだ。考えろ。俺は勇者なんだぞ。そもそもこんな事になった原因は……ん?待てよ? そういえば、確かあいつは……あいつなら……。思いついた、起死回生の一手が。しかしいくら何でもそれは……いや、構うものか。この世界は、俺が救った世界なのだから……。



俺は街外れにある病院にやってきた。


「ここがあいつの病院か」


 病院にしては随分と煌びやかな外装だな。まるで小さな城だ。あいつ一体どれだけ稼いでるんだ。普段は行列が出来ているそうだが、今日は休診日で人はいない。好都合だ。俺はドアをノックした。しばらくすると、ドアの曇りガラスの向こうに人影が見えた。


「はい、誰? 休診日の札が見えないの?」


「俺だ。大事な話がある。休みの所悪いが開けてくれ」


 ドアが開いた。こいつと会うのも三年ぶりだが、以前にも増して美しくなっていた。稼いだ金を美容にも使っているのだろう。ボッタクリだろうと客が途絶えないわけだ。これで性格さえ良ければと、何度思ったことか。


「なによ突然。随分久し振りじゃない。あんたちょっと痩せた?」


 正確には、やつれたと言うべきか。確かにそうかもしれない。


「まあ、あがんなさいよ。何か飲む?お茶は一杯100G、コーヒーは200Gね。昔のよしみで、50000G払えば特別に一晩付き合ってあげるわよ」


金の亡者め……。だが、今の俺にはこいつの力が必要だ。機嫌を損ねるわけにはいかない。俺は200G払ってコーヒーを入れて貰った。


「で? 話って何?」


女僧侶がテーブルの対面に座り、話を促してきた。


「なあ、お前………蘇生魔法って使えたよな?」


「ええ、もちろんよ。なに?誰か死んだの?」


女僧侶の問いには答えず、俺は話を続けた。


「それは死体が無くても可能か?」


「可能よ。もちろん普通は無理。蘇生魔法自体高度な魔法だしね。でもあたしなら出来る」


「どうやるんだ?」


「対象が死んだ場所で唱えればいいのよ。魂がその場に残っていれば、肉体を戻すことが出来るわ」


「そうか……」


俺はコーヒーをぐいっと飲み干し、軽く深呼吸した。





「………………魔王を、蘇らせてくれ」

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